第11話「再開・乖離」
間島探偵事務所にて。
男は電話を切ると、ふぅっとため息をついた後、クスッと意地悪そうな顔で笑みを零す。
「さてさて、運命の再会といきましょうか。一輝君、怜奈君」
間島新一。そう、彼こそが一ノ宮怜奈から今回の事件を調べるように依頼を受けた人物である。
代々、彼の家系は探偵業を生業としてきた。しかし、それは単なる探偵業ではない。一ノ宮家の専属の探偵である。つまり、彼もまた、普通とはかけ離れた、異常な世界で生きる人間だったわけである。
しかし、その彼が何故、真藤一輝と一ノ宮怜奈を今一度引き合わせようとするのか、その真意は定かではない。そして、何故、その再会の場所を今回の事件の真相が隠されている場所を選んだのかも。
もしかしたら、彼はその確かなる理由を持っていないのかもしれない。挙げるとしたなら、それがあの二人の運命だからである。その運命が彼に二人を引き合わせるように仕向けさせたと言っていいかもしれない。けれど、彼はただ見てみたかっただけかもしれない。あの二人が、もう一度手を取り合う姿を。
◇
私はある館を目の前にしていた。ここが13年前まで〝時澤〟だった屋敷だ。
館を前にして、私は少し気になることがあった。ここに来る途中、館の場所が分からず、通りがかった男性に尋ねた。しかし、男性は教えようとは中々しなかった。それはそうだろう。そこはとても危険な場所なのだ。しかし、それを百も承知だった私は頼み込み教えてもらえた。
そこまではよかった。しかし、その後、男性が言った言葉が引っかかった。その男性はこういったのだ。
『しかし、今日はよくはそこに行きたがる奴が多いのう。……もしや、お嬢ちゃん、あの若造二人の知り合いかい?』
何の事か分からず、私は適当に返事して、礼を言ってからその場を離れのだが、館を目の前にして、それが妙に気になり始めていたのだ。
「まさか、先客がいる……? でも、一体誰が?」
私は一抹の不安を抱きながら、館の扉を開けた。
扉を開けた瞬間、嫌な空気を感じた。ひどく重く、息苦しさを感じる。この館には死が充満しているのだと直感した。
しかし、こういった事にも慣れている私にとってはどうということのないものだった。
少し進むと何人かの気配を感じる。10体ほど人間ではない気配。暗くてはっきりとは見えないが、おそらく〝アレ〟なのだろう。しかし、そう警戒することもない。アレは生きているものが触れなければ、どうという事ないのだから。
だと言うのに、私は一気に戦闘態勢に入った。
――動いてる!? それに、これって……。
人間でないそれは既に動き出していた。
おまけに、10体の集団の中心に何か別の何かがいるようだ。アレはそれに向かって動いている。
私は中心にいるものが何かを確かめるため、精神を集中させる。風の流れからそれが何かを感じ取る。
――やっぱり人間! それも……二人!?
それが分かった時、私はその二人が何者なのか分からないうちに、何故か自分の能力を開放していた。私の能力、『風を操る力』を。
◇
俺は風の吹いてきた方向を向いて、顔を上げた。期待と不安を入り混ぜながら。
そこにいたのは、〝彼女〟だった……。
「いちの、みや……?」
眼を疑った。そこに立っていた人物は紛れもなく、あの一ノ宮怜奈だったのだ。
三年前、自分の弱さのせいで守ってやれなかった女性、側にいてあげられなかった想い人。その彼女が何故また俺の前に立っているのか。
「どう……して……」
上手く言葉が出てこない。しかし、驚きのあまり言葉を失っていたのは俺だけではなかったようだ。
「かず……き……?」
彼女は確かに俺の名前を口にした。お互いに相手の名前を呼び合う事でお互いの存在を確認しているようだった。
俺達の再会は感動の再会とは程遠いものだ。まるで、お互いが幽霊でも見たかのような不思議な感じ。けれど、彼女は確かにそこにいる。
ただ、俺と彼女は互いに見つめ合うことしかできなかった。言葉を掛けることも、傍によることもできなかった。
「――って、お前ら、なにこのヤバイ状況で見つめ合ってんだよ!?」
突如、背後から雰囲気をぶち壊すかのように海翔の突っ込みが入る。
「か、海翔!?」
海翔の声で我に返り、自分の周りを見渡した。
バラバラに解体された人型の〝それ〟は完全に機能を停止していた。もう、動くこともないようだ。そう思った次の瞬間、〝それ〟は形を崩していく。サラサラとまるで砂になったかのように。
「うわっ! な、なんだぁ!? 砂になりやがった!」
海翔は砂になった〝それ〟を見て、気味悪そうにしている。
「砂で出来た人形……?」
その俺の疑問にすぐ後ろから冷静に答える声があった。
「いえ、彼らは人間よ」
「わ! い、一ノ宮!?」
俺は一ノ宮が俺のすぐ側にいることに動揺を隠しきれないでいた。
しかし、海翔はそんな俺のことは気にしておらず、一ノ宮に話しかける。
「あんた、さっきの奴らの事知ってそうだな? それに、あんた何やったんだ? 奴らをバラバラにしたの、あんたの仕業だろ? ……ん? 待て、一ノ宮? はて、どっかで聞いたことが……っていうか見たことある顔だな? あんた、何者だ?」
「は?」
俺は耳を疑った。警戒心しながら一ノ宮に話しかけた海翔だったが、核心に触れる質問をしておきながら、彼女の事を忘れているという、なんとも間抜けっぷりを発揮している。
「ふふ……」
そんな海翔が可笑しかったのか、彼女は笑い出してしまった。
「な、何が可笑しいんだよ!? 俺は尋ねてるだけだろ!」
「ええ、そうね。ただ、ちょっと拍子抜けしただけよ。気を悪くしたなら謝るわ。石塚君」
「な!? なんで俺の名前知ってんだよ!?」
苗字を呼ばれ驚く海翔。これで気づかないとか、どんだけ鈍感なんだ。
「はぁ……当たり前だろ? 元クラスメイトだぞ?」
「へ?」
俺は半分呆れながらヒントを与えてやったが、それでも海翔は間の抜けた表情をしたままだ。
「おいおい……まだ、わかんないのかよ。一ノ宮怜奈。俺達が高校二年の時に同じクラスにいたろ? ……って、この間、自分で話題にも挙げてなかったか?」
俺の突っ込みに、海翔はやっと気づいたのか、「おおっ」と声を上げ、ポンと手を鳴らした。
「そういえば、そうだった! 懐かしいなぁ! ……ん? でも、なんでその一ノ宮さんがここに?」
「それはこちらが聞きたいわ。貴方たちこそ、なんでここにいるの?」
「そ、それは……」
俺は一ノ宮にここに至るまで経緯を話した。
「そう……そういうこと。貴方たちも彼女を……」
「貴方たちもって……それじゃあ、一ノ宮も恵ちゃんを!?」
「え、ええ、そうよ」
「それじゃあ……まさか……」
俺はそこで、口を閉ざした。そこから先は海翔の前では言ってはいけない。
「何だよ? 一輝……どうかしたか?」
「い、いや、なんでもない。……そ、それより、一ノ宮? 奴らが人間って言ってたけど……」
「え? ええ、言ったけど?」
「どういうことなんだ? どう見ても、人間とは思えなかったけど……」
人型は模していたが、あれはどうみても人間じゃない。
「彼らはここに閉じ込められていたのよ。貴方たちも、ここに来る途中聞いたんでしょ? ここに入っていった人たちが出てこなくなったって」
「そういえば、爺さんがそんな事言ってたな……」
海翔は思い出したように呑気に頷いている。
一ノ宮が言っている事はこの場所を教えてくれたお爺さんが話してくれたものと一緒だ。けれど、何故俺達がその話を知っていることを彼女は知っているのか?
「その人たちよ、彼らは」
「へ?」
あまりに突拍子もない一ノ宮の発言に俺達は間抜けな声を発していた。
「どうやら、この館に入った人間は外に出られないようになってるみたいね」
「外に出られないって……」
「何言ってんだ? んなことあるわけないだろ? 実際、俺達はあの扉から入ってきたんだから」
海翔は一ノ宮の言った事を全く信じておらず、扉の方に歩いていった。
「なら試してみたら?」
一ノ宮はまるで海翔をあざ笑うかのように不敵な笑みを零す。
「言われるまでもねぇ! やってやるさ!」
一ノ宮の言葉を挑発と受け取ったのか、海翔は扉に手を掛けた。
「ほら、開くじゃ……ない……か?」
開かない。ドアノブは回っている。しかし、扉は開いていない。
海翔は何度もドアノブを回して、扉を押したり引いたりする。しかし、一向に開く気配がない。
「にゃろぉ! こうなったら!」
海翔は扉から距離をとって、何を思ったか扉に向かって走り出した。
「――って、まさか!?」
叫ぶのも遅し、海翔は扉に体当たりをしていた。
あれ、知ってる。ショルダータックルといつやつだ。
「いっってぇ!」
しかし、聞こえてきたのは海翔の悲痛な叫びだけだった。扉はびくともしていない。
「ど、どうなってんだ?」
海翔は右肩を摩りながら疑問を口にしている。
「一ノ宮、これは一体……?」
「結界ね。気づいてた? まだ、外は日がさしてるわ。この館、窓はあるのに日が差し込んでこない」
「そういえば、中は薄暗いままだ」
「おそらく、この館は結界によって外界から遮断されてるのね。ただ、中に入るときだけ、外と通じるようにしてるみたい」
「そんな……じゃあ、さっき閉じ込められたっていうのは……」
「そう。結界のせいで外に出られなくなったのよ」
「でも、だからって、あんな……」
あんな人間ではない物にはなりえないはず。
「ええ。外界から遮断されてるって言ったけど、ここに張られてる結界はそれだけじゃないわ。この館の中は人間の体内時計を異常な状態にしてるみたい」
「体内時計を異常な状態に……?」
「ええ。最初はいいのよ。私たちのように正気でいられる。けれど、それも少しの間だけ。この結界によって、人間は時間を失っていくの。そのうち、人間は石像のように固まって、動かなくなるわ」
「そ、そんな………でも、なんで突然動き出したんだ?」
「貴方たち、あれのどれか一体に触れなかった?」
「あ、ああ……うん。海翔が触ったな」
「やっぱり。……時が止まるのが長く続くと、人間として意思はなくなるわ。そうなったら、彼らはただ単に時を欲する人形と化す。ゾンビみたいなものね。時の亡者とも言うけど。けど、時が動かなければ彼らは動くことはできない。だから、時のある人間が触れた瞬間、触れた人間を通じて、一時的に彼らの時が動き、貴方たちの時を自分のものにしようとした。ま、そんなことできないけどね。彼らに襲われたら、彼らの仲間入りをするだけよ。倒されたら砂になるのは既にその肉体が死んで長い時間が経っているせい。人としての形を失った瞬間、形を失って砂と化したってわけ」
「うぇ……ゾンビか……。なんとなく予想はしてたけど……」
どうやら、俺達はとんでもない所に迷い込んでしまったようだ。普通の人間が決して足を踏み入れてはいけない領域に。
ここは一ノ宮のような人の力を超えた人間でなければ立ち入れない場所なのだ。
それが分かった時、ある疑念が生じた。
「もしかしてさ。これって能力者がやったの?」
生じた疑念を一ノ宮に真っ向からぶつけてみた。この不可思議な館は一ノ宮と同じ能力者の仕業なのかどうかを。
「こんなの能力なんかじゃないわ。こんな能力、聞いたことないしね。まさか、魔術を魔法の域まで昇華させるなんてね。大したものだわ」
「能力じゃない? ……ま、魔術? 魔法?」
何のことかさっぱり分からない。
魔術、魔法とは何のか。よく、ゲームとかであるが、あれと同じものなのだろうか。
そんな事を悩み考えていると、一ノ宮は俺の横に来て、肩を叩いてきた。
「え? なに――!?」
が、俺は我に返り、後ろに身を引いてしまった。ゾンビの説明を受けていて忘れていたが、彼女と会うのは三年ぶり。しかも、別れ方が別れ方だっただけに、どうもまだ、わだかまりが残っている。
「あ………ごめんなさい」
彼女は少し悲し気に謝ってきた。
「あ、いや……こっちこそごめん。別に避けてるわけじゃないから……そ、その……」
「え、ええ……」
「それより何? 何か言いたいことでもあったの?」
訊ねると、一ノ宮は少し困った顔をして、入り口の扉の方を指差した。
「彼、あのままにしてていいの?」
「え……?」
一ノ宮に言われて扉の方を見ると、そこには、まだ扉に体当たりを続けている海翔がいた。
「あ、あの……海翔さん? 何をしてるんですか?」
「あん? 何って見れば分かるだろ? 扉をぶち破ろうとしてるんだよ!」
「はぁ……お前、一ノ宮の説明聞いてなかっただろ?」
「へ? 何それ?」
「お前ね……」
呆れてものも言えん。これだから力馬鹿は……なんでも力で解決できると思ってたら大間違いだっての。
「ふふっ」
一ノ宮は俺達の会話を聞きながら、くすくすと笑っている。
「もういい、説明するのだるい。外に出るのは後だ。それより、恵ちゃんを探すのが先だろ?」
「あ、ああ! そっか、そうだな!」
「しかし、もし、ここに恵ちゃんがいるとしても、この広い館の何処にいるのか……手当たり次第に行きたいところだけど、さっきみたいなゾンビがいたら嫌だしな」
「それに関しては、心配要らないわ」
何の心配もいらないと言う一ノ宮。その表情ははさっきまでと打って変わって、寒気がするほど冷たいものになっていた。
「い、一ノ宮……どういうことだ?」
「呼べばいいのよ。彼女をここに、ね」
「え……呼ぶってどうやって――」
俺の疑問に答えることなく、一ノ宮は自らの身に風を纏い出す。
「わ、わ! な、なんだぁ!? 一ノ宮さん、ど、どうしたの!?」
海翔は一ノ宮の異常に驚き、後ろにたじろく。
「い、一ノ宮、何を!?」
「出てきなさい! あなたがここにいるのは分かっているの。大人しく出てきなさい! でないと、このままこの館ごと吹き飛ばすわよ!」
一ノ宮は叫ぶと、一気に自分の周りに纏っていた風を加速させていく。もう彼女に近寄ることは誰にもできない。
風は既にこの館全体を強く揺さぶっていた。確かに、このままいけば一ノ宮言うとおり館ごと吹き飛ばしかねない。
彼女は風の能力者。風を自由自在に操る事ができる。風を刃のようにしたり、竜巻をおこしたりできるのだ。やろうと思えばこんな館なんて簡単に破壊できてしまう。
館そのものが大きく揺らぎ始めた時だった。
「無理よ……この館は壊せない。貴女には無理」
そんな声が聞こえてきた。
そして、次の瞬間、俺達の目の前の空間が裂け、その裂け目から〝彼女〟が現れた。
彼女が俺達の前に現れた。そう、それは紛れもなく荒井恵だ。
「空間転移……これはまた、大した魔術ね…」
一ノ宮がそう呟くと荒井恵はフッと笑みを漏らした。
「何が可笑しいのかしら?」
一ノ宮は台風並みに強くなった風を一気に消し飛ばし、その笑みの理由を問う。
「空間転移? 何も分かっていないようですね」
それはまるで感情のない声だった。彼女はこんな冷たい声を出さない。だから、そこに立っているのが本当に俺達の知っている荒井恵なのかどうか判別できなかった。
それは、海翔も同じだったんだろう。海翔は彼女の異変にいち早く気づき、声をかけられないでいた。
「違うというの?」
「はい。今、私が使ったのは次元移動です。もっとも、並行世界には行けませんが」
「次元移動!? ……そう、もうそこまで出来るようになったの」
荒井恵を見る一ノ宮の目が据わる。それは彼女に向けた殺意だった。
「はい。貴女――いえ、一ノ宮家のおかげです」
「何ですって? 私たちの?」
その瞬間、一ノ宮の彼女に対する殺意がさらに強まった気がした。
「はい。正確に言うと、貴女のお父上のおかげと言った方がいいですね。一ノ宮蔡蔵が時澤の一家を惨殺してくれたおかげです」
「な!?」
それは耳を疑いたくなる告白だ。
一ノ宮の父親が時澤の一家を惨殺した? どうしてそんな事を――いや、そもそも、それは事実のなのか?
それにそれを表情すら変えず、あっさりと口にする恵ちゃんも一体どうしてしまったって言うんだ。もう、訳の分からないことだらけだ。
けれど、俺はすぐにそれ以上に驚く事を耳にすることになる。
「そうね。そうでしょうね。私の父が貴女の家族を殺さなかったら、ここまで順調に事を運べなかったでしょうからね。まったく、お父様も甘い人だわ。こんな生き残りを残しておくだなんて」
一ノ宮は否定しなかった。それどころか、父親の事をどうしよもない人間だと言う風に言ってのけたのだ。
こんな生き残り――それはあまりにも残酷で冷酷な言葉だ。それを一ノ宮が口にするとは思っていなかった。これ程、冷たい言葉を口にすると言うことは、やはり恵ちゃん――。
そんな考えが過ぎった時だった。海翔が俺達の前に歩み出たのだ。
「めぐみ!」
海翔は彼女の名前を叫ぶ。けれど、彼女からの反応は返ってこない。それどころか、海翔に目を合わそうとすらしていない。
「どうしたんだよ、恵! 俺が分からないのか!?」
その叫びに、彼女は海翔に目を合わせることなく口を開いた。
「分かります、石塚海翔」
彼女は海翔の名前を口にした。それを聞いた海翔はホッと表情に変わる。
「よかった。なら、もうこんなとこ出て、俺と一緒に帰ろう」
海翔が彼女に近づきながら手を差し伸べる。
けれど、次の瞬間、俺達は彼女から驚くべき言葉を耳にする。
「拒否します。あなたの命令をうける所以はありません。それに貴方達をここから出すわけにいかない。貴方達はここで死ぬのです」
「な、に!?」
俺と海翔は愕然とした。まさか、彼女からあんな言葉を聞くことになるなんて……。
しかも、何の表情も変えず言い放つなんて、俺達の知っている恵ちゃんからは想像できないことだ。
しかし、一ノ宮の方は表情も変えず、ただただ、殺意を灯らせた目で彼女を見つめていた。




