プロローグ「荒井恵の場合」
・あらすじ
一輝との再会を果たした怜奈。彼女はそれに運命を感じていた。
彼女は思い出す。一輝と出会う切っ掛けとなった事件を。
そして、何故彼の許から一度去らなければならかったのか、その真相が明らかとなる。
私は暗い闇の中にいる。
私には時々、意識が無くなる時がある。その間に私自身の活動が停止していればよいのだが、私の体は動いているようだ。そういう時、私はこの闇の中で佇んでいる。
暗い暗い闇。どんなに眼をこらしても、闇しか入ってこない。そして何よりも、体を動かすことができない。指一本すら動かすことができない。声を発することさえできない。
私はこの闇が嫌いだった。この闇が恐かった。いつか、私自身もこの闇に黒く塗りつぶされそうで。
「君の願いはなんだい?」
不意にそんな声が聞こえてきた。
私は驚いていた。突然聞こえてきた声にもそうだが、この闇の中に私以外の人間がいるかもしれないということに。そして、声も体の感覚さえもないこの世界で聴覚だけ生きていたことに。
――だ、誰?
声は出ない。私は心の中でそう問いかけた。それを知ってか知らずか、声は再び聞こえてきた。
「君の願いを、想いを教えてくれないかい?」
その声はとても優しかった。そして、この暗闇には似合わない、とても透き通った声だった。
私の……願い……想い……?
その声は不思議だった。聞いたこともない声なのに、その声にはとても安心できた。そして、その問いかけに純粋に答えようとする自分がいた。
――そんなの決まってるわ。この暗闇から出たいの!
気づいた時、私は心の中でそう叫んでいた。
「その願い、その想い、叶えよう」
声は私の想いに呼応した。声が応えた瞬間、私は光に包まれた。いや、それはまるで、この闇を討ち払うかの如く、光輝いた。そして声は最後にこう言った。
「但し、この闇を壊すことで。君はもう二度とこの暗闇には戻ってこられない」
その声はそれまでと真逆で、暗く、淀んでいて、恐怖さえ感じさせる声だった。
気づいた時、私は男性の前で佇んでいた。私は現実に戻ってきていた。意識を取り戻していたのだ。
不意に男性が私にもたれかかってきた。私は避けることができず、男性に押し倒される形で倒れる。
私は男性を抱き起こそうとした。その次の瞬間だった。赤い液体がベットリと私の衣服にも男性の衣服にも付いていた。
男性の胸を見ると、鋭利なもので刺された跡があった。
その瞬間、私は全てを悟った。
「いや……いや……イヤアァァァ!」
気づいた時、私は叫んでいた。
こんなの嘘だ。こんなの夢だ。こんなの現実じゃない。
いやだ。いやだ。いやだ!
これなら、あの暗闇の中の方がよっぽど良い。
戻りたい。戻して。私をあの暗闇に戻して。
いくらそう願っても、想っても、私はあの暗闇に戻れなかった。あの声が最後に言ったように。
――だったら……もう、心なんていらない!
そうして私は自ら心を隔離し、言いなりの人形となった。
私が聞いた声は、悪魔の声だったのだ。




