第2話「捜査」
1月9日。水曜日。俺が学校に行くと、海翔は既に教室にいた。まだ生徒はまばらで、登校時間にしては早い方だ。
「なんだ? 海翔、お前にしては早いじゃないか?」
「バーカ。お前を待ってたんだよ」
そう言って、不敵な笑みを浮かべながら、海翔は俺に近づいてきた。
「な、なんだ?」
いかん。こいつがこんな顔をするときは、また良くないことを考えている時だ。
「な~に、ちょっと耳貸せよ」
そういって、海翔は俺にしか聞こえない声で話し出した。
「なあ。昨日、また通り魔殺人が起きたんだよな? 知ってるぜ」
「ん。ま、まぁな」
「お前ならニュースなんかより詳しいこと知ってるだろ? 教えろよ」
「なんだ? そんな事が知りたいのか?」
うんうんと、海翔はまたもせがんでくる。仕方ないので、また俺はかおりんから聞いた事を話してやった。
「ふんふん……なるほどね~」
それだけ言って、また不敵な笑みを浮かべる海翔。
「さあ。教えてやったぞ。んで、今度は何を企んでいるんだ?」
俺が尋ねると、海翔はニンマリと怪しげ笑みを浮かべた。何だか、とんでもない提案を持ちかけてくるような気がする……。
「なあ。その事件、俺たちで調べてみないか?」
「はぁ!? 何言ってんだ、お前!?」
あまりにも、唐突な提案に俺は自分の耳を疑った。と言うか不安的中だ。
「だからよぉ。警察だっていまだに何も分かってないんだし、俺たちで事件解決の糸口を見つけてやろうじゃんってことだよ」
海翔はそんなとんでもないことを、ちょっと遊ぼう、みたいな感じて言ってくる。相変わらず、とんでもない事を考えつく奴だ。
「はぁ……そんなの無理に決まってるだろ?」
「大丈夫だって。なんとかなるって。それに俺たちには推理オタクの名探偵がついてるんだし」
「………それって俺のことか?」
「もちろんだよ。名探偵真藤一輝君♪」
「はぁ……」
こいつがこう言い出したら、もう止まらない。それは、中学からの付き合いの俺が一番よく知っている。
「それに、お前だって気にならないわけじゃないだろ? こんな事件、滅多にないんだし」
「うぅ……それはそうだけど……」
確かに、気にならないわけない。こんな事件、俺からすればすごくそそるものがある。もし、俺がもう少し大人で、探偵紛いなことでもやってたら、関係なくとも一人で首を突っ込んでいたかもしれない。
「はぁ……わかったよ。付き合うよ」
興味がないわけではないし、海翔はもう止まりそうなかったので、渋々承諾した。
「やりぃ! それじゃあ、今日から早速捜査開始だ。学校終わった校門前に集合な」
海翔は大喜びしながら、自分の席に戻っていった。
「はぁ……変なことならなきゃいいけど……」
俺は海翔とは正反対に、そんな憂鬱な気分で頭を抱えた。
そうしてぐったりと机に突っ伏しそうになった時、ふと、こちら見ている人物が目にとまった。それは一ノ宮だった。
「ん?」
なんだろう? 一ノ宮が俺を見てるなんてこと、今までになかったのに……何か俺の顔ついているのだろうか?
わけがわからないまま、とりあえず俺はいつものように朝の挨拶をすることにした。
「おはよう、一ノ宮さん」
いつも通りに声をかけると、彼女はピクッと体を震わし、いつもとは少し違う反応があった。
「おはよう、真藤君」
見ていたことを気づかれていた事に驚いたのか、いつもより高いトーンで挨拶が返ってきた。
「どうかした? 俺の顔に何かついてる?」
「いいえ。なんでもないわ」
そう言って、彼女は机に向き直った。
「な、なんだ?」
なんだったのか、よく分からなかったが、特になんでもなかったようだ。
しまった。もっと話をするチャンスだったじゃないか……。そうと思っても後の祭りだった。
放課後。俺は校門に急いでいた。それは、朝、海翔と約束した〝捜査〟のためだ。
「遅いぞ、一輝!」
「俺が遅いんじゃない。お前が早すぎるんだ! 大方、掃除サボったろ?」
「はっはっは! まぁ、いいじゃないか。あんなのやってもやらなくても同じだよ」
「はぁ……」
海翔はいつもこんな感じだ。自分が面白くないと思ったことはやろうとしない。逆に、興味があることには、周りを巻き込んででもやろうとする。
「さて、それじゃあ一輝。捜査に行こうぜ」
俺の溜息をよそに、海翔は早速やる気満々だ。
「んで、一輝。まずはどうしたらいいんだ?」
「ガクッ……いきなりそれかよ! さては捜査に行くぞ、とか言って何も考えてなかったな?」
「まあまあ、いいじゃないか。俺はそういうのあまり得意じゃないんだから。そういうのはお前の仕事だろ? 名探偵、真藤一輝君」
「はぁ……もういいよ、その呼び方は……。とりあえずは現場に行ってみる必要がある
な。聞いた話だけじゃわからない事も多いし」
「なるほどなるほど」
こんな些細なことにマジで感心している海翔。こんなのが相棒で本当に大丈夫なのか本気で心配になってきた。
「はぁ……まあいいや。とりあえず、第一の犯行現場にいってみるか」
こうして俺たちは、隣町で起きた最初の事件の現場に向かった。
そこは本当に狭い路地裏だった。俺たちは第一の犯行現場にきていた。コーションテープが張られていたものも、警察官はおらず、入ることは容易だった。
入ってみると、そこはまさに犯行現場のあとだった。洗い流されてはいるが、半月経った今でも、血の跡がくっきりと残っていた。
「うげぇ……これが血の跡かよ。結構キモイな……」
どうやら、海翔には刺激が強すぎたようだ。俺は良くかおりんから現場写真とか見せてもらっていたからか、海翔ほどでもない。ないのだけれど……。
「ああ。俺もこういうのは初めて見るよ。嫌なものだな……」
地面、両側の壁に広範囲にわたって血の跡がついていた。流石に俺でもこれ程の現場は見たことがない。かおりんが今まで俺に現場写真を見せなかったわけだ。いくら刑事でも、元の状態の現場を見た時は絶句しただろう。
「さて。しかし、かおりんが言ってたように血の跡以外は本当に何もないなぁ……」
辺りを散策してみたものも、何もめぼしい物は見つからなかった。犯人の手掛りや、被害者の身元に繋がりそうな物は何もない。
「はぁ……なあ、かずきぃ。これ以上ここにても何も分からないんじゃないか?」
散策に飽きたのか、海翔は既にやる気をなくしていた。しかし、それは俺も同じだった。血の跡にはびっくりしたものも、その他には興味をそそる物が何もなかったのだ。
「はぁ……まあ、そうだな。ここはこの辺でいいだろう」
「んじゃ、次行ってみよー」
「待て、海翔。それはダメだ」
「何でだよ~?」
俺が止めた意図が分かっていない海翔は不思議そうな顔をしている。
「はぁ……あのなぁ、海翔。第二の現場は昨日起きたばかりだぞ。警察がいるに決まってるじゃないか。入るのは無理だって」
「ふん! そんなの行ってみないと分からないじゃないか!」
そう息巻いて、海翔は俺を無理やり第二の現場に引っ張っていった。で、案の定、警察がいた。
「だから、無理だって言ったろう?」
海翔はガックリと、うなだれていた。
その後、結局、俺たちは解散した。町の人間に聴き込みをしようとの提案を海翔がしてきたが、高校生に手を貸してくれる人がいるとは思えないので、却下した。捜査の続きはまた明日ということになった。
次の日、海翔は朝から、学校にいなかった。
「はぁ…一体何やってんだか。明日もやるぞ~って意気込んでたのに……」
まさか、三日坊主ならず、一日坊主か? などと、考えて今日一日過ごした。
結局、今日一日海翔が学校に来ることはなかった。俺は諦めて帰ろうと、校門を出ようとした時、なんと門の前で海翔が待っていた。
「よう。待ってたぜ」
まるで、そこで待っていたのが当たり前のように言ってくる海翔。
「何やってんだ、お前! 今日一日学校に姿出さないかと思ったら、こんなとこで!」
俺は海翔のわけの分からない行動に少しパニックになっていた。
「まあまあ、落ち着けよ。実はな、朝から捜査してたんだよ」
「捜査? って、あの事件のか?」
「ああ、まぁね。実は、中学の時のダチで、夜、事件現場周辺で働いてる奴らに聴き込みしてたんだ」
「へ~。すごいな。お前にそんな友達がいたなんて、初耳だ」
「はは。これでも人望あるんだぜ、オレ」
それは、絶対ない! と、思いながらも話を前に進める事にした。
「んで、何か収穫はあったのか?」
「んん? まぁ……ダメだった。何にもなし」
予想はしていたが、やはり思っていた通りの答えが返ってきて、俺は呆れるしかなかった。
「はぁ……お前に少しでも期待した俺がバカだったよ」
俺がそう言うと、海翔は流石に気に入らなかったか、ちょっとふて顔になった。
「そんな言い方ないだろう。俺だって一生懸命やったんだからよ」
「わかったわかった。俺が悪かったよ。それで、他に何かないのか?」
そう俺が聞くと、海翔は思い出したかのように、はっとした表情に変わる。
「そうだった。さっき見てきたんだが、第二現場から警察がいなくなってたぜ。お前と一緒に入った方がいいだろうと思ったから、中には入ってないけど……」
「そうか。それじゃあ、行ってみるかな」
こうして、俺たちの捜査2日目は第二の現場を調べることから始まった。
第二現場に来てみると、海翔が言っていた通り、もう警察はいなかった。
俺たちは、その路地裏に人がいないか、誰にも見られていないかを確認して、入っていった。
入った先の角を曲がった所にそれはあった。
「うわっ!」
海翔がそう叫び声に似た悲鳴を上げた。
予想はしていたが、それは第一現場より、濃く、そしてくっきりと残っていた。
「すごい血の跡だな……」
俺は血の跡を気にしながらも、周辺を調べだした。
「おいおい……よくこんな状況で捜査する気になるな?」
海翔は血の跡に怖気づいたのか、そんな事を言い出した。
「あのなぁ……現場ってのは犯行があってから、時間が経たないうちに調べるのが鉄則なの! ただでさえ、事件が発生してから2日経ってるってのに、そんなこと気にしてられるかよ」
それに、まだ警察が来るかもしれない。あまりゆっくりとはしてられないのだ。
「わ、わかったよ。調べればいいんだろ……」
そう言って、海翔は渋々、辺りを捜索し始めた。
20分後。
「はぁ……なぁ、かずきぃ……何にもないぜ~」
「ああ。そうみたいだな」
本当に血の跡以外何もない。警察がすべて持っていったからなのか、初めから何もないのか分からないが、ここまで何もないとどうしようもない。
「んで、どうするんだよ? 一輝」
ふむ、と俺が考えていると、ある人の顔が思い浮かんだ。
「かおりんなら何か知ってるかも……」
「でも、警察は何も分かってないって、香里さんが言ったんだろう?」
「いや。この2日の間に何か進展してるかもしれない。それにかおりんは俺に全部の事を話してないはずだ」
「なにそれ? どゆこと?」
「つまり、警察だけが持っている、まだ公開されていない情報があるはずだってことだよ」
「な~るほど」と、ポンと海翔は手を鳴らした。
「じゃあ、香里さんに聞きにいこうぜ」
海翔はレッツ・ゴーとかけ声を出して、路地裏から出ようとする。
「待て待て! かおりんはまだ警察署だよ。まさか、警察署に乗り込む気か?」
「あ、そうか……」
まったく。どこまで間が抜けているのか……海翔だけならマジで警察に乗り込むかもしれない。
「今度かおりんが家に来た時にそれとなく聞いてみるから、それまで大人しくしてろ」
「わかったよ。でも、それっていつだ?」
「さあ?」
「はあ!? なんだよそれ?」
「心配するな。そう遠くないよ」
どうせ、かおりんのことだ。2、3日中に来るだろう。
「そんなことよりも、そろそろここから出るぞ。人が来たら怪しまれる」
俺はそう海翔を促して、路地裏から出ようとした。
俺は最後に振り返り、血の跡を見て角を曲がろうとした時、突如として何か頭に引っ掛かるものを感じた。
それが何なのか、考えようと立ち止まった。
「おい、何やってんだよー!」
考える間もなく、海翔に促され、そしてこれ以上ここにいるわけにもいかなかったので、俺はその場を足早に立ち去った。
その後、明日から2、3日はお互いの日程が合わないということから、かおりんから情報を得るまでは、捜査は打ち切りということになった。