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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第2話「鍛練」


 まるで閃光のように切っ先がこちらに振り下ろされる。

 高速の太刀筋を躱す術はない。俺はそれを自分の竹刀で受け止める。

 だが―――


「うぐっ!」


 確かに相手の一閃は受け止めた。だが、その勢いは殺しきれなかった。受け止めた竹刀から衝撃が伝わり、軽く右手に痺れを感じる。それと同時に、その衝撃に俺は後ろへと後退した。


「それで防ぎきったつもりか!」


 一喝。相手は俺の動きを読んでいた。後退した瞬間から、その分だけ間合いを詰められていた。

 後退したはずが既に相手の間合いに入ってしまっている。俺は慌てて、痺れた右手で竹刀を強く握り直し、竹刀の切っ先を相手に向ける。


「おそい!」


 さらに一喝。その瞬間、相手の竹刀で俺の竹刀が払い落とされる。


「ぐ――!」


 払われた瞬間、痺れていた右手に痛みが走る。当たり前だ。痺れていた手に刺激が加えられたのだから。

 この痛みでは、右手で竹刀を握るのは無理だ。俺は瞬間的に竹刀を左手で握り直す。

 だが、利き手ではない左手一本だけでは、次撃を受け止めきれない。たとえ防げたとしても、右手と同じ末路を辿るだけだ。

 ならば―――。


「やああ!」


 俺は意を決して、破れかぶれの攻勢に出ることにした。

 相手との間合いを詰め、右下から左上へ竹刀を切り上げる。相手との間合いは元からそれほどあるわけではない。意表を突いた攻撃に相手は対応できないはずだ。

 そのはずだった。だが、俺は相手の力を測り違えていた。


「おろかものがぁ!」


 それまでにない一喝と共に、相手の高速の一閃が襲ってきた。俺が繰り出す一太刀よりも速い。


「ぐあ!」


 俺はその一閃を躱すことも、受け流すこともできなかった。

 切り上げた竹刀はその一閃よって、弾かれ、俺の竹刀は宙を舞う。そして、一閃は俺の竹刀だけでなく、俺の体にも届いた。

 俺は一撃を左肩に喰らうと共に、弾き飛ばされ、道場の壁に叩きつけられる。


「そこまで!」


 一瞬の静粛の後、そんな女性の声が聞こえてきた。


「つ~!」


 俺は相手の一太刀を喰らった痛みと壁に打ち付けた背中の痛みに悶える。


「やれやれ―――まだまだだねぇ」


 相手は俺に近づき、手を差し出してくる。その手は皺だらけで、どうみても老人のその手だった。そして、その相手の顔も、しっかりと皺を蓄えた老人のものだった。

 幾度目だろうか。俺は疑問に思う。一体、この御老人のどこからあそこまで俊敏で、そして力強い一太刀が振るえる力が出てくるのか―――。


「す、すみません」


 俺は差し出された手を握り、立ち上がった。



 俺の名前は真藤一輝しんどうかずき

 つい一ヶ月前まで、ごく普通の大学生ライフを送る大学生だったのだが、ある事件を切っ掛けに、俺が生きる世界は大きく変わり始めた。

 そして、それが原因で、今俺はこうして、この御老人に剣術の指南をうけているわけなのだが―――。



「まったく!見てられないわ!!」

「う…」


 先程、試合終了の掛け声をした女性がすごい剣幕でこちらに向かってくる。

 この女性は、一ノ宮怜奈いちのみやれいな。俺とは高校の同級生だった。

 普段は、いつも無表情で、寡黙な女性だ。そのまま黙っていれば、かなりの美人なのだが――。


「ちょっと聞いてるの!?」

「は、はい!」


 さっき以上の剣幕で、一ノ宮は詰め寄ってきていた。

 正直、恐い。目はつり上がっていて、激しく怒っている。ちょっと、近寄りたくない人の部類だ。


 そう―――一ノ宮は黙っていれば綺麗な女性だ。いや、そうでなくても綺麗な女性に変わりはない。ただ、難点があるとすれば、怒りやすいという事と、怒り出したら手がつけられないということだ。

 これは高校の頃には見せなかった一面だ。そういう一面を俺に見せてくれるようになったのは、嬉しいことではあるのだが、あの剣幕で怒られると、正直、縮みあがってしまう。



「ちょっと、真藤君?なんか失礼なこと考えてない?」

「え!か、考えてなんかないよ!?」


 決して、考えてなんかいない。俺は事実を述べているだけだ―――とは、口が裂けても言えない。言ってしまった日には、命がないだろう。それほど、恐ろしい女性とだけ言っておこう。

 それでも、惚れた弱みというやつだろうか、俺の彼女への想いは変わりはしないのだが。


「まあ、いいわ。それよりも―――さっきのはなに?」

「え?さっきのって?」

「さっきの立ち回り方よ!あれじゃあ、殺してくださいと言わんばかりじゃない!」

「え、いや、俺としては、真剣にだな――」

「真剣だって言うなら、少しは相手の攻撃を受けない方法を考えなさいよ!そのための鍛錬でしょ!?」

「うぅ…」


 そう――俺は今、剣術の鍛錬をしている。ただの鍛錬ではない。剣術を用いて、自信の命を守る術を身につける鍛錬だ。

 何故、こんな鍛錬をしなければならないのか。それは、この一ノ宮に隠された秘密が大きな要因だ。


 一ノ宮家には、先祖代々から伝わる力がある。それは、風を自由自在に操るという人知を超えた能力だ。そして、その能力は生まれてきた第一子に必ず引き継がれるされるものだった。つまり、一ノ宮家には、どの世代にも、能力者が必ず一人は存在することになる。

 そして、その能力と勢力を用いて、ある役目を担うことで、一ノ宮家は栄えてきた。

 それは、退魔と言っても過言ではない。同じような力を持った人間が狂気へと化し、暴走した時、それを払うという役目だ。

 そう―――同じ人間を殺すという役目だ。

 その役目を、俺の目の前にいる一ノ宮怜奈という女性は担っている。彼女は一ノ宮家の次期当主であり、一ノ宮家の力を受け継いだ存在なのだ。


 俺はそんな彼女の側にいる決意をした。

 決意をしたまでは良かったが、その先が問題だった。

 一ノ宮は能力者という人間離れした人間と争う事が多い。もちろん、彼女の側にいれば、否応無しにその争いに巻き込まれるわけだ。だが、俺には彼女や彼女が対峙する能力者のような人間離れした力など持ち合わせていない。俺はごく普通の大学生なのだから。


 結果、どうなったかと言うと、俺は一ノ宮の紹介で、ある人に“生き残る術”を教えてもらうことになった。

 そのある人というのが、先ほどまで、俺と竹刀の打ち合いをしていた御老人だ。

 名前は一ノ宮弘蔵いちのみやこうぞう。一ノ宮怜奈の祖父にあたる人物だ。もちろん、この人にも『風』の能力が備わっている。この人は、一ノ宮家の前当主なのだ。


 一ノ宮は当初、拳法を俺に教えるため、弘蔵さんのもとに連れてきた。何故、拳法かと言うと、一ノ宮も拳法を身につけていたからだ。だが、弘蔵さんは俺を見るなり、こう言った。


『お前さんは、足や拳を使うのは向かんようだ。剣術を学びなさい』


 これを聞いた時、俺だけでなく、一ノ宮も唖然としていたことを良く覚えている。まだ、何も試していないのに、弘蔵さんは俺が拳法に向いていないと見抜いたようなのだ。


 それからというもの、俺は大学も休み、勤めていたアルバイト先もほとんど休み、こうして竹刀を握り、弘蔵さんの道場で剣術の鍛練をしている。


「まあまあ、怜奈よ。そんなに怒ることないじゃないか」


 先ほどの立ち合いでは、俺に喝を入れていた弘蔵さんが、今では嘘のように穏和な表情で、一ノ宮を諫めようしている。


「で、でも、お爺様、このままじゃあ…」

「ふふ――大丈夫だよ。誰もこのままにすると言っていないだろう?」

「え?」

「言って分からん者には、体に叩き込むのが一番だからねぇ」


 弘蔵さんが何やら一ノ宮以上に恐いことを言っているような気がするが、気のせいであって欲しい。


「えっと、それはどういう意味でしょう?」


 俺は弘蔵さんに言葉の真意を恐る恐る聞いてみた。


「なに、お前さんにこれでもかと言うほど痛みを与えてやるだけだよ。痛いのは誰もが嫌なものだろう?その痛みを伴いたくなければ、どう躱すか、どう受けるか自然と考えるようになるだろう」

「ちょ!それはいくらなんでも無茶苦茶すぎませんか!?体が保たないですよ!」

「無茶でもやってもらわなければならん。今のお前さんでは、普通の人間相手でも殺されかねんからね」

「う、うぐ…」


 それは言われてしまえば、もう何も言い返せない。

 確かに、俺はあの“海翔”ほどの腕っ節もない。普通の人間相手でもどうなるか分かったものではないだろう。


「さ、もう一本行こうか」


 弘蔵さんは、道場の中央で竹刀を構える。


「わ、分かりました」


 俺もそれに続き、弘蔵さんと向き合い、竹刀を構える。

 

 一瞬の静粛。そして、それを打ち破る一ノ宮の合図が飛ぶ。


「始め!」


 合図と共に、弘蔵さんが素早く打ち込んでくる。躱す暇などない。俺は竹刀でそれを受ける。


「くっ!」


 たった一太刀だが、それだけで後退させられてしまう。毎回の事だが、老体から繰り出された打ち込みとはとても思えない。


「ほれほれ、後ろにさがってばかりでは、追い打ちをかけられるだけだぞ」

「く、くそ!」


 一瞬のうちに間合いを詰められ、再び打ち込まれる。

 竹刀でガードするが、その度に竹刀を握っている手にジンジンするほどの衝撃が伝わる。


「少しは攻撃してこないと、ガードばかりでは後がなくなるぞ?」


 弘蔵さんの言うとおり、このままでは、また右手で竹刀が握れなくなるだけだ。

 だが、下手な攻撃では一撃をくらうはめになるだけだ。スキをついて、打ち込まなければ、返り討ちにあう。

 最もスキが大きい瞬間は、剣道で言えば面打ちのために竹刀を振り上げた瞬間だ。そのタイミングで相手との間合い詰め、胴払いを打ち込むのが、最も効率的で確実な攻撃だろう。

 だが、弘蔵さんは、竹刀を振り上げ、振り下ろすまでの一連の動作が恐ろしく速い。目で追いきれるかどうかというレベルだ。そんな相手に、面打ちがくると分かってから間合いを詰めていては、間に合わない。

 剣道の試合であるならば、間合いだけでも詰めれば、有効打にならないかもしれない。だが、これは剣道の試合ではない。一撃でもくらうようなことがあれば、即、死という状況下を想定しての訓練だ。一撃でもくらうわけにはいかない。


 ここで、俺は一つの案が思い浮かんでいた。

 面打ちがくるかどうか分からないのであれば、それが来る状況をこちら側で作ればいいのではないか。具体的に言うと、面打ちがしやすい間合いにすればいい。こちら側で面打ちの間合いにするのだから、面打ちが来るならば反応しやすい。それ以外ならば、ガードに徹すればいい。

 安易な考えかもしれないが、今の俺が打ち込みを入れるには、それが最も確実性がある。


 俺は弘蔵さんが面打ちを最も打ちやすいであろう間合いを取る。


「―――」


 警戒は―――ない。弘蔵さんはそのまま竹刀を振り上げようとする。


“来る―――!”


 俺はほとんど山勘ではあったが、面打ちが来ると踏んで、一気に間合い詰める。


「やああ!」


 俺は弘蔵さんに胴払いを打ち込もうと―――。


「たーのーもー!」


 打ち込もうとした瞬間、そんなでかい声が聞こえてきた。


「え?」


 俺はその馬鹿でかい男の声に聞き覚えがあり、一瞬、そちらに意識がいってしまった。


「スキあり!!」

「ぎゃ!」


 声に意識が取られ、動きが止まっていた俺に、弘蔵さんの面打ちがもろに入った。

 脳天を衝く衝撃。俺は痛みのあまりその場にうずくまった。


「~~~~」


 痛みで声が声にならない。

 だが、痛みがあるだけ、まだマシな方だ。前は一撃入れられただけで、気絶していたのだから。


「―――って、あ、あれ?か、一輝?」


 声の主は、自分が飛び込んだ先の状況に困惑していた。

 もちろん、俺の名前を呼んでいるのだから、俺の知り合いだ。


「か、かいと~!お、お前な~!」


 俺は声の主の名前を口に出し、目に痛みによる涙を溜めて、声の主を睨みつけた。


「あ、あれ?もしかして、オレ、まずったか?あは―――あははは」


 俺の顔を見て、そんな事を言いながら、顔を引きつらせて笑っている俺の親友、石塚海翔がそこにいた。



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