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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
ミエナイ殺ジン鬼編
171/172

最終話「神を殺す想い」・後編



「本来、鬼神とは半人半神の霊的な存在であり、神霊に至ろうとする霊魂のことを指します。つまり、神になりかけた魂です。ですから、普通の人間ではそれを知覚できません」

「霊魂……知覚できない……? け、けど……」

「ええ、其方の言いたいことは分かります。妾――後鬼の血が存在している事実と異なると言いたのでしょう?」

「あ、ああ……だって、おかしいだろ? 霊魂なら肉体はいらない。だったら、なんで役小角はその肉体を人間に隠したんだ? どうして、後鬼の復活に肉体が必要になる?」

「……そうなのです。それこそが妾たちが犯してしまった過ちなのです」

「過ち……?」


 それは後鬼の肉体を人間に隠した事がか? それとも、後鬼の復活に肉体を必要としたことにか……?

 けれど、後鬼はその首を左右に振った。


「そうではありません。それ以前の話です。それ以前に……役小角に出会う以前に妾と前鬼は過ちを犯したのです。故に堕とされた……悪鬼に」

「は、話が見えてこない。もっと詳しく教えてくれないか?」

「いいでしょう。もとよりそのつもりです。

 いいですか? 神とは全知全能であれど、その力を使って故意に命を奪うことはしません。神の役目とは、大地と命を生み出し、それを運用すること。具体的には、この世界を取り巻く自然を造り、制御していると言えば言いでしょう。大気の循環、地殻の変動、場合によっては大災害を起こすなんてことも神の役目です。その過程で失われる命はあれど、それもまた命の循環の一つ。神は輪廻も司りますから」

「大気の循環……地殻の変動……そう聞くと、なんだか神様って自然そのものって感じがするな……」

「ええ……まさしくその通りです。神は自然と一体なのです。だから、神は人を決して憎しみから殺すことはない。それが神の掟であり、妾たちも十分に理解していたつもりでした……」

「つもりでした……って、まさか……!?」

「ええ、鬼神となった妾たちは、人間を殺し、その肉を喰らってしまったのです。それは神として決して行ってはいけない禁忌でした。肉を得た妾たちは、悪鬼に成り下がってしまったのです」


 彼女は言いながら悔いるような表情をしていた。

 そんな顔をしているもんだから、訊ねづらかったが、それでも訊ねずにはいられなかった。


「ど、どうしてそんなことを……?」

「人間が……憎かったから……としか言いようがありませんね。その頃の妾たちは未熟で人間の行いが理解できなかった。互いに罵り合い、奪い合い、殺し合う。そして、あまつさえ妾たちを……自然を壊す。その行いは現代に至っても変わっていませんが、あの頃の妾たちには、それが許せなかったのです。矮小なくせに、醜く、蒙昧で薄汚く生きる人間達が」


 それが今の本心ではないのか、彼女は当時の感情を淡々と語っている。

 けれども、なるほど……神が自然と一体としたならば、神の目には人間の行いは酷く愚かで醜いものとして映っているに違いない。ならばこそ、そこに憎しみを抱いてもおかしくないのかもしれない。


「悪鬼となった妾たちは、その後人里を襲っていたところを役小角の手によって捕縛され、彼の式神として使役されることになりました。その後の話は……知っていますね?」

「ああ……」


 前鬼と後鬼は役小角のもとで暮らすことになり、人間のことを知った前鬼は改心したが、後鬼の中の人間への憎しみは消えることはなかった。


「いいえ、妾も一度は人間への愛を取り戻しかけたのです。役小角のように善行を行うことが人間本来の姿なのだと思い、人間を愛し、見守り続けようとしていたのです。ですが……」


 だが、人間達は役小角が行うその善行すらも疑い、嫌疑にかけ、彼の母親を人質にとって彼を捕縛してしまった。

 結果として、それが後鬼の人間への憎しみを決定的なものに変えてしまった。

 彼女は人間を憎み、完全な悪鬼に成り果ててしまった。そして、役小角に封印されてしまった。


「……待った。じゃあ、ここにいる貴女は何なんだ? 貴女は自分を後鬼だと言った。じゃあ、貴女も悪鬼なのか?」


 その問いに彼女は再び首を左右に振った。


「いいえ、真藤一輝。妾は悪鬼などではありません。今の妾は、本来あるべき姿――鬼神に戻れたのです。其方らのおかげで……」

「え……俺達の……?」

「はい。其方らがあの悪鬼の後鬼を追い詰めたからこそ、妾がこのような形で顕現することができのですから」

「ど、どういうことだ……?」

「ここまでの話を聞いておかしいと思いませんでしたか? 肉体を得て、悪鬼と成り果てた妾の肉体を役小角は何故人間などに隠したのか。そもそも、悪鬼と言えど元は霊魂だけの存在なのですから、肉体は不要です。霊魂とそれが持つ力、そして、肉体とを分けることができたなら、肉体は不要なものとして、消去すべきでしょう?」

「い、言われてみれば確かに……け、けど……」


 役小角は、後鬼の肉体を消せなかった。初めはその強靭な肉体故に完全に消すことができなかったと考えていたが、もとは人間から得た肉だ。そんなはずがない。

 つまり、役小角は後鬼の肉体を消せなかったのではなく、何らかの意図があり消さなかったのだ。

 けれど、そこにどんな意図があるか、俺には、分からない……。


「彼には視えていたはずです。いずれ来る妾の……あの悪鬼が復活する日が……。そして、その時の為に霊魂である妾が憑依しやすい肉体を敢えて彼は残したでしょう」

「だから、どうしてそんな事をする必要があるんだ?」

「目的は二つあります。一つは肉体を求め、彷徨う霊魂とならないようにするためです。封印が解け、彷徨うだけの悪鬼の霊魂となれば、いずれ肉を求め、人間を襲うことになるでしょうから。

 そして、もう一つは……悪鬼の妾を完全に殺しきる為……それが最大の理由でしょう」

「悪鬼の後鬼を殺しきる……? それって……」

「はい。今回のように前鬼に憑依された人間が復活した妾が討ち、その霊魂を消し去ること、彼はそれを未来の人間に託したのです」

「け、けど、俺は後鬼を討ち取ってなんかいないぞ? 寧ろ逆だ。貴女が出て来なければ……」


 確実に俺達は後鬼に殺されていた。

 けれど、彼女は首を横に振る。


「いいえ、其方らは後鬼を討ちました。その証拠に、妾がこうして表に出てこられたのですから」

「それ、さっきも似たような事を言っていたけど……どういう意味なんだ?」

「其方らは、悪鬼である妾を追い詰めた。力だけではなく、互いを想い合うその心で。其方と怜奈、そして貴志、其方らの互いを想い、守ろうとする姿に妾は胸を打たれました。だから、妾は其方らを助けたくなった。結果、それがあの悪鬼の消し去ることになっただけです。ですから、後鬼を討ったは其方らなのです」

「胸を打たれたって……貴女は……後鬼は人間を憎んでいたんだろう? それがどうして? それに、さっきから聞いていれば、貴女は自分自身を消し去ったって言っているように聞こえるんだけど……」


 疑問が疑問を呼び、訊ねてみると彼女は優しく微笑んだ。


「確かに妾は人間を憎んでいました。けれど、それと同時に人間を愛してもいたのです」

「え……愛して……いた?」

「ええ。憎しみだけが膨れ上がり、その心は欠片ほど小さなものでしたが、役小角はその存在に気づいていたのでしょうね。だから、妾の魂を封印する際にある仕掛けを施したのです。人間を愛し、美しむ感情が芽生え、それに妾自身が気づいた時、悪鬼である妾と人間を愛し見守る鬼神としての妾、その魂を二分するように」

「そ、それじゃあ……貴女は本当に鬼神の後鬼……なのか?」

「ええ。ですから感謝します、真藤一輝。其方らのお蔭で、妾は善性を取り戻せた。それはきっと前鬼も同じでしょう。

 初めてでした。前鬼の力、そして妾の力、その力をただ外敵を倒す為ではなく、誰かを守る為に振るった者達は……。

 本当にありがとう。互いを想い、守ろうするその姿、それこそが人間が美しく尊い存在である所以などだとやっと思い出せました」


 そう告げる彼女の――怜奈の背後には菩薩のように優しげな表情を浮かべた後鬼の姿があった。

 そして、その後鬼の傍らに前鬼の姿も透けて浮かび上がっている。


「どうやら、現世に留まれるのもここまでのようですね。ですが、全ては話した通りです。長きに渡った前鬼と後鬼の宿命もこれで終わりを告げることでしょう。

 これからは我ら二人、人間達を愛し、その営みを見守ると致しましょう。……ねえ、あなた?」

「ああ、妙童鬼よ。これからは常に二人だ」


 前鬼と後鬼は寄り添いながら、消えていく。光の粒となって空に消えていこうとしている。

 けれど、そんな二人に俺はどうしても訊いておかなければならない事があった。


「ま、待ってくれ! まだ……まだ訊きたい事があるんだ。俺は……俺が怜奈を好きになったは、前鬼、やっぱりお前の影響なのか? あれは本当の俺の心じゃなかったのか!?」


 それが今の俺にとっての最大の疑問であり、不安でもあった。

 けれど、それに前鬼は笑い飛ばすように言い放った。


「は――それを今更知ってなんとする?」

「え……」

「あの娘に好意を抱いたきっかけがどうであれ――」


 その言葉を引き継ぐように後鬼がその先を言葉にしてくれた。


「其方らが互いを想い、惹かれあったのは、間違いなく其方らの心によるもの……その気持ちは本物のはずです」


 その言葉だけで十分だった。それだけで俺は満たされた。


「ああ……そっか……そうだよな。ありがとう、前鬼、後鬼!」


 そのお礼に応えるように前鬼と後鬼は微笑み――それを最後に彼らは完全に消えていった。


 途端、操り人形の糸が切れたように、怜奈が崩れ落ちる。


「怜奈!? あぐっ……!」


 受け止めようとしたが、身体が動かなかった。

 けれど、怜奈の体は地面に倒れていなかった。


「やれやれ……これで最後に兄貴らしいことができたかな……」

「お、お前……き、貴志!?」


 貴志だ。貴志が倒れかけた怜奈を受け止めていた。


「お、お前……いつから意識が戻って……?」

「ふん……あれだけ長々と話をしていれば、気がつきもするさ。邪魔はしちゃ悪いと思って、口は挟まなかったけどね。けど……」


 貴志はそこまで口にして、不機嫌そうな表情になり、


「怜奈の体を勝手に使ったのは、いただけないな……ちょっと文句の一つでも言ってやれば良かったか」


 などと、愚痴をこぼしていた。


「はは……それは仕方ないさ。魂ってのは、それを受け入れる為の器としての相性がある。後鬼は女性だからな。お前は男だし、真希さんは悪鬼に乗っ取られていた。怜奈が適任だったんだろう」


 それに何より、後鬼の言っていた人間を愛するという心、その意思が怜奈にもあった事が大きいと思う。


「ちっ……お前に言われるまでなく、そんなことは分かってるさ。僕はただ……」

「妹の体を乗っ取られたことに兄貴として腹を立てた、だろ?」


 貴志の言い分を代弁してやると、彼はさらに不機嫌そうに顔をしかめた。


「お前は……やっぱり一回ちゃんと殺しておこうかな?」

「おいおい……」

「はは、冗談だよ!」


 貴志は突然ニカっと笑って見せる。その顔は、どこかまだ幼さを残す少年のようだ。

 彼もやっと後鬼の呪縛から解き放たれたのだろう。


「さて……ほら、一輝」


 言いながら、貴志は意識を失っている怜奈を俺に預けてくる。

 俺は慌てて両手を伸ばし、それを受け止めた。


「お、おい……」

「もう手放すなよ。それと次はちゃんとお前が受け止めてやれ」

「貴志……?」

「怜奈は……僕には背負えない。それは、お前が背負え。いいな?」


 貴志は真面目な表情でそんな言葉を投げかけてくる。けれど、その声も表情もどこか寂しげだ。


「貴志、お前……まさか……」

「僕は怜奈や聖羅とはやっぱり一緒にいられない。僕が一緒にいたら、彼女達に僕の罪を背わせてしまうことになる。望む望まないにかかわらず……」

「……お前は……本当にそれでいいのか……?」


 あれほど怜奈の事を愛し、そして兄として戻りたいと願っていたのに……それなのに……。


「ああ……後鬼の話を聞いていて分かった事がある。人間はどうしようもなく醜く、薄汚い生き物で、過ちを犯す。数百年、数千年掛かってもそれはきっと変わらない。けれど、それでも彼女は人間を尊み、愛すると言った……彼女は最後に人間の善性を信じたんだ。だからさ、一輝……僕も信じてみることにしたよ、お前やお父様を……」


 そう語る貴志の表情は穏やかだった。彼は、その言葉通り、もう一度信じることにしたのだろう。一度は恨み、殺そうとした相手を信じると決めたのだ。

 だからもう、自分は怜奈の傍にいる必要はない、そう言っているのだろう。

 けれど、貴志自身はこれからどうするのだろうか……?


「……お前はこれからどうするんだ?」

「僕は……そうだな……贖罪でもしていこうと思うよ」

「贖罪……?」

「ああ。僕が犯した過ちへの、僕が奪った命への贖罪だ。まだ、どうやってかは分からないけど……。けど、そうだな……前鬼と後鬼が信じた世界だ。それを僕なりに守ってみようかな……また彼らに愛想を尽かされないようにさ」

「それがお前の贖罪、か……」


 それは貴志にとって果てしなく辛いものだ。きっと償おうとして償えるものではない。それほど彼は多くの罪を犯し、多くの命を奪った。

 けれど、彼はもう決めている。決心しているのだ。その贖罪の道を歩むと。その道がどんなに険しいものでも、もう二度と目を逸らし、逃げる事はしないと……。


「そう辛気臭い顔するなよ、一輝。どんなに離れていても、僕は怜奈と聖羅の兄貴さ。それはもう決して変わることはない。だから、今後はどこか遠くで彼女達を見守ることにするよ」

「……そっか……分かった。怜奈には俺の方から言っておくよ」

「ああ、すまないね……ありがとう」


 貴志は一言のお礼の後、「じゃあね」と言って、俺と怜奈に背を向けて歩き出した。

 それを――その彼の背中を俺は見送る。

 けれど、貴志はその途中で振り返り、


「ああ、そうそう。一輝には一つ言っておかないといけない事があったんだ!」


 思い出したような口ぶりで、そう言ってきた。


「なんだ? また〝次に会うことがあったら今度こそ殺す〟なんて言わないでくれよ?」

「ははは……うん、流石にもうそんなことは言わないさ。けどまあ、これは怜奈の兄貴としての忠告だ」

「え……忠告……?」


 そして、彼は満面の意地悪そうな笑みを浮かべて、言った。


「ああ、忠告だ。もし今度、怜奈を泣かせるような事をしたら、その時は絶対にお前に殺してやるからな!」

「な――――」


 その言葉に俺は何も返せなかった。彼がそんな事を俺に言うとは思いもせず、俺はどう返せばいいのか迷った。

 そんな俺の反応が面白かったのか、彼は笑いながら夜の闇に消えていった。


「ああ……そうだな。肝に銘じておくよ。もう二度と……」


 怜奈を泣かせたりしない。俺が彼女を幸せにしてみせる。

 腕の中に眠る怜奈の顔を見ながら、俺はそう決意する。


 全ては終わった。

 前鬼と後鬼の宿命は終わった。

 俺と貴志の因縁にも方が付いた。

 怜奈と貴志の関係も修復することができた。

 どれも……申し分ない結果だ。


「ああ……本当に……よかった……」


 本当に良かった。

 本当によくやった。

 だから、少しだけ……休もう……。


 抱えた怜奈の体を寝かせ、自分もその横に倒れる。

 そして、怜奈の顔を見ながら、ゆっくりとその瞼を閉じた。


 願わくは、次に目を覚ました時も、そこに怜奈の顔があるように……。


 ――おやすみ、怜奈。



次回、エピローグです。

ついに完結となります。

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