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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
42/172

第9話「決意」



 あれから数日が過ぎた。

 私の初任務は完了した。私の望まぬ形で。

 それでも、私は今もなお如月学園に通い、彼女がいた教室で高校生活を送っている。もはや、この場所に私の目的はないはずなのに。


 あの後――屋上に間島新一が現れた後の事はよく覚えていない。

 駆けつけた彼の言葉を聞いた瞬間、私の中で弾けた感情は、私から記憶と時間感覚を奪ってしまったらしい。

 私は彼に支えられながら、私自身の足で、一ノ宮邸まで帰ってきたそうだ。私には記憶にないことだった。

 私の意識が完全に復帰したのは、その日の夜だった。気づいた時、私は自分のベッドで眠っていた。

 起きた瞬間、全ては悪い夢だったのだと思った。今までの事は夢で、明日起きて学校に行けば、文化祭当日で、そこに彼女が――紅坂命がいるのだと思った。

 けれど、現実は私の儚い望みを打ち砕く。

 ベッドから起き上がり、自分の部屋にある鏡をのぞき込むと、私の顔があった。当たり前だ。でも、それで全てが現実だったのだと思い知らさせれた。

 鏡の映った顔の下にある首に痣が残っていた。まるで、何か布のようなもので絞められた痕。それが、夢でなく現実に起きたことなのだということを証明していた。


(ああ……本当に私は彼女を……)


 不意にコンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「起きているかい?」


 ドアの向こう側から聞こえてきた声は間島のものだ。


「ええ……なに?」

「ああ、いや……ちょっと心配になって」

「心配? なにを?」

「なにをって……君をだよ。随分と憔悴していたように思えたから」


 憔悴、していた? 私が?

 あの後の記憶がハッキリしていないことは、この時に気づいた。


「大丈夫よ。心配いらないわ」

「……そうか。あれから少し調べてみたよ。紅坂命について」

「え……」


 彼から命の名前が出て、私は一瞬硬直する。


「少し気になったんだ。何故、彼女があんな行為に走ったのか。……彼女の主治医に会ってきたよ。君も知っているよね? 彼女、体が弱かったこと。でも、『弱い』なんて生易しい言葉で片づけられる状態じゃなかったみたいだ」

「なによそれ? どういうこと?」


 私の問いに、彼は一呼吸おいて、続きを話し始めた。


「彼女は病気だった。それも重度の。もって、後三ヶ月の命だったらしい」

「そんな……!?」


 彼女が重度の病気だった?

 あんなに普通に生活していたのに?

 でも、確かに具合が悪そうにしていた事が何度かあった。今思えばあれが――。


「それを彼女には知らせていなかったみたいだが……」


 命はそれを知っていたのではないか。

 そんな考えも浮かんできても無理はない。

 そして、それが彼女をあんな凶行に走らせた原因ではないのか。

 確かに彼女は体調が悪くなると、無意識のうちに能力が発動してしまうことがあるとも言っていた。それが今回の事件にも関係しているのでないだろうか。

 けれど、間島が言いたい事は私が考えていた事とは、まったく別のことだった。


「だから、君が悔やむことはない。遅かれ早かれ、彼女がたどり着く先は――」

「それ以上先は言わないで!」

「……」


 私は彼の慰めの言葉を遮った。それを聞く資格など私にはない。


「私がしたことは何も変わらない。そうでしょう?」

「そうか……そうだね」


 そこでドア越しの会話は途切れる。

 だが、彼は私の部屋の前から立ち去ろうとせず、その場に立ち尽くしている。


「なに? まだ何か用なの?」


 問いかけると、彼は歯切れ悪く答えた。


「あー、うん……蔡蔵さんが、君をお呼びだ」

「……そう。戻ってきたの」

「うん。怜奈君と話がしたいそうだ。どうする? 僕が適当な理由をつけて、断ることもできるけど」

「あら、随分と優しいことを言うのね? 今日は」


 彼の申し出に私は少し皮肉混じりに応じる。

 その優しさが、この時ばかりは癪に障った。

 ドア越しだが、彼の少し困っている様子を感じとることができた。それを機とみて、私は心にも無いことを捲し立てる。


「あなた、何様のつもり!? ただの専属探偵風情が余計なことをしないで! あなたはお父様の命令を訊いていればいいのよ!」

「……ああ、そうだね。それじゃあ、居間で待ってるよ」


 彼はいつもの陽気そうな声のまま言い添えて、私の部屋の前から立ち去った。


「なによ! 少しは怒るなりなんなりしなさいよ!」


 私は彼の態度に、愚痴を零す。

 私は何をやっているのだろう? あんな事を言うつもりはなかったのに……。

 それでも、今は彼の優しさが辛かった。それよりも、怒りや汚い罵声でも浴びせてくれた方が良い。今の私にとっては、そっちの方が精神的に楽だった。



 居間に行くと、お父様がいた。

 お父様は厳しい面持ちで、私が来るのじっと待っていた。

 しかし、私が顔を出すと、その表情は一瞬だけ安堵の表情に変わったように見えた。すぐに元の厳しい表情にもどってしまったけれど。

 それから、少し間をおいた後、口火を切ったのはお父様の方からだった。


「話は聞いた」

「そう、ですか」

「何故、命令を無視した? この任務に就かせた時に言っておいたはずだ。何があっても殺すな、手出しするな、と」

「はい。覚えています。昨日も言われました」

「ならば、何故だ?」

「友達――だったからです。私にとって親友だったから、だから私の手で止めたかった。それだけです」


 私は感情を表に出さず、事実のみを告げる。

 そう、事実を告げた。私と監視対象の紅坂命とは友達だったと。だからこそ、自分で彼女に手をかけたと。

 けれど、私の返答にお父様は激怒した。


「それだけだと!? ふざけるのも大概にしろ!!」

「――」

「お前がやったことは、一ノ宮家の役目でもなんでもない! お前は一時の感情に流され、人を手にかけたに過ぎん! お前は単なる人殺しになるつもりか!?」


 ――人殺し。

 そうだ。私は人を殺そうとした。自分の命欲しさに、他人の命を奪ったのだ。

 一ノ宮家の役目としての能力者狩りとは違う。意味のない、単なる殺人。私にもその自覚はあった。

 けれど、一ノ宮家がやっていることも殺人だ。その事実も変わらない。それも私の本音だった。


「私は……能力者狩りだって人殺しと何ら変わらないと思っています! それよりも、私は能力者を殺さずに止めたい! ただ、それだけです!」


 私は本音をぶちまけた。お祖父様が示してくれた希望を。

 私の反論にお父様は驚愕し、目を瞠った。


「それだけ、だったんです」

「父に、何か言われたか?」

「……お祖父様は関係ありません」

「父がお前に何を吹き込んだかは大方の予想がつく。だから、敢えて言っておく。父の言ったことは忘れなさい。父は夢を見過ぎている」

「どうして……どうして、お父様は諦めるのよ! もしかしたら――」

「黙れ!」

「――!」


 それは、過去にない程の怒りだった。私の反論を怒鳴り声と威圧だけで、かき消してしまった。


「そんな夢のようなことを言って良いのは、子供の時だけだ。お前はもう高校生になったんだ。そんな夢は見るな! それに……今回の事で身に滲みただろう」


 確かにお父様の言う通りだ。紅坂命は言葉では止まらなかった。結果として、『殺す』という行為でしか、彼女を止める術はなかった。

 それでも、私は――。


「今回の事は特別に不問にする。次の指示があるまで、お前はこれまで通り高校へ通え。……少し頭を冷やして良く考えてみることだ。いいな!」

「はい……分かりました」


 その後、私は誰とも会話することなく、自室へと戻った。

 その夜は寝付くことはできなかった。

 まだ、今日起きた事が現実を帯びてこない。それでも、あの時の情景がハッキリと脳裏に焼き付いている。

 私は親友を、命をこの手で――。



 結局、私は二日程休んだものの、お父様の指示通りに高校へ通い続けた。私の大好きな親友がいた学園に。そして、今はもうその人がいない教室に。


 紅坂命が起こした事件については、すべてが闇の中へと葬られた。

 命の両親、そして、命自身については、引っ越して行ったことになっている。彼女の殺人を目撃した人間もいたが、殺された人間が一ノ宮家の息の掛かった人間であったことが幸いし、目撃者の証言は黙殺された。

 殺人事件など起こっておらず、紅坂命は急遽、転校していった。それが、今回の出来事の顛末となった。そう、すべては闇の中に――。


 そして、あの事件から一週間が経った。


 私は屋上へと出るドアの前に佇んでいた。

 あの日以来、屋上には来ていない。

 私はここに来ることが怖かった

 私は、私が彼女との時間を一番長く過ごしたこの屋上で、私は彼女を殺してしまった。

 あの時の事に、自分の罪に、自分が押し潰されてしまうようで怖かった。

 それでも、私はここを訪れることを決意した。

 この屋上で、自分の気持ちを、そして自分が犯した罪の重さを確認したかった。

 私は意を決してドアノブに手をかけ、ドアを開け広げる。

 瞬間、屋上の風景が目に飛び込んできた。


「――」


 一瞬、残像のようにあの時の光景が見えたような気がした。

 けれど、そこはいつもと何も変わりない屋上だった。

 屋上に出て、辺りを見渡す。

 あの時の痕跡は何一つ残っていない。彼女が能力でつけた地面の傷も、彼女が流した血の痕も。全て綺麗さっぱりに消え去っていた。


「本当に、何もなかったみたい」


 すべてが無かったことにされた。命が起こした事件だけでなく、まるで命の存在そのものがまるで始めからなかったように。

 事実、最初の二三日は急な転校で騒がれたが、一週間経った現在、校内で彼女の事を話す教師、生徒は誰もいなくなった。

 この数ヶ月、私と命の間にあったことは、全部夢だったのではないか――そんな風にさえ思える。

 そんな考えを巡らせながら、私は屋上の中心で佇む。

 その時だった。不意に後ろから屋上のドアが開いた音がした。

 私は驚いて振り向くと、そこに『彼』が――あの時の男子生徒がいた。


「あなた――」


 私は小さく呟いた。私の呟きは彼には聞こえていない。

 彼は私と目が合うと、何故か安堵の表情を見せる。


「よかった……ここにいたんだ?」

「え?」


 彼の言っている意味が分からない。


「探してたんだ。一ノ宮さんのことを」

「わたし、を?」


 彼は頷く。

 私を探していた……何故?


『僕の好きな人は――』


 不意にあの時の彼の言葉が脳裏を過る。

 あの時、何故彼はあんなことを言ったのか。そして、今、何故私を探していたなどと言うのか。


「お、いや、僕のこと知ってるかな?」

「いいえ。知らないわ。あなた、誰?」


 彼は私の返答に少し――いや、かなり残念そうな顔をする。

 私は知らないフリをした。

 あの時の事は彼と命との間だけであったこと。私が知っていてはいけないことだ。それに、真実、私はこの男子生徒の事を何も知らない。確か名前は、真藤、だったか。


「そ、そうだよね。話をしたことなんて一度もないし。それじゃあ、自己紹介から。僕の名前は、真藤一輝。一ノ宮さんと同じ一年生だよ」


 そうか。真藤一輝というのか。

 この時、私は彼のフルネームを初めて知った。


「隣のクラスにいるんだけど、見覚えない?」

「ごめんなさい。ないわ」

「そ、そっか……」


 私の即答に彼はまた少し落ち込んだ。


「えっと、真藤君は私に用があるの?」


 彼の様子が少し痛々しく見えたので、話題を元に戻した。


「う、うん。そうなんだ」

「どうして?」


 私の問いかけに、彼は少し神妙な面持ちになる。


「紅坂さんについて聞きたいんだ」

「え!」


 私は耳を疑った。彼の口から彼女の名前を聞くことになるとは思っていなかったから。


「その……紅坂さん、突然転校しちゃっただろ? そのちょっと前に彼女と話す機会があって、……気になってさ」

「気になるって……何が?」

「ああ、いや、それはどうでも良いことなんだ。僕はちょっと彼女と連絡を取りたいだけだから」


 ――命と連絡を取りたい。

 ああ、そうか。それはそうだろう。

 突然転校したなんて事にしたから、それを疑問に思う人も出てくるのが当たり前だ。特に彼の場合、あの前日に命から告白されている。ならばなおさらだ。


「彼女のクラスメイトだった人に聞いてみたんだけど、誰も彼女の連絡先を知らなくて」

「え、そうなの?」


 こくりと彼は頷く。

 命の連絡先を誰も知らない?

 あれだけ、誰とでも仲良くしていたのに?

 友人と呼べそうな人間がいたのに?

 その誰もが彼女の連絡先を知らなかった?

 どうして――。


「それでさ、クラスの人に、転校する直前まで紅坂さんは一ノ宮さんと仲良かったって聞いたから、それで知ってるかなって」


 そういえば、私も命の連絡先を――携帯番号を知らない。いや、そもそも彼女は携帯電話を持っていなかったように思える。


「――」


 そういうことか。

 それが、彼女が能力者として決めたルールだったのか。

 誰からも好かれる人間を演じ、それでいて、誰とも深い仲にはならないようにする。だから、誰も連絡先を知らないし、居なくなっても、そのうち誰も気にかけないようになる。

 そうなるように彼女はしていたんだ。おそらくは、いずれはこうなることを予想して。

 ただ――その例外が、彼だったのかもしれない。だから、命は彼に告白した。


「ごめんなさい。私も知らないわ」

「そっか……なら、アレは君のことじゃないんだね」

「アレって……何のこと?」

「え? ああ、うん。さっきも言ったけど、文化祭の前日に紅坂さんと話す機会があってさ。その時に文化祭を一緒に回ろうって誘われたんだ」

「え――」


 私は耳を疑った。

 命が彼に告白した時、そんな話はしていなかったはずだ。

 ならば、いつ彼を誘ったというのか。まさか、私と屋上で話をした後――。


「最初は断ったんだ。一緒に回る約束した友達がいたから。でも、紅坂さんがどうしても紹介したい人がいるからって」

「紹介、したい人?」

「うん。その人はすごく綺麗で、でもちょっと不器用で、いつも無愛想に振る舞ってるけど、実はすごく優しい人で、笑うとすごく可愛いんだって。私の自慢の親友だから僕と友達になって欲しいって。きっと仲良くなれると思うからって言ってた。でも、結局、文化祭に紅坂さんもその人も現れなかった」

「――」


『本当は、今日は、私、と、怜奈と……真藤君の三人で……文化、祭、回れたらって……思ってた、の』


 死の間際の命の言葉が蘇る。


(ああ……命、あなたそんな準備までしてたんだね? それなのに――)


「――と、転校した人の事をベラベラと喋るのは良くないな」


 彼は我に返ったように呟き、ため息をついた。


「ご、ごめんなさい。私も変な事聞いて」

「ううん。ありがとう、一ノ宮さん。これ以上、紅坂さんの連絡先を調べるのはやめるよ。誰も知らないって事はそれなりの事情もあるんだろうし。これ以上は僕が踏み入っちゃいけいないことだと思うから」

「……そう」

「うん。それじゃあ、僕はもう行くけど、一ノ宮さんは?」

「私は……まだ、ここにいるわ」

「そっか。それじゃあ、またね」

「――ええ、また」


 彼は「うん」と頷き、屋上から出て行った。

 そして、屋上には私一人が取り残された。


「また、か」


 彼は知らない。私がその親友で、そして、その親友の私が命を殺した事を。それを知れば、彼は私のことをどう思うだろうか――。

 そう、私は殺したのだ。

 喧嘩して、その仲直りの場を設けようとした親友をこの手で殺めたのだ。

 それが夢だったように感じるなど、あってはならい。親友の事を、命のことを忘れるなどあってはならない。


「ごめん――ごめんね、みことぉ……!」


 私は命への謝罪の言葉と共に涙を流していた。


 心に深く刻まなければならない。命の事を、私が犯した罪を。


 私は親友の『いのち』をこの手で奪ったのだから。


「ぅぅ――ぅああああ……!」


 嗚咽する声を抑えることなく、私はその場で泣き崩れた。



 そして、私は決意した。

 命は私を親友だと言ってくれた。自慢の親友だと。

 ならば、私はその想いに応えなくていけない。

 私は私が決めた道を諦めない。諦めたくない。

 命のような人間をもう出さないためにも。


 私は一ノ宮家の次期当主として、暴走する能力者を止めてみせる。



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