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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
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第10話「胎動」



 2012年12月。

 紅坂命が起こした事件から一年以上が経過した。

 その後、如月町には能力者による事件は一件も発生していない。



 結局、あれから、私は如月学園に残り、ごく普通の高校生活を過ごしていた。

 ただ、私には気がかりなことがあった。

 あの時知り合った男子生徒、真藤一輝は、あれから私と顔を会わせる度に挨拶をしてくるようになっていた。

 一年生の時は、クラスが別々だったため、言葉を交わすのも時々だった。だから、私もさほど気にかけていなかった。

 けれど、二年生になった時、私と彼は同じクラスになってしまった。


 これは、偶然?

 それとも、私に与えられた罰?


 二年生になってから、彼とは毎朝顔を合わせるようになってしまった。

 そして、彼は毎朝私に挨拶をしてくるようになる。私に対して、そんな事をしてくるのは、もうこの学園で彼だけだ。

 それが、私には辛かった。彼の優しさが、誠実さが、好意が。

 あなたを好きと言った女性を私は殺したのに――。

 その事を彼が知れば、彼はどう思うだろうか?

 きっと、嫌われるだけでは済まない。もう二度と挨拶を交わすこともなくなるだろう。


 私は彼にどう接したらいいのか分からなかった。ただ、毎朝のように朝の挨拶を交わすだけ。ただ、それだけでも、命への負い目と罪悪感で押しつぶされそうになる。それでも私は――――嬉しかった。



 そんな日々を送っていたある日、隣町の皐月町で殺人事件が起きた。

 12月24日、クリスマスイヴの日に路地裏において、バラバラ死体が発見された。

 まだ、一般公開されていないのにも関わらず、一ノ宮家にはすぐに知らせが入った。

 なぜなら、この事件にはあまりにも不自然な点があったためだ。

 その不自然な点というのは、その被害者は路地裏でバラバラにされていたということ。バラバラにされた死体が路地裏にばらまかれた訳ではない。路地裏のその場でバラバラにされていたのだ。

 何故、そう言い切れるのか? それは、その場に大量の血が残されていたため。

 そして、もう一つ不自然な点がある。それは、誰もその犯行現場を目撃したものはいないということだ。

 考えてもらいたい。人間をバラバラするのにどれだけの労力と時間を要するか。いくら路地裏でも、それを誰にも見られることなく遂行するなど不可能に近い。にもかかわらず、犯人はそれをやってのけた。

 偶々なのか? それとも――。

 

 そして、これは不自然な点というわけではなく不気味な類になるが、バラバラにされた被害者の死体から、頭部が消えていた。


 これらすべての点で、ごく普通の殺人事件と即断することが出来ず、一ノ宮家にも事件の全貌が報告されてきたわけだ。



 12月25日。

 事件の翌日、お父様の書斎で私とお父様はそんな事件について間島から報告を受けていた。


「現時点で分かっていることは以上です。と言っても、警察から入手した情報に過ぎませんが」


 間島は報告が終わると、最後にそう付け足した。

 お父様は、報告を聞き終えると、眉をひそめ、厳しい顔つきになっていた。それは、私も同じだった。間島の報告はあまりにも情報が足りな過ぎる。


「本当に警察が掴んだ情報はそれだけなのかね?」


 お父様は、私が同様に思っていた疑問を間島に投げかけた。


「ええ。これは確実な情報です。彼らはまだ何も掴んでいない。そもそも、現場に残されていた情報が少なすぎたようです」

「だからって、これだけでは私たちにも判断しようもないわよ」


 私はお父様と間島の会話に割って入る。

 お父様は、私の主張に同調するように首を縦に振って頷いた。


「間島君、今回の事件については保留だ。まだ、能力者によるものとの判断もできない。それに警視からの正式な要請もない。このまま、様子見としよう」

「分かりました」


 それで話は終わるのだと思った。しかし、お父様は思いの寄らぬ発言をする。


「ただ――」

「なんでしょう?」


 間島も終わった話だと思っていたのであろう、話を続けようとするお父様に不思議そうな視線を送った。


「犯人が能力者ではないとも言い切れない。済まないが、間島君には独自に事件の調査を行ってもらいたい。もちろん、君も一般の探偵業があるだろうから、片手間でいい。調べてくれた事にも報酬を払う」


「「――」」


 私と間島は驚いていた。

 お父様が能力者の起こした事件だと何の確証もないのに、専属探偵の間島に事件調査の依頼をするなど。それはこれまでのお父様の方針からすると考えられないことだった。


「何か……御心配なことでもあるのですか?」


 間島は私すらも感じていた疑問をお父様に投げかける。


「いや、そういうわけではない。だが、今回の事件は質が悪すぎる。もしもの場合の事も考えてことだ。もし、能力者であった場合、どんな能力かは知らんが、かなりの力があると思っていいだろうからな」

「そう、ですか。わかりました」


 お父様の説明で、間島は引き下がった。私もお父様の説明に疑問を覚えることもなく、納得した。

 そこで、この話は終わった。



 これが、私と、彼――真藤一輝との運命を繋ぎ合わせる事件の幕開けだった。

 この時の私には知る由もない。


      *


 2013年1月。

 その後、同様の事件は続いた。

 年が明け、高校の冬休みが終わった頃には、被害者は三人に増えていた。

 第一の事件以外は一般公表されていないため、事件はその後進展を見せていないように世間では思われているが、実はそうではない。

 第二と第三の事件の被害者は政界に通じる人間であったため、スキャンダルを恐れた政治家が警察に圧力を掛け、事件を非公開にしてしまったのだ。

 だが、そんなことは一ノ宮家にとっては一切関係なく、事件の詳細はすべて一ノ宮家に報告されていた。

 間島は事件が発生する度に、警察から情報を入手し、それが役に立たないとみると、自身の足で調査を行っていたようだが、これといって有力な情報は得られなかったようだ。


 そして、第一の事件が起こった後のお父様の言葉が気になっていた私は、被害者が三人になった時点から、ある行動を起こしていた。

 私は夜になると、お父様や間島に内緒で、隣町の皐月町を巡回するようにしていた。

 こんな行動を起こした理由は、私は今回の事件が能力者によるものではないかと考えるようになっていたからだ。

 そう考えるようになったのは、やはり事件そのものが異常過ぎたため。それも、こう立て続けに起きているのにも関わらず、犯行の手口も一切分からず、目撃者もいない。もう、それ自体が異常だ。


 これは紛れもなく能力者の犯行ではないか――。



 私は毎夜、みんなが寝静まった頃を見計らい、屋敷を抜け出し、隣町へと向かった。


 この日、1月8日も同様だった。


 私は細心の注意を払いながら、路地裏を探索していた。

 日付が変わって一時間程過ぎた頃、私は路地裏の角を曲がった先で、あるものを発見する


(――人影?)


 一気に心臓の高鳴りが早くなる。

 人がこんな時間の路地裏にいる時点で、既に異常とも言える。そして、現在、この皐月町には殺人鬼が住み着いている。

 ならば、私の見ている人影が殺人鬼である可能性が高い。


 私は臨戦態勢を取りながらも、風の流れを読む「風読み」に意識を集中させる。

 まだ、人影がはっきりと見て取れるわけでもない。人数、背格好も分からない。


 数は、二人……?

 互いに向かい合っている。

 手前側、つまり私が見ている人影の方が小柄だ。

 私はゆっくりと音たてずに二人に気づかれないように近づいていった。

 私が二人の人影をはっきりと視認できる距離まで近づいたその時、突然の突風が吹いた。


(こ、コレは……!?)


 そして、私は見た。

 奥側にいた人間がバラバラになりながら崩れ落ちていく様を。


「そ、そんな……これは、風の――」


 私は驚きのあまり、声に出していた。


「――誰だ」


 手前側の人物は私の声に気づき、振り返る。


(しまった――)


 声だけでは男か女か、子供か大人か分からない。中性的な声だった。

 姿もしっかりと視認できている。だが、黒いロングコートを羽織っており、さらにフードを深々と被っているため、顔を見ることは出来なかった。

 それでも、私は直感した。この人間が、殺人鬼であると。


「お前は――」


 振り返った殺人鬼は私を見て、些か驚いているようだった。


「まさか、一ノ宮がもう動き出していたとは、ね」

「――あなた、一ノ宮のことを、私を知っているの!?」

「フ――フフフ、ハハハハ!」


 突然、殺人鬼は笑いだした。陽気な笑いが路地裏に響く。


「何がおかしいの!?」

「ああ、ごめんよ。嬉しくってついね。また一つ目的に近づいたから」

「目的、ですって?」

「しかし――まさか君が来るとは思っていなかった。僕はつくづく運があるね。でも――」


 意味の分からない言葉を並べたてながら、殺人鬼はバラバラの死体から頭部らしき物を拾い上げて身を翻し、私に背中を見せる。


「今日はここまで。君とも戯れたいけど、君以外にはまだ誰にも姿を見られるわけにはいかないのでね」

「ま、待ちなさい!」


 私はその場から去ろうとする殺人鬼を呼び止め、風を発生させた。

 だが――。


「また、ね」

「くっ……!」


 私が風を発生させようとした瞬間、殺人鬼の周りに竜巻が発生し、砂埃が上がる。

 その砂埃が殺人鬼の姿を覆い隠し、竜巻が消えた時には殺人鬼の姿はそこにはなかった。

 残されたのは、頭部のないバラバラになった死体だけ。


「……逃げられた。でも、あれは間違いなく――」


 あれは、間違いなくカマイタチの力。

 私の目の前で人間をバラバラにしたのも風の刃。

 あの殺人鬼は、間違いなく私と同じ『風』の能力者だ。


      *


 帰り道、私は先ほど起きたことを頭の中で整理していた。

 私は殺人鬼が私と同じ能力者であったことを目の当たりにした今でも、それは信じ難い。

 それほど、同じ能力を持つ人間と出会うことは稀なことだ。



 帰路に着くと、屋敷の門の前に人が立っていた。


「ずいぶんと遅い帰りだったな?」

「――」


 門前にいたのは、お父様だった。

 お父様の顔は険しかった。私がこんな時間に出歩いていたことに怒っているようだ。


「すみません。勝手に出歩いて」

「分かっているならそれでいい。以後は夜に出歩くな」

「……はい」

「それで? 何を見た?」

「え――」


 お父様の言葉に私は固まった。

 お父様の眼はまるで全てを見透かしているようだった。いや、もしかしたら、私の顔に出ていたのかもしれない。それほど、この時の私は、殺人鬼の事で頭が一杯になっていた。


「何かを見てきたのだろう? しかも、隣町で起きている猟奇殺人事件に関わることを」

「そ、それは……」


 私は言葉を濁さずにはいられなかった。

 お父様と私、そしてお爺様は確かに風の能力者だが、それは一ノ宮家の血を引いているからだ。

 だが、あの殺人鬼は違う。一ノ宮家とは関わり合いがない。いや、無いはずだ。だが――。


『まさか、一ノ宮がもう動き出していたとは、ね』


 殺人鬼のあの言葉が気になる。

 私の顔を見て、殺人鬼は私が一ノ宮家の娘だと分かっていたようだった。

 ならば、殺人鬼は一ノ宮家と関わりがあるものかもしれない。もしそうなら、お父様に隠しておくのは得策ではない。

 私は意を決して、皐月町で見てきたことをお父様に話した。


「――」


 お父様は私の話を黙って聞いていた。だが、殺人鬼が風の能力者であることを話した瞬間、表情が一変した。いや、表情が変わったというのは正しくない。顔が青ざめていた。


「お、お父様?」

「――は、話は分かった。この件は処理班と私に任せろ。今回の件、お前にはまだ荷が重い」

「し、しかし!」

「話はここまでだ。部屋に戻って寝なさい」


 明らかにお父様の様子はおかしい。それを尋ねようにも、お父様は有無を言わさず話を打ち切ってしまった。

 あの様子は、まるで何かに恐怖し、怯えているようだ。

 そんなお父様を見たのは初めてのことだった。



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