第9話「旋風と衝撃の狭間で」
自分ではそのつもりはないが、他人から見れば、俺は無謀な行動を取ることがたまにあるらしい。
それは人によっては死に急いでいるように見えたり、自分で自分に鞭を打ち続けているように見えたりするそうだ。
『だから、もう少し自分の身を大切にした方が良い。君の事を想ってくれる人を悲しませないためにも』
そんな風に新一さんから言われたのは、大神が起こした事件が解決した後のことだった。
自覚はなかった。
無茶することはあれど、それはある程度算段のついたもので、無謀と言えるものではないと思っていた。
だから、新一さんに指摘された時でさえ、そんなつもりはないと否定した。
けれど――。
「……うん、これは新一さんの言う通りかもな」
けれど、今回ばかりは自分のその愚かさを自覚したように思える。いや、自覚せざるを得ない。
目の前には、死すらも超越し、そして、全ての命を刈り取る死神にも等しい存在がいる。
それは、例えようのない絶対的な恐怖と絶望感だ。
その異形の姿を視界に入れるだけで、本能が逃げろと警鐘を鳴らす。
その感情のない冷徹な瞳と視線を合わせるだけで、この身は凍る。
勝てるわけがない。待っているのは死、だけだ。
それを理解しつつも、それでも立ち向かっていかなければいけない。
それを無謀と言わず、何と言うのか。
その恐怖に震える身を必死に押さえつける。
その絶望感に竦む足に力をいれて叱咤する。
前を見ろ!
その足を前へと踏み出せ!
そして、目の前の脅威を打倒せよ!
それが、お前に課せられた最後の役目だ!
そうやって無理矢理心を奮い立たせて、やっと俺は後鬼と正面から対峙することができた。
けれど、そんな俺を見て、彼女は嗤っていた。
「ふふふ……」
「な、何を嗤っている?」
「懐かしい者の気配がする。其方、もしや善童鬼か?」
「……いいや、違うぞ、後鬼。俺は前鬼じゃない。俺の名前は真藤一輝、お前を滅ぼす者だ」
「そうか……またもお主はそちらに付いたですね、我が夫よ。なんと……愚かな」
後鬼は哀しげに呟き、表情を曇らせる。
けれど……その顔はすぐに恐ろしげな笑みを浮かべた。
「……いいでしょう! この千と幾百年もの間、妾の邪魔をしたのです。その罪は、贖ってもらいますよ、善童鬼。その魂をその偽りの肉と共に滅することで!」
告げると共に、後鬼は右手を俺に向けて差し出す。
その途端に、黒い霧がその手から放たれ、こちらに迫ってくる。
アレは―――ダメだ。
アレは、真希さんが自棄になって使おうとした力や後鬼の刀から溢れ出ていた力と同じ。触れたもの全て廃へと還してまう、そういったもの――〝死の霧〟だ。
おまけに、これまでのものとは次元が違う。おそらく、俺の〝力を斬る刀〟をもってしても、完全に相殺することはできない。
それでもやるしかない。
俺に与えられている力はこれだけだ。
この刀を――この力を全力で振るうこと以外に俺にできることはない。
刀を握る手に力を込める。
すると、その刀身に纏っていた紅い霊気はその色を失い、光り輝き始めた。
刀を全力で振るう。
それと同時に刀身から光の斬撃が放たれた。
死の霧と光が真正面からぶつかり合う。
放った斬撃の出力は最大。例え、どんなに人知を超えた力であっても、この斬撃の前では無意味になる。加えて物理的な破壊力も得ているため、もはや凶刃と言える代物だ。
だが、それにも拘らず、死の霧はその眩いばかりの斬撃をその闇で飲み込んでしまった。
「く――!」
動揺はない。元より予想通りの結果だ。
だから、間髪入れず次撃を放っていた。
無論、それも霧に飲まれ消えていく。
それでも、斬撃を放つことは止めない。いや、止めてはならない。
一見、無意味に思えるこの行為は、それでもあの霧の進行を少しでも遅らせる効果がある。
今は、この霧を何としても防いで機会を窺うしかない。
けれど、そんな俺の思惑を見透かしたように後鬼はまたも嗤っていた。しかも、手空きのだったはずの左手が右手と同じように差し出され、そこから霧が放たれていた。
「ふふ――人間如きがよくもまあそこまで前鬼の力を……だが、後ろの二人はどうであろうな?」
「え――?」
その言葉の意味を知ろうと振り返る。
そこには、見てはならぬ光景があった。
この場から逃れようと、怜奈の手を無理矢理引く貴志。
それに抗おうともがく怜奈。
そして、そんな二人に迫る死の霧。
「怜奈! 貴志!」
だめだ。今から助けに行っても間に合わない。それに俺に迫ってきている霧も無視できない。どうしたら……。
「させるかああ……!」
雄たけびが上がる。迫る死の霧に立ち向かわんとする姿がそこにあった。
「貴志!?」
貴志が怜奈の前に歩み出ていた。
彼は鋼鉄の右腕を前に差し出す。その途端、その腕から蒼い風が巻き起こる。
――蒼い風、あれは……後鬼の力か!?
貴志は後鬼の力を完全に制御していた。ならば、あの刀から漏れ出た後鬼の力の一部を手に入れていてもおかしくない。
「怜奈、僕から離れるんじゃないぞ!」
「え、ええ!」
怜奈は貴志の言う通りに決して傍から離れまいと彼の背に身を寄せている。
貴志の放つ蒼い風は死の霧とぶつかり、その霧を押し返さんと吹き荒れる。
だが、それを見ても尚、後鬼はほくそ笑んでいた。
「ふふ……さて、いつまで持ち堪えることができるか……見物よな」
やはり次元が違いすぎる。
貴志の抵抗はもって後数秒だ。それ以上は耐えられず、貴志も怜奈も黒い霧に飲み込まれ、塵にされてしまうだろう。
させない――決してそんなことはさせない。
貴志が作ったこの数秒があれば、貴志達の助けにいける。助けてみせる。
そう決断するや、俺は自身にも迫りくる霧に向かって刀を振るうと同時に、地を蹴った。
こちらの斬撃で霧を押し留めておけるのもほんの短い間だ。その間に貴志と霧の間に入り、霧を押し留める。
そうすれば、貴志と怜奈がこの場から逃げる時間は稼げるはずだ。
「ぐぅ……!」
貴志から苦しげな声が聞こえてくる。
貴志の右腕はもう限界だ。あれが生身の腕でない故にその形を残しているだけで、既に限界を迎えてしまっている。
そうなれば、当然、霧の進行速度も上がる。
死の霧は貴志と怜奈の目の前に迫っていた。
「おお――――うおおおお……!」
全力で走る。全力で刀を振るう。
それでギリギリ間に合った。
斬撃を放つことは出来なかったが、力を纏う刀で霧を受け止めることはできた。
「か、一輝!? お、お前――」
背後から貴志の驚くような声が聞こえてくる。
「な、なんとか……間に合った……!」
そう、間に合った。二人を助けられた。けれど、受け止めた刀はぎちぎちと音を立てている。
なんて……力だ。霧のはずなのに、それに触れている刀身が軋みをあげている。
これは……やばい。長くはもちそうにない。
「お、お前……馬鹿か、お前は!? 何故助けに来た!? 僕達に構うんじゃない! 怜奈は死んでも僕が守ってみせる。お前は気にせず後鬼を倒せ!」
「ば、馬鹿はそっちだ! お前だって、こんな所で……死なせるわけに……いくかよ!」
「な!? お、お前……」
そうだ死なせるわけにいかない。怜奈も貴志も、二人ともだ。
そりゃあ、怜奈は大事だ。もっとも優先するべきは怜奈の命。けれど、ここで怜奈だけの命を優先すれば、きっと彼女は後で傷つく。怜奈は自分の為に誰かの命が消えるなんてことに耐えられないから。それが自分の兄の命なら尚の事だ。
だから、貴志の命は怜奈の命と同じくらい大切だ。
だから、俺が守る……!
「ぐっ……!」
突如、刀を握る手に激痛が走る。
見れば、その手は黒く変色し、爛れていた。
これは……死の霧の……。
これが、後鬼の力。そして、俺の限界……。
無理だ。俺の力だけでは、後鬼を倒すなんてことはできない。
ならば――後ろの二人だけでも……。
「ぐ、あ……! い、いまの内だ。早く逃げろ!」
後ろの二人に対して、逃げろと叫ぶ。
それが最善だ。二人が逃げ切るまで、耐え忍ぶしかない。
二人が逃げ切りさせすれば、この身体を前鬼に……。そうすれば、まだ可能性がある。
けれど――、
「馬鹿言わないで! 貴方を置いて逃げるなんて出来るわけないでしょう!?」
怜奈はそれを許してくれなかった。
「ば、馬鹿! このままじゃ全員共倒れだ! 二人が逃げてくれれば……後は俺が……」
「ダメよ。させない。絶対に貴方を独りなんかにさせない!」
怜奈は拒んだ。俺の意図を知ってか知らずか、拒み続けた。
「貴方独りで死ぬなんて絶対にダメ! 言ったでしょう? 貴方が死ぬなら、私も一緒に死ぬって……だから、貴方を独りになんか絶対にさせない!」
「怜奈……」
分かっている。分かっていた。
彼女はこの場を離れない。絶対に離れるようなことはしない。俺が戦う限り、彼女もまた戦うのだから。
けれど――俺と彼女、どちらか一方の命だけを拾えると言うのであれば、やっぱり俺は自分の命より、彼女の命を優先したい。
怜奈には……死んで欲しくない。
「貴志……頼む、怜奈を連れて行ってくれ」
「ダメよ。いくら貴志でもこればかりは譲れない。私は一輝と一緒に戦うの!」
「……」
貴志からの返事はない。
迷っている。彼はどちらの想いを優先すべきなのかを迷っている。
だから、俺は貴志の最大の弱点を突くことにした。
「貴志! お前の望みはなんだ!? お前は怜奈の為ならなんだってするって決意したんだろ! だったら……俺を見捨てて、怜奈を連れて行け! それがお前の役目だ!」
「――ッ!」
貴志の弱みは怜奈だ。こいつは怜奈の為に殺人鬼なんかに身を堕とした男だ。怜奈を守る、その為なら人間性すらも消すことができる。だから、こう言えば、貴志が取る選択など一つしかない。
「……ああ、そうだね。その通りだったよ、一輝」
貴志からの返事が返ってきた。
よかった……これで独りだ。これで、前鬼に……。
けれど、俺のその期待を裏切って、事態は思いも寄らない方に動いた。
「き、貴志、一体何を!?」
怜奈の驚愕の声が聞こえ、背後を見る。
すると、貴志は怜奈を残し、前へと歩み出ていた。そして、あろうことか俺の横に並んだのだ。
「き、貴志……お、お前、一体どういうつもりだ!?」
理解できなかった。貴志がどういう意図でそんなことをするのか分からなかった。
「ああ……一輝、お前の言う通り、僕は怜奈の為なら何だってする。それが怜奈の望んでないことであったとしても、彼女の為になるなら、躊躇うことはしない」
「だ、だったら――」
何故早く怜奈を連れて逃げない……?
「勘違いするなよ? 僕の行動原理は怜奈の幸せになること、ただそれだけだ。怜奈が幸せになれない選択肢など躊躇いなく切り捨てる。だから――」
貴志は死の霧に向かって両掌を突き出す。
「――僕はお前を助ける!」
その言葉と共に突き出した手から再び蒼い風が放たれた。
「お、お前……」
「僕じゃダメなんだ、一輝。お前が……お前がいないと怜奈は幸せになれない。お前のいない世界は……それは怜奈にとって死ぬより辛いことなんだ! だから、お前に死なれると僕が困るんだよ!」
それが貴志の出した答えだった。
ここで怜奈を連れて逃げても意味がない。真藤一輝がいることが一ノ宮怜奈の唯一の幸せなのだと、彼は言っている。
だから、それを守るのだと、彼は言っているのだ。
「諦めるな、一輝! こんな所で……こんな事で……怜奈との未来を……諦めるなあああああ!」
その声に呼応するように蒼い風の勢いが増す。それで僅かながら霧を押し返した。
「ほう。妾の血を引く者よ、中々よな。だが、さて……それがいつまで続くであろうな?」
後鬼の嘲りが聞こえてくる。
後鬼の言う通りだ。いくら後鬼の血を引き、その力の一部を手に入れた貴志でも、後鬼本体の力には遠く及ばない。
「ぐ、ぐあああ……!」
ついに貴志は苦悶の声を上げた。
彼の鋼鉄の右腕からは煙を上がっている。そして、左腕は黒く変色し始めている。
「も、もう止めろ、貴志! それ以上やったら……お前が……!?」
「な、舐めるな……」
「え……」
「僕を……俺を……我を……」
貴志の纏う雰囲気が変わっていく。俺や怜奈と対峙していたあの超然たるものに。
「我を――舐めるでないわあああ……!」
その雄たけびと共に、貴志から放たれていた風が蒼から黒へと変わる。
それは後鬼が放つ霧と全く同じ力だった。
「な、に?」
その様子に、その光景に後鬼は眉を潜め、僅かながら動揺したようだった。
それは貴志の放つ風が黒くなったことにではない。その黒い風に自身の放つ霧が押し返され、拮抗してしまったことにだ。
けれど、それも後鬼にとっては取るに取りない事だ。
いくら貴志が後鬼と同じ力を得ようとも、後鬼本体の力とは次元が異なる。後鬼の血を引いた者がそれ勝ることなどありえない。一時的に拮抗する程の力を放とうとも、その結果は変わらない。
その証拠に――
「ぐうぅぅ……!」
貴志は苦しげな声を上げている。
後鬼の力と自らの力のせいで、貴志の体は悲鳴を上げていた。義手である右腕は既に崩れかけ、左腕の大半が黒く変色し、爛れている。
もう、長くはもたない。
けれど、黒い霧は押し返され、ほんの僅かでも、後鬼と貴志の力は拮抗した。その事実が、その一瞬の攻防が、俺にある決意をさせた。
「一輝! い、いまだ! 奴を――叩けええ!」
その貴志の声に弾かれるように迷わず飛び出していた。
向かうは後鬼のもと。
狙うは後鬼の体すべて。
貴志が決死で作ったこの機会を逃す手は無い!
けれど、後鬼だってそれは承知している。
間合いを詰めようと駆ける俺を逃しはしなかった。
後鬼の右手は駆ける俺を追っていた。その手からは再び黒い霧が放たれている。
けど、もうそんなものに構っている暇はない。
俺は躊躇いなく刀を捨てる。そして、刀に纏わせていた力を全身に纏って、その霧に突っ込んだ。
「ぐ――――あ――――!」
全身が焼けるように熱い。
その熱さに、その痛みに、悲鳴が悲鳴にならない。
それでも諦めない。
それでも駆ける。
それでも……この足はまだ前に出る。
倒れるわけにいかない。
負けるわけにいかない。
あの二人が、待っている。
だから……だから――。
「待たせたな、前鬼。お前の……出番だ」
そんな事を俺は無意識に呟いていた。
『……やっと、我にその体を渡す気になったか?』
頭の中で響く前鬼の声。だが、それは俺の望むものではない。
「そうじゃない。力をよこせってことだ。お前の力……お前の最大の武器を、な」
前鬼の最大の武器、それは前鬼の眼だ。
前鬼の持つ眼は魔眼。その中でも最大の威力を誇るのが〝破壊の魔眼〟と呼ばれる視界に入れた物全てを破壊する魔眼だ。
『……それは承諾できないと初めに言ったはずだ。汝の身ではあの魔眼の力に耐えられない』
そう耐えらない。使えば、真藤一輝の脳は死に至る可能性がある。
けれど、その脳に掛かる負荷も、使用する魔眼の威力に比例しているはずだ。威力を脳に掛けることのできる負荷限界ギリギリまでにすれば、あるいは……。
『それでも危険だ。汝が死ねば、我も消え去らなければならない。それで倒せなければ、後鬼を止める者はいなくなる』
そんなリスクは犯せない、そう前鬼は答える。だから、力をよこせという俺の望みは聞き届けられないと、彼は返答している。
だが、それこそ勘違いだ。
「勘違いするな、前鬼。これは俺からのお願いじゃない。分かっているだろう?」
『……』
前鬼は答えない。この後、俺がする事を知っていながら、彼はそれでも全力で拒んでいる
けれど、もう時間がない。もう、その決断を待っていられない。
「いいさ、お前が迷うなら、俺が言ってやるまでだ」
『――ま、待て!』
前鬼の慌てた制止の声が響く。
けれど、それは無視だ。もう、待ってやるものか。
「命令だ、善童鬼! 汝の〝破壊の魔眼〟を我に与えよ!」
その言霊を口にする。
その途端――、
「――――――ぁ」
何かが頭の中で弾けた。
右眼には突き刺すような激痛。
明滅を繰り返す視界。
そして、湧き上がるような力の本流。
それらすべてに意識が飲み込まれそうになる。
「――――あ、―――ぐっ!」
消滅してしまいそうになる意識を必死に押し留める。
そして、迷わず駆けた。己を覆う霧から抜け出そうとただひたらすらに駆けた。
けれど、体を覆う霧はなくならない。逃がしはしないと霧は追いかけてくる。
「ぐ……く、そ……!」
霧に焼かれ、体は爛れていく。
霧に覆われ、視界は闇に閉ざされる。
これでは、魔眼は使用できない。
いくら魔眼と言えど、対象を視界に捉えなければ意味がない。
このままでは――死ぬ。
そう確信した時だった。予期せぬことが起きた。
「え――」
体が浮き上がった。
地を蹴り上げたわけでもないに、体が空に舞い上がっていた。
それは地上から空へと吹き荒れる突風の仕業だった。
その風は蒼くも黒くもない。
こんな事ができるのは一人しかいない。
こんな澄んだ風を吹かせるのは一人しかいない。
これは――怜奈……!
「行って――かずきぃいいい……!」
旋風が吹き荒れ、戦いの衝撃が増す最中、その狭間で聞こえてきたのは、俺の名を叫ぶ怜奈の声だった。
その声に俺は頷き、迷わず後鬼を見た。
視界は晴れていた。
無論、そんな予期せぬ事態に後鬼も反応できず、霧は俺を追い損なっている。
今なら――後鬼を捉えている今ならこの〝破壊の魔眼〟を使うことができる。
空を見る後鬼。その後鬼を俺は見下ろす。
その視線は交錯した。
「その……右眼は……!?」
後鬼が何か言っている。
それに構わず、俺は手で左眼を覆い、右眼だけで後鬼を捉え、意識を集中する。
「させるかあああ……!」
後鬼は右手を空に――俺に向ける。
だが、もう遅い。既にこの右眼はその姿を捉えている。
「終わりだ、後鬼!」
躊躇いなく魔眼を発動する。
その途端、脈絡なく右眼に映る全てが崩壊した。
「ぐ、ぎゃああああ……!」
断末魔を上げる後鬼。
その体は、その四肢は砕け散った。
左手を眼から離し、その様を見届けると、俺は落ちていった。
その最中、両の眼で最後に彼女の姿を見た。
怜奈は、瞳に涙を溜めている。その顔は誰かの帰還を心配げに待っている、そんな表情だった。
その顔を眼に焼きつけ、俺は眼を閉じた。
次回、最終話となります。




