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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
追憶編
35/172

第2話「友達」

回想編に突入。

今回はいい具合に怜奈が壊れてくれます。


 2011年4月。

 私が高校生になった年。お父様の命令で私は初の任務に就いた。任務と言っても、能力者の処理ではない。能力者の監視だった。それは別に私がするような仕事ではなかった。本来、私の年頃なら既に能力者狩りの任についてもよかった。けれど、お父様はそれを許さなかった。理由はわからない。ただ、この任務に就くとき、お父様からは、何があっても殺すなと、言われた。

 私の初任務はある高校の生徒の監視だった。私がこの任務に選ばれたのも、私がちょうど高校生になったからだろう。

 如月学園。それが任務とはいえ、私が通う高校名だった。監視対象の生徒は私と同じく、今年入学の生徒。私はその生徒と同じクラスに入り、監視の任に就いた。

 監視対象の氏名は紅坂命こうさかみこと。初の任務対象者は女性だった。

 『吸血』能力。吸血と言っても、実際に血を吸うわけではない。『生命エネルギー』とでも言うのだろうか。他人から生命エネルギーを吸って、自分の生命力に変える。それが紅坂命の能力だった。

 彼女は元から体が弱かった。本来なら、彼女は学校に来られる体ではなかったらしい。だからこそか、彼女にはそういう能力が備わっていた。けれど、彼女は他人から生命エネルギーを吸ったことは今迄に一度としてない。彼女は人から溢れ出したエネルギー、つまり人が無駄としているエネルギーだけを吸って、自らの体を保っていた。

 それ故か、一ノ宮は今まで彼女を監視するだけに留めていた。


 私は入学当初から任務に忠実だった。学校も彼女を監視するためだけに行っているようなものだった。私にとって学校とはそれだけの意味しか持ち得ない。クラスにとけ込もうとか、友人を作ろうなどとは思わなかった。

 それは自分が『普通』ではないから。人間では持ち得ない『力』を持っていた私は他人との触れ合いを極端に避ける傾向があった。それはきっと恐れていたからだろう。自分が『普通』の人間ではない事を知られ、嫌われるのが。

 けれど、紅坂命は違った。

 彼女には中学時代からの友人もいたし、入学から一ヶ月もすれば、クラスにも解け込んでいた。

 容姿端麗で、誰に対しても優しく、困っている人がいれば手を差し伸べる。成績も体育以外は優秀。そんな彼女だ。クラスの中でも、それ以外でも人気があった。

 それは、私にとって不思議な光景だった。彼女はまるで自分が『普通』であるかのように振舞う。それは私には出来ないことだった。そういった点では、私は彼女を尊敬し、同性ながらも惹かれていたのかもしれない。そして、何時しか任務としての『監視』が『観察』に変わっていた。

 その自分の心の内なる変化に気づいたのが、入学してから三ヵ月後の事だった。


 ある日、あろうことか紅坂命は私に話しかけてきた。


「ねえ、一ノ宮さん。ちょっといい?」


 監視役である私は彼女との必要以上の接触は許されていない。それを知らない彼女からしてみれば関係のないことではあるし、同じクラスにいるのだから話しかけられることもあるだろう。けれど、この頃には、もう私に声を掛けてくるクラスメイトなどいなかったから、意外だった。


「え、ええ。何かしら?」


 私は平静を装いつつ、なるべく他の生徒への態度と同じように素っ気なく返事をした。


「じゃあ、屋上に行きましょ!」

「え……」


 あまりにも唐突なことで、返答できずにいると、彼女は私の背中を押すように急かす。


「ちょ、ちょっと……」

「いいから、いいから!」


 何がいいのか分からないが、彼女は楽しげに私の手を掴み、屋上へと駆け出す。

 私たちが屋上に来たとき、屋上には誰もいなかった。


「ん~、今日はいい天気ね! そう思わない?」


 空を仰ぎながら、紅坂命は気持ちよさそうに背伸びして、私に尋ねてくる。


「そう、ね」


 私は感情を表に出さないよう、素っ気なく答える。

 すると突然、彼女は訝しげな顔して、私の顔を覗き込んできた。


「な、なに?」

「やっぱり……一ノ宮さんって……」


 〝やっぱり〟とは、なんだろうか? もしかして、私が監視していることがばれてしまったのだろうか、と肝を冷やした。だが、彼女は思いもよらない言葉を続ける。


「美人! 思ったとおりだわ!」

「へ?」


 あまりにも予期せぬ言葉に、私は私を知るものなら耳を疑うような、間の抜けた声を上げていた。だが、彼女はそんなことを気にすることもなく、会話を続ける。


「一ノ宮さんって、いつも難しい顔してるから分からなかったけど、すごく美人よね? そうよ。顔なんてすごく整っているし、体型だってスリム。人気が出ないなんてことはないわ。お嬢様だし。となると、やっぱり――」

「ちょ、ちょっと、何の話をしているの!?」


 私は彼女が並べ立てる言葉の数々に困惑し、口を挟む。すると、彼女は不思議そうな顔して首を傾げた。


「何って……一ノ宮さんがどうやったら人気者になれるか、だけど?」

「は……?」


 開いた口が塞がらないとはこの事か。

 この子は一体、何の話をしているのだろう。いや、何を考えているのだろう。私の理解を超えている。


「だってさ。一ノ宮さん、いつも難しい顔してて、近寄りがたい感じだし、クラスでもいつも一人でいるじゃない?」


 それは、任務だから。貴女を監視する任務だからだ。などと、言えるわけもないので、私は彼女から顔を逸らす。


「そ、そんなの紅坂さんには関係ないことでしょう? 私のことなんて放っておいて」

「う~ん。どうしてそう独りになりたがるの? 何か事情があるなら相談のるよ?」

「な、ないわよ。事情なんて」


 私は半分呆れていた。

 どうしてこんな他人の私に関わろうとする?

 どうして能力者なのに他人と普通に接することができる?

 ありえない。この人にはきっと能力者としての自覚がない。

 私は確かに彼女の在り方に惹かれていた。けれど、この時ばかりは、何故かその在り方に無性に腹が立っていた。その理由が分からないことに対しても。


「じゃあ、笑って?」

「はい?」


 脈絡のない言葉に私は疑問符の言葉しか出てこない。もはや、彼女の思考回路は理解できない。


「だーかーら、わ、ら、う、の。笑顔。スマイル。アンダースタン?」

「ちょ、ちょっと、さっきから何を言っているのよ、あなたは!」


 後から思えば、この時の私はいつもなら信じられない程イライラしていたと思う。能力者であり、監視対称である彼女の意味不明の言動、普通の人間ではないということが一切として感じられないその態度と仕草。それらすべてが私の理解を超えていたのだと思う。理解できない故の腹立たしさなのだろうと、その時はそう思っていた。

 紅坂命は私の怒気を孕んだ問いに、またもや不思議そうな顔をして、答えた。


「だから、どうやったら一ノ宮さんがクラスで人気者になれるかだけど?」

「な……」


 さも当然であるかのように彼女は言い切った。私からすれば一切脈絡もない会話だと思っていたものでも、彼女の中では『一ノ宮怜奈を人気者にする』ということに繋がっていたようだ。けれど、それは私からすれば意味不明の発想だ。


「だからね。私の予想が正しければ、一ノ宮さんは美人だし、笑えばすごく可愛いし、綺麗に見えると思うの。そうすれば、きっとクラスで人気者になれるよ!」

「い――」

「い?」

「いい加減にして!」


 その時、私の中の感情が破裂した。気づいた時には私は声を張り上げていた。

 彼女は虚を突かれたかのように、驚いた表情を見せる。


「あなたは――あなたはどうしてそんな勝手なことを言い出すのよ! 私があなたに何かした? 私が独りでいようとあなたには関係ないでしょう? あなたに迷惑は掛からないでしょう? 勝手なことばかり言わないで!」


 私は一気に捲くし立てた。反論なんて許さない。相手の言葉をすべて否定し、相手の言葉をすべて奪い去る。彼女はそんな私の様子に驚いた表情のまま固まっていた。

 たぶん、普通の人間ならば、ここまで言われれば、腹も立つし、こちらの心情も理解し、二度と口を利かなくなるのではないだろうか。この時の私も、すべて言い終えてから、すぐにそう思っていた。けれど、彼女に至っては、そういった常識は当てはまらないことにすぐに気づかされることになる。

 彼女は私の言葉をすべて聞き終えた後、悲しげに目線を地面に落とし、おずおずと口を開いた。


「か、関係なくないよ。だって、私、一ノ宮さんと友達になりたいもん」

「え……」


 彼女の言葉に私は凍り付く。

 友達? 私と? 何故?

 そんな疑問が降っては湧いてくる。

 私の記憶が正しければ、彼女とまともに話しをしたのは、これが初めてことだ。そんな私といきなり友達になりたいと彼女は言っている。それだけでも私には十分理解し難いことだったのだが、先程の私の暴言を聞いてもなお、何故そんなことが言えるのか。普通なら、怒って相手の頬でも引っ叩いて、それで縁切りだろう。二度と関わろうなんて思うはずない。それなのに……。


 この時の彼女は、まるで幼い子供が駄々をこねた後のような表情だった。玩具を買ってほしいと駄々をこね、それを母親に厳しく叱られ、玩具も買ってもらえず、落ち込んでいるような、それでも、買って欲しくてたまらず、恨めしそうに上目使いで見ているような。


(な、なによ……その眼。これじゃあ、私が悪いみたいじゃない!)


 私は彼女の視線に耐え切れず、目を逸らす。


「な、なによそれ、意味分からない! だ、大体、何で私と友達になりたいのよ? 友達なら他にいっぱいいるでしょう?」


 事実、紅坂命には入学後から多くの友人が出来ていた。誰にも物怖じしない性格と誰にも優しく接する態度から彼女の周りには知らずのうちに人が集まってきていた。

 彼女は私の問いに、首を傾げ、右手の人差し指を顎にあて、「う~ん」と唸った後、すぐに笑顔になって答えた。


「うん、よく分かんない」

「はあ!?」


 開いた口が塞がらない、なんて表現をもう通り越して、私は眩暈を起こしそうになる。

 ここにきて『分からない』などと言うとは。予想外にも程がある。


「う~ん、でも、そうね。強いて言うなら、高校生活を楽しみたいから……かな。ほら? 私たちってさ、学校っていう狭い社会に隔離されているようなものじゃない? 外の広い社会とは違って、やれることも、出会いも限られてる。だったら、今の現状で、出来ることをやりたいし、出会える人とは出会いたい。でもって、その人と友達になって学校生活を一緒に楽しめたら、笑いあえたら、最高じゃない?」

「……だから、私と友達になりたいの? だから、私に笑ってほしいの?」

「うん!」


 彼女は何の迷いもなく、満面の笑顔で元気よく頷く。


「クス……クスクス……あ、あなた……クス、本当に……クスクス……馬鹿じゃないの?」


 この時、私は不思議な感情に支配されていたような気がする。

 本当なら、つまらない理由だったらもっと怒ってやろうと思っていたのに、この腹の奥から湧き出てくる感情はなんだろう?  可笑しくて可笑してく、もう笑いを止めることができなかった。


「わぁ! やった! 笑った! 笑ってくれた!」


 彼女は目を輝かせ、私の顔を覗き込んでくる。私は決まりが悪くなり、笑うのを必死に止め、彼女から顔を逸らした。


「わ、笑ってなんてないわよ!」

「うそ!絶対笑ってた! 思ったとおりだったわ! 一ノ宮さん、笑顔とっても素敵。すっごく可愛かった!」

「な……! あ、あなたねぇ……。はぁ、もういいわ……好きにしなさい」


 私はうな垂れる。彼女の能力者として人生を送ってきたとは思えない、この天真爛漫さに、押し負けた。

 そして、唐突に私は理解してしまった。何故、先程までイライラしてしまっていのかを。


(ああ……なんだ、私って案外俗物だったのね)


 何のことはない。私は彼女のその天真爛漫さに嫉妬していたのだ。これはもう、私の負けだ。


「本当! じゃあ……」

「ただし! 私はクラスの人気者になんてなる気はないわ」

「え……じゃあ、じゃあ、友達にはなってくれるのね!」


 彼女は目を輝かせ、私に抱き付いてくる。


「ちょ、ちょっと!」

「一ノ宮さん! ありがとう! 大好き!」


 彼女は私の後ろに廻した腕でギュッと抱き締めてきた。


「や、やめなさい! は、恥ずかしいでしょ!?」

「いいじゃない。友達になった印としてハグするの!」


 いや、私にそういった趣味はないのだが……。


「ああ、もう! 一体なんなのよ!」


 私の半狂乱の声が屋上に木霊していた。


 こうして、私にとって監視任務対象だった紅坂命は、監視対象から友人という立場に変わってしまった。

 今思えば、私が感情をここまで露わにして怒り出すことも、笑い出すことも、久方ぶりだったような気がする。それまでの私は、人として生き方よりも、能力者としての生き方だけを優先していたから。

 紅坂命は私が気づかない内に私の心の中に踏み入っていた。そして、私も彼女の存在に魅せられ、彼女のことをもっと知りたいと思ってしまっていた。これが普通の高校生同士ならば、友人関係に発展するのは当たり前のことだ。そう、普通の人間ならば……。

 私はまだ何も知らなかったのだ。紅坂命がどういう人間なのかを。一ノ宮家次期当主という意味を。


 これは私にできた最初で最後の親友との物語。

 そして――これからの私の生き方を決定づけた物語だ。



いかがでしたか?

怜奈の今までのイメージを粉砕!…できたような、できていないような(汗)


次回も怜奈と命がはっちゃけてくれます。

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