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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第4話「噂」



 俺と海翔は道場の外に出て、二人だけで立ち話をしていた。


「いやー、危うく本来の目的を果たさず帰っちまうところだったぜ」


 そう言いながら、海翔は自分のバッグを開け、手を突っ込んでガサゴソとバッグの中をあさっている。


「お前なぁ…一体、俺に何の用があるんだよ?」

「まぁまぁ、そう急かすなよ。今見せてやるからさ。

 ほいっと、これだ。ほらよ!」


 そう言って、海翔はバッグの中からA4サイズの何枚かの紙の束を俺に渡してきた。


「なんだ?これ?」


 俺はそれが何なの分からないながらも、受け取った。

 見れば、その紙の束の一番上の紙には、『調査報告書』と書かれていた。


「いやー、まいったよ。まさか、あの探偵にこんなことをさせられるとは思ってなかったからよ」

「探偵って――新一さんのことか?

 なんだよ?新一さんにこれを届けるように頼まれてたのか?」


 俺は海翔が言っていることが分からず、聞き返した。

 すると、海翔は怪訝そうな顔した。


「お前、アイツに何も聞いてないのか?」

「え?何の事だよ?」


 俺の答えを聞くと、海翔は呆れ顔して、溜め息を吐いた。


「やれやれ―――まさか、お前にも話してないなんてな。

 あのタヌキ、今度は一体に何を考えてやがるのか―――」

「お、おい。一体の何の話だよ?全然、見えてこないぞ?」

「あ、ああ、だろうな。今から一から話してやるよ。あのクソ探偵が、オレに依頼してきたことをさ」


 『クソ探偵』のとこだけは強調し、怒気を孕んでいる。どうやら、海翔と新一さんの間に、また何かあったようだ。

 海翔はそれから新一さんと何があったか、新一さんから何を頼まれたのかを事細かく話してくれた。



「なるほど―――それで、俺の居場所を知ってたのか。でも、まさか、お前が“あの調査”をしてくれていたとは驚いたよ」

「それはこっちの台詞だ!俺が調べていたことすら知らないお前にビックリだよ、オレは!!」


 何故か、海翔は不機嫌そうにオレを睨んでいる。俺はそれに首を傾げるしかなかった。


「どうした?海翔?俺、何かしたか?」

「何かしたかだぁ!?お前、それ本気で言ってんのか?オレのさっきの話を聞いて何も思わないのか!?」


 海翔は俺の反応にさらに激情し、今にも掴みかかってきそうな勢いだ。


「ちょ、ちょっと待て!一体どうしたってんだよ!?」

「本当に分かってねぇみてーだな!だったら言ってやる!

 お前、俺が実家から飛び出して、お前の部屋に寝泊まりしてること、あのクソ探偵に話しただろ?そのせいで、オレはアイツの言うことを聞かなくちゃいけなくなったんだぞ!!」

「――――ちょっと待て。一体何のことだ?」

「え―――」


 俺の反応が予期していたものと違っていたのだろう、海翔は表情を固まらせた。


「な、何って…だから…」

「俺、新一さんにお前の事は話してないぞ?」

「え―――そんな、だって…」

「そもそも、俺が余所様の家庭事情を他に漏らすわけないだろ?しかも、親友の事情なんかを」


 俺がそう言うと、海翔は顔色が変わっていった。さっきまで怒って真っ赤にしていた頬は、色を失い、青くなっていく。


「じゃ、じゃあ、なんでアイツは知ってんるんだよ!お前が言ってないなら、誰から聞いたってんだよ!?」

「さ、さぁ?まぁ、あの人は探偵だしな。どこからか情報を仕入れたのかもしれない。それより大丈夫か?顔色悪いぞ?」

「あ、ああ。大丈夫だ。

 お前―――あんなのと一緒にいて恐くないのか?」


 海翔の問いに、俺は海翔の顔を見た。真剣な表情だった。冗談なんかで言っているわけではない。海翔は新一さんを恐いと感じている。それが、良く分かった。


「恐くは―――ないよ。不思議な人ではあるけど、悪い人じゃない。それは海翔も分かっているだろ?」

「ああ、そうなんだがな。オレはアイツが生理的に受け付けられない」

「そっか。それは―――一ノ宮も同じか?」

「――――」


 俺の問いに海翔は驚いた表情をした。


「気づいてたのか?」

「ああ、なんとなく。表面上は隠してるけど、俺には分かったよ。お前が一ノ宮を毛嫌いしているってことは」

「そっか…すまない、一輝。俺はあいつ等のことは好きになれそうにない。

 あの探偵も一ノ宮さんも普通じゃない。普通じゃないのに、オレたちと同じ世界に暮らしてる。何食わぬ顔で。それが俺には堪えられないくらい気味が悪いんだ」


 淡々と、だが、それははっきりとした拒否の言葉だった。海翔には、一ノ宮たちが異常な存在として映っているのだ。


「それは―――たぶん、人として仕方ないことだと思うよ。“あんなもの”を見せられたらね」

「それはお前だって同じはずだろ?」

「俺のは―――たぶん違うんだ」

「違う?」


 海翔は俺の言葉に首を傾げた。俺の言葉に意味が分からないのだろう。

 そう―――違う。俺の一ノ宮への感情は個人的な感情によるものだ。それは恋愛感情だけというわけではない。

 三年前のあの日、俺は一ノ宮の悲しみと苦しみを知った。あの時にそれを知っていなければ、今頃俺も―――。


「俺のことはいいよ。それより今はこっちの方が重要だ」

「あ、ああ。わかった。とりあえず、調べた内容はそこに書いてあるけど…」

「いや、こういうのは調べた本人の口から直接聞きたい。悪いけど説明してくれるか?」

「そういうと思ったよ。しっかし、なんでまたこんな質の悪い“噂”なんかを調べようなんて思ったんだ?眉唾ものばかりだったぜ?」

「ああ。俺もそうあって欲しいよ」


 俺は言いながら、調査報告書の表紙をめくり、内容に目を通していく。


 俺達の住む如月町とその隣町の皐月町には、ここ一ヶ月の間に、不穏な噂が流れている。その噂は一つに留まらず、幾つもの噂が流れている。けれど、どれもほとんど都市伝説のようなものだと言われてはいるが、その噂は急速に街に広がり始めている。

 俺はここ最近、そういった噂が流れている事を知った。だが、その噂の詳細な内容を知っているわけではなく、知っていたのは何やら噂が流れいるということだけだ。その噂について、調べてみようという興味はあっただが、今の俺には日々の鍛練があるため、調査する時間が無かった。

 結果として、海翔に調べてもらうことになり、こうして調査報告書に目を通しているのだ。


「まず一つ目の噂だな。

 『毎夜の闇に乗じて如月学園で獣が宴を開いている』か」


 いきなり、突拍子もない噂だった。とてもではないが、真実とは思えない内容だ。

 如月学園というのは、如月町と皐月町の町境にある高校で、俺達が高校生だった頃に通っていた学園だ。

 その学園で、毎夜、獣が宴を開いているとは一体どういう事なのか―――。


「それについては、真っ赤な嘘だぞ」

「え?嘘ってどういうことだ?」


 海翔の意見に俺は首を傾げながら、聞き返した。


「実際に行ってみたんだよ、夜中の如月学園に」

「お、お前―――勇気あるなぁ」


 海翔の行動力に俺は感嘆の言葉を漏らしていた。


「あ?そうでもねぇよ。大体、そんな嘘丸分かりの噂なんて信じるわけないだろ?

 実際、何もなかったよ。普通の夜中の学校だったよ」


 海翔はつまらなさそうに、そう言った。どうやら、何かを期待して学園に行ったようだが、何もないことに拍子抜けしたのだろう。


「ま、そういうことなら、次だな」


 俺は言いながら、報告書のページをめくる。


「さて、次だけど―――。

 『皐月町の高級高層マンションの住人は人形』って、何だこれ?」


 これもまた突拍子もない噂だ。住人が人間ではなく人形とは、一体どういうことなのか。


「それか―――それは、結局良く分からなかったよ。実際どこのマンションなのかも分からなかったし、それを知ってる奴もいなかったよ」

「そうか。それじゃあ、これは保留だな」


 俺は海翔の言葉を聞いて、即断した。今の段階で分からないものを報告書だけ見て判断するのは危険だ。この噂に関しては、これからも調べる必要があるかないかも含めて、考える必要があるだろう。


 俺はまた報告書の次のページをめくる。


「次は―――『真夜中の如月町と皐月町には生きた屍が徘徊している』か――」


 これはかなり物騒な噂だ。物騒なのだが、とてもではないがこれも真実とは思えない噂である。


「それこそ眉唾ものだよ。そんな生きた屍なんているわけねーしな」


 海翔は俺が報告書に書かれているその噂を読み上げると同時に、その声に被せるように、そう言ってきた。


「ああ、そうだろうけど―――」


 俺は二ヶ月半前の時澤邸での事を思い出していた。あの館にもゾンビに似たものがいた。アレに似たものが、この街を徘徊している可能性がないわけではない。この噂に関してはもう少し調査が必要なようだ。


「やれやれ―――やっぱり、そこは喰いつきがいいな。ま、あんな事を経験した後だからな。お前の気持ちも分からなくはないけどな」

「なんだよ?そんな呆れ顔して?」

「いや、あんな目にあったっていうのに、こんな事に興味を持つからさ。呆れもするさ」

「むぅ…そんなに変なことか?俺としては、自分の街に流れている不穏な噂を気にしているだけなんだけどなぁ」


 俺の言葉を聞いて、海翔はさらに呆れ顔している。


「そう思うところが既に変なんだっての。単なる噂を普通そこまで気にしないぜ?」

「そうか?この噂とかどう考えても普通なことじゃないんだけどなぁ」

「はぁ…ホント無自覚ってのは厄介だな。まぁ、いいさ。お前がそうしたいなら調べるだけ調べるといいさ」


 海翔は溜め息をついた後、やれやれと頭を左右降っている。どうやら、本気で呆れられたようだ。

 俺はそんな海翔の様子を気にすることなく、次のページをめくり、報告書に目を落とす。


「――――なんだ?これ?」

「あ?なんだよ?何か変なことでも書いてたか?

 ま、変な噂ばっかりなんだけどさ」


 そう言いながら、海翔は俺の手に持っている報告書を覗き込むようにして見てきた。


「これだよ。『魔弾の射手が復活する』ってやつだよ。何なんだ?これは…」

「あ、ああ、それかぁ。それはオレにも良く分からなかったよ。これまでの噂もぶっ飛んだものばかりだったが、それに関しては意味すら不明だ。

 けど、ま、これまでのものと比べたら、なんか気味悪いって感じもないし、たいして気にしないでいいんじゃないか?」


 どうやら調べた本人ですら、意味が分からなかったようだ。

 海翔の言う通り、これまでの噂と比べると、気味の悪さはない。だが、俺にはこの噂の方が気になるものとして映った。


 魔弾の射手とは、ドイツの民間伝説に登場する、意のままに命中する弾を所持する射撃手の事だ。この伝説では、七発中六発が射手の望むところに必ず命中するが、残りの一発は悪魔の望む箇所へ命中するとされている。

 その魔弾の射手が復活するなど馬鹿げた話だ。だが―――いや、だからこそだろうか、この噂には他の質の悪い噂などよりも“意味”があるような気がしてならない。それがどういう意味があるのかは分からないのだが。


「ま、考えても分からないものは仕方ないな。次の噂を見てみるか。

 お!次で最後のページだな?」


 俺は報告書の次のページをめくろうとした。だが、その瞬間、海翔がページめくろうとした俺の手を掴んだ。


「な、なんだよ?」


 海翔の突然の行動に俺は驚いた。そして、海翔の顔を見ると、そこには戸惑った表情があった。


「その、なんだ…次の噂なんだが、読んでもあまり気にするなよ?一応オレも調べてみたけど、そんな事実なかったし」

「は?どういうことだよ?」

「い、いや、すまない。読まないと分からないよな。ハハ」


 海翔は笑いながら、掴んだ手を離し、手を引っ込めた。

 その笑いは空笑いだった。どうやら、この後のページには、あまり俺には見せたくないような事が書かれているようだ。

 俺は海翔の様子を気にしながらも、ページをめくり、最後のページに書かれている噂の内容を見た。


「―――――」


 口には出さなかった。文字を見た瞬間、声に出すことが出来なかった。

 俺は報告書に書かれている内容を見た瞬間、言葉を失ったのだ。それほど、俺にとって衝撃的な内容がそこにはあった。



『三年前の殺人鬼が帰ってきた。再び惨劇は幕を開ける』



 そこにはそう書かれていた。


「お、おい、これって―――」


 俺は上手く頭の中が整理できず、海翔に呼びかけることしかできなかった。


「落ち着けよ。言っただろ?そんな事実はないって。それに、如月町にも皐月町にも、殺人事件なんて起こってないだろ?」

「あ、ああ、そうか―――そうだよな」


 海翔の冷静な説明に俺の止まっていた思考力が戻ってくる。

 そうなのだ。あの殺人鬼が本当に戻ってきているのなら、今頃街は大騒ぎで、恐怖に震えているはずだ。それに、一ノ宮だって動き出すはずではないか。


 これは―――単なる噂なのだ―――。

 噂は噂で、事実ではない。


 俺は自分の中でそう言い聞かせていた。そこには、噂を決して信じたくない自分がいた。


 俺は報告書のページを表紙が見えるところまで戻して、溜め息をついた。


「大丈夫か?お前―――顔色悪いぞ?」

「あ、ああ、大丈夫だよ。悪いな。ありがとう」


 俺は海翔の気遣いに感謝しながらも、海翔の言葉は頭に入ってきていなかった。三年前の出来事を思い出していたから。


 “あの時のヤツが、もし戻ってくるようなことあれば―――”


 その先は考えたくもなかった。

 だから、そこで俺は思考を打ち切った。決して、それ以上先の事は考えないようにしないといけない。今はまだ、あの殺人鬼は戻ってきてはいないのだから。


「それで、どうするんだよ?」

「え?何がだ?」


 俺は海翔の突然の問いかけに聞き返した。


「だからさ、そこに書いている噂をどうするかって事だよ。まだ調べるつもりなんだろ?」

「そう―――だな。殺人鬼の事はともかく、他の噂にも気になるものがあるし、調べてみようと思う」

「はぁ…やっぱり推理オタクは理解に苦しむよ」

「す、推理オタクって…久々に聞いたな、その呼び方は…」

「そうか?いつも言ってたと思うが」


 海翔はそう言って、ケラケラと笑い出した。俺はその笑っている海翔をジロリと睨んだ。


「ま、まぁ、それじゃあ、どれから調べるんだ?折角、乗りかかった船だ。お前も忙しそうだし、手伝ってやるよ」

「ん?いいのか?」

「ああ、当然だろ?ここまでさせといて、はい、さよならってのもつまんねーしな。それに噂の調査なんて面白そーだからな!」

「ガクッ!結局、それか!?お前、面白そうだったら何でもいいのかよ?」


 俺は海翔の言葉を肩を落としながら、もう一度ジロリと睨んだ。


「いいじゃねぇかよ。久々のコンビの復活と行こうぜ!

 で、何から調べんるんだ?」

「はぁ…分かったよ。そうだな。それじゃあ、まずは―――」

「真藤君!!」


 俺が言いかけたとき、一ノ宮が道場から出てきて、俺を呼んだ。


「い、一ノ宮!?」

「一体、いつまで外で立ち話しているつもり?

 お祖父様は道場の中であなたが来るの待ってるのよ!?」


 一ノ宮は明らかに怒っていた。俺の前で仁王立ちになり、睨みつけている。


「わ、悪い。す、すぐに行くから、道場の中で待っててくれ」


 忘れていた。俺は今、弘蔵さんに稽古をつけてもらっている途中だったのだ。つい噂の事に集中しすぎて、その事を完全に頭の隅に追いやってしまっていた。


「待っててくれですって?冗談でしょ?真藤君?」

「え?」


 一ノ宮はニッコリと微笑んでいる。微笑んでいるのだが、目は笑っていない。その笑顔に俺は背筋が寒くなった。


「いいから、今すぐ来なさい!!」


 一ノ宮はそう叫ぶと、俺の腕を掴み、道場の中に引き込もうとする。


「う、うわぁ!ま、待ってくれよ、いちのみやぁ!」

「ハハ!ま、頑張れよ!一輝!オレは先に帰ってるからな!」


 海翔はその様子を見ながら、ケラケラと楽しそうに笑っている。


「お、おまえな~!

 わかったよ!この続きは帰ってからだからな!」

「お喋りはお終い!稽古始めるわよ!」



 その言葉を最後に、俺は一ノ宮に道場の中に連れ込まれ、稽古の再開を余儀なくされた。



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