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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
43/172

幕間「紅坂命の場合」



「はあ……」


 私は深い溜め息をついた。

 こんな深い溜め息をついて、気分を憂鬱にしている理由、それは大好きな友達と喧嘩をしてしまったから。


「私、なんであんな心にもないこと言っちゃったんだろ……」


 私は友達に酷い事を言ってしまった。

 確かに、彼女がしたことが許される事ではなかったし、私が怒るのも無理ないことだと思う。

 でも、それ以上に私は彼女のことが大好きで、大切で、かけがえのない存在になっていた。

 だからこそ、自己嫌悪に陥っている。

 あんな事を言われて怒らない人間なんていない。嫌われても文句言えない。それでも――。


「どうやったら仲直りできるかなぁ……。素直にごめんなさいって言えば許してくれるかな……?」


 たとえそれで許して貰えたとしても、それでも、やっぱり今まで通りとはいかないだろう。

 それだけ彼女に言った言葉は酷いものだった。そして、それ以上に彼女は私に負い目を感じてしまうだろうから。


『僕の好きな人は――紅坂さんと同じクラスの一ノ宮怜奈さんだ』


 彼の――真藤君の言葉が脳裏を過ぎる。

 まさか、彼が好きな人が私の大好きな友達だったなんて――。

 そうとも知らず、私は彼に告白してしまい、それを怜奈に目撃され、挙げ句の果てに彼のあの言葉も聞かれてしまった。


 あの時、私が怜奈に酷いことを言った理由は、あくまで怜奈が私に対して、裏切り行為を行ったことによるのもので、彼の言葉が原因ではない。あの時も怜奈に対してそういった態度をとった。

 けれど、あれは半分嘘だ。もう半分は本当に嫉妬から。

 だからこそ、自己嫌悪に陥っている。


 どうしたら、仲直り出来るか――。それが、今の私の最大の難問。

 明日は文化祭。本当は怜奈と一緒に回って、楽しむつもりでいた。

 そして、怜奈に協力してもらって、真藤君に告白するつもりだった。段取りが早まって、今日彼に告白してしまったのだが。

 でも、どんな状況になっても、怜奈と文化祭を回りたいのは本当のこと。折角の文化祭を親しい友達と回りたいと切実に願っていたから。

 なぜなら、おそらく私はもう――。


「文化祭を一緒に、かぁ。……あ!」


 唐突に、ある考えを思いついた。すごく難しい方法だけど……。


「うん。でも、これなら怜奈と仲直りできるかもしれない!」


 しかし、この方法には彼の協力が必要不可欠だ。彼は協力してくれるだろうか?

 もちろん、彼には色々と内緒にした上で、協力してもらわないといけない。きっと、知ってしまったら、彼もさすがに嫌がるだろう。

 でも、彼にとっても悪い話ではない。上手く説得できれば、今まで以上に彼と私、怜奈と彼、私と怜奈の距離は縮まるのではないだろうか。

 ならば、やってみる価値がある。


「そうと決まれば――」


 私は彼がいる教室へ駆けだした。


      *


「――よかったぁ。真藤君もその気になってくれて」


 学校からの帰り道、独り私は安堵していた。

 真藤君の協力はなんとか得られた。最初はかなり困った顔をされてしまったが、最後には快く承諾してくれた。

 やっぱり、私が思った通り、彼はかなりのお人好しだ。

 まあ、私が彼を好きになったのも、そういうところなのだから当たり前なのだが。

 これできっと怜奈とも仲直りできて、真藤君とも友達になれる。

 きっと、三人で楽しい文化祭が過ごせるはずだ。

 私は明日起きることに、不安と期待に胸を弾ませながら帰路についた。


     *


「ただいまー」


 私はいつものように、家に着くと、帰宅の挨拶をして、自分の部屋に入ろうとした。

 けれど、私は家の中の異変にすぐに気づく。

 なぜなら、帰宅後の習慣とも言える事がなかったからだ。

 私が学校から帰宅すると、すぐに両親のどちらかがその日あったことを聞きにくる。私が不振な行動を取ってないかを調べるために。

 だが、この日はそれがなかった。家の中は静まりかえり、誰もいないようだった。


「――、――」

「――」


 誰もいないと思っていたが、耳を澄ませば、誰かの話し声が居間の方から聞こえてくる。


(これは……パパと、ママ?)


 どうやら、小声で何かを話し合っているようだ。話に夢中で私が帰ってきたことにも気づいてないらしい。

 私はそっと居間の扉に近づき、耳を澄ました。


「ねぇ、あなた。もう限界よ。これ以上は……」

「まあ、待て。もう少しの我慢だ」


 二人の声の調子や会話から、なにやら切迫した深刻な話をしているのが分かる。

 だが、何の話なのか――。


「あなたはそう言いますけど、もしもの事があったらどうするんです!?」


 突然、ママが声を張り上げた。


「だ、大丈夫だ! あの人も、そこまでには至っていないと言っていただろう?」


 パパは、ママの激情に動揺しながらも、落ち着かせようとしている。


 あの人とは誰なのか? それに、まったく話が見えてこない。


「そんなのあてにならないわよ! もしかしたら、もうあの子は人をっ!」

「バカなことをいうんじゃないっ!」

「……ッ!」


 パパの怒鳴り声に、ママは言葉を失う。私も聞き耳を立てていたが、その時ばかりは息をのんだ。


「……でも、でも!」


 ママはパパの怒鳴り声に萎縮しながらも、反論の声を漏らす。


「命が人を殺したらどうするの!? そうなったら……私たちはどうなるの!!」

「――」


 今度はママの言葉にパパが息をのんだ。

 私は呆然とするしかなかった。


 パパとママは何を言っているの?

 私が人を殺す?

 何故?


「大丈夫だ! まだ、そんな事件も起きていないだろう? 君の杞憂だよ。アレにはもうそんなことができるわけがない」

「――そうよ、そうよね。私がどうかしてたわ。そうようね。だって、あの子、後三ヶ月しか生きられないんだもの」


(――ナニ、ソレ?)


「ああ、そうだとも! 後三ヶ月、それで何もかも終わる。大丈夫だとも。何の治療もしていないんだ。もしかしたら、もっと早く死んでくれるかもしれない。そうしたら、私たちは自由だ」


(パパ――ナニをイッテルノ?)


 嘘だ。

 こんなの嘘だ。

 こんなの悪い夢だ。

 こんな、――こんなの。


 目の前が真っ暗になった。

 パパとママの言葉に、私は茫然自失となっていた。



 何故、ママは私が人を殺すなんて言うの?

 何故、ママは私のいのちが後三ヶ月なんて言うの?

 何故、パパは私が死ねば自由になれるなんて言うの?


 暗闇の中、私は思った。

 もう、何も見たくない。

 もう、何も聞きたくない。


 その時、不意に声が聞こえきた。


『君の願いはなんだい?』

「だ、誰!?」


 私は突然の声に驚き、暗闇の中で声を上げる。だが、声の主は私の問いに答えることなく、再び問いかけてきた。


『君の願いを、想いを教えてくれないか?』


 その声はとても透き通った、優しそうな声だった。


「私の、願い? 想い?」


 その声は不思議だった。聞いたこともない声なのに、その声には私の心を安心させる何かがある。

 そして、私はその問いかけに自然と答えていた。


「私……死にたくない! もっと――もっと生きていたい!!」


 それは心からの叫び。嘘偽りない、私の本音。


『その願い、その想い、叶えよう』


 声は私の叫びに呼応した。そして――。


『但し、君の大切なものと君の心を引き替えに。君はもう人には戻れない』


 その声はそれまでとは真逆。暗く淀んでいて、そして、怖ろしい声だった。


     *


 気づいた時、私はパパの前で佇んでいた。


 パパは口をパクパクさせて、何かを言おうとしている。

 でも、パパは何も言えない。首を絞められているから。

 パパの横には、何やら枯れ果てた植物のように干上がった人間が倒れている。女性だ。これは――ママ?

 そして、まるでそのママの血に染まったかのような、赤い髪がパパの首を絞めている。

 これをやっているのは、――私?


 私の髪の毛の一本一本が伸びて集まり帯状になっていく。そして、その先端が鋭利な刃物のよう変わった。

 髪で形成された刃物はパパの胸に近づき、そのまま差し入れる。


「ぎゃ!」


 小さなうめき声。それと同時に、パパはどんどんミイラのように干上がっていく。ママと同じように。

 パパが完全にミイラになると、胸からも首からも髪が外れた。


「……ナニ? コレ?」


 私は理解出来ないでいた。

 目の前で起きた事が、自分のしたことなのか半信半疑だった。

 それでも分かる。パパとママは死んだのだ。


 私が……殺した? 本当、に?


 私は辺りを見渡す。

 自分の髪が、異常なまでに伸びた赤い髪がまるで生き物のようにユラユラと宙を漂っている。

 それで私は確信した。


 私が殺したのだと。


「アハッ! ナニヨ、コレ? ハハ――ハハハハハハッ! コンナ――コンナ――キモチイイナンテ!!」


 歓喜した。自信の両親を殺してしまった罪悪感よりも、それをどうでも良いと感じさせる程の、この高揚感に。

 力が漲る。空気が美味しい。血の臭いが心地よい。



 ああ……これが生きてるっていうことなんだ!


 あの声の主が言っていたように、私は人の心を失い、人間ではなくなった。

 

 それでも、想う。

 彼女と彼と私が一緒に過ごす日常を。それがもう叶わないと知りながら。


 助けて、真藤君。

 助けて、怜奈。


 でも、すぐにその心は消えていく。


 ――ああ、もっとだ。

 もっと。

 モッと。

 モット。

 血がホシイ。



 私が聞いた声は、悪魔の声だったのだ。



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