表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
悲しみの懐中時計編
23/172

第8話「一ノ宮」



 8月9日。日曜日。

 私が一ノ宮邸から出て三ヶ月が経とうとしていた。

 私は一ノ宮怜奈。一ノ宮家の長女にして、次期当主である。

 しかし、私は現在、一ノ宮家から出ている。その理由は一ノ宮家の方針と私の考えとの不一致からだ。

 一ノ宮家は古くから存在する名家で、この国の経済、政治に深くかかわってきた。それは、よい意味でも悪い意味でもだ。今では、一ノ宮家の意に反するものは経済、政治界にはいないぐらいだ。

 確かに一ノ宮家の経済力、政治力は強い。しかし、それだけでは国一つ牛耳るには不足だ。一ノ宮家に誰もたてつけない本当の理由は、一ノ宮家の〝能力〟にある。

 一ノ宮家一族の血筋には、人間ならざる力を持って生まれてくる者が必ずいる。いや、正確言うと、一世代に一人だけ、その「力」を持って生まれてくるのだ。実を言うと、その一人というのが私だ。その前の世代は私の父がその〝力〟を持っていた。

 その力を人々は怖れ、一ノ宮家はそれを武器や盾にして、暗殺業まで行ないながら、この国での地位を高めてきた。

 そして、今日に至るわけだが、そんなことが何時までも続くはずもない。最近では一ノ宮のやり方に反対するものが、政治家などに現れるようになった。もちろん、そういった者に限って、変に正義感が強く、一ノ宮家について何も知らない若者だったりするわけなのだが。

 けれど、彼らが言っていることは正しいことである。というより、元から一ノ宮家に賛同している者などいない。ただ、一ノ宮家の力が強力すぎたために、誰も一ノ宮の意に反すことができないだけなのだ。

 だから、私は一ノ宮家を出た。〝能力者〟である私が一ノ宮家から居なくなれば、自然と一ノ宮の地位も落ちていくだろうと考えたからだ。

 けれど、問題はそれだけではない。一ノ宮家は昔からここら一帯の管理者をしている。管理者といっても単なる管理者ではもちろんない。

 一ノ宮家の力もそうなのだが、たまに人ならざる〝力〟を持って生まれてくる者がいたりする。それは突然変異のようなものだ。そして、そういった者に限って、精神を病み、狂人へと変貌してしまうことが多い。そして、彼らはその力で人としての道を踏み外し、「こちら側」でない人間を巻き込み殺してしまう。

 そういった事が行なわれた時、我々、一ノ宮家が彼らの排除を行なうのだ。それが一ノ宮家の昔からの役目だった。

 一ノ宮家の血筋はそういた「能力」に対しての耐性が強いのか狂人と化してしまうことが少ない。よって、一ノ宮家はイレギュラーに生まれてきた能力者が狂人と化してしまった時、秘密裏に排除を行なう。例え、それが身内であったとしても……。

 こればかりはどうしようもない。

 これは、たとえ私が一ノ宮を出ても引き継いでいかなければならない役目だ。だから、私は能力者が絡んでいそうな事件は念入り調べるようにしている。そして、それは今も行なっている。

 三年前、ある事件が発生した。それは〝力〟を持つ者の犯行だった。多く被害者を出した揚句、私は〝彼〟に負け、逃亡されてしまった。それから三年、今でも私は彼を追っている。それが私に課せられた使命なのだから。


 そんな最中、私が住んでいる近くで殺人事件が起こる。

 被害者は一名。ナイフなどの鋭利な刃物で刺された模様。犯人は特定不能。

 けれど、私にとってそんなに興味を引くような事柄ではない。大人が子供を平然と殺してしまう世の中だ。そんな事があっても不思議ではない。ただ、人通り多い道での犯行にも関わらず、誰も犯人を見ていなかった事が気になった。けれど、それも時代の流れ。他人のことなど気にも留めない人が多くなってきている世の中だ。犯人のことすら、気に留めなくなってしまっても不思議なことではないだろう。

 だから、私にとってもこれは気に留めるような事件ではなかった。



 8月10日。月曜日。同様の事件が起こる。目撃者なし。少し不信に思う。


 8月11日。火曜日。また、同様の事件が発生。目撃者なし。

 明らかに、これは変だ。

 三日連続で人が殺されてしまう事がではない。それらのどれにも目撃者がいないという事に、だ。

 普通では考えられない。そういった殺人事件が起きているのだ。どんなに自己中心的な人間でも気になるはずだ。にも関わらず、誰も犯人を見ていないなど有り得るはずがない。


 8月12日。水曜日。また一名殺される。目撃者なし。

 そして、私は確信する。これは能力者の仕業であると。

 歩いていたら、突然、胸から血が噴出し倒れるなどと、普通ではありえない話だ。これは、明らかに人間がなせる業ではない。ペースも速すぎる。いい加減、止めに入る必要がありそうだ。


 8月13日。木曜日。

 私はある人と待ち合わせをしていた。

 午後一時、彼は現れた。約束通りの時間だ。


「やあ、待たせたね」


 そう言って、彼は手を上げて私に挨拶をする。


「いいえ、時間通りよ。相変わらず、時間には正確なのね?」

「それはもちろんそうだよ。仕事柄、時間には正確でなくてはいけないからね」

「あら? あなたの場合、女性なら誰でも時間に正確なんじゃないかしら?」


 皮肉まじりの返し。けれど、彼の対応はいつも通り紳士的だ。


「おいおい、僕をそんな女ったらしみたいに言わないでおくれよ。それに、君は対象外だよ?」

「ええ、そうだったわね。確か、あなたは年上にしか興味がなかったのよね?」

「そうだよ。だから、そんなに身構えないでくれるかな?」

「え……?」


 彼が言っていることが一瞬分からなかった。けれど、すぐに理解することができた。


「あ、ごめんなさい」


 どうやら、またやってしまったみたいだ。

 どうも、私は警戒心が強いのか、よく相手に対して身構えてしまう事が多い。それがどんなに親しい人物でも、だ。これが、相手に悟られないのなら問題はないのだが、私の場合はそれがあからさまに態度に出ているらしい。けれど、私はそんな事を意識しているわけではない。無意識の内にしてしまっているようなのだ。

 私は意識的に警戒心を消していく。そして、彼に向き合った。


「うん。やっぱり、その方が断然いいよ。君は可愛いのだから、そっちの方が親しみやすいし、僕はそっちの方が好きだなぁ……って、あ、あれ?」


 一気に私の中の彼に対する警戒心のボルテージが跳ね上がる。

 やはり、彼は信用できない。年上しか興味がないなどと言ってはいるが、心の底では女で好みのタイプなら誰でもいいのではないだろうか?


「ご、ごめんごめん。す、好きじゃないです。可愛くないです……って、あわわ!」


 私の警戒心を悟ってか、彼はすぐに前言を撤回してくる。けれど、それはかなり失礼だ。いい気分ではない。

 引っ叩いて帰りたいところだが、そうはいかない。今日は仕事で彼と会っているのだから。


「もういいわ。無駄話はこの辺で、仕事の話をしましょう」

「あっと、そうだったね。それで、今回はどんな依頼だい?」


 さっきまで飄々とふざけた態度をとっていた彼は、私が〝仕事〟と口に出しただけで、一瞬にして真剣な面持ちに変わった。

 大したものだ。やはり、やり手なだけはある。

 私達は、近くのカフェに入ると、早速仕事の話に入った。


「今、この街で起きてる事件、知ってるわよね?」

「今、起きてる事件? あの連続通り魔のかい?」

「ええ。いい加減、数が多すぎるわ。そろそろ止めないと」

「ふむ。確かに。でも、君が動いてるって事は、これは能力者の仕業だと?」

「十中八九そうね。速すぎるペース、それと不自然な殺人。間違いなく、これは能力者よ。早く見つけ出して、止めないと……」

「なるほど…。しかし、それは一ノ宮(・・・)の決定かい?」

「え……それは……」


 それを聞かれると非常に頭が痛い。まさか彼からそんなことを訊ねてくるとは思ってなかった。


「ふぅ……やれやれ。やっぱり、そうなんだね? これは一ノ宮家の指示ではないんだね?」

「……ええ、そうよ。もう、あそこには帰るつもりはないわ」


 私はきっぱりと言い放った。


「……まぁ、それもいいかもしれないけど。……けど、それなら今回の依頼は君個人からのってことかい?」

「そうよ。私個人からの依頼じゃ受けられない?」


 私が問うと、彼は一瞬難しい顔をしたが、すぐにいつも通りの陽気な顔に戻った。


「そういうわけじゃないけどね。けど、君はもっと自分の立場を理解した方がいいと思うけどね」

「どういう意味かしら?」


 意識しているわけではなかったが、冷ややかな声で問い返していた。

 彼の言葉は何故か癪に障る。


「言った通りの意味さ。君は一ノ宮家の次期当主だ。それは家出をしたところで変わりはしないんだよ?」

「わかってるわよそんなこと!」


 つい声を荒げてしまった。

 言われたくない本当の事、それを言われてイラつかない人はいない。それをこの男は平気でやってしまう。


「ごめんごめん。別に君を怒らせようと、こんな事を言ってるわけじゃないんだ。僕が言いたいのは、そんな人物が、こんな危険な事件に一人で首を突っ込んでいいものかどうかってことさ」

「何を今更。これが能力者の仕業なら、解決できるのは私しかいないじゃない。他の人間なんているだけ邪魔よ!」


 それは本気で思っていたことだし、事実だ。

 けれど、彼は私のその言葉を聞くと、ふぅっと溜息をついた。


「変わらないね。君は。……まあ、いいさ。わかったよ。僕にできることがあったなら手伝おう。でも、これは一ノ宮家の次期当主からの依頼って事にしておくよ。決して、一ノ宮怜奈個人からの依頼じゃない。だから、最終的には一ノ宮家にも報告する。それでもいいかな?」

「ええ。私にとってはどっちでもいいわ。そんな重要な事じゃないし、別に構わないわ」

「よし、ならオーケーだ。それで、今回は何をすればいいだい?」

「別に何をするってわけじゃないわ。いつも通りの仕事をしてくれれば……」

「調査ってことかい?」

「ええ。敵が見えなければどうしようもないわ。何者なのかも分からないまま、派手に振舞うわけにもいかないしね」

「ま、そうだよね。しかし、一体どうしたらいいものか。姿を見たものは誰もいないとの事だしねぇ」


 彼は依頼して早々に弱音を吐いてきた。依頼者がいる前で、しかも、まだ何もしてないのに弱音を吐くなんて、まったく、この男はどうかしている。


「あなた、仕事少ないでしょ?」

「へ? なんでだい? そんな事もないけど、最近じゃ増えてきてるんだよ?」

「本当に? 貴方みたいな適当な性格してる人間に依頼してくる人がいるのね。不思議……」

「ははは……そ、そうかな? まぁ最近じゃ、優秀な助手が入って来てくれてね。そのせいかな……ははは」


 彼は顔を引きつらせながら笑っている。


「ふぅん。あなたにも助手ができたの? でも、この件に絡ませてはダメよ」

「分かってるよ。これは普通の事件とは違うからね」

「とにかく、警察でも分からない事を調べるのが、あなたの仕事でしょ? よろしく頼むわ」

「了解。何か分かったら連絡するよ

「ええ、よろしく頼むわ。なるべく急いでね?」

「ああ、わかっているよ」

「それじゃあ、ここの会計よろしく」

「え! マジで!?」


 私はさっさと立ち上がり、その場を去った。


        ◇


 一ノ宮の令嬢が去った後、男は深い溜息をついた。


「あーあ……行っちゃった。ふぅ。……もともと不機嫌だったけど、一ノ宮の話をした途端、さらに機嫌が悪くなったな。やれやれ……。しかし、厄介な依頼だねぇ」


 彼はそう言うと、口端をニヤリと吊り上げた。

 彼にとってはこうなる事は予定通り。彼女、一ノ宮怜奈が通り魔殺人の件を依頼してくる事も分かっていた。

 男は最初の事件が起きてからすぐにこの事件について調べ始めていた。この犯人が能力者であることも分かっていたし、既に、この犯人が誰であるかも、彼には薄々分かっていた。

 では、なぜ彼は何もアクションを起こさないのか? それは彼が、一ノ宮家の人間でもなく、警察でもないからである。要は、犯人を捕まえる義務が彼にはなかったからだ。彼は根も優しいし、人情家でもある。しかしながら、彼は義務でない事はしない。依頼がなければ、下手に手を出さない。それが、適当に生きてきた彼にとっての唯一とも言える主義ポリシーなのだ。

 主義と言えば聞こえはいいが、悪く言えば面倒くさがり屋なだけであろう。けれど、興味を持った事は別だ。

 彼はこういった能力者絡みの事件に興味をそそられる。頼まれもしてないのに、勝手に捜査をして、事件を解明しようとする。けれど、やっぱりそこまでだ。それを警察に言ったり、一ノ宮家に情報を流したりはしない。その理由は、先に述べた通りだ。


「けど、まあ、依頼されちゃあ仕方ないな。でも、まだ教える段階じゃない。〝彼女〟が本当にそうなのか……まだ、分からないしね」


 そう呟くと、彼は立ち上がり、会計を済まし、カフェを後にした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ