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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第8話「拒絶」


 怪物は倒れ込み、ぴくりとも動かなくなった。


「やった―――のか?」


 俺は半信半疑のまま、恐る恐る怪物に近づいていく。

 そのすぐ側で一ノ宮は片膝をついて、肩で息をしている。その姿から警戒を解いている様子が伺える。


「え、ええ…もう死んでいるわ」


 俺の誰へというわけでもない疑問の投げかけに一ノ宮が答える。

 その声は息切れ混じりで、まだ苦しそうだが、それでもいつもの平静な一ノ宮の声に戻っていた。表情も敵を前にした時の殺気だったものが完全に消えている。

 どうやら、本当に危険は去ったようだ。


「そうかぁ…よかったぁ」


 俺は深く息を吐き出し、その場に座り込んだ。意識的なものではない。緊張の糸が解け、脚から力が抜けてしまったためだ。


 だが、一ノ宮は深呼吸のをすると共に、呼吸を整え、すっと立ち上がった。

 そして、一ノ宮は周りを見渡した後に、眉をひそめた。


「一ノ宮?」

「――――結界が消えてる」

「え―――結界って、何のことだ?」

「逃げられた―――いえ、違うわね。もう、この場に留まる理由がなくなったのね、きっと」


 一ノ宮は俺の問いかけに応えることなく、独り言を呟いている。


「な、なあ、一人で納得してないで俺にも説明してくれよ?」

「ええ―――後でちゃんと説明してあげるわ。でもその前に―――」


 一ノ宮は突然俺との距離を急速に詰める。顔を近づけ、睨んできた。その顔はひどく怒っていた。


「え、えっと…い、一ノ宮…さん?」


 あまりにもその顔が怖かったため、俺は「さん」付けしてしまった。

 見ると、一ノ宮は肩を震わせている。本気で怒っているのだ。

「なんで―――なんで、あんな無茶をしたの!」

「え、あ、いや、あれは、その、一ノ宮を助け…たくて」


 俺が「助け」まで声にすると、さらに怖い顔したので、最後の「たくて」はほぼ消え入りそうな声になっていた。

 一ノ宮は俺の言葉を聞くと、俯き、さらに肩を震わせている。


「私はあなたに―――あなたなんかに助けられたくないわ!」

「な!―――なんだよ!そんな風に言わなくてもいいだろ!

 俺だって一緒に戦えるって思ったから―――」

「ふざけないで!あなたが私と一緒に戦える?笑わさないでくれる!

 あなた程度の力じゃ、足手まといよ!!」

「―――なんで―――なんでだよ?俺は怜奈が危ないって思ったから―――」

「それが大きなお世話だって言ってるのよ!

 あなたみたいな普通の人間に心配される程、私は落ちぶれていないわ!」

「――――それ、本気で言ってるのか?」


 一ノ宮は俺の問いかけには応えない。ただ、互いを睨み合い、その場に佇んでいた。

 一ノ宮は俺の言葉に聞く耳を持とうとはしなかった。それどころか、俺を突き放そうとさえしている。

 俺が力無き弱者であることは重々承知の上だった。

 一ノ宮と共にいる限り、常に危険が付きまとい、命が危険に晒される。

 だが、それは一ノ宮も同じ事のはずなのだ。一人の女性が、力を持っているからと言う理由で、たった一人で命を危険に晒すような戦いに身を投じなければならない。

 それが、俺には堪えられなかった。戦う運命さだめから逃れることができないならば、せめて俺は一緒に戦おうと決意した。


 一ノ宮を独りにしないために。守るために。独りで死なせないために。


 だが、その決意も一ノ宮にとっては、迷惑だったのだろうか?俺の独りよがりな思いこみだったのだろうか?


「俺がやっていることは怜奈とっては迷惑なのか?」

「――――ええ、そうよ」


 一ノ宮は冷たく言い放った。あまりにもその声に感情が籠もっていなかったため、俺は今話している人物が本当は一ノ宮ではないのではないかと思ったほどだった。

 俺はショックのあまり目の前が真っ暗になりそうになった。


「なんだよ、それ?なんで今更、そんな事言うんだよ!?」

「私は今まで何も言わなかったわ。あなたが勝手に私に付きまとっているだけじゃない」

「―――っ!」


 俺は一ノ宮の心ない言葉に怒りが灯る。それは、一ノ宮に掴み掛かりたくなる衝動に駆られる程だった。


 そんな一触即発な状況で思いもよらない人物が現れる。


「はーい!そこまでだよ、二人とも!」


 俺と一ノ宮の言い合いに突然聞き覚えのある声が割り込んできた。

 俺と一ノ宮は声が聞こえてきた方に一斉に振り返った。


「し、新一さん!?」

「間島―――あなた、なんでここに―――」


 そこにいたのは、間島探偵事務所所長、間島新一だった。俺にとってはバイト先の上司にあたる人で、一ノ宮にとっては、一ノ宮家専属の探偵という間柄になる人だ。


「はぁ…二人とも互いを思いやるのは勝手だけどねぇ、それで喧嘩してたんじゃ、意味なくないかい?」

「え―――」


 思いもよらない新一さんの言葉に、俺は理解が追いつかなかった。


「だからさ、お互い大事なのは分かるけど―――」

「間島!」


 新一さんの言葉を一ノ宮は大声を発して遮った。

 

「やれやれ―――まったく素直じゃないねぇ。まぁ、いいさ。二人のことだからね。僕がとやかく言うのも筋違いだ」


 言いながら、新一さんは呆れた風に頭を振った。


「ま、今はそれよりも、そっちに見えてる化け物の方が先かな」


 新一さんは怪物の死体に視線を向け、話題をそちらに変える。


「放っておきなさい。もう死んでるわ」

「―――のようだね」


 新一さんは一ノ宮の言葉に頷きながらも、怪物の側まで行き、まじまじと眺めている。


「こいつ―――一体何なんだ?」


 俺は一ノ宮に視線を移し、問いかけた。

 だが、その問いかけに一ノ宮はやっぱり応えようとはしない。まだ、さっきのことで怒っているようだ。

 一ノ宮が答えない代わりに新一さんが答えてくれた。


「この犬の―――いや、狼か―――の化け物は、魔術使いが使役する使い魔だね」

「魔術使いって―――あの時澤の時のお爺さんみたいな人のことですよね?」

「馬鹿言わないで。あの老人とは桁が違うわ。そんな怪物を創り出すような魔術使いよ?時間操作とは、分けが違う―――」


 俺の疑問に一ノ宮は条件反射のように答えていた。だが、その途中で我に返ったように言葉を切る。


「そ、そうなのか…えっと、気になること言ってたけど、創り出すって?」


 俺は一ノ宮の機嫌を伺いながらも、最も重要な点を聞き返した。


「……」


 一ノ宮は顔をそらし、また何も語らなくなってしまった。


「やれやれ―――ホント、困ったもんだね。

 いいよ、僕が説明するから」


 新一さんは少し困ったような笑みを浮かべながら、一ノ宮の方を見てそう言った。


「いいかい、一輝君?魔術使いってのはね、そもそも秘術を持って能力者と戦う存在の総称であって、これといって確かな定義があるわけではないんだ。

 時澤の御老人が時間停止という魔術を編み出したように、魔術使いは自身が扱う秘術を自身で編み出し創り出すんだよ。その系統、技術は魔術使い各々でまったく違うんだ。

 今回で言うなら、化け物創り出し、それを操る魔術使いって言った方がいいかな。

 ここまでは理解できたかい?」

「……なんと…なく」


 俺には到底理解できそうにない説明だ。魔術使いに関しては、一ノ宮や弘蔵さんから少しは聞いていたが、ここまで飛躍した存在とは思いもよらなかった。

 俺は新一さんの説明に呆気に取られていた。その様子に何か思うところがあったのか、一ノ宮が俺の横に来た。


「はぁ…勘違いしないでね?魔術使いのすべてが、そんなとんでもない奴らばかりじゃないわ。それに、基本的な魔術はちゃんと定義されてて、初心者から中級者までなら、共通の魔術を使うわ。私だって、初級魔術ぐらいなら使えるわけだし」

「え?じゃあ―――新一さんのさっきの話は?」

「あれは上級者から、そのさらに上の対能力者用の高等魔術使いのことよ」

「対能力者用?」


 一ノ宮の説明に、またおかしな点があることに気づく。

 そもそも魔術使いとは、能力者と戦う存在だと教えてもらった記憶がある。それが、何故、対能力者用などという言い回しを使わなければならないのか。

 一ノ宮は俺が疑問に思っていることに気づき、説明を続けた。


「今でこそいなくなったけど、昔は魔術使いが人間に危害を加える能力者と戦っていた事は前に話したでしょ?でも、時澤の老人が使っていたような術―――まぁ、時の停止はともかくとして、それ以外の術だけで、私みたいな能力者に本当に勝てると思う?」

「あ―――」


 そう言われて思い出す。確かに一ノ宮は時の停止で一時的に窮地に陥ったが、その秘術の効果が切れた後は、あっけないものだった。時澤の老人は一ノ宮の風の刃で切り裂かれて、その命を落とした。

 つまりは、大昔に能力者と戦っていた魔術使い―――少なくとも戦陣を切って戦っていた魔術使い―――は時澤の老人以上の力を持ってなくてはならないのだ。


「そういうことよ。今回、この獣を放った魔術使いはそのクラスの魔術使いってことよ」

「な、なるほど…」


 俺は一ノ宮の説明に、やっと理解が追いついた。それと同時に竦み上がった。自分が相手をしていた怪物は、そんなとんでもない魔術使いが創り出した存在だったのだ。自分が今生きている事の方が奇跡に近い。


“あ―――だから、一ノ宮は―――”


「説明ありがとう、怜奈君!いや~、やっぱり、しっかりと知識がある人が説明すると違うね~。分かりやすい!」


 一ノ宮の説明が終わると、新一さんはわざとらしく大声を出した。

 それを聞いた一ノ宮はむっとした表情に変わる。

「あなたがちゃんと説明しないからでしょ!?

 あなた、ざわと真藤君を怖がらせるような言い方したでしょ!!どういうつもりよ!?」

「いやいや、僕はただ一輝君に魔術使いとういものが、本来どんな存在かという事をだね―――」


 新一さんは、一ノ宮の剣幕をひらりと躱そうと、へらへらと笑いながら言い訳をしようとしている。だが―――。


「言い訳はいいわ!!」


 予想していた以上の一ノ宮の怒声がとんだ。流石の新一さんもそれに驚いたらしく、黙ってしまった。

 最近の一ノ宮はどうも様子がおかしい。いつも以上に怒りっぽいというか、イライラしている。既に脅威は去ったというのに、この剣幕は一体どうしたのだろうか?


「君、どうしたんだい?なんで、そんなにイラついてるの?」


 新一さんも一ノ宮の様子がいつもと違うことにに気づいたのか、顔からは笑みが消え、真剣な顔で一ノ宮に問いかけた。


「別にどうもしてないわ。ただ、この状況でへらへらしてられるあなたに腹が立っただけよ」


 一ノ宮は一転して平静を装い、答える。

 だが、新一さんはその答えを聞いても、真剣な顔で訝しんでいる。


「本当にそれだけかい?」

「ほ、本当よ!」


 新一さんは、じっと一ノ宮の顔を見つめている。まるで、言葉は聞かず、表情の方で本音を読みとるかのように。

 一ノ宮は一ノ宮で、負けじと新一さんを睨んでいる。

 しばらくの間、二人はそうしていたが、それも長くは続かず、先に口を開いたのは新一さんの方だった。


「ふー、それならいいんだけどね」


 新一さんはそれまで真剣な雰囲気から一転して笑顔に戻り、それだけ言って、怪物の方に向き直った。それと同時に一ノ宮も新一さんを睨むのをやめ、小さな溜め息を吐いた。

 だが、新一さんの横にいた僕には一瞬だけ新一さんが悲しそうな表情をしたように思えた。

 その表情が何を意味するものなのか、この時の僕には分からなかった。


「そ、そんなことよりも、あなた一体ここに何しにきたの?まさか、たまたま通りかかったってわけじゃないでしょ?」


 一ノ宮はあからさまに話題を変え、新一さんにそう問いかけた。


「え?僕かい?ああ―――僕はただ弘蔵さんから連絡を受けて、君を迎えに行ってやってくれって頼まれただけだよ」

「お祖父様に?」

「そだよ。そして来てみたら、こんな化け物が倒れていて、その傍らで喧嘩している君たちを見つけたってわけさ」


 新一さんは、自分が如月学園に来た理由を淡々と語った。そこからは、先程の真剣な表情も悲しげ表情も伺えない。いつもの飄々とした新一さんだった。


「そ―――なら、帰りましょ。ここにはもう用はないから」


 一ノ宮はそう言って踵を返し、学園の正門の方へ歩き出す。


「おいおい!この化け物はどうするんだい?まさか、処理を僕一人に任せるなんて言わないよね?」


 新一さんは帰ろうとする一ノ宮を慌てて引き留めて、そう言った。

 新一さんが言うことは最もだった。こんな怪物の死体を放って置いたままにすれば、明日の朝には人に見つかってしまう。第一発見者が生徒か教師かは分からないが、きっと腰を抜かして、大騒ぎになってしまうだろう。


 一ノ宮は新一さんの制止に振り向き、含み笑いと共に言った。


「放っておいても心配いらないわよ」

「え?どういうことだ、一ノ宮?」


 俺は新一さんよりも早く一ノ宮の言葉に反応していた。

 こんな怪物を放って置いても心配いらないとは一体どういうことなのか?

 

「真藤君、そいつに触れてみなさい」


 一ノ宮は俺に含み笑いを俺に向けながら、そう言った。

 一ノ宮がそういう笑顔を向けて来る時は、何かある時だ。しかも、俺なんかでは想像できないような非現実的な事が起きる時だ。


「ふ、触れるって―――こいつにか?」


 俺は死んでいるとはいえ、怪物に触れることに抵抗を感じた。

「いいから早く」


 戸惑っている俺に一ノ宮は急かすように言った。


「わ、わかったよ」


 俺は一ノ宮に言われた通りに、怪物の真っ黒な体毛に手で触れた。


「あ!」


 触れた瞬間、俺は驚愕の声を発していた。

 触れる同時に感触に違和感があった。それはもう毛と呼べるものではなくなっていた。

 全身が黒かったせいで気づかなかったが、怪物からは『色』というものがなくなっていた。そして、形というものもなくなっていたのだ。

 触れた瞬間、ボロリと触れた箇所が崩れ落ちた。その感触は、殆どないに等しく、それはまるで物が燃えた後に残った灰に近い。

 怪物は何の抵抗感もなく灰塵と化す。そして、少しでも崩れた箇所があるなら、それに連動するかのように怪物の全体が一気に崩れ、灰になった。


「そんな―――どういうことだ!?」


 俺はあまりの出来事に愕然としていた。さっきまで暴れ回っていた怪物が、仮にも血を流していた生物が一瞬のうちに灰なったのだ。驚かない方がおかしい。


「間島がさっき言ったでしょ?そいつは魔術使いが魔術で創り出したものだって。

 そいつは最初から生きてなんていないわ。魔術そのものなんだから。役目を終えれば、灰に還るだけよ」


 一ノ宮は灰塵と化していく怪物を冷ややかな眼で見つめながら、語った。


「魔術による完全なる生命か―――厄介だね」


 新一さんは一ノ宮の説明を聞いて、険しい顔をして呟いた。


「―――帰るわよ」


 新一さんの呟きに一ノ宮は一瞬眉をひそめたが、それ以上は何も語らず、今度こそ正門に向かって歩き出した。


「待てよ、一ノ宮!」


 俺はその後を慌てて、追いかけた。だが―――。


「え―――」


 不意に一ノ宮が態勢を崩し、その場に忽然と倒れ込んだ。


「れ、怜奈!?」


 俺は慌てて、一ノ宮の側まで駆け寄った。



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