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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
悲しみの懐中時計編
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第2話「依頼」



 8月8日。土曜日。午前十時。俺は間島探偵事務所に来ていた。


「おはようございまーす!」


 事務所に入ると同時に挨拶する。


「やあ、おはよう。来たね」

「あれ? 所長、今日は起きてるんですね?」

「言うようになったねぇ。僕だっていつも寝てるわけじゃないんだよ」


 新一さんは俺の嫌味に笑いながら応えた。もちろん、俺も本気で言っているわけじゃない。


「知ってますよ。所長は休む時には休むし、やるときは、とことんやる人ですもんね」

「お? 良くわかってきたじゃないか。理解してくれてうれしいよ」


 新一さんは満足げに頷いている。


「そうだ、一輝君。お茶、入れてくれるかい?」

「え? あ、はい……誰か来られるんですね?」


 そう尋ねると、新一さんは笑いながら答えてくれた。


「ん? はは……まぁね。と言っても、相手はもう来てるんだけどね」

「え? どういうことですか?」


 所長の言っている意味を理解しかねていると、新一さんは呆れたように溜息を吐いた。


「昨日、言ったじゃないか。仕事の話があるって」


 新一さんは「まだ、わからない?」とでも言いたげな顔をしている。


「え? あ、ああ……そうでしたね。でも、いままでお茶を飲みながら仕事の話なんてしませんでしたよね?」

「うん? まあね。今回、君にやってもらう仕事はいままでとはちょっと違う類のもので、少し話が長くなるから」

「ちょっと違うって……一体何なんですか?」


 新一さんに尋ねながら、冷蔵庫に冷やしておいたお茶を氷が入った二つのグラスに注ぐ。それを机に置き、新一さんと向かい合うように座った。


「そうだね。言ってみれば、今までより本格的な探偵業だよ」

「本格的な……ですか……」


 その言葉には少し興味をそそられた。というのも、俺が新一さんの下で働くようになってから一年、今まで俺がしていた仕事いうと、お茶汲み、接客、事務所の帳簿付け、などという事務的な事が多く、良くて昨日のような資料集めなどである。確かに探偵業において資料集めは重要だが、俺ができるのはそこまでで、そこからは所長である新一さんが全てこなしていた。


「どんな仕事なんですか?」


 興味津々で新一さんに尋ねた。おそらく、この時の俺は目を輝かせていたことだろう。


「うん。実はね、人探しをやってもらおうと思うんだ」

「人探し……」


 その言葉を所長から聞いた瞬間、俺は歓喜した。人探しなんて探偵らしい仕事、一度やってみたいと思っていたからだ。


「うん。人探しだ。どうだい? やってみたいかい?」

「はい! ぜひ!」


 こんな機会を断るはずがない。


「そうか。よかった。僕も他に幾つか抱えているしね。それにこれは君の適任だとおもうしね」

「え? どういうことですか?」


 新一さんの言っていることは分からないことばかりだ。


「まあ、それは依頼内容を聞けばわかるよ」

「は、はあ……」


 どうやら、その依頼内容が今回俺に仕事を任せてもらえる理由になっているようだ。大人しく聞くことにしよう。


「まず依頼人の事を話す前に、人探しをする時の鉄則を話しておく事にしよう。君も知っているかもしれないけど、人探しにおいて、資料などは極わずかしか役に立たないことが殆どだ。だから、聞き込みが大事になる。探し人の親族、友人、恩師。働いていた人なら、その同僚とか契約関係とかにあった人とかね。もしかしたら、そういった人のところで、隠れているかもしれない。だから、探している人と関係ありそうな人間をまず調べる事が重要だ」

「なるほど……」

「さあ、ここで問題。対象となる探し人が自ら雲隠れしていた場合、聞き込みなどをする時において、やってはいけない事は何かな?」


 新一さんは、突然問題を出してきた。唐突ではあったが、答えられない問題ではない。


「やってはいけないことですか……それはやっぱり、その人を探しているってことを相手に悟られることですかね」

「それはなぜ?」

「そうですね。まぁ、依頼者がその探し人とどういう関係かにもよりますけど、家族はともかくとして、それが親戚や友人の場合、その相手の居場所を知っている可能性があります。さらに連絡を取れる可能性も。その人が捜査に友好的ならいいですけど、それは僕たちには分かりかねない。もしかしたら、それを相手に知らせる可能性がありますからね。もっと言えば、その誰かが、匿っているかもしれない。そうなると、自ら雲隠れしているような人は、きっと逃げ出してしまいます」


 故に探しているということを、聞き込み相手や対象者に絶対に知られてはいけない。


「正解だ。まあ、匿っている相手が分かっているなら、自分の身分や目的をバラして、炙り出すって方法もあるんだけどね。ま、基本的には君の言う通りだ」


 新一さんは良くできましたといった感じで頷き、話を続ける。


「よし、ここまで出来たら問題なさそうだね。依頼の話に移ろう」

「はい」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 どうやらさっきの問題は俺にこの仕事を任せられるかを判断するためのテストだったようだ。


「さて……まずこれを見てくれ」


 新一さんはそう言って、一枚の写真を提示した。そこには、一人の若い女性が写っていた。

 その写真を手に取り、じっくり見てみる。

 写真の女性は、顔立ちも良く、目元や口元も穏やかな印象が受ける。漆黒という言葉が似合う深い黒髪が印象的で、その髪も肩口まで伸びている。受ける印象としては清楚な女性だ。要は美人の部類に入るだろう。

 ただ――写真だからだろうか、どこか陰を感じる女性だ。それに、美人だが、まだ大人ではない。どちらかと言えば、少女と言った方が正しいだろう。


「若い……というより、まだ幼さを感じる子ですね。子供……ですか?」

「うん、そうだね。といっても、それは一年も前に撮った写真だそうだ。現在は少し変わっているかもしれないね」


 一年前とはいえ、その写真の少女どう見ても俺より年下に見えた。


「依頼人の名前は荒井慎二。よく知られている荒井財団の現会長だ」

「荒井財団……」


 荒井財団とはいろいろ方面に手を出し、まだ小さいながらも、ここ十年で急成長をしてきた、財団である。

 しかし、そんなことよりも気になることがある。荒井という名前を聞いた瞬間から、写真の少女に見覚えがあること気づいたからだ。


「今回捜して欲しいのは、その人の娘さんだ。名前は――」

「荒井恵……」


 新一さんが名前を口にする前に、俺はその名前を呟いていた。

 それは昨日あった少女の名。一年前の写真ということで髪型や服装が違うせいもあってか、最初は気づかなかった。けれど、その写真の少女は間違いなく、昨日出会った少女だった。


「え……? 知ってるのかい? 彼女のこと……」

「え、ええ……まあ。でも、この子の父親が探してるって、どういうことですか?」

「うん……それはだね、三日前から家出したらしいんだよ」

「え! 家出!?」

「そうだよ。どうかしたかい?」


 驚きを隠しえない事実だった。

 家出……あの子が?

 昨日会った時の彼女は家出中であるような印象はまったく受けなかった。


「彼女、帰ってないんですよね?」


 俺がそう尋ねると、所長は小首をかしげ、少し訝しげな表情をする。


「当たり前じゃないか。家出してるんだよ?」


 けれど、確認はとれてないが、彼女は海翔に送られていったはずだ。であれば、家に帰っているはず。となると、どうやら海翔は彼女をちゃんと送り届けなかったことになるが……。


「あのぉ……所長、実はですね……」


 言い辛いことではあるが、話さないわけにはいかない。俺は新一さんに昨日のことを洗いざらい話した。


「――ということなんです」


 俺がすべて話し終わった時、新一さんはふぅっと溜息をついた。


「そうか……やっぱり君には昨日ちゃんと話しておくべきだったね」

「す、すみません! お、俺がちゃんと……」


 もはや平謝りするしかない。どう考えてもこれは俺の落ち度だ。


「いや、いいんだ。僕にも責任あるしね。それにもう過ぎてしまったことだ。今更、言っても仕方ないだろう?」

「わ、わかりました」

「じゃあ、捜索の方を頼むよ。とりあえず、その友達に会ってみるといいんじゃないかな。何か知っているかもしれなしね」

「はい、わかりました」

「あ、ただし、友達だからって依頼の件について喋っちゃだめだよ?」

「わかってます。それとなく訊いてみます」


 その後、荒井家および荒井恵の資料に目を通した俺は海翔に連絡を取ろうと、海翔の携帯に電話をかけた。しかし、何回もコールしたにもかかわらず、海翔が出る様子はなかった。海翔の実家の方にも電話してみたが、帰っていないらしい。


「バイト中かな……?」


 そういえば、昨日も財布事情が厳しそうな感じだった。もしかしたら、何か日雇いのバイトでもしているかもしれない。


「あれ? 繋がらなかったの?」

「はい……残念ながら……」


 正直、残念というより、申し訳ない気持ちで一杯だ。海翔さえつかまれば、これ程有力な情報源はないというのに。


「それじゃあ、仕方ないね。それなら、先に依頼人の方に行ってみてはどうだい?」

「依頼人……ですか? でも、財団の会長ですよ? そんなに簡単に会えるんですか?」

「ああ、大丈夫だよ。娘さんが帰って来るまでは家で待ってるそうだから。娘さんの事で何かあったら、いつでも尋ねてくれていいそうだ」

「へぇ。娘さんが帰ってくるまで家で待っているなんて、良いお父さんですね。捜索にも協力的みたいですし」


 財団の会長が仕事より娘を優先するというのは、中々できるものではないだろう。


「あのね、一輝君……」

「はい?」


 荒井恵の父親に感心していると、新一さんに少し溜息混じりに、名前を呼ばれてしまった。


「……確かに、それだけ聞けば良い父親に聞こえるかもしれない。けれど、彼女は家出をした。つまりそれは父親から逃げたってことかもしれない……だろ?」

「あ……」


 確かにそうだ。聞こえはいいし、良い父親像だ。けれど、彼女は家出したのだ。そして、昨日受けた印象では、とても問題がある子ではなかった。そんな子が家出をした。それだけ家で何かあったのかもしれない。現状だけで考えれば、良い父親と断定はできないのだ。


「まあ、そういうことだ。けど、僕たちの仕事は彼女を見つけ、父親の元に帰すこと。それだけなんだけどね。とりあえず、そういう事も頭に入れておいてくれればいいよ」

「は、はい。わかりました」


 念を押された俺は、依頼人である荒井慎二に会いに行くことにした。もちろん、そこには新一さんの同行はない。俺独りで依頼人と会う。それは俺にとって初めての体験でもある。


 俺は電話で依頼人にアポを取ると、新一さんから渡された、依頼人が住む家の地図を頼りに向かった。着いてみると、そこは家というより豪邸と言った方が正しいお屋敷だった。


「さすがは、財団だな……」


 その屋敷の大きさに圧倒されながらも、インターホンを押す。すると、使用人に出てきて中へと案内された。

 屋敷の一部屋に案内され、待つこと数分、一人の男が俺の前に現れた。


「どうも、お待たせしました」


 そう言って彼は軽く会釈する。


「いえ、こちらこそ突然押しかけてすみません」


 こちらも、相手に合わせて会釈する。


「間島探偵の方と聞き及んでいましたが……?」


 彼は少し訝しげに尋ねてきた。


「あ、すみません。私、間島新一探偵の助手を務めております、真藤一輝と申します」


 名乗ると、彼はすぐに表情を明るくした。


「あ、いや、そうでしたか。それは失礼しました。先日は間島探偵にしかお会いしておりませんでしたので……申し遅れました。荒井慎二と申します」


 そう言って、彼は名刺を差し出してきた。

 この男が荒井慎二。始めはこちらを疑うような目で見ていたが、こちらの身分を明かすと、親切に対応してくれた。どうやら、慎重な男のようだ。それに、さすが財団の会長だけあって、人当たりも良い。


「その……今日はどんな御用でしょうか?」

「ええ、実は娘さんの捜索の事ですが、所長――間島探偵から今回の捜索を任されまして、ご挨拶と少しお尋ねしたいことがありまして伺いました」

「……そう、ですか。それはまた何故、貴方が?」


 彼は俺が依頼を引き継いだことに不信感を抱いているようだ。


「ああ、誤解しないでくださいね。別に間島探偵がやるほどの事でもないとか、そんな安易な考えではないですから」

「と、言いますと?」

「ええ、実は私は娘さんが通う如月学園の卒業生なんです。それで、間島探偵が捜索には私の方が色々と都合が良いだろうということでして……」


 そう――それが今回この依頼の担当に俺が選ばれた本当の理由だ。新一さんは俺が如月学園の卒業生であることを知った上で、それが今回の捜索に利用できる踏んだわけだ。だが、それが依頼人とって安心できる要素になるかは別なわけだが――。


「やっぱり、間島探偵でないと不安……ですよね?」

「いえいえ、そんなことはないです。そういうことなら、私も今回は真藤さんの方が適任かと思います。どうか、娘を連れて帰ってきてもらいたい」


 納得いった表情で荒井慎二は俺に頭を下げてくる。

 どうやら、信頼してもらえたようだ。とりあえず、最初のハードルはクリアと言ったところか。


「こちらこそ、全力で捜索させていただきます。それで、娘さんの事で幾つか質問があるのですが、よろしいですか?」

「ええ。なんなりと聞いてください」

「その……家出という事ですが、これが何故家出と分かったんですか?」

「ええ……置手紙がありまして。家を出る。捜さないでくれ、と。そう書いてありました。警察に届けるべきなんでしょうが、何分、仕事の体面上、それができませんので……」

「そういうことですか……」


 やはり、財団ともなれば娘の家出もスキャンダルにもなるのであろう。警察には頼めないということだ。


「家出をした理由に心当たりは?」

「いえ……わかりません。突然のことでした」

「既に娘さんが行きそうな場所は探したそうですが、他に行きそうな所は思い当たりませんか?」

「いえ、残念ながら……」

「そうですか……わかりました。では、学園の方に先ず探りを入れてみようかと思います。娘さんは何かクラブをやっていませんでしたか?」

「いえ……娘からそんな事は聞いたことがありません。していたかどうかも……」

「そ、そうですか……」

「あの……娘をどうかお願いします。どうか連れ戻してください」


 彼は懇願してきた。それは鬼気迫るものがあり、本気で彼女を心配はしているように見えた。


「え、ええ、大丈夫ですよ。必ず見つけ出しますから」


 その後、彼に幾つか質問したが、結局、有力な情報は得られなかった。これでは、依頼人に挨拶をしに来たようなものだ。

 ただ、少し気になる事があった。荒井恵の父、慎二は娘の日常生活の行動を全く把握してないのだ。良く行く店、好きな場所、好きな物、そういった娘に関する事を全く知らなかった。家出するまでは仕事が忙しく、年に1、2回顔を合わせる程度だったそうだ。しかし、俺と話している時の彼は娘を心配している父親そのものだった。

 話を聞く上では、家出するまでは娘の事を放っておいた、悪い父親。けれど、今は娘の事を第一に考え、仕事もほっぽりだし、帰りを待っている、娘思いの良い父親。どちらが本当の姿なのか。

 娘の家出で、父親として目覚めた。そう言ってしまえば簡単だが、何故かそれだけではないように俺には思えた。新一さんが言ったように、この父親には何かある。そう直感した。

 その後、俺は荒井の屋敷を出た。その直後に海翔から携帯に電話がかかってきた。

 時間は午後四時を回っていた。俺はすぐに海翔に会いに行った。




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