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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
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第13話「正体」



『対象者が彼の前に現れました。ご指示を』


 イヤホンから、事務的で機械的な男の声が聞こえる、精鋭部隊の部隊長の声だ。

 私は思案することなく、命令する。


「発砲を許可する。但し、彼の安全を最優先に! 私が行くまでなんとか持ちこたえて!」

『了解です』


 その直後、イヤホンから号令が聞こえてくる。

 戦闘が始まる――。



「お願い! 間に合って!!」


 つい先程、真藤一輝が殺人鬼と遭遇したと連絡があった。場所は、如月町と皐月町の境にある公園だ。

 私は彼と一ノ宮の精鋭部隊がいる公園に向かって走っていた。

 あと、五分もあれば着く。だが、その道のりが今は遠く感じる。

 殺人鬼の力がどの程度のものか、まだ計りきれていない。今までは、普通の人間相手だった。だが、今は戦闘訓練を受けた精鋭部隊が相手だ。

精鋭部隊で片がつけば良いが、もし彼らがやられるような事があれば、殺人鬼の力は、私やお父様に匹敵するものになってしまう。

 そうなった時、私は彼を守りながら、殺人鬼に勝てるだろうか――。


 イヤホンから銃声が聞こえてきた。現場の状況はどうなっているのか――。

 聞こえてくる銃声だけでも相当数の弾丸が殺人鬼に打ち込まれたはずだ。おそらくは、蜂の巣だろう。

 だが、イヤホンから聞こえてきたのは、それに相反する声だった。


『怯むな。撃てー!』


 その号令の直後に再び次々と銃声が鳴り響く。


「まさか――銃が効いてないの!? まずい! 彼を連れて逃げて!!」


 私がマイクに叫ぶと同時に、銃声が鳴り終えた。

 その直後、イヤホンから雑音が聞こえてくる。


「――そん――な」


 その雑音は、精鋭部隊が全滅したことを意味していた。



 私は愕然とした。精鋭部隊がやられたということは、次は彼の番だ。もしかしたら、精鋭部隊とともに殺されてしまったかもしれない。

 そんな事が私の脳裏に過ぎり、私は焦燥にかられた。

 だが、その直後に私は目的の公園にたどり着いた。

 私は迷うことなく、公園の中へ入っていく。


「お願い――間に合いなさいよ!」



 公園はそれなりに広かった。けれど、すぐに彼と殺人鬼の居場所は分かった。その場所の異常性、流れる風の違和感。私はまっすぐとその場所へ向かう。


 そして――私はたどり着いた。


「――」


 彼は生きていた。まだ、生きていたのだ。

 だが――その彼の前に殺人鬼がいる。殺人鬼は前回と同様、右手を上げ、それを今にも振り下ろそうしている。


(まずい!)


 今回は間に合わない。警告なんて甘いことをすれば、彼はその間に切り刻まれるだろう。

 殺人鬼の右手は振り下ろされる。

 私は、殺人鬼が放つ風の刃の軌道に合わせ、風の刃は放った。

 見事に、殺人鬼が放った刃と私が話った刃は相殺した。


「そこまでよ。彼は殺させないわ!」

「一ノ宮――」


 私の声と共に、彼は振り向き、私を視認すると呆然としている。


「チッ! まさか、さっきの連中は――」


 殺人鬼は忌々しげに問いかけてくる。


「ええ、一ノ宮の従者よ」


 私は努めて冷静に答えた。

 精鋭部隊は全滅していた。一人残らずバラバラに解体されている。


「クク――まったく、よく邪魔してくれる女だね――君は!!」


 殺人鬼のその声と同時に、風が巻き起こる。私もほぼ同時に能力を解放し、風を巻き起こした。

 私と殺人鬼が巻き起こした風はぶつかり合い、暴風へと化す。

 私と殺人鬼の間にいた彼は、その風に巻き込まれ、近くの木まで弾き飛ばされた。


「チィ――!」


 彼が木に叩きつけられる直前、私は彼に対して、逆風を吹かせ、ショックを和らげる。だが、それでも衝撃を消しきれない。彼は背中を木に叩きつけ、痛みに悶える。


「クク――さすがだね。それだけの力がありながら、何故あんな、只の人間を守ろうとするんだい?」

「ふざけないで! 私は貴方とは違うわ。力を持たないからって、自分より弱い人間を蔑んだりしないし、殺したりしない!」

「そうかい? けれど、君だって人との繋がりを極力なくしていたはずだ。それは君が自分が他人とは違うということを自覚していたからだろう?」

「それは――」

「それに、このまま、この男とも、いままで通りに過ごしてられるなんて思っているわけじゃないだろう?」

「――ええ、そうね」


 確かにそうかもしれない。彼には私の能力を見られてしまった。殺人鬼と同じ力を。もう、隠すことはできない。言い訳できるような状況でもない。

 もしかすると、気味悪がられているかもしれない。私が他者と違うことに。何にせよ、もう彼と私の関係は今まで通りとはいかないだろう。

 その時、殺人鬼は私に思いも寄らない提案をしてきた。


「なら、僕と共に来ないかい? そうすれば、他人に自分の力がバレる事への心配をすることもない」

「そんなこと――」

「このまま、こうしていても、君の家にその『力』をいいように扱われるだけさ。ねえ? 僕と共に来るべきじゃないかい?」


 確かにこのまま行けば、私は一ノ宮の次期当主となり、能力者を狩り続けることになるだろう。

 だが――そんなことは、遠の昔に覚悟している。あの時、一番大切な友人をこの手にかけた時点から。

 それよりも、今は――今は彼を守りたい!


「私は――断る! あなたみたいな人殺しと一緒にしないで!」

「そうかい……なら、君には死んでもらうしかないね!」


 再び風と風のぶつかり合いが始まる。

 互いの風は竜巻へと変わり、その外周は既に刃と化し、相手の竜巻を切り刻むように、ぶつかり合う。

 形勢は明らかにこちらにある。私の竜巻の方が押している。けれど、相手の風のすべてを防ぎ切れているわけではない。


「くっ!」


 私の肌に当たる風はすべて細かい刃のようなものだ。多少の切り傷は受けてしまう。

 だが――その風による切り傷があまりにも多いような気がする。


(まかさ――狙っているの!?)


 優勢だと思われた戦況が、実は劣勢に立たされていたのだと、この時、私は初めて気づいた。

 この状況に私は焦っていた。このまま、長期戦に持ち込まれれば、少しずつ削られている自分の方が分が悪い。

 ならば、一気に押し切るしかない。幸いにして、本流の竜巻の方は私の方が押している。防御に回している力を竜巻の方に注ぎ込めば、押し切ることができるはずだ。無論、防御を捨てるわけだから、その一瞬は無防備になり、より一層傷を負う可能性がある。だが、それを気にしたまま、ズルズルと引き延ばせば、間違いなく私は負けてしまうだろう。

 私は覚悟を決めて、全精力を竜巻に注ぎ込む。計算通り、私の竜巻は殺人鬼の竜巻を飲み込み、殺人鬼へ迫っていく。


 その時、突然、殺人鬼の様子がそれまでものから変わる。それまでは、不気味な雰囲気を持っていたが、今この瞬間から、不気味さよりも、押しつぶされるような威圧感へと変わった。

 そして、それが合図かのように、殺人鬼はフードを外し、自ら素顔を晒した。そこには、男の顔があった。その顔は私と同い年ぐらいの顔つきで――。


「え――」


 私はその素顔に一瞬何か違和感を覚えた。


 だが、そうしている間に竜巻が殺人鬼を飲み込もうする、その刹那、信じられない出来事が私の眼に飛び込んできた。


「消えろ――」


 殺人鬼からその言葉発せられた瞬間、私の竜巻が、いや、互いの能力によって発生した風が地響きと共に消え去ったのだ。



 だが――今はそんなことよりも、気になることがある。

 私はこの男を知っている――ような気がする。

 見たこともない顔のはずだ。それなのに、私はその顔を見た瞬間から、この男の事を知っていると感じた。

 記憶にはない――だが、どこかで――。

 私は記憶を辿る。そう――あれはずっと昔――私がまだ7歳の頃だ。

 その頃、私はまだ幼い妹と三人で一緒によく遊んでいた――三人?妹と二人ではなく、三人で?私と幼い妹と、後は――そうだ! いつも私の隣にもう一人いた。



 誰――?

 男の子――?

 この男の子が、まさか――?


 

 が――その男の子の顔を思い出そうとした瞬間、記憶に靄がかかる。

 この感覚を私は知っている。母親の事を思い出そうとする時にいつも感じていたものだ。思い出そうとしても、思い出せない。思い出せそうになるのに、その瞬間、濃い霧が頭の中にかかってしまう。

 それと同じだとういうならば、この男は――。


(――っ)


 無理にでも思い出そうとした瞬間、ズキンと頭が痛んだ。


(何――今の?)


 気づけば、私は震えていた。手も足も。そして、自分が今にも泣き出しそうになっていることに気づいた。

 これは――恐怖?私はこの男に――殺人鬼に恐怖している――?。

 いや、違う――これは、今のこの状況のためではない。自信の記憶に恐怖しているのだ。


「そんな――あなた――」


 私はその恐怖に押しつぶされそうになる。

 お父様とお爺様の言葉が甦る。「今回の件に関わるな」という警告を。

 やはり二人は私に関わることを、私とこの殺人鬼に関わることを隠していたのだ。それはきっと私とこの男、そして――お母様に纏わることだ。


 殺人鬼は恐怖している私をあざ笑い、私に屈辱の言葉を投げかける。「お前は殺さない。共にくるなら生かしおいてやる。次に会うときまでにじっくり考えておけ」と。私には、その言葉が「それまでに思い出しておけ」と言う意味に思えた。

 そして、真藤一輝には「次こそは必ず殺す」と言い残し、殺人鬼は私たちの前から去った。



 殺人鬼が何故私たちを殺さず見逃したのかは分からない。

 だが、とりあえずは助かった。

 そう思った瞬間、全身の力が抜け、私はその場に倒れ込み、気が遠くなるの感じた。






 次に目を覚ました時、私は見知らぬ部屋で、見知らぬベッドの上に寝かされていた。その隣に、彼が――真藤一輝がいた。

 彼は、心配そうに私の顔をのぞき込み、私が目を覚ますと安堵の表情を浮かべた。


 彼は私が気を失っている間に、私を寝かせれるような場所を探して、かつぎ込み、そして傷の手当てまでしてくれていた。

 私はその優しさが堪らなく嬉しかった。

 この時初めて、私は何故彼に好意を寄せてしまったのか分かった。私は彼のその優しさに惹かれていたのだ。


 だが――私は居たたまれない気持ちでいた。

 私は彼に私の能力を見られてしまった。人外の力を。それは私が一番恐れていたことだった。彼に能力を知られ、忌み嫌われてしまうことに。

 彼は至って平然を装おうとしていたが、それでも表情には出ていた。「あれは一体何だったんだ」と。

 重苦しい時間が数分流れた後、切り出してきたのは彼の方だった。

 私は覚悟を決めて、訊かれたことに答えた。

 私の能力のこと、一ノ宮のこと、今回の事件のことを。

 怖かった。逃げ出したかった。彼に本当の事を話して、それで嫌われてしまうことに。それでも話さずはいられなかった。彼に私のことを何も知らないまま、私の側から離れて欲しくなかったから。相反する気持ちを抱えたまま、私は吐露してしまった。

 これで嫌われてしまうのであれば、それまでの事だ。私には彼に側に居て欲しいなんて言える資格はないのだから。

 けれど、私の真実を知ってなお彼は変わらずにいてくれた。それどころか、彼は信じられない言葉を口にした。


「一ノ宮のこと――好きだ――」


 嬉しかった。この上なく、幸せだった。

 私の本当の姿を知ってもなお、『あの時』から変わらない言葉を聞けたことに、私は嬉しかったのだ。泣き出してしまうくらいに。

 その夜、私は彼の胸の中で一頻り泣いた。それは初めての経験だった。他人の胸の中で泣くことが。



 それはとても心地よかった――。


      *


 翌日、目を覚ますし、隣を見ると、彼が――一輝の寝顔があった。寝息をたてて、まだ気持ち良さそうに寝ていた。

 その寝顔を見た瞬間、私はほっとした。


 よかった――夢じゃない――。


 昨日、殺人鬼と戦い、敗北したというのに、とても清々しい朝だった。それはきっと彼のおかげだ。彼が私を受け入れてくれたからだ。


 私はベッドから這い出て、時計を見た。私は苦笑した。既に時間は正午ちょっと前になっていた。

 自分では気づいていなかったが、昨日の事で疲労が溜まっていたのだろう。その証拠に、一輝はまだ眠り続けている。


 彼の寝顔を見て、また私は安堵する。

 彼は生きている。まだ、彼は生きているのだ。

 だから――今度こそ守らなければならい。あの殺人鬼から、私の手で。

 そして、もう二度とこんな事に関わらせてはいけない。彼は普通の人間で、普通の生活をおくるべき人間だ。こちら側の人間ではないのだ――。

 だから、私と一緒にいてはいけない。一ノ宮の次期当主である私と一緒にいては危険が伴う。


 それに――私だけ幸せになるなんてこと出来るわけがない。私は彼のことが好きだった紅坂命を――私のことも大好きだと言ってくれた友人を裏切ることはできない。


「ごめんね、一輝――あなたの事忘れないよ」

 それはとても辛い想いだった。できることならば、彼と一緒に居たい。けれど、『今』は無理だ。

 私は決意を固め、私は書き置きを残して、部屋から出た。




 部屋から出てすぐに、携帯で間島に電話をした。


『れ、怜奈くんかい!? よかった! 無事だったんだね?』


 受話器から焦りと安堵が入り交じった間島の声が聞こえてきた。どうやら、彼なりに心配はしてくれていたようだ。


「ええ、心配かけてごめんなさい――私の事は心配いらないから」

『そうか――なら、よかった――』

「お父様は――戻ってる?」

『いや――まだだ。あれから、探しているんだが見つからない』

「そう――ありがとう」


 それだけ言い残して、私は電話を切り、携帯の電源を落とした。



 おそらくは最も真実を知る者が今はいない。ならば、もう一人の真実を知る者に訊くしかないだろう。

 決断した私は、その者のいる場所に向かった。


 私が知りたい真実――殺人鬼の正体と私が無くした記憶を知るために。



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