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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
悲しみの懐中時計編
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第12話「時の停止」



 俺と海翔が愕然として、棒立ちとなっている中、一ノ宮は静かに口を開いた。


「生かして帰さない、ね。それはそうよね。私達はあなた達の秘密を知ってるんですものね?」

「……あ、あなた達?」


 一ノ宮の言っている事はおかしい。目の前にいるのは荒井恵ただ一人だ。それなのに、あの言い方では荒井恵のみを指して言った言葉ではなくなってしまう。


「一ノ宮、一体何言って……」

「簡単なことよ。こんな娘が一人でこんな事が出来ると思う?」

「それって……仲間がいるってことか?」

「仲間? ……仲間、ね。まぁ、そういうことになるのかしらね。ねえ、荒井……いえ、時澤さん?」


 一ノ宮はを荒井恵を睨みながらも、妖しく微笑んでいる。


「なんの事ですか? 言っている意味が……」

「わからない? そう言いたいの? ふざけるのもいい加減にしなさい! こんな茶番にいつまでも私が付き合うと思うの!?出てきなさい、時澤叢蓮ぞうれん!」


 時澤……叢蓮? それは一体誰のことだ? 俺や海翔はその名を聞いたことがない。そして何より、俺達の目の前には、その名を持つ人物はいない。

 だが、一ノ宮の言葉で荒井恵の様子が変わった。全身の力が抜けたようにダラリと両腕を垂らし、目の焦点はこちらに合っていない。けれど、、口元はかすかに動いている。


「やれやれ、もう少し付き合ってくれても良かろうに。せっかちじゃの、父親に似て」

「な……!?」


 あまりのことで息を飲んだ。

 それは確かに荒井恵から発せられた言葉だった。だが、その声は荒井恵ではない。まるで老人のような声だったのだ。

 その声が聞こえたかと思うと、彼女の後ろから黒い靄の様なものが発生し、その中から一人の老人が現れた。腰は曲がり、背丈は荒井恵の半分ほどしかない。


「……やっと現れたわね」


 老人を睨む一ノ宮。いままで荒井恵に向けていた殺意を今度は老人に向け始めた。


「怖いのぉ。まったく……目つきまで父親にそっくりじゃわい。しかしのぉ、倅の方が来るとは予想外じゃった。……のぉ、恵?」


 時澤叢蓮なる老人は恵ちゃんに問いかける。


「はい、お爺様」


 恵ちゃんは感情のない声で応えた。


「いい加減したらどう? その歳で腹話術なんて趣味が悪いわよ」


 叢蓮と恵の会話を聞いていた一ノ宮はまるで見るも堪えかねるような顔をして、口を挟んだ。


「腹話術? 人聞きわるいのぉ。わしもそんな趣味の悪い事に孫を使ってするものか。何、ちょっとのこやつの意識を奪わせてもらっただけじゃて」

「くっ……! もっと趣味悪いじゃないの!」


 さっきから一ノ宮と叢蓮が何を話しているのかさっぱりだ。特に叢蓮、この老人が言っている事は無視することができない。


「おい、さっきから何を言ってるんだ!? 意識を奪ったってどういうことだよ!?  それに孫って……それじゃあ、やっぱり……」


 二人の意味不明の会話についていけなくなった俺は、二人の話に割って入る。


「なんじゃ小僧、知りたいか? なに、ちょっとコヤツには仕掛けをしてあってな」

「仕掛け?」

「そうじゃ。わしの命令なら何でも聞くようにしておいたのじゃ」

「な、なんだよ、それ……どういう……?」

「かっかっか。頭の巡りが悪い小僧じゃのぉ。教えてやろうか? 簡単にいうと――」

「話はそこまでよ。くだらない話をしてる時間はないわ」


 叢蓮が嬉々として話し始めたところで、それを一ノ宮が遮る。


「まったく、せっかちじゃのぉ。しかし、本当に父親どうしたんじゃ? わしはてっきり蔡蔵が来るとばかり思っていたが……まさか、死んだのか?」

「まさか。あの人は殺しても死なないわ。今は他の仕事の処理に追われるだけよ。ま、どこにいるかは私も知らないけどね」

「ふむ……仕方ないのぉ。では、倅で我慢するとするかの。わかっておるじゃろうの? わしらの能力ならおぬしも簡単に殺せるぞ?」

「やってみなさい。でも、あんまり自分たちの力を過信しない方がいいわよ?」


 それは誰から見ても挑発だった。一ノ宮は叢蓮を挑発している。


「かっかっか! 過信しておるのはお前の方じゃて。一ノ宮の小娘が……生意気にも程があるわ!」


 叫ぶ叢蓮。それは怒りの発露だった。

 その叫びに応じるように、叢蓮の周りに薄い膜が張られ、それが見る見るうちに大きくなり、部屋全体を取り囲んだ。


「くっくっく。時間を止められる気分はどうじゃ? と言っても、もはや意識もないかの。次に気づいた時にはおぬし達は死んでおる。あの街の人間のようにな」

「そう……やっぱり、あなたが彼女にさせてたのね?」

「な、にぃ!?」


 一ノ宮の反応を見て、叢蓮は驚愕の声を上げる。

 何をそんなに驚いているのかは分からないが、叢蓮にとって予想外の事態が起きているのだと解釈だけはできた。



「ど、どういうことじゃ……貴様ら、何故止まらぬ?」


 叢蓮から血の気が引いていく。その顔は青ざめているように見える。


「それなら聞くわ。何故、あなたの時間は止まらないの?」


 一ノ宮はまるで叢蓮の驚きようを面白がるように、不敵な笑みを零しながら聞き返す。


「な、なんじゃと? ――は! ま、まさか、貴様ら!」

「あら、サンプルは13年前に持ち帰ってたみたいよ? 知らなかったの?」

「ふ――ふふふ、くくく……かーっかっかっか! まったく蔡蔵め、余計な事を! 余計な手間が増えたわい」


 何がどうなっているのか分からない。時間を止めたとか、サンプルだとか、一体何の話をしているか……。

 分かっているのは、眼の前いる老人が危険な存在であるということだけだ。この老人の眼はもはや狂気に満ちている。


「なあ、一ノ宮……何がどうなってるんだ?」


 状況に説明を一ノ宮に請う。

 一ノ宮は後にしろと言わんばかりの批難の目を向けてきたが、この状況を理解できていない俺や海翔にとって、今すぐに教えてもらないといけない。何故なら、さっき叢蓮が語った言葉の中で、どうしても聞き捨てならない言葉があったから。

 一ノ宮は俺の真意を察したのか、呆れたように溜息を吐いた。


「……自分のポケットの中、確認してみなさい」


 一ノ宮は言いながら、俺の上着の右ポケットを指差す。

 俺は言われた通り上着の右ポケットの中を探る。


「……ん? なんだこれ?」


 ポケットの中に入れた手に触れる異物に気づき、それを取り出す。

 それは、見覚えのない腕時計だった。


「腕時計? 腕、時計……時計……ま、まさか!?」


 腕時計を見た海翔は何かに気づいたのかハッとした表情で固まっている。

 それを見て一ノ宮は語り出した。


「13年前、ここに時澤の一家が住んでいた。その一家はある魔術を極めようと代々続いてきた魔術使いの血筋だった。魔術については説明を省くわ。いまは能力みたいなものと思ってくれて構わない。

 それでその極めようとしたある魔術って言うのは、時を操るという前代未聞の魔術だったの。その一つが〝時の停止〟。生物には、形あるものには時間がある。それを止めてしまう魔術よ。

 13年前、時澤はその魔術に成功しかけた。けれど、それはとても危険な実験だったの。だから、それに気づいた一ノ宮家は時澤家に警告した。実験の即時中止するようにって。だけど、時澤はそれを拒否した。結果、一ノ宮家は時澤一家の処理にのりだしたの。その時、持ち帰ったのがその腕時計よ。

 時澤家は時の停止に成功した。けれど、不完全な点が三つあったの。一つ目は時間制限があったこと。当時は止められる時間も一分足らずだったらしいわ。今では、20分ってところかしら? 二つ目は制限回数があること。24時間に一回しか使えないの。そして、三つ目、これが最大の欠点と言ってもいい。それは、術者そのものも時間が止まってしまうということ。

 当時の時澤家はその三つ目の欠点を克服しようと躍起になっていたそうよ。それはそうよね、時間が止めれても、止めた本人が動けなくなったら意味ないもの。それを克服するために作られたのがその時計よ。それは、時が止まっても、所有者の時間だけは流れるようにした魔術礼装らしいわ。ま、身代わり品みたいなものね。

 どう? 今の説明で理解できた?」

「うぅ……ごめん、ほとんど理解できなかった……」

「でしょうね。……ま、これが終わったゆっくり話してあげるわ。お友達の方は必要がないみたいだけど」

「え……?」


 お友達と言われて、俺は海翔を見た。その表情は凍りついていた。


「どうやら心当たりがあるみたいね? おそらく、その時計に似た物を彼女が持っていたからってところかしら?」


 そういう言われて、俺もあることを思いだす。荒井恵が大事に肌身離さず持っていたもの、荒井家にもらわれる前から持っていた唯一のもの――懐中時計の存在を。

 しかし、重要なのはそこじゃない。

 一ノ宮がこの館を訪れた時点で、俺は彼女の目的が何であるか薄々気づいていた。彼女がこんな危険な場所に来る理由、それを俺は一つしか知らない。一ノ宮家の役目――能力者の排除だ。

 そして、あの時叢蓮は確かに言った。あの街の人間のように、と。

 つまり、街で起きていた一連の殺人事件は叢蓮の仕業であることはもう間違いない。けれども、殺人を犯していたのは叢蓮ではない。何故なら、あの街で時が止まっていてもそれを実行できる人間は、身代わりの品を持つ人物――荒井恵だけなのだから。

 海翔はその真実に気づいたのだ。

 海翔は彼女を匿っていた。だから、彼女が持っていた懐中時計を何度も目にする機会があったはずだ。ならば、これまでの話を聞けば、海翔でもこの真実に辿り着くのは難しくない。


「か、海翔……?」

「うそ……だろ? そんな……恵が……?」


 俯く海翔。その声は震えていた。


「そろそろ納得いってもらえたようじゃの? 冥土の土産に説明を聞かせてやったんじゃ。制限時間があることじゃし、大人しく死んでくれんかのぉ?」

「なに言っているの? 私達の時間を止められなかった時点で貴方の負けよ。諦めるのは貴方の方じゃなくて?」

「かっかっかっ! 諦める? わしが? かーっかっかっかっ! こりゃ傑作じゃ!」


 叢蓮は愉快とばかりに笑い出す。それは決して自棄になったとか、気がふれたとかそんなんじゃない。本当に愉快だと笑っているのだ。


「何がおかしいの!?」

「一ノ宮の倅よ。今までの話、それは何処で知ったのじゃ? 父親にでも教わったか?」

「いいえ。父が残していた文献よ。……何が言いたいの!?」

「ふむ……文献か。……その文献、肝心な所が抜けているようじゃぞ?」

「な、なんですって……?」


 一ノ宮の反応を見た叢蓮は口元をニヤリと歪ませる。


「ふむ……やはりな。蔡蔵のやつめ、それには気づいておらんかったか。まあ、当然じゃろうの。それに気づいておれば、わしら一家の惨殺など考えもせんじゃろう」

「それ……どういう意味?」

「……つまりじゃな、〝時の停止〟にはもう一つ致命的に不完全な点があると言うことじゃ。それはの、時の停止した状態において、他の物体に干渉できないということなのじゃがの」

「他の物体に干渉できない、ですって……?」

「うむ……物体というものは、時間の流れによりその形を変えていくものじゃ。それが劣化にしろ、復元にしろ、時間の流れによって変形することには変わりがない。しかし、その時間が停止するとそれはどうなるじゃろうか? 時の停止とは、時間の流れから切り離されるということじゃ。つまり、物体が劣化する事も、復元する事もありえん。つまりは、時の停止している状況では何も起きえない(・・・・・・・)ということじゃ」

「……」


 一ノ宮は黙ったまま叢蓮の話を聞いている。けど、その表情は焦りを募らせていた。


「理解できたかの? おぬしの能力――風を操る能力も例外ではないぞ。風も他の物体の一つ。操る以前に、風一つも吹かすことはできまいて」


 そう、そういうことだ。

 この空間では一ノ宮は能力を使えない。空間ごと停止している現在、時間が動いている物同士ならば影響を与えられる。けれど、止まっている物への影響を及ぼせないのだ。それは風ですら同じことだ。


「けど、それは貴方達だって同じことのはずよ。言っておくけど、街の人のようにナイフで一突きなんて楽にはいかないわよ?」

「かっかっかっ! 威勢がいいのぉ。確かにそうじゃの。では訊こう。どうやって、あの街の者を殺せたと思っているのじゃ?」

「え――」


 そうだ。それが当然の疑問になる。

 時の停止した状況下では、他者を傷つけることはできない。そもそもナイフで一突きなんて殺人自体成立しなくなるのだ。


「――ま、まさか!?」


 一ノ宮は荒井恵の方に視線を移す。


「その通りじゃ。時の停止状態で他の物体に干渉する、それは魔術では不可能じゃった。むしろ、その魔術すら使えんからの。じゃが、コイツは別じゃだった。コイツだけは何もせんでも時の停止状態で他の物体に干渉できる。それができる唯一の存在――能力者なのじゃよ。だから、それが一ノ宮家にばれる前に荒井の許に預けたのじゃ。まぁ、コイツは自分がそんな能力者であることすら知らんがね。しかし、なんとも皮肉なものじゃ。結局のところ、完全なる〝時の停止〟は魔術では叶えられなかったじゃよ。じゃが、コヤツがおれば叶う。わしの願い……すべてがな!」


 叢蓮は高揚している。自分の言葉に酔いしれながら、高揚していた。


「御託はもういいわ。どうやら、今度こそ本当に殺さなきゃいけないみたいね。あなたはここで!」

「い、一ノ宮!?」


 一ノ宮は殺意を剥き出しにして叢蓮に向かって走り出した。


「無駄じゃ無駄じゃ! 恵よ、お前の両親の仇、ここで討つのじゃ!」


 叢蓮が荒井恵に命を出す。それに彼女は即座に反応し、一ノ宮の前に立ちはだかった。


「くらいなさい!」


 一ノ宮は彼女が立ちはだかることが当然だと思っていたのか、躊躇いなく飛び上がって回し蹴りを繰り出した。

 荒井恵はというと、その回し蹴りを躱そうともせず、棒立ちだ。

 もう躱すことも、防御態勢をとることも間に合わない。回し蹴りは容赦なく彼女の顔面に当たる――はずだった。


「え――」


 その刹那、荒井恵の体は光に包まれた。その光に触れた一ノ宮は、吹き飛ばされ、一瞬にして壁に叩きつけられていた。


「かはっ!」

「い、一ノ宮!」


 慌てて彼女の元に駆け寄る。


「一ノ宮! 大丈夫か!?」

「か、ずき。え、ええ。だ、大丈夫よ。でも、まさか彼女が魔術を使うなんて……」

「魔術……を?」

「ええ……それもかなりの高等魔術よ。あんなの何年も学んでいないと出来ないはずなのに…。…」

「そんな……どうして……?」


 荒井恵みに魔術の特訓などいつ出来たのだろう? 13年前? それとも荒井に引き取られてからだろうか? いや、それはない。荒井慎二はそういった事に精通していた様には見えなかった。彼は俺のようにごく普通一般人だ。

 では、いつ? 13年前では彼女はまだ五歳。そんな歳で高度な魔術が使えるようになったわけでもないだろう。

 そんな考えを巡らせている最中、彼女はゆっくりとこちらに向かってきていた。それは、俺達では彼女に勝ち目がないと知っているからの余裕の表れだ。

 それに、彼女の目には一ノ宮しか入っていない。俺のことは眼中にない。それは叢蓮が出した命令からなのか、一ノ宮家が彼女にとって復讐の対象だからなのか。

 けれど、俺にはそんな彼女がとても悲しくて辛そうにしているように見えていた。




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