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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
37/172

第4話「告白」



 準備期間六日目。

 私は彼女を探していた。私がちょっと目を離している隙に、紅坂命は姿を消していた。


「紅坂さん、知らない?」


 私はクラスメイトの女子に命の居所を聞いてみた。


「紅坂さん……? さぁ……見てないけど……。ねぇ、知ってる?」


 女子生徒は別の女子生徒に尋ねる。


「え、紅坂さん? そういえば、いないね。さっきまで、いたのになぁ……。どこいったんだろ?」

「また、隣のクラスじゃない?」


 別の女子生徒が横から口を挟んだ。私はその言葉で思い出す。命がよく隣のクラスに顔を出していたことを。


「でも、今って隣のクラス、みんな出払ってるはずよ。演劇の予行演習らしいから」

「どこで予行演習やってるの?」


 私が訊くと、女子生徒の一人が答えてくれた。


「体育館よ」


 私はすぐに体育館に向かった。

 体育館に着くと、予行演習中の隣のクラスの女子を捕まえて、命の事を尋ねてみる。


「紅坂さん? 来てないわよ?」

「え……」


 しまった。彼女はここには居ない。いや、居るはずがなかった。彼女が予行演習を行っているクラスのもとにいるわけがない。そんな鬼気迫る雰囲気の場に遊びに行くはずがない。

 私はすぐに校舎に戻る。彼女は校舎の中にいる。直感でそう思った。

 私はドアの前に立つ。私のクラスの隣の教室。鍵が閉められている。今は予行演習で、その教室には誰もいない。そう、誰も居ないはずだった。

 私は神経を研ぎ澄まし、『風読み』を行う。ドアの向こうの状況をこれで掴む。


「……人の気配が二つ。……一人は椅子に座って、顔を机に伏している。もう一人は……その人の前に立っている。……この気配は――」


 私は確信した。やはり、命はここに居た。いつから居たかは分からないが、今、ここで寝ている人の生命エネルギーを抜きさろうとでも言うのだろうか。

 私は風を微調整し、鍵穴に集中させる。

 カチャっと小さな音がした。中に居る人間には聞こえないほどの音で、鍵は開いた。

 私はゆっくりと、ほんの少しドアを開け、中にいる人間に気づかれないように、中をうかがった。


「――な!?」


 見た瞬間、私は自分の眼を疑った。

 確かに、そこに紅坂命はいた。机に顔を伏して寝ているのは男子生徒。だが、問題はそんなことではない。問題は彼女の異常な状態にあった。

 彼女の周りには白い帯のようなものがいくも浮いていた。それがうねうねと生き物ように蠢いている。


「なに……あれ……」


 私は何が起きているのか分からなかった。

 しかし、その白い帯の根源を目で追っていくことで、その正体に気づけた。

 白い帯の根本、それは彼女の頭部に集約されていた。つまり、白い帯と思っていたものは、彼女の髪の毛の束だった。

 白い髪の毛は意思を持つかのように動き始める。そして、寝ている男子生徒に狙いを定め、ゆっくりと巻き付こうとしている。


 能力者の能力は、よく幻想種や妖怪の類で喩えられることが多い。かく言う私の風の能力も、風を刃にして飛ばす様から〝カマイタチ〟と呼ばれている。

 そして、紅坂命の能力もその例に漏れていないらしい。

 吸血鬼――西洋には人間の血を吸って生き続ける幻想種の事を吸血鬼やヴァンパイ

アと呼ぶ、その日本版と呼ぶべき幻想種、あるいは妖怪なんてものがいるらしい。

 曰く――、その妖怪は、長い髪を人間にまとわりつかせ、毛を伝って生き血を吸うという。磯女子や濡女子、海姫とも呼ばれる妖怪だ。

 つまり、彼女の『吸血』能力とは、あの白く染まった髪の毛のことだ。


(まずいわね……このままだと、あの生徒……)


 私は意を決して、教室の中に踏み入ろうとした。しかし、その瞬間、


「う、う~ん…?」


 あろうことか、男子生徒は目を覚ましてしまったのだ。


「あ、れ……? だれ……だ? かい、と?」


 寝ぼけ眼で男子生徒は彼女を見ながら呟く。どうやら、命を誰かと勘違いしているようだ。まだ、寝ぼけている。

 しかし、彼が言葉を発した瞬間、彼女の動き、いや、髪の毛の動きが止まった。


「……海翔、じゃない……? 君は――」


 さらに、彼の言葉。それにともなって、髪の毛は白から黒へ色彩を変え、その長さも元に戻って行く。

 完全に命の姿に戻った頃に、男子生徒は完全に意識を覚醒させた。


「えっと……確か、紅坂さん……だよね? 隣のクラスの」


 男子生徒はきょとんとした目をしながら、命に問いかける。


「……私……」


 彼女は答えない。今の自分の状況が理解できていないかのように。


「紅坂さん?」


 もう一度、彼は命の名前を呼ぶ。


「え……し、真藤くん!?」


 彼女は正気に戻ったのか、男子生徒の存在に気づき、驚愕の表情を浮かべた。


「どうかしたの? 大丈夫?」


 彼は心配そうに彼女の顔色を伺う。


「だ、大丈夫だよ。それよりも、どうしたの? いまは予行演習の時間でしょ? 教室で寝てていいの?」


 命の問い掛けに男子生徒はバツが悪そうな顔をした。


「ま、まあ……留守番だよ。俺は裏方……しかも小道具係だからね。こういった時には仕事がないんだ」


 それは誰から見ても嘘だということは明らかだ。けれど、彼女の反応は思いもよらないものだった。


「そ、そうなんだ。それじゃあ、留守番頑張ってね」


 命は慌ててその場を去ろうとする。


「あ、うん……あ、紅坂さん!」


 去ろうとする彼女を男子生徒は突然呼び止めた。


「え!? な、なに?」


 男子生徒の呼び声に彼女はビクリと反応して、振り返る。


「あ、いや……もしかして、うちのクラスに何か用でもあった?」

「ううん、別にないよ。ただ、教室で一人で寝てたから、気になって……」


 それは、おそらく嘘だ。彼は予行演習をサボって教室で寝ていたのだから、おそらくバレないように教室の窓もドアも締め切っていたはずだ。窓のガラスは不透明。そんな状況で中の様子が分かるはずがない。


「……それって本当?」

「え――」


 私は頭を抱えた。命も困惑の表情を浮かべている。この男子生徒はどうしてそんな些細な事を気づいてしまうのか。いや、悪いのは命の方だ。なんでそんな直ぐに分かる嘘しかつけないのか。もうちょっとマシな嘘を言えば切り抜けられたものを。


「あぅ……えっと、えっと、ね……」


 命は言い訳を探そうとしどろもどろになる。男子生徒はその様子に気づき、怪訝そうな顔をした。


「えっと……紅坂さん?」

「ああん、もう! そんなに私って嘘が下手なの!?」

「え、いや、紅坂さん?」

「決めた! 本当は明日にするつもりだったけど、決めたわ! 今言っちゃうから!」

「あ、あの……」


 既に命はパニックになっていて、男子生徒の声が聴こえていない。

 男子生徒はどうしたらいいのか分からず、顔を引きつらせている。


「し、真藤君!」

「は、はい!」


 唐突に命は椅子に座っている男子生徒に迫り、顔を近づけた。その声には鬼気迫るものがある。真藤と呼ばれた男子生徒は、命の鬼気迫る様子を感じ取り、返事が上ずっていた。


「えっと……えっとね。お、おお、落ち着いて、き、聴いて欲しいんだけど……」

「う、うん……」


 あなたが落ち着きなさい、と言ってやりたい。既に命の状態は異常と言って差し支えなかった。呂律は回ってないし、顔を真っ赤かにして今にも頭から湯気が出てきそうだ。


「あ、あ、あ……」

「あ?」


 男子生徒は中々言い出さない命を不思議そうな顔しながらも、後をそくす。


――この男子……馬鹿なの? 


 もう、見ていられない。というか、男子生徒の方も気づいてもいいだろうに。今の状況だけでも、私だって命がこれから言い出そうしている事が予想つくのに。何故、この男子はそんな怪訝な顔して、何も分からないでいられるのか。

 命の緊張は最高潮まで上がったのであろう、顔が熟れたトマトの様に真っ赤になっていた。両手は胸元を押さえ、目はギュッと瞑られている。

 そして、爆弾は投下された。


「あなたのことが好きです!」

「え――」


――ああ、やっぱり……。


 命が補習期間中に話した『好きな人』とはこの男子生徒のことだったのだ。

 男子生徒は命の叫び(告白)を聴いた瞬間から凍りついたように固まっている。

 命は恐る恐る瞑っていた目を開ける。完全に目が見開かれた時、男子生徒の方の氷も溶解した。


「ええぇぇえぇええ!?」


 男子生徒は奇声を上げながら、椅子から転げ落ちた。


「だ、大丈夫!?」


 命は心配そうに男子生徒の顔を覗き込んでいる。

 それでも、男子生徒は呆気にとられた顔をしたままだ。


「し、真藤君?」

「へ? あ、ああ、だ、大丈夫だよ」


 男子生徒は名前を呼ばれたことで正気を取り戻したのか、恥ずかしそうにそそくさと立ち上がった。


「えっと……ごめんね。突然こんな事言って……。迷惑……かな?」

「い、いや、そんなことないよ。い、いきなりでちょっと驚いただけだから」

「そっか……よかった」

「う、うん」


 迷惑でないと言われて命から安堵の表情が見て取れた。おそらくは、ここで迷惑だと、はっきり言われていたならば、彼女はきっとその場で泣き出していただろう。それぐらい今の彼女は緊張状態にある。

 命は緩んだ表情を見せたかと思うと、今度は先ほどよりも緊張の色を濃くして、顔を強ばらした。


「そ、それでね。し、真藤君は私の事どう思う?」

「ど、どう思うって言われても……」


 男子生徒の困惑はもっともだ。命はこの男子生徒にまともに話しかけたのは今回が初めて。その証拠に『観ているだけでいい』と言っていたのは命自身だ。そんな『初めて会ったに等しい』相手に告白され、さらには自分の事をどう思うかを聞かれても、どう答えていいか分からないだろう。

 命は全身を強ばらせ、足をガクガクと震わせている。それは緊張によるものか、返ってくる答えを想像して恐怖しているためか、あるいはその両方か。今はただ潤んだ瞳で男子生徒を見つめることしかできない。

 そんな命の様子を目の当たりにしたからか、男子生徒は先ほどまでの困惑の表情から一変した。その瞳からは決意の色が伺える。


「わかった。正直に言うよ」

「う、うん。聞かせて」

「紅坂さんの気持ちは嬉しい……」


 その瞬間、命から至福の笑みが零れる。

 が――。


「けど、俺には好きな人がいるんだ」


 一転、命は表情を曇らせ、そのまま凍りついた。


「好きな、人?」

「うん。だから紅坂さんの気持ちには応えられない」

「そっか……はは、あはは……それじゃあ仕方ないよね」


 乾いた声。表情には出ていないが、その声からは明らかな失望の色が伺えた。


「ごめん…」

「謝らないでよ。惨めになるだけだよ」


 それでも男子生徒は「ごめん」と呟いた。


「ねえ、一つだけ教えて?」

「え、何?」

「好きな人って誰?」

「え……」

「やっぱりダメかな? せめてそれだけも教えて欲しいなって思って」

「でも……どうして?」

「そんなのあたりまえじゃない? 好きな人が好きになった人のことは知りたくなるものよ。だって、その人が自分じゃ適わないような人なら諦めもつくし、そうじゃないなら、自分を好きなってもらおうって頑張れるもの。それに真藤君がどんなタイプが好みなのかも分かれば、それに近づこうとも思えるもの」

「む……」


 男子生徒は命の持論に一瞬難しそうな顔して、考え込んだ後に「確かに」と呟いて、納得いった顔をした。


――この男子、本当に馬鹿なの?


 恋愛について分からない私でも分かる。そんな事言われても普通の男子なら納得なんていかない。自分の好きな人なんて教えようと思わない。だって、自分にはプラスになることは一切ない。

 命の言う通り、その女性がどんなに頑張っても適わないような女性なら諦めて、それで終わるかもしれない。でも、そうじゃなかったら? 男の側としては好きでもない女性に付きまとわれる事になるのだ。


「教えてくれる気なった?」


 命は既に先ほどの失意が嘘のようだ。いや、そう振る舞っているのかもしれない。必死に自分を奮い立たせて、望みを繋ごうと必死なのだ。


「誰にも言わないって約束してくれる?」

「うん。もちろん」

「分かった、教えるよ。俺の好きな人は――」



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