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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
見えない殺人鬼編
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第3話「疑惑」



 1月14日。月曜日。午後九時。俺は塾から帰る途中だった。俺が通う学園は県内随一の進学校として有名で、塾にでも行っていないと、勉強についていけないのだ。

 俺が通う塾は俺が住む町の隣町にある。そう、あの通り魔殺人が起きた町だ。もちろん、そんな危なそうな所を歩いて帰るわけがなく、俺はいつも通りバスに乗って家路についた。


「ただいま~」

「おっかえんなさ~い!」


 帰ってきて早々、かおりんの声が聞こえてきた。しかも、かなり上機嫌のようだ。


「か~ず~き~。待ってたわよ~ん♡」

「うわぁ! いきなり抱きついてくるなよ!」


 抱きついてきたところを、そう突き放したが、かおりんは怯むことなく抱きついてくる。


「もう。一輝のいけず~。ハア」

「うわっ! 酒クサ! かおりん飲んでるな」

「うっさいわね~。飲んじゃわるいのか~?」


 かおりんはふて腐れたような表情をして、抱きついた状態から、ヘッドロックに切り替えてきた。


「イタタタ! やめろって!」

「どうだ~? 参ったか~?」


 まったく、とんでもない女だ……。

 なんでも、仕事の上司の接待のために飲み会に行っていたそうだ。それで、飲みすぎて、酔って自分の家まで帰れなくなり、俺の家に来たということらしい。

 しかし、これはチャンスだ。これだけ酔っていれば、事件について警察がまだ公開していない事を聞きだせるかもしれない。

 そう考えた俺は、かおりんに聞いてみることにした。


「ねえねえ、かおりん。その後事件の方はどう? 何かわかった?」

「えぇ? 事件?? ああ、あれねぇ。まぁね~。私、刑事だしぃ。」

「え!? ホント? どんなこと?」

「な~に~? 知りたいの? 探偵く~ん」


 うんうん、と俺がせがむと、かおりんは話し出してくれた。


「そんなに知りたいの~? 仕方ないわね~。教えてあげちゃう♡」


 少し話し方が気持ち悪いが、そこは気にせず黙って聞くことにした。


「一つだけわかった事があってね。犯人は無差別に人を殺してるってことよ」

「……ん? そんなの当たり前だろ? 通り魔なんだから」

「はあ? 何言ってのんよ、あんた。あれを通り魔って誰が決めたのよ?」

「え、違うの?」


 確かにたった2件の犯行だけで通り魔と決めつけるのは変な話だ。しかし、実際には世間では通り魔と騒がれているし、警察もそう発表している。


「いいえ、通り魔ね。なんせ無差別に()ってんだから」

「ガクッ……なんだよ……。でも、なんでたった2件、しかも両方とも身元が分かってないのに、通り魔って断定できるの?」


 俺はかおりんに疑問をぶつけてみた。すると、思いもよらぬ答えが返ってきた。


「2件? あんた、またおかしな事言ってるわねぇ。4件でしょーに」

「え!? 4件? 嘘、2件でしょ?」

「ああ、そっかぁ。一輝にはまだ話してなかったわね~。一般に公開されている1件目と2件目の犯行の間に、実はもう2件起きてんのよね~」

「マジで!? そんなの初耳だよ?」

「あったりまえじゃない。機密事項なんだからぁ」


 呑気に話すかおりん。警察の機密情報を酒に酔った勢いで話すなんて、どんな刑事なんだか……。しかし、こんなチャンス滅多にないので、俺はもっと深いところまで聞くことにした。


「でも、なんで、その2件は非公開なの?」

「え~! それは内緒なんだけどなぁ~」

「そんな堅いこと言わずにさぁ。ね? 教えてよ。香里お姉さまぁ」


 俺がちょっと甘えた感じでねだる。正直吐き気がするが、背に腹は代えられない。

 かおりんは俺のお願いにニマァと不気味な笑みをこぼした。


「しょうがないわね~。一輝そこまで言うなら、お姉さん、教えちゃう!」

「やったー! で、どうしてなの?」


 まったく……酒を飲むと、ここまで扱いやすくなる人も珍しい。


「それはね。殺された被害者、その二人っていうのが、政界に通じる人だからなのよ」

「え!?」

「誰とまでは言えないけどね……。で、スキャンダルを恐れた、そういった連中が警察に圧力を掛けてきたってわけよ。事件の詳細が分かるまで公開はするなってね。大方、後ろめたい事でもあるんでしょーねー」


 なるほど、そういうことか。要は政治家によって、事件そのものが揉み消されたってことだ。しかし、俺はここで新たな疑問が浮かんだ。


「あれ? でも、よく被害者の身元がわかったね?」


 俺がそう聞くと、間の抜けた質問だったのか、かおりんはキャハハハハとまるで女子高生並の大笑いをした。


「それはあったりまえよ~。政界に通じる人がいなくなったら、誰だって気づくでしょう? 今は身内でひた隠しにしてるけどね。いくらバラバラされたあげく、頭がなくなっていたからって、DNA鑑定すれば、そういう人なら、すぐわかるわよ」


 なるほど。それは言えてる。


「じゃあ、公開されてる2件の方は? それらしい、捜索願も出てないんでしょ?」

「ああ、あれね。あれは要するに、殺されたのは身寄りのない浮浪者ってところよ。それだったら、納得いくでしょ~?」

「まあ、そうだね……」

「だから、これは無差別に狙ってる通り魔なのよ」

「じゃあ、警察は完全に今回の事件は通り魔として捜査してるんだ?」

「ええ、一応ね。まあ、最初と最後の事件が他の2件をカモフラージュするためとも、考えられるけど……その線は薄いわね」

「どうして?」

「殺し方よ。バラバラにしたあげく、頭だけ持ち帰る。そんな足がつくかもしれないこと、計画的な犯行ですると思う?」

「まあ、普通はしないよね。バラバラにしたなら、それを分けて捨てるなりした方がいい」

「でしょ~。つまり、これは異常者の犯行なのよ。したがって通り魔ってわけ」


 なるほど。それなら、すべてに合点がいく。つまり、そのお偉いさん方は、たまたま狙われ、殺されたと言うことだ。


「でもね~。ちょっと変なのよねぇ」


 かおりんは酔っていながらも、突然真面目な顔になる。刑事の顔だ。


「え?何が?」

「殺され方よ。被害者達の」

「何がどう変なの?」

「バラバラにされてたってのは言ったじゃない? でも、そのバラバラにされ方が、これまた異常なのよね~」

「異常って?」


 バラバラするだけでも異常だが、この上何が異常なのだろうか?


「バラバラはバラバラでも、それぞれの切り口が、まるで鋭い刃物ですっぱりと切られた感じなのよね~。しかも、おもっきり骨があるところをよ? 一体、何を使ったのやら……」

「そうか……確かに変だね……」


 それを聞きながら、俺はあることを思い出していた。それは、先日行った第二の現場で感じた、不可解なことだ。それが一体何なのか、いまだに分からないでいた。


「そんなことよりも……」


 そんな事を考えていると、かおりんが突然、ドンと、俺の目の前に酒瓶を持ってきた。


「よ~し。呑むぞ~! 一輝ものめぇ~!」

「はいぃ!? 何言ってんだよ!」

「うるさ~い! とにかく、呑め~!」


 そう言いながら、かおりんは俺の口に無理やり、酒瓶を突っ込もうとする。


「うわぁわぁああ~! やめてくれぇぇー!」


 こうして、その夜、俺はかおりんの酒盛りに付き合う羽目になったのだった。次の日、俺とかおりんが二日酔いになったのは言うまでもない。



 1月15日。火曜日。朝。俺は昨日飲まされた酒のせいで頭が痛いなりにも、学校に行くため、いつも通りの時間に起きた。居間の方に行くと、既に、かおりんが起きてきていた。


「おはよう、かおりん」


 朝の挨拶をすると、かおりんは辛そうな顔で、「おはよ~」と、気の抜けた挨拶をしてきた。

 かおりんと朝ごはんを食べていると、昨日の事を聞かれてきた。


「ねえ、一輝? 私、昨日あんたになんかした?」

「え? ど、どうして?」


 もしかして、昨日の事覚えてるのかと、内心ビクビクしながら聞き返した。


「それがね~。昨日、一輝が戻ってきたところまでは、なんとなく覚えてるんだけどね。そっから先、自分が何したか覚えてないのよね~」

「へ~。そ、そうなんだ~」


 俺は、それを聞いてホッとした。どうやら、昨日俺が事件のことを根掘り葉掘り聞いたことは覚えていないらしい。


「な~に、その反応は? まさか、私マズイ事しちゃった?」

「うん……まあ。抱きついてきたり、俺に無理やり酒を飲ませたり。もう、ホント大変だったんだよ……」


 俺がそう言うと、かおりんは突然笑い出しだした。


「キャハハハ……。なんだ~。そんな事か~。心配して損しちゃった」

「う、うん……」


 未成年に酒飲ませておいて、〝そんな事〟かよ……。あんたはどんな警察官だ。


「かずきー! 何やってんのー? 学校遅れるわよ~」


 かおりんとそんな話をしていると、母親がそう言ってきた。

 俺は急いで朝ごはんを口に掻きこんで、学校に行くことにした。



 学校に行くと、既に教室に海翔が来ていた。


「よう、おはよう。海翔」

「おう、一輝。おはよう」


 俺は昨日聞いた事をさっそく海翔に話すことにした。


「昨日、うちにかおりんが来たぜ」

「お、マジで!? で、どうだったよ?」

「ああ、それがな……」


 俺は昨日かおりんから聞いた、ショッキングな事実を海翔に洗いざらい話した。


「ほへ~。すごいな、そら。まさにスクープだ」

「だろ?」


 さすがの海翔も今回の事には驚いたようだ。


「しかし、すごいな~。そんな情報を聞き出すなんて……さっすが名探偵!」

「そんなんじゃないよ……」


 流石にそこまで言われると照れる。


「けど、いいな~。酔った勢いとはいえ、香里さんに抱きついてもらえたなんて……嗚呼、俺も香里さんと一緒に酒、飲みたかったな~」


 さっきまで、俺に感心していた海翔が、突然危ない目をして、そんなことを言い出した。


「バカ……」


 俺は呆れるしかなかった……。

 俺と海翔がそんな話をしていると、ふと視線を感じた。その方向を見ると、一ノ宮がいた。

 しかし、彼女と目があった瞬間、彼女はすぐに、こちらを見るのをやめた。

 なんだろう? この前も彼女は俺を見ていた。何か気になることでもあるのだろうか?

 そんな事を考えていると、海翔が小声で話しかけてきた。


「なんだぁ、お前? 怜奈様と何かあんのか?」

「え! 何言ってんだよ! そんなことあるはずないだろう!」


 どうやら、海翔は俺と一ノ宮が一瞬目が合ったことに気づいていたようだ。


「ホントかぁ? なんか怪しいな……ああ、いいな~、一輝ばっかり。香里さんといい、怜奈様といい……」

「はぁ……何言ってんだよ……」


 そんなことを話している間に、チャイムがなってしまい、海翔は席に戻っていった。結局、誤解は解けずじまいだった。



 放課後。俺と海翔は校門前に集合していた。通り魔殺人の捜査を再開するためだ。


「んで、その発覚した事件の現場に行ってみるのか?」


 海翔はやる気満々のようで、興味津々で尋ねてきた。


「ああ、そうだな。いま調べるのは、そこぐらいだしな」


 実は昨日かおりんに酒を飲まされながらも、場所は聞き出しておいたのだ。


「よし。それじゃあ、捜査にレッツゴー!」


 海翔の掛け声と共に、俺たちは現場に向かった。



 俺たちは、非公開にされている第二の犠牲者が出た現場に来ていた。

 そこは、第一、第四(公開されている現場としては第二)の現場同様、血の跡が残っていた。


「しっかし、いつ見ても気持ち悪いな~」


 海翔は路地裏に飛び散った血の跡を見ながら、気持ち悪そうに言った。


「ああ、そうだな……」


 俺は海翔の言葉に相槌をうちながらも、まったく別の事を考えていた。この現場を見た瞬間から、また不可解な感覚を感じていたのだ。


「まあ、どこも同じような感じだから、流石に見慣れてきたけどな……」


 海翔がそう言うと、俺はハッとした。


「どこも同じよう……だって?」

「ん? どうかしたか、一輝?」


 どうして今迄気付かなかったのだろう。どこも同じように夥しい血が流れたであろう跡。それはつまり――。


「おい、海翔。次の現場に行くぞ!」

「え? お、おい!」


 俺は海翔を引き連れて、第二の現場を調べるのをやめて、第三の現場に急いだ。


「おいおい、かずきぃ~。どうしたんだよ~? そんなに急いで……。まだ、さっきの現場もろくに調べてないのに……」


 海翔は不満そうに愚痴をこぼしている。けれど、いまはどんな反論にも耳を貸すことはできない。何よりもまず確認しないといけないことがある。


 俺たちが第三の現場に着くと、そこには予想通り、いままで見てきた現場と同じ様な血の跡があった。


「やっぱり、そうか……」

「え? なんだよ? やっぱりって?」


 確かに、今まで見た現場はどれも同じ様な血の跡があった。しかし、それは当たり前だ。どれも同じ殺され方をしているのだから。不可解に思っていたことは、そんな事ではない。何故ここに血の跡があるかのか、ということだ。

 どの現場も人目の少ない路地裏ではあるが、だからと言って人の生活圏からさほど離れているわけではない。完全に人の目を遮断できる場所とは言い切れないのだ。にも拘らず、血の跡から察するに犯人がここで犯行に及んだことは明白だ。

 そもそも人殺しのそれ自体がリスク伴うことだ。殺す間に助けを呼ばれるかもしれない。叫ばれるかもしれない。誰かに見られるかもしれない。だって言うのに、その場でバラバラにすること自体、効率的なことではない。おまけに人間の体をバラバラに解体するにはそれなりの時間がかかるはずだ。そうなれば、さらに誰かに見られるリスクが高まることになる。

 だが――実際は目撃者なし、だ。その事実自体が犯行手口と矛盾している。

 そして、おかしいのは血の跡そのものもだ。

 バラバラにすれば、それは血が出るのは当たり前だろう。しかし、現場に残っている血の跡は、ある一方向に血が吹き出したかのようになっている。もし、かおりんが言っていたように、骨さえもすっぱりと切れてしまうような物でバラバラにされたとしても、こんな風には血の跡は残らず、路地裏全体に血が広がる形になるだろう。こんな事ができるのは人間業とは思えない。


 そのことを海翔に話してやると、「な~るほど」と、呑気に感心していた。


「けどよ。そんな事が分かって、どうにかなるのか?」

「え? そ、それは……」


 海翔の問いに俺は返す言葉が見つからなかった。

 確かに、そんなことが分かっても、犯人には繋がらない。それどころか、犯行の手口や犯人が使った凶器さえもさらに分からなくなってしまった。


「なんだよ~。結局、何もわかってねーじゃん。はぁ……急いで来て損したぜぇ」

「うぅ……わ、悪かったな。何にも分からなくてよ!」

「まあまあ、そういじけるなって。名探偵でも分からないことはあるって」


 海翔は意地の悪そうな顔をして、励ましているのか、馬鹿にしているのか分からないような言葉を投げかけてくる。


「なんだ? 嫌味のつもりかよ?」

「べっつにぃ~。あ~あ。走ったらなんか喉渇いたな~」


 海翔は俺を横目にそんなことを言ってきた。どう考えても、さっきのは馬鹿にしたとしか思えない。おまけにたかってきやがるとは……。


「へいへい……それはすまなかったな。謹んで奢らせて頂きますよ」


 こうして、俺は海翔にジュースを奢るはめになってしまった。

 その後、俺たちは現場を調べたものも、今まで通り、何も出てこなかった。時間も遅かったので、結局、俺たちはそこで解散ということになった。


 帰り道、俺は今回分かったことを整理していた。

 犯人の犯行手口、そして凶器はいまもって不明。こんな事件が起こしている動機も不明だ。かおりんの言う通り、この犯人は異常者なのかもしれない。だが――。


「犯行が綺麗すぎるんだよなぁ……」


 それが俺の感想だった。現場に証拠を一切残さない手口や、目撃者を出さない犯行スピード。どれも異常者の犯行にしては、的確過ぎる。

 少なくとも、これは単なる異常者による事件ではないのではないか。それが今回分かった事実から導き出した答えだった。




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