第1話「悪夢」
彼はボタンを押そうとする。自分もろとも私たちを消し去るために。
時澤叢蓮。彼は時の魔術使い。『時の停止』という魔法を完成させるため、そして、自らの復讐のために、自分の孫娘まで利用して、殺人まで起こした。けれど、それもここまで。彼は万策つき、自爆という道を選ぼうとしている。
私は能力を開放する。風を操る能力を。
それは咄嗟の事だった。私は風の刃を叢蓮に向けて放った。それは、彼らを守るためだったのか、自分の命欲しさからだったのか、分からない。もしかすると、そのどちらでもあったのかもしれない。
見事なまでに叢蓮の体は真っ二つになった。私は人を殺したのだ。
「ギャアアアァァァ……!」
叢蓮は断末魔を上げる。私はその叢蓮をもう一度見る。
「え……?」
真っ二つにされたはずの叢蓮。しかし、上半身と下半身で分かたれて、私の目の前に倒れているのは『彼』だった。
「か、かずきぃいい……!」
*
2015年8月30日。日曜日。
私は飛び起きる。
「ハァハァ……ゆ、め……?」
余りにもリアルな夢。けれど、それが夢だと分かって私はホッとしている。
もう、何回目だろうか。この夢を見るのは。あの事件から二週間も経っているというのに。
私の名前は一ノ宮怜奈。一ノ宮財閥の長女かつ次期当主である。
一ノ宮家の当主となる人間にはある『能力』が備わっている。それは風を自由に操ることができる能力だ。
一ノ宮家の当主にはある任務がある。それは能力者狩りだ。
一ノ宮家の他に『能力』を持った人間が偶に現れる。けれど、能力は人間には大きすぎる力だ。能力に順応できない人間は狂気と化し、猟奇殺人などを普通の人々に危害を加えるケースが間々ある。私たちはそういった能力者を秘密裏に処理するのだ。
能力者の事件が二週間前にあった。私はその事件解決に乗り出し、結果として、能力者を操っていた時澤叢蓮という男を私はこの手にかけた。その事件はそれで全て終わった。
しかし、その事件後から、私はある夢を毎晩のように見るようになった。それは、その叢蓮を殺した時の夢だ。
別にその時初めて人を手にかけたというわけではない。私は一ノ宮家の次期当主なのだ。まだ、当主になっていなくても、そういった事件を扱う。特にここ三年はそうだ。けれど、何人手にかけよとも、人の命を奪うという行為に慣れても、その罪に慣れるわけではない。酷い罪に苛まれ、数日間はその時の事やその相手の夢を見ることがある。
今回もそれと同じだった。少なくとも最初の数日間は。けれど、それから先は同じ夢を何回も見るようになった。その夢は叢蓮を手にかけた時の夢ではあるのだが、現実に起きた事と違うところがある。それは、叢蓮を両断した後、もう一度その亡骸を見ると、それがある人物に変わっていることだ。その人物は私が良く知る人間だ。私は『彼』の名前を叫び、そこで夢は決まって終わる。
こんな事は初めてだった。手にかけた相手ではなく、その時、その場にいた人物を殺してしまう夢を見るのは今までになかった。それに、私が『彼』を殺してしまう事があるはずがない。だって、私にとって『彼』は……。
「と……いけない、今日は約束が……」
私は夢の事を深く考えるあまり、時間の事を忘れていた。
私は時計に目をやる。
「いけない! もう、こんな時間だったの!?」
時計の針は既に約束の時間に近づいていた。
私は急いで出掛ける仕度を始める。
私はこれから、ある人物と会う約束をしている。そのある人物というのが『彼』なのだ。
*
私は喫茶店の入り口のドアを開けて入る。急いで来たお蔭で約束の時間に間に合った。
店内に入った私は、辺りを見渡し、『彼』を探す。けれど、『彼』の姿はどこにもない。約束の時間の五分前。どうやら、まだ来ていないようだ。
「仕方ないわね……」
私は窓際のテーブルについて、『彼』を待つことにした。
二十分後。
既に約束の時間から15分が経っていた。『彼』はまだ現れない。
「遅い……」
私はそう自然と呟いていた。
『彼』が時間に遅れることは珍しい事であった。何かあったのだろうか。
「……あ」
『彼』の事を心配していた矢先に、私はある事を思い出した。
「はぁ……そうだったわね……」
私は深いため息をこぼしつつ、呆れる。
それは『彼』が来ないからではない。『彼』が遅れている理由を忘れていた自分の不甲斐無さにだ。
『彼』が遅れている理由。それはバイトだ。
『彼』がしているバイトは時間に不規則なものだ。約束の時間は決めていたものの、バイトで遅れるかもしれないと、約束した時に『彼』は言っていた。
『彼』が遅れている理由を思い出した私は、『彼』が来るまで待つことにした。
私は窓の外を眺めながら、夢の事を考えていた。何故、あんな夢を見ることになってしまったのか。何故、私が『彼』を殺さなければならないのか。私にはどうしても、そこが引っ掛かっていた。
そもそも、私と『彼』は、もう二度と会うはずのない関係だった。
三年前、『彼』は私のクラスメイトだった。その時は、お互いに惹かれ合っていた。けれど、ある事件を境に、私は『彼』の元を去った。そして、もう二度と会うこともないと思っていた。けれど、二週間前の事件で私と『彼』は出会ってしまった。正確に言うと、それは仕組まれた再会だったのだが。
けれど、『彼』は三年経った今でも私と同じ『世界』に身を置いていた。三年前、そこから抜け出す事ができたのに、彼はそこに舞い戻ってきてしまったのだ。
ある人間は言う。それは運命だと。もちろん、私は運命なんてものを信じているわけではない。けれど、三年という月日を隔てたというのに、私と『彼』の関係は三年前となんら変わっていない。それも運命だとでも言うのだろうか。
そうであるならば、私と『彼』が出会った事も運命だというのだろうか。
私は思い出す。
『彼』、真藤一輝と初めて出会った時の事を、それに関わる事件を。




