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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
悲しみの懐中時計編
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第5話「通り魔殺人」



 8月11日。火曜日。朝。

 彼女、荒井恵は自ら決断を下した。彼女は家に戻る事を決めたのだ。


「本当にいいだな? お前は、それで」


 海翔は彼女の事が心配なのか、彼女と話をしている。


「はい……自分で、決めたことですから。もう一度父としっかり話し合ってみます。今迄は、その勇気がなくて父と向き合えていませんでしたけど、今ならできる気がします」

「そっか……分かった。お前がそう決めたなら、もう何も言わねぇよ」


 じゃあな、と海翔は事務所から出て行こうとする。


「あ、あの! 海翔さん!」

「ん? なんだ?」

「あの……あ、ありがとうございました!」

「いいよ、別に。俺は何もしちゃいない。お前が自分で決めたんだ。がんばれよな!」

「は、はい!」


 少し元気の良い彼女の返事を聞くと、海翔は吹っ切れたような笑顔で事務所を出て行った。

 その後、俺は彼女を家に送り届けた。家の前に着くと、彼女の父、荒井慎二が出迎えに出ていた。


「……お父様」


 彼女は少し怯えた様子で、その言葉を口にする。


「恵……」


 彼は彼女に駆け寄って、強く抱きしめた。


「よく帰ってきてくれた。よかった。ありがとう!」


 彼は涙ながら、彼女にそう告げる。


 ありがとう、か。

 その言葉に何か含みがあるように思えるのは、彼への不信感のためか。


「荒井さん――」

「この度はありがとうございました」


 彼は俺に頭を下げる。

 だが、そんな謝辞を気にすることなく、俺は言葉を続ける。


「荒井さん……どうか、娘さんの意思を尊重してあげてください。お願いします」


 それだけを伝え、今度はこちらが頭を下げる。


「はい……わかりました。ありがとうございます。それじゃあ、恵。中に入ろうか」

「はい……」


 そうして、彼らは家の方を向いて歩き出した。

 ここから先は、俺は立ち入ることはできない。あの二人の、親子の問題だ。


「……帰るか」


 踵を返し、事務所に戻る事にした。


「一輝さん!」

「え……」


 背後から突然名前を呼ばれ、振り返る。

 そこに、彼女が、荒井恵が駆け寄ってきていた。


「ど、どうしたの?」

「あ、あの……私……」


 伝えたい事があるのだと、そういう意志を持った眼差しだった。


「なんだい?」


 けれど、訊ねた途端、その眼は宙を泳ぎ、その意思は、迷いに変わる。


「……い、いえ……ただ、お礼が言いたくて。本当にありがとうございました!」


 それだけ言って、呼び止める暇もなく、彼女は走って家に戻ってしまった。


「ありがとう……か。言う人が違うと、こんなにも違うなんてな。………本当にこれでよかったのか……?」


 自問自答。自分がしたことが本当に正しかったのかの疑念。それを抱えつつ、俺は事務所に戻った。



 その日の夜、また街で殺人事件が起こった。被害者は一人。前の件と同様、心臓を一刺し。もちろん、犯人を見た者もいなかった。


 8月12日。水曜日。昼。街中で殺人事件発生。被害者は一人の女性。死因は心臓をナイフのような物で一突きされたことによる出血多量。犯人の目撃者なし。

 8月13日。木曜日。夜。同様の事件が起こる。被害者は男性。

 8月14日。金曜日。夜。同じく男性が殺さる。

 次々と続出する被害者。俺はこの事件に何か嫌な予感がしていた。


        ・

        ・

        ・


 8月15日。土曜日。朝。

 俺は新一さんと一緒に事務所にいた。


「やれやれ……これで6人目か」


 新一さんは椅子に座って、朝刊を見ながらそうぼやく。


「被害者には関連性はないそうですね? つまり――」

「無差別殺人」


 俺と新一さんの声がハモる。


「しかし……まったく、この街はこの手の殺人が多いね。これじゃあ、3年前の殺人鬼再来だ」

「え……」


 新一さんのその言葉に凍りつく。

 3年前の殺人鬼。それはあまり聞きたくない言葉だ。


「所長……3年前の事件知ってたんですか?」

「それはそうさ。この街に住んでて、あの事件知らない者なんていないよ」

「そう……ですよね」


 それもそうか。この街に根を下ろす探偵が知らないわけがない。

 3年前、正しくは2年半前だが、如月町と皐月町で連続通り魔猟奇殺人が起きた。何人もの被害者を出しながら、現在に至っても未解決な上、まだその犯人の正体すら分かっていない。

 それが表向きの公式発表なのだから、この街に住まうものとしては、不安を抱え、忘れることのできないものとなっているだろう。


「どうかしたかい?」

「い、いえ」

「しかし……確か、あの犯人は捕まっていなかったと思うが……今回は全くの別人だね。手口が違いすぎる」

「そう、ですね……」


 相槌だけをうつ。あの事件の真相を知っている身としては、少し居心地が悪い。


「まったく、これじゃあ、オチオチと街も歩いてられないね。探偵としては致命的だよ」


 冗談めかしに新一さんは笑い、その話を打ち切った。

 新一さんは知らない。俺が3年前の事件に深く関わったことを。



 8月16日。日曜日。午前9時。

 事務所に着くと、珍しくかおりんがいた。


「あれ? かおりん、どうしたの? 新一さんの所に来るなんて珍しいね。まさか、新一さんからのアタック受けることにしたとか?」


 挨拶がてらからかいを一つ。いつもなら、これでかおりんから厳しい突っ込みが入る、のだが、今日は違った。新一さんもかおりんも神妙の面持ちでこちらを見ている。


「ど、どうかしたんですか?」

「ん……一輝君。実はちょっと困った事になってね。香里さん、一輝君に説明して頂けますか?」

「……ええ」


 かおりんは深刻そうな表情をして、再びこちらを眺める。

 かおりんは仕事以外ではこんな顔はしない。どうも仕事関係で事務所を訪ねてきたようだ。


「落ち着いて聞きなさいね。一輝」

「え……う、うん」


 どうしたというのだろう? かおりんがこんな前置きするなんて、今までに一度もなかった。まるで、家族に不幸でもあったような言い方だ。


「昨夜、荒井財団の会長、荒井慎二が殺害されたわ」

「え……!?」


 自分の耳を疑った。


 あの会長が、殺された? 嘘、だろ?


 突然の事で立ち眩みしそうになる。

 自身が初めて担当した依頼人である人物が殺された。その事実は、あまりにも衝撃的すぎて、すぐに受け入れることができない。


「殺害された場所は自宅の自室。心臓を一突きされていたわ。死因は出血多量によるショック死。今日の明朝に使用人よって発見され、事件が発覚したわ」

「一突き……それって……」

「ええ。私は今回の殺人が、いま街で起きてる連続通り魔殺人と関連ありと睨んでるわ」

「あの事件と……?」


 確かに、何らかの関連性がありそうだが、今までとは決定的に違うところがある。


「けど、殺されたのは自宅なんだろ? いままでとはケースが違うじゃないか。今までは、街中の道端とかだったし。そう決め付けるのは早いんじゃあ……?」

「ええ、そうね。はっきり言って、今までは無差別に殺しまくってたからね。でも、その通り魔の犯人がもし、荒井慎二の自宅にいたとしたら、どうかしら?」

「え……」


 一瞬、脳裏にある人物の顔が浮かぶ。


「一緒に住んでいたとしたら?」


 そんな事、ありえもしないのに、ただ漠然と彼女の顔が浮かんでくる。


「か、かおりん……なに、を?」


 忘れていたわけではない。だが、彼女がそんなことするわけがないと思っていた。だから俺は、真っ先に疑われるべき彼女を除外していた。

 彼女が人殺しをするような人間とは思えない。けれど……。


「現在行方不明の荒井慎二の娘、荒井恵。最重要人物として捜索中よ」

「そんな……彼女が……?」


 それに行方不明ってどういうことだ?


「とまあ、私の推理はこんなところなんだけどね。最近、彼女と接点のあった貴方達に意見が聞きたくて、来たくもない所に来たわけよ」


 突然、かおりんは表情を緩め、そう言い放つ。


「な、なんだぁ……かおりんの勝手な憶測かぁ。……本気にして損したよ!」


 ホッとして胸を撫で下ろす。安堵して、すぐ傍のソファーに座りこんでしまった。


「勝手な憶測とは何よ! これでも私、結構本気で言ってたのよ?」

「本気、ねぇ。でも、自分でも半信半疑、なんだろう?」


 かおりんに疑いの目を向ける。すると、かおりんはバツが悪そうな顔をする。


「うっ……ま、まぁね。彼女、第三の事件の時にも被害者のすぐ傍にいたからね。それで、凶器と思われるような物でも一つ持っていれば、犯人と断定したかもしれないけど……」

「彼女はそんな物、何一つ持っていなかった。そして、事件が起きて、すぐに俺達が駆けつけたから、もし彼女が凶器を持っていたとしても、捨てる暇がなかったはず。何よりも、もし彼女が刺したなら、目撃者がいるはず……だよね?」


 俺は荒井恵が通り魔事件の犯人ではない根拠を並び立てる。

 それを聞いたかおりんは溜息をついた。


「そうなのよねぇ。凶器にしろ、目撃者にしろ、彼女が犯人ではないのは明らかなのよ。やっぱり、違うのかしら……?」


 まだ、かおりんは納得いってないようだ。だが、荒井恵が一連の事件の犯人という考えは無理がありすぎる。


「そんなことよりも、彼女が行方不明ってことの方が重要だよ! 警察は何も掴んでないの?」

「そんな……昨日の今日よ? すぐに見つからないわよ。それに、今回もただの家出かもしれないし」

「もしくは、荒井慎二殺しの事件に巻き込まれ、さらわれたか、だね」


 新一さんはそんな考えたくもない推測を口にした。


「ええ、いまはそれが最も濃厚ね」

「まあ、彼女が家出だろうが、事件に巻き込まれていようが、僕達は彼女の居場所の手掛りになるような事は知らないですよ。残念ですけど」


 新一さんの言葉にかおりんは再び溜息をつく。


「のようね。いいわ。でも、何か思い出したら、必ず連絡してよ?」

「ええ、それはもちろん。香里さんの頼みなら何でも聞いちゃいますよ」

「ったく、調子いいわね。それじゃあね、一輝。この件が片付いたら、また一緒に飲みに行きましょ? もちろん、間島抜きでね!」

「嫌だよ。かおりん、酒癖悪いもん」


 直球でお断りを申し入れる。その横で新一さんはガックリと肩を落としていた。


「ま、つれないわねぇ……」


 かおりんはそうぼやいて、新一さんを無視したまま、事務所から出ていってしまった。


「やれやれ、またフラれちゃったな……」


 新一さんはすっかりと落ち込んでしまっている。


「何を今更……いつもの事じゃないですか?」

「うぅ……君もさらっと酷い事言うよね?」


 新一さんはさらに落ち込んでしまった。

 こうなると、この人は結構面倒くさい。励ましてあげたいところだが、励ましは、効果はあれど、現実が伴わない。なので、話題を変えることにする。


「そ、そんな事よりも所長! どうするんですか!?」

「どうするって? 何をだい?」


 新一さんはあからさまにとぼける。


「恵ちゃんの事ですよ! 捜さなくていいですか?」

「捜すって……それは誰からの依頼だい?」

「え……」

「僕は探偵だよ? 警察じゃない。事件が起きたからといって、勝手に事件に首を突っ込むわけにもいかないよ。僕たちは依頼者あってのことなんだからね。探偵ごっこしてるわけじゃないだよ?」


 新一さんは静かに、それでいて厳しく諭してくる。


「そ、それは……そうですけど……」


 新一さんの言っている事は至極真っ当だ。けれど、俺にはどうしても納得がいかない。

 3年前もそうだった。自分が知っている人間が何がしらの危険にあっているのに、何もできない自分がいる。俺にとって、それはどうしようにも我慢できない事だった。

 できれば、もう二度とあんな思いはしたくない。


「……だ、だったら……だったら、俺が依頼者です! お願いします、新一さん! 俺の依頼、受けてください!」


 恥も外聞もなく、俺は新一さんの目の前で土下座する。


「か、一輝君……きみ……」

「俺からもお願いしますよ。所長さん」


 突然、背後からそんな台詞が飛んできた。振り向くと、そいつはいた。


「か、海翔!? お、お前、どうしてここに……?」

「いやね。朝方、俺んちに警察が来たもんでね。恵のこと根掘り葉掘り聞かれた挙句、部屋の中まであら捜ししていきやがった。で、ここに来れば何か分かると思って来てみたら、案の定、その話してたってとこだよ」

「……盗み聞きしてたのかい?」


 新一さんは少し不機嫌そうな顔で訊ねる。


「ああ、香里さんと話してる辺りからな。なあ、所長さん。俺からも依頼させてくれ。荒井恵を、アイツを捜してくれ。お願いだ!」


 海翔は俺と一緒になって、新一さんの目の前で土下座した。


「……はぁ。やれやれ、君達ときたら……仕方ないなぁ。本当は警察が関わってる事件には、あまり関わりたくないんだけどね」

「そ、それじゃあ!」

「ああ、いいよ。その依頼引き受けよう」


 その言葉を聞いて、俺と海翔は顔を見合わせ喜んだ。


「やったな、海翔」

「へへ、頼んでみるもんだろ?」


 微笑み合う俺達。


「ただし、条件がある」


 喜んでいる俺達をよそに、新一さんがそう付け加えてくる。


「え? な、何ですか?」


 恐る恐る、聞き返した。


「君達にも手伝ってもらうよ?」

「な、なんだ……そういうことですか。よかった」

「よかったって……何を想像していたんだい?」

「いえ、何かえげつない事でもさせられるのかと……」

「えげつない事って……僕のことなんだと思ってるのかな、君は?」


 新一さんは少し悲しそうだ。いや、酷く、かもしれない。


「それで? 俺達は何をすればいいだ?」


 そんな新一さんの心情をよそに、海翔はさっさと話を進めていく。


「……ちょっと悲しいけど……うん、わかったよ。話を進めよう。」


 落ち込んだ素振りをやめて、新一さんは地図を持ってきた。


「君たちには行ってもらいたい所があるんだ」


「行ってもらいたい所……どこですか、それ?」


 俺が尋ねると、新一さんは地図を開いて、指さす。


「ここだよ」


 地図を覗き込んで、指された場所を見ると、ここからそれなりに遠い所で、山奥だった。


「ここ、は?」


 訊ねると、新一さんは一枚の紙を取り出し、それを俺達に見せる。

 そこには、ある住所が書かれていた。見た事もない市町村名だったが、もう一度、地図を見ると、新一さんが先程指した場所にそれがあった。


「所長……これは一体?」

「うん、これはね、君たちが荒井恵を連れてきたその夜に彼女が書いて、僕に渡してくれたものなんだ」


 あの夜。俺達が荒井恵を事務所に連れてきて、そのまま泊まったときの事だ。

 確か、あの夜、荒井恵と新一さんは二人っきりで話をしていた。彼女が帰った後、俺は新一さんにその時の事を聞いたが、うまいことはぐらかされてしまっていた。


「一体、あの夜に何を話していたんですか?」


 俺が訊ねると、新一さんは話し始めた。


「うん、あの夜ね。君たちが寝た後、彼女が僕のところにやって来て、話してくれたんだ。……自分の過去についてね」


 新一さんは語り出す。あの夜、彼女自身が話してくれたという荒井恵の過去について。

 それは俺達からすれば、衝撃的な内容だった。




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