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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
悲しみの懐中時計編
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第9話「結界」



 8月14日。金曜日。

 どうやら昨日の夜にも被害者が出たようだ。今日も起これば、6人目となる。おそらく、起こらないなんて事はないだろう。

 夜、7時。私は街に繰り出していた。彼には敵の正体が分からないうちは下手に手出ししないと言っておいたが、そうも言ってられない。できることなら、これ以上の被害者は出したくない。だから、私は街に出て、巡回していた。

 巡回を始めて30分ぐらい経った時、私は少し不穏な空気を感じ取っていた。


「何これ? 変ね……」


 空気が異質だ。私のように熟練した能力者は自然の流れを感じる事もできる。特に私の場合は、空気や風の流れを感じる事に長けている。

 今、その空気も風も何か異質なものに包まれている。極微細ではあるが、いつもと違う。けれど、邪悪なものではない。

 そこは人通りが全くなかった。


「魔術結界……かしら……?」


 魔術、それは人が「道具」を使って行うことを、道具を使わず、手順を単純化して発生させるというものだ。

 こう言われると、よく分からないが、要は手品のようなものだ。ただ、一般的な手品と違う点は、さっきも言ったように道具を使わないのだ。つまり、種も仕掛けも本当にないのだ。その代わりに、魔術は自然の力を借りて行使する。

 この魔術は「大昔」から存在している。例えば、平安時代に存在した有名な陰陽師なんかも、魔術使いではなかったかと考える人間もいるそうだ。真偽は確かではないが。

 だが、私が言っている「大昔」とは一ノ宮が現在の地位を確立する前のことだ。

 一ノ宮が台頭する前から能力者は存在し、それが関わる事件も発生していた。しかし、当時の人間には、それに対抗する手段がなく、能力者よる虐殺に指を咥えていることしかできなかった。

 そんな時に人間は魔術を生み出したのだ。この魔術、能力者に対して、それなり効果があった。炎や雷、水や風まで発生させることなどができる。それに加えて、能力者のように血筋によるものではないため、素質さえあれば、誰にでも体得できた。

 力の強さという点では、魔術使いは能力者より劣る。だが、数では勝っていた。そうやって、昔の人間は能力者に対抗していたのだ。今や、それも昔の話だが。

 一ノ宮家のような能力者を討ち払う能力者が出てきてからは、魔術は衰退していった。

 少し前までは、一ノ宮家と魔術使いで協力して、能力者を狩っていたが、時代の流れか、魔術使いは異端者扱いされ始め、魔術の道を志そうという者もいなくなった。今では、魔術の存在すら忘れられている。

 ただ、一ノ宮家の場合は、辿ってきた経緯の関係から、魔術についても精通しており、私も多少なりとも魔術を使うことは可能だ。

 魔術結界について話を戻す。例えば、行く道に『危険、立ち入り禁止』と書かれた立て札が立っていたとしよう。例外はあるが、これを見て好き好んで、その道を通ろうとする人間はいないだろう。それと同じ事を、魔術で行うことができる。人間の深層意識に『ここは危険だ。通ってはいけない』と思い込ませるのだ。これにより、そこに立ち入る者はいなくなる。それを人払いの魔術結界という。普通の人間には見られたくない場合によく行う魔術だ。

 今、私がいるところには、その魔術結界が張られているようである。

 しかし、何か人払いの結界とは違う感じがする。


「結界ではあるようだけど、やっぱり何か変ね……」


 そんな事をあれこれ考えていた時だった。


「キャアアアア!!」


 そんな叫び声が少し離れた所から聞こえてきたのだ。


――しまった!


 そう思った時には、その叫び声の方に走り出そうとしていた。


「きゃ!」


 急いで走り出そうとした瞬間、ドンと、誰かにぶつかった。突然の事で、そこに人がいることに気がつかなかった私は思いっきり、その人を突き飛ばしてしまった。

 私はすぐに、その人の所に駆け寄った。どうやら、女性のようだ。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 そう声をかけると、彼女はすぐに立ち上がった。


「だ、大丈夫……です。こちらこそ、ぼーっとしてて、すみませんでした」


 か細い声で女性は答える。

 見たところ、どうやら怪我はないようだ。

 まだ幼さの残った顔立ちからすると、私より年下なのだろう。


「本当に大丈夫? どこもなんともない?」

「はい……大丈夫です。それより、急いでいたんじゃないんですか? 気にしないで行ってください」

「そう? 悪いわね。本当にごめんなさい」


 私は彼女の言葉に甘えて、走り出そうとした時、ふと地面にある物が目に入る。


「あら? これ、もしかしてあなたの?」


 問い掛けながら、私はそれを拾い上げる。

 それは懐中時計だった。かなり、年式がいったもので、いまでは何処にも売ってそうにない代物だ。


「え? ……あ! そ、そうです! ありがとうございます!」


 彼女は自分のポケットの中を調べる仕草をした後、慌てて私からそれを受け取った。


「気にしないで。ぶつかったのは私の方なんだから。それじゃあね」


 彼女にそう告げて、今度こそ叫び声が聞こえた方に向かった。


 着いてみると、既にそこには多くの人だかりができていた。近くからは、パトカーと救急車のサイレンの音が聞こえる。

 人だかりを割って入ると、そこには血まみれの男性が倒れていた。


「……遅かったか」


 既にその男性はこと切れていた。これで、6人目だ。

 人だかりも出来ているし、既に犯人は立ち去った後だろう。

 念の為、辺りを見渡す。今回の事件の現場を見るのは初めてだったため、念入りに辺りの様子を見ておくことにした。

 男性はというと、やはり心臓を鋭利な刃物か何かで一突きされていた。外傷はそれだけだ。その一突きにした凶器は辺りには見当たらない。


「……やっぱり何もないわね」


 予想通りというか、やはり手掛かりになりそうなものは何もない。能力者の仕業とはいえ、ここまで何もないと、どんな能力かもわからない。


「さあ、退いた退いた!」


 辺りを調べ終わると同時に、警察がやって来た。もう、慣れたものなのか手際よく野次馬を下がらせて、現場の保存にかかっていく。

 これ以上は何も得られないと判断して、私はすぐにその場を去った。


「結局、被害者が増えただけ――いいえ」


 一つだけ収穫があった。それは現場近く張られていた結界らしきものだ。私はそれを感知した場所まで戻ってみた。


「どういうことかしらね、これは……」


 戻ってみると、そこは至って普通の場所と化していた。


「事件と関係あり、と考えた方が普通よね……」


 事件前まで、確かに異質のものを感じていたのに、事件後にはそれが全くなくなっている。どうやら、あの結界が事件と関係しているようだ。しかし、それが消えている以上、いまは確かめようがない。

 私はさっさと諦めて、その場を離れ、今日の巡回を終えた。



 8月15日。土曜日。朝。

 昨日、異質な何かを感じた場所に来ていた。しかし、昨日の事件後と同じで、そこは既に至って普通の場所だった。辺りを調べてみるものも、特に目立って目につく物もなかった。

 私は次に、昨日起こった事件の現場に行ってみた。昨夜の事だけに、まだ血の跡が生々しく残っていた。


「一体、どんな能力があれば一瞬にして誰にも悟られず、心臓を一突きにできるのかしらね……?」

「全くだねぇ」


 私の呟きに、突然後ろから応える声が聞こえてきた。驚いて振り向くとそこにいたのは〝彼〟だった。


「あ、あなた! お、驚かせないでよ。一体、ここで何をしてるのかしら?」

「ん? 僕かい? 決まってるじゃないか。事件の調査だよ。君だろ? 今回の事件の調査を依頼したのは」

「う……そうだったわね。で、何か分かったの?」

「うーん、残念ながら何も」


 唸っているが、困った顔をするわけでもなく、彼はあっさりと答える。


「はぁ……あなた、本気で調べる気あるの?」

「ん? あるよ。決まってるじゃないか。依頼された事は手を抜かない。君も知ってるだろ?」

「ええ。でも、あなたからはそれを感じ取れないのよね。いつも何処か適当で……。大体、緊迫感がないのよ。わかってるの? 毎日一人が殺されてるのよ? もうちょっと真面目に――って聞いてるの!?」


 こちらが話をしているというのに、彼はそっぽを向いて、何か困ったような顔をしている。


「何? どうかしたの? 何かわかったの?」

「え? いや、何も。ただ、時計がね……」

「時計?」

「うん。ずれてるもんだから」


 彼は自分の腕時計を私に見せる。


「ずれてるって……あなた、どこを見てそう言ってるの?」


 ずれていると言うのだから、正確な時刻を刻んでいる物があるはずだ。


「へ? どこって、あれだよ」


 そう言って、彼が指差した先には、時計台があった。


「あれはね、この街で唯一正確な時間を刻んでいるものなんだ。知らなかった?」

「え、ええ。そんなのがあったのね」

「まあ、でも、電波時計じゃないから、三日に一度調整しているらしいけどね」

「へぇ……」


 私が一ノ宮家を出て三ヶ月が経ったといえど、まだ私は外の世界について完全には慣れていなかった。まだ、知らないことも多い。


「しっかし、おかしいなぁ。この間、ずれてたのを合わせたばかりなのに……」

「電池が切れかかってるじゃないの? 遅れ始めたら大抵はそうよ」

「え? いや、遅れてるんじゃないんだよ」

「え?」

「逆だよ、逆。進んでるんだ。壊れちゃったかな、これは……」

「進んでる? それって、前の時も?」

「ん? そうだよ。ふぅ、これは本格的に壊れたかな? 今度、時計屋で見てもらわないと」

「一瞬の殺人……異質の結界……進んでいる時計……正確な時刻……」


 これらが指し示す結果は――。


「まさか、そんなこと……いいえ、でも、可能なの……?」

「ん? どうかしたのかい? 怜奈くん?」

「え? な、なに?」

「どうしたの? ぼーっとしていたようだけど?」

「い、いいえ、なんでもないわ。私、ちょっと用事を思い出したから、ここで失礼するわ」

「そうかい? それじゃあ、何か分かったら連絡するよ」

「ええ、そうして。それじゃあね!」


 彼への挨拶もそこそこに私はその場を急いで離れた。私の家、一ノ宮家に向かうために。

 私は、今回の連続通り魔殺人のカラクリに気づいてしまったのかもしれない。

 しかし、確証もなければ、実証もない。なにより、そんな能力聞いたこともないし、あったとしたら、とんでもないことだ。

 だから、私は一ノ宮家に向かっていた。そんな事がありえるかどうかを確かめるために。


        ・

        ・

        ・


 一ノ宮邸、私がここに戻ってくるのは、三ヶ月ぶりだ。私の家――けれども、私が最も嫌っている所かもしれない。

 一ノ宮の門をくぐってから、何人かの使用人が頭を下げてきた。そのほとんどは顔見知りだ。

 しかし、中には何者だとジロジロ見てくる者もいた。見知らぬ顔だ。私が家を出てから雇われた使用人だろう。そうであるならば、私の顔を見ても、誰かなんてわからないだろう。

 私は玄関の大きなドア開けて、家の中に入った。すると、そこに黒いスーツを着た白髪頭の男が立っていた。

 その男は切れ長の鋭い眼光でこちらを見据えた後、深々とお辞儀をした。


「お帰りなさいませ、怜奈御嬢様」

「……齋燈」


 彼は一ノ宮家の執事。齋燈禮治さいとうれいじ。今現在、彼が一ノ宮家の一切の事項を取り仕切っている。


「随分と間のいいお迎えね。まるで私が帰ってくるのが分かっていたみたい」

「外にいた使用人が知らせてくれました。怜奈御嬢様が門をくぐられたと……」

「そう……でも、残念。私は帰ってきたわけじゃないわ」

「と、申されますと?」

「少し調べ物あって寄らせてもらったの。調べ終わったら、すぐに出て行くわ」

「そうですか……」


 齋燈はひどく残念そうに呟く。


「聖羅は?」


 そう訊ねると、齋燈はさらに残念そうな顔をして答えた。


「聖羅御嬢様は5日前に部活の合宿に行ってしまわれました。戻ってくるのは明日と聞き及んでいます」

「そう……高校生活楽しんでいるようね。よかったわ」


 一ノ宮聖羅。一ノ宮家現当主の一ノ宮蔡蔵さいぞうの次女、つまり、私の妹の事だ。

 聖羅は私と違い、能力者ではない。普通の人間の女の子なのだ。故に彼女は一ノ宮家の暗部と一切関わりがない。普通に学校に通い、普通に学校生活を送っている。彼女は本当に一般的な女子高校生なのだ。

 とはいえ、一ノ宮家、財閥の御嬢様。それが部活に入っただけでなく、合宿に行くのだから、私とは違った意味で型破りの御嬢様だ。


「せっかく、お戻りになられたのに、お会いもせず、行ってしまわれるとは……」


 そう言って、齋燈はおよよとすすり泣く真似をして見せた。


「はいはい……心配しなくても、今日中に調べ終わることはないわよ。調べるのは、お父様の書斎なんだから」

「蔡蔵様の書斎ですと?」


 私の言葉を聞いた途端、齋燈の表情が一変した。今までは、少しひょうきんな歳がいった執事といったイメージだったのに、切れ長の目から覗く眼光をギラリとさせ、驚くほど強面になる。


「そうですか……やはり、いま街で起きている事件は……」

「ええ、能力者の可能性が高いわ。能力については大体わかったんだけどね。どうも、確証が持てないの」

「それで、当主の書斎を……ということですか。分かりました。すぐに人を集めましょう」

「待って。それには及ばないわ。書斎の中には私だけが入るから」

「し、しかし……」

「さっきも言ったでしょ? 確証が持てないって。そうじゃないのかもしれない。そういう時は、他人が調べても邪魔になるだけよ。じっくり、独りで調べたいの。確かなる確証が得たいから」


 私がそう諭すと、齋燈はあっさりと引き下がった。と言うより、彼は私の言うことには逆らわない。意見をする事があっても、意に反することはしないのだ。


「では、当主の書斎を開けてまいります」

「ええ、お願い。たぶん、徹夜になるでしょうから、食事は書斎で取らせてもらうわ。あなたが持ってきて頂戴。いいわね?」

「かしこまりました」


 齋燈は一礼してからその場を離れ、書斎の部屋の鍵を開けに行った。




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