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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
41/172

第8話「いのち」



 紅い刃は私の心臓めがけて直進してくる。


「っ!」


 私は身を翻し、すんでのところで刃を躱した。

 それを見て、命は感嘆の声を漏らす。


「へぇ。それを躱せるんだ。やっぱり怜奈は凄いなー! でも、ね?」


 私が躱した髪の刃は命のもとへと戻る。

 それとは別に、命の周りを漂っていた紅い髪が集って、先程の刃と同様に先端の形状が刃へと変わっていく。これで刃は二つ。


「これならどうだろう、ね!!」


 命が叫ぶと同時に今度は、二つの紅い刃が一度上空に急上昇する。


「なに、を?」


 私が疑問に思うのも束の間、片方の刃が私目掛けて急降下してきた。

 愚問だった。今、命は私を狙っている。それ以外の行動をとるわけがない。


「くっ!」


 私は後方に飛び退き、またもすんでのところで刃を躱す。

 刃はそのまま地面に突き刺さった。

 だが、躱したのは一つのみ。もう片方の刃が立て続けに頭上から襲いかかる。

 私は後方に飛び退いた勢いのままバク転をして、それをスレスレのところで躱す。

 ここまでの一連の流れは時間にすれば、ほんの二秒にも満たない。


「アハハ! すごいすごい! やっぱり怜奈は凄いよ! そうこなくっちゃ!」


 自身の攻撃が躱されたにも関わらず、命は嬉しそうに笑っている。


「やめて、命! 私はあなたと戦いたくない!」

「はあ? 何言ってるの? ここまでにきて! これは戦いなんかじゃない。殺し合いよ!」

「そ、そんな……」

「あ、そっか。怜奈は私を殺す気なんてなかったわね? じゃあ、これは蹂躙よ! ワタシがアナタをジュウリンするの!」

「ま、待って――」


 私が言うよりも早く、再び二つの刃が私に襲いかかる。

 二つの刃で交互に繰り返してくる攻撃を私はスレスレのところで躱し続けた。

 ある時は私に向かって一直線に、ある時は上下から、ある時は左右から。度重なる攻撃を私は躱す。屋上中を駆け回り、彼女の攻撃から逃れる。


 この光景は端から見ればどう映るだろうか?

 紅坂命の一方的な蹂躙?

 それとも、一ノ宮怜奈が彼女の攻撃を完全に見切っているように見えるだろうか?

 答えはどちらもノーだ。

 命は私が攻撃できないことをいいことに、一方的な攻撃を繰り返しているが、決定打になるようなものは一切ない。全ての攻撃が私を殺そうとしているのに、決定打に欠けていた。

 私はと言えば、彼女の攻撃を躱すので精一杯だった。

 攻撃されている間、彼女に制止を呼びかける余裕などどこにもなかった。

 形勢から言えば、命の方にある。

 決定打に欠けてはいるが、彼女は一方的な攻撃を行える。その上、まだ余力がある。

 刃の形を成した紅い髪はごく一部。それ以外の髪は、彼女の周りをユラユラと漂っているのみ。もし、それら全てが刃となって牙を剥けば、確実に私を捕らえるだろう。


「アハハッ! ちょこまかちょこまかと、まるで猫だね? その反応速度だけは褒めてあげるわ!」


 命は自分が有利であると分かっている。だからこそ、攻撃が躱されていようとも余裕の笑みを漏らすことができる。


(くっ! このままじゃ――)


 確実に殺される。それが分かっているのに、私は命に攻撃することができない。

 命を傷つけたくない。友達だから。

 私が能力を使えば、確実に彼女を殺すことになる。

 それだけはできない。彼女を殺すようなことはできない。

 なにより、私には覚悟がない。一ノ宮怜奈には人を殺すなんて覚悟はできないのだ。

 それを命は見透かしていた。


「ほんっと、アナタって中途半端だね? 人間としても、能力者としても」

「――」


 言い返すことが出来なかった。返す言葉がない。事実だから。


「それで? このまま殺されるのがお望みなのかな? だったら、躱してないでさっさと死んでくれない?」

「それは……できない!」

「どうしてよ? やっぱり死にたくない?」

「違う! 私のことなんてどうだっていい! 私はあなたを止めたいの!」

「プッ――ハハハハッ! それ、本気でまだ言ってるの? だとしたら、怜奈はとんだお馬鹿さんだよ。私はアナタを殺そうしてるのよ。それを分かってる?」

「ええ、分かってる。それでも止めてみせる!」


 私がハッキリと断言すると、命からそれまでの余裕の笑みが消えた。


「なぜ? どうしてそこまでするの?」


 その問いに私は迷うことなく答える。


「友達だから。あなたは私にとって唯一無二の親友だから!」

「――」


 また、その表情だ。

 命から表情が消えた。眼もどこか虚ろで、遠く見ている。ずっと向こう側を、たどり着くことができない場所を見ているような悲しげな表情。

 今なら私の声も彼女に届くだろうか――。


「命! お願い! もうやめて!!」

「ウル……サイ」

「え?」


 けれど、彼女は悲しげな表情から一変する。


「ウルサイ、ウルサイ、ウルサイウルサイウルサイ!!」

「っ……!」


 命の表情からは憎悪が滲み出ていた。顔を憎しみに歪め、私を――いや、私のずっと先、先程まで見ていた場所を睨んでいる。そんな気がした。

 憎しみをまるでこの世界そのものにぶつけているようだった。


「アンタなんか……アンタなんか、トモダチじゃない! アンタはワタシを裏切ったんだ!」

「そうじゃないの! 私の話を聞いて!」

「ウルサイ! アンタとなんか、話す必要ないっ!」

「みこ――!」


 叫ぼうとした時、命の紅髪が動き出した。

 ばらばらに漂っていた髪は纏まり、三つの目の刃となって、三つの刃が一斉に襲い掛かってくる。


(ま、まずい!!)


 私は思うよりも早く動いていた。既に刃は私に目掛けて迫ってきている。

 私は身を翻しながら髪の刃を躱していく。

 一つ目、二つ目と、先程と同様にスレスレのところで躱し、刃は私の脇を抜けていく。

 だが――三つ目は躱せない。そこまでは体がついていけない。それに反応するだけの身体能力はない。だから、どんなに身動ぎしようと、私は三つ目の刃に貫かれることになる。


「終わりよ!」


 命も勝利を確信している。高らかに私の最後を宣言した。

 だが、命は知らない。私の本当の力を。私の能力の正体を。


(――跳べ!)


 そう念じた時、私の足下に急速に上昇気流が巻き起こり、私は五メートル程上空へと跳んでいた。その直後、私の足下を刃がすり抜けていく。


「そんな!?」


 予期せぬことに命は驚いていた。

 追撃は来ない。彼女は私の跳躍に呆気にとられている。

 説得は難しい。だが、この場は取り押さえ、命が冷静さを取り戻せば、まだ話し合う余地があるかもしれない。

 ならば、彼女を取り押さえるチャンスはこの瞬間においてない。


「ミコトォォォォ……!」


 私は横風を起こし、彼女の方へと落下する。落下の勢いのまま、彼女を組伏すつもりでいた。

 だが――。


「大甘よ!」


 命の周りで漂っていた紅髪が私の迎撃を阻んだ。髪は私を払うようにして、地面へとたたき落とした。


「ぁ――」


 私は痛みで声にならない声を漏らす。

 着地に失敗した。髪に叩き落とされた私は、体勢崩したまま、地面に落下し、背中を叩きつけていた。


「ハ――ハァ――ッ!」


 痛みと衝撃で呼吸が上手くできない。


「まさか……跳ぶなんてね。それがアナタの能力ってわけ?」


 命の声は苛立っている。

 顔も先程以上に憎しみの色に染まっている。まるで、忌まわしいものと対峙しているような、そんな顔だった。

 いつまでも倒れているわけにはいかない。私は呼吸を無理矢理整え、体を起こす。


「さあ……それは、どう……かしらね? この程度、なら……普通の人間でも鍛えたらできる、かもよ?」


 私は途切れ途切れに彼女の質問に答える。


「そう、ね。だったら、次で見極めてあげる。その体じゃあ、さっきみたいに逃げ回れないでしょう?」


 命は唇を歪に吊り上げてニンマリと笑う。

 ユラユラと漂う紅い髪が動き出す。四つの刃を形成し、それぞれが動き出した。

 命の言うとおり、既に私の体は刃から逃れることができる状態ではない。いや、そもそも三つの段階で限界だったのだ。四つとなると躱すのは不可能に近い。


 そう――躱すのならば。


 髪の刃は眼前に迫り、既に躱すことはできない。今から跳躍していたのでは間に合わない。


「諦めたの? 終わりね!」


 今度こそ仕留めた。命はそう思ったに違いない。

 だが、私は最後の抵抗を試みようとしていた。


「――」


 突然、刃は私の眼前で動きを止め、そして切り裂かれた。


「なに、こ、れ……?」


 命は自身の目の前で起きたことに茫然自失となっている。四つの刃は標的を貫く直前で切り裂かれ、ただの髪になってひらひらと地面に落ちていく。それを彼女はただ呆然と眺めていた。

 これが私の力。一ノ宮怜奈の本当の力。

 私は能力を解放し、幾数の風の刃を発生させ、髪を切り刻んだのだ。


「みことおぉぉぉおおお……!」


 おそらくはこれが最後のチャンス。彼女が茫然自失となっている今が、彼女に近づき、取り押さえる最後のチャンスだ。

 言葉だけではもう彼女を止められない。ならば、喩え、彼女を傷つけてでも止めなくていけない。

 私は全力で応戦することを決意した。


 体の痛みを振り切り、命へと突進する。

 右手で手套の構えをとり、その手套に風を纏わせる。纏わせた風は圧縮され、手套は鋭利な刃物になった。


「来るな……来るな、来るな、来るな! クルナクルナクルナクルナアァァァ……!!」


 命は私の力に気づき、半狂乱に叫ぶ。だが、既に髪の刃は全て切り刻んだ。彼女に応戦する術はない。

 だが――人は死への恐怖を感じた時、恐ろしく強く念じるものだ。死にたくない、と。それが、自身の眠った力呼び覚ますこともある。

 この時の命がそうだったのかもしれない。

 彼女は半狂乱になると同時に、彼女の紅い髪は再生を果たし、ハリセンボンのようになって私に向かってくる。


「遅い!」


 だが、すべては手遅れだ。私は風邪の刃で彼女の髪を凪払う。


「そん、な……!?」


 形勢は完全に逆転した。

 後は彼女をこの手套で動けなくすればいいだけだ。

 私は彼女の目前にまで迫ると、手套を振り上げる。命はそれを見ると、ぎゅっと両目を瞑った。

 その彼女の恐怖におののいた顔を見た時、私の脳裏にある映像が蘇る。

 それは――命の笑顔。この屋上で私に向けた笑顔だった。


 その刹那、私は手套が命の体に当たる直前で、急ブレーキをかけていた。


 怖く、なってしまった。

 もしかしたら、この一撃で彼女を殺してしまうかもしれない、と。

 あの笑顔が永遠に見れなくなるかもしれないと思ってしまった。

 何よりも命を傷つけることが私にはできない。できるはずもなかった。


 それが、私を止めさせた。

 それは、私の弱さだった。


 命は恐る恐る目を見開く。そして、現状を確かめる。


「できない、できないよっ! 私、友達を傷つける事なんて……できないっ!」


 私は体を震わせ叫んだ。思いの丈を叫んでいた。


「ねえ! お願いだよ、命! 戻ってよ!」


 目から涙が流れ落ち、頬を伝う。

 もはや、私には言葉にすることしかできない。

 命に何が伝わるか分からない。何も伝わらないかもしれない。けれど、この想いを言葉にすることしか、私にはできなかった。


「私は命のこと大好きだから! だから、もうやめてよ!」


 けれど――その言葉は全く意味をなさなかった。


「だから、アナタは半端だって言うのよ」

「え!?」


 命は再び髪を集めて刃を作る。そして、残った髪を私の首に巻き付け、締め上げた。


「ぁ――ぐっ――!」


 髪は凄まじい力で首を締め上げていく。声を上げることも呼吸すらもできない。

 そして、私に巻き付いた髪はそのまま私を上へと吊り上げていく。

 抵抗しようとするが、その途端に全身から力が抜けていく。


(血を――いや、生気を吸われてる!?)


 気づいた時には、身動きできなくなっていた。


「あっけないものね? その程度のものなの? 一ノ宮の力って……。まあ、いいわ。このまま、あの男たちと同じように血を吸い出してあげる」


 紅い刃が私の胸へと近づいてくる。



 ああ――私、このまま命に殺されるんだ――。



 全てを覚悟した。

 何もかも投げ出した。

 命を止めること事も、自身の命さえも。


 私では命を止められなかった。たった一人の友達すら止めることができない私なんかが、一ノ宮家の次期当主となる価値はない。ならば、いっそこのまま――。


「オワリね。死になさい!」



 ――死。

 死という言葉を聞いた刹那、私の意識は覚醒した。

 全てを投げ出したのにも関わらず、死に直面した瞬間、怖くなった。


 ――死にたくない。

 ――まだ、死にたくない。

 ――まだ、生きていたい。


 私は――死にたくない!



 気づいた時、私は手套に風を纏わせ、それを振るっていた。

 振るった刃は、首に巻き付いていた髪を切り払った。

 その刹那――。

 手套は命の体をも切り裂いていた。

 私は髪から解放され、命と共に地面に崩れ落ちる。


「ゲホッ――ゲホ、ゲホッ!」


 首から髪が外れ、急に肺に酸素が流れ込み、私は咳込む。


「み、みこ、と――――ッ!」


 振り返り、彼女へ呼びかけた時、私は凄惨な光景を目の当たりにした。


 血塗れの命がそこに倒れていた。


「そん、な……みことッ!」


 私はすぐに命の側に行き、彼女を抱き上げる。

 彼女の顔は苦悶に歪み、目は閉じられ、息は荒々しい。


「命! しっかりして! 命!!」


 私の呼びかけに、命がうっすらと目を開ける。


「命! ごめん! わたし、わたし……なんてことを……」

「あはは……酷いなぁ、怜奈は。い、一撃……だもんね~」


 弱々しく命は微笑む。言葉も途切れ途切れにしか出てこない。

 けれど、その顔からは憎しみの色は既に伺えない。


「わたし……こんなつもりじゃ……あなたを傷つけるつもりじゃなかったのに……どうして……」

「そ、それで……いいんだよ。あたり……まえ、じゃん」

「え……」

「だれだって……死に、たくない、もん。 あなたも……人、として……真っ当、だった……ってこと、だよ」

「人と……して?」


 ――死にたくない。

 あの時、確かに私はそう思った。それが人間として真っ当な感情だったということだろうか。

 その感情があったからこそ、私は今も生きており、命は傷つき倒れている。


「私、馬鹿……だね。あなたを、殺そうと、して……逆に、やられて、る」

「ううん! 違う! 馬鹿なのは私の方! あなたを止めるって、救ってみせるって思ってたのに。それなのに――」


 私は命を傷つけ、そして彼女は死に瀕している。


「いいんだよ、もう。私が……馬鹿だったの。よく……分からない、うちに、感情を……制御できなくなって。気づいたら……パパと……ママを……。そこからは、もう……メチャクチャ。こんな、こと、したかったわけじゃ、ない、のに。……今日は……大切な、日だった、はずなのに。気づいたら……こんな状態、だもん」

「命……あなたは……」


 既に命からは先程までの憎悪を感じられない。いつもの優しい彼女に戻っていた。

 だた――いつもと違うとすれば、弱々しい声と、その息づかい。

 彼女は死に瀕することで、人間としての感情を取り戻したのだ。

 けれど、このままでは数刻も保たずに彼女は――。


「命、私の血を吸って! そうすれば……」

「……」


 命は私の申し出に軽く首を左右に振った。


「どうして!? このままじゃ、あなた――」

「もう、馬鹿だなぁ……怜奈は。そんな、こと、できるわけ、ない、じゃん」

「どうして……?」

「親友の、いのち、だよ? ……奪ってまで、生きたく、ない、よ」

「――」


 親友。命は確かにそう言った。私の事を親友だと言ってくれた。


 それなのに……それなのに、私は彼女が死んでいくのを見ていることしかできないのか。


「いや、だよ。みこと。私、あたながいない学校なんて、楽しくもなんともないもの……イヤだよ!」


 私の叫びに、命は少し困った顔をした後、にっこりと微笑んだ。


「ありがと。嬉しい、よ。本当は、ね? 昨日……真藤君とのこと、すっごく怒ってた……」


 それはそうだろう。昨日、命が告白した彼の事を私は全然知らないが、それでも、その好きな人の気持ちが別の人、それも自身がよく知っている人間だったのだから。怒らない方がおかしい。


「でも、ね? それと同じ、くらい、私……嬉しか、た」

「え? 嬉しい?」

「うん。真藤君の……気持ちを、知って。だって……私の一番、だい、好きな、親友のこと、を……。だからね? 本当は、今日は、私、と、怜奈と……真藤君の三人で……文化、祭、回れたらって……思ってた、の」

「そ、そんな!」


 それは少女が夢見た光景だった。一人の男の子と、その両隣を歩く二人の少女。楽しげで、笑いが絶えなく。そんな光景を彼女は――紅坂命は夢見ていたのだ。


「――」


 ああ――あの表情は、あの眼差しはその光景を見ていたのか。もう決して辿り着けない場所だと知って――。


「それ、なのに……こんな事……最悪、だね。でも……最後が、怜奈の、腕の中、なら、悪くない……かな?」

「そんなこと――そんなこと言わないで!

 大丈夫だよ! 今年は無理だけど、まだ来年がある! 来年は、一緒に回ろう? 彼と一緒に三人で。だから、そんなこと……そんなこと言わないでよぉ!!」


 頬を流れる涙を拭う事なく、私は叫んだ。

 流した涙が彼女の顔に落ち、頬を濡らしている。

 命は私の頬に右手をあて、涙を拭おうとする。けれど、その手には血が付いていて、私の頬は涙の代わりに、彼女の血で濡れた。


「あはは、ごめん。汚し、ちゃった。それと、あり、が、とう、れい、な。……ねえ…笑って?」

「え?」

「あなた、の、かわ、いい、笑顔、見たい、の」


 途切れ途切れで、もう、耳を澄まさないと聞こえない程の小さな声を私はしっかりと聞いた。

 私は頷いて、親友に満面の笑みを贈る。


 ちゃんと笑えているだろうか?

 引きつっていないだろうか?

 ねぇ、命?

 私――いまどんな顔してる?


 涙で命の顔がよく見ない。それでも、彼女の口元は微笑んでいる。

 ああ、よかった――きっと上手く笑えてるんだ。


「みこ――っ!?」


 命は口元に微笑みを残したまま、目を瞑っていた。

 その顔は安らかに眠っているようだった。


「いや……いや……イヤ!! しっかりして! 目を開けてよ、命!! お願いだから!!」


 命の体を揺する。けれど、彼女からは何の反応もなかった。


「そん、な……嘘よ……」


 私は自身の目の前の出来事を受け入れることができなかった。

 命はまだ死んでなんかいない。まだ、間に合う。

 今から病院に連れて行けば、きっと助かる。

 そう、自分に必死に言い聞かせていた。

 その時、後ろから屋上のドアが勢いよく開く音が聞こえてきた。

 私は驚き、後ろを振り向く。すると、そこには彼――間島新一が立っていた。

 彼は息を荒げ、額に汗を浮かべている。おそらくは私が電話を切ってから、急いで学校に駆けつけたのだろう。

 間島は私と命を交互に見て、苦い顔をした後、うなだれた。

 そして、曇った声で私に言った。


「キミが……そんなことをする必要はなかったんだ。そんな悲しい役目を担う必要は――彼女を、友達を殺す必要なんてなかったんだ!」

「――」


 彼の言葉を聞いた瞬間、現実が私に押し寄せ、私の目から止めどなく涙が流れた。

 そして――。


「あ……ああ……ぁ……あああああああぁぁぁぁ……!」


 私は絶叫した。



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