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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
ミエナイ殺ジン鬼編
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第2話「誘いの先に」



 気づけば、そこは真っ暗な闇の中だった。


「俺……どうして……?」


 どうしてこんな真っ暗な場所にいるのだろう? 俺は確かさっきまで真希さんと対峙して、それから――。


「――ああ、そうだった」


 記憶を辿ると思い出せた。

 俺は真希さんを止めようとして、無様にも返り討ちにあってしまったのだ。そして――。


「俺……死んだのか?」


 最後の記憶。そして、この暗闇の世界。それは死を連想させるのに十分だった。


「やっぱり……俺じゃあ、ダメってことか……」


 情けない。全部終わらせるなんて大口を叩いて出てきておきながら、結局何も成し遂げないまま死んでしまうなんて、無様にも程がある。

 俺には何も出来ない。脆弱で、無力で、独りでは自分の身一つも守れない。これまでだってそうだった。俺は怜奈やその周りの人達に守られてばかりで、自分の力で何かを成し遂げたことなどなかった。そんな人間が世界を救おうなんて土台無理な話なのだ。

 俺は無力で愚かな人間なんだ。

 その現実に絶望し、膝を折る。その時だ――声が聞こえてきたのは。


『力が欲しいか?』


 暗闇の中、響き渡る声。その声は山彦のように反響し、どこから聞こえてきているのか分からない。


「だ、誰だ! どこにいる!?」

『我はお前のすぐに傍にいる。来るがいい、愚かな人間よ。力を求めるなら、我の元に来い。貴様が望む力を、与えてやろう』

「力、を……?」


 その声はまるで魔法のようだった。力を与える、その一言で俺の心は鷲掴みされてしまった。その声がどこから聞こえてきているのかも分からないのに、求めるように俺は歩き出していた。

 ああ、この声は以前にも聞いた事がある。俺はその正体を知っている。前にも俺はこいつに会ったことが――。


『否、それは勘違いと言うものだ。我と貴様が邂逅できたのは、これが初めてのことだ。以前はそれすらも叶わなかった』

「え……」


 その声に息を飲む。それはまるで俺の考えを読み取ったような言いぶりだ。


『是なり。貴様は既に我のもの。その心は全て見通せる』

「俺がお前のもの? どういう意味だ!?」

『愚かなる人間よ。それを問うことに意味はない。その答えは自ずと知れよう。さあ、来るがいい。今一度望むならば、その力を授けよう』

「力、力って、俺はそんな事を――」

『望んでいないとでも言うつもりか? 否、それは貴様の本心ではない。我の前で本心を隠すことは無意味なり。我は貴様の全てを見通せる。劣等感の塊、それが貴様の本質だ』

「な、何を言って……」

『貴様は無力だ。大事な時にいつもあの娘に助られ、何一つとして自ら力で切り抜けてなどこれなかった。それが証拠に三年前貴様は何も守れず、全てを取りこぼしたではないか』

「そ、それは……」


 その通りだ。あの時、俺は全てを取りこぼした。何一つとして守ることは叶わず、怜奈という大切な存在も手放してしまった。

 それでも、今は違うと思っていた。あの時とはもう違うのだと、俺は強くなったのだと思ってきた。


『否、貴様はあの時より何も変わっていない。あのような力の残滓に手も足もでない、愚かで、脆弱な人間のままだ。そんな貴様では何も成し遂げることはない』

「お、俺は……」


 ガラガラと音を立てて瓦解していくように、その精神は崩れていく。

 全てはその声の言う通りだった。俺は結局何も変われてなどいない。怜奈と再会するまでただあの時の事を後悔し、何も変わらない日々をだらだらと過ごしてきただけだった。怜奈と再会した後も、これから何かが変わるという甘い期待を寄せていただけだ。いつかは、いつの日にかは、強くなって、怜奈を取り巻く環境やその宿命すらも変えられる。そんな夢を見ていただけだった。

 そんな夢しか見れない奴が鬼神なんて化け物の力をもった奴と戦ったところで犬死するだけだ。それすらも分かっていなかった俺は、声の主の言う通り、愚かな人間だ。

 だったら、俺は――。


「……ああ、いいさ。認めるよ、お前の言う通りだよ。俺は何も出来ない。だから、力が欲しかった。ずっとずっと力が欲しかったんだ。全てを変えられる力が、能力者なんかに、鬼なんかに負けない力が!」

『やっと自らの望みを自覚したか。ならば、問う。その力を手にする為になら、全てを犠牲にする覚悟はあるか?』

「かく、ご……?」


 何をいまさら。真希さんと対峙した時から、いや、それよりもずっと前から俺は全てを捨てる覚悟だ。何もかも、全てを捨ててここにいる。いまさら全てを犠牲にする覚悟なんてものをする必要なんてない。

 俺は諦めたように歩みを止める。そして、俺はその誘いに、そして内から溢れ出してくるどうしようもなくドス黒い感情に従った。


「ああ……あるさ。力の為なら、後鬼を倒す為なら、なんだってしてやる。この命すらくれてやるよ!」

『……言葉の誓いは成された。愚かな人間よ、やはり貴様は我に相応しい供物だ』

「え……な!?」


 自分の目に映るものに驚愕する。

 一体いつからそこにいたのか、それは俺の目の前に立っていた。

 大きな躯体に真っ赤な体色。こちらを見降ろす赤い両目。大きく裂けた口から覗かせているのは、上と下から二本ずつ生えた牙。そして、頭部には尖った突起が二本も生えている。

 その存在が鬼であることは一目瞭然だった。そして、この鬼が前鬼だということもすぐに理解できた。


「お、お前が……前鬼?」

「是なり。だが、それは真の名でない。我の名は善童鬼(ぜんどうき)。それがあの男から賜った名だ」

「あの男……役小角のことか?」

「是なり。そして、過去、その真の名を知った人間は等しく同じ末路を歩む」

「同じ、末路……?」

「力を求めし愚か者よ、貴様が望む力は全てを代償にして得るものなり。その魂、その肉体、全て我に捧げよ」


 こちらを睨む赤い眼が光る。その眼を見た途端、全身から力が抜けて、もう指一本も動かせなくなっていた。


「あ……ああ……」


 本能が逃げろと警鐘を鳴らす。けれど、もう手遅れだ。

 前鬼の言葉は真実だ。俺の求めた力はきっと前鬼そのもの。だから、俺は前鬼と一つとならなければならない。それは同時に俺と言う意志が消えることを意味する。つまり、これから俺は前鬼に喰われるのだ。

 前鬼はその口を開く。それは一口で俺を丸飲みできるだけの大きさだった。

 今まさに、俺は前鬼に喰われようとしている。そして、彼の鋭い歯で咀嚼され、その魂の一片も残さず取り込まれて、本当の意味で彼と一つになる。


「いいさ、喰らえよ。それで、全てを終わらせるっていうなら、俺はお前の餌にでもなんでもなってやる」


 それが俺の望む力。それが俺の望んだ願いだ。

 真藤一輝という存在は前鬼に取り込まれ、意味消失する。そして、肉体を得た前鬼は、後鬼になろうとする存在を殺すただの鬼となる。

 それでいい。それで全てを終わらせられるなら俺は喜んでこの魂を、この肉体を捧げよう。

 最期の瞬間を待つように目を閉じる。そして、次に目を開けた時こそ、自らが望む世界があるのだと幻視する。

 そんな幻想に全てを委ねた時だった。


「違うよ、一輝。惑わされないで。それは君の願いじゃない」


 そんな声が聞こえてきた。

 その声に驚き、俺は咄嗟に閉じた目を開く。

 そこには、俺と前鬼の間を遮るように上から光が差していた。そして、その光の中から、一つの影がゆっくりと舞い降りた。

 その姿を見た俺は驚愕した。


「え!? き、君は――」


 それは見覚えのある少年の姿だった。その少年の背中には、白い翼がある。


「――エール!?」


 それは間違いなく、以前に出会った少年だった。世界が見る夢という場所で出会った、世界と一つになった少年、エール。その彼がいま目の前に立っている。


「やあ、一輝。久しぶりだね。また君に会えて嬉しいよ。と言っても、僕がここに出てくるような事には出来ればなって欲しくなかったんだけどね」


 エールはそう言って悲しげに微笑む。


「ど、どうして君がここに……?」

「どうして? そんなの決まっているじゃないか。間違った道を歩もうとしている君を助ける為だよ」

「俺を助ける? 間違った道?」


 エールの真意が分からない。

 俺が間違った道を歩もうとしている? 俺の何が間違っているというのだろう?

 俺にこの前鬼を与えたのは彼自身だ。時が来た時、その力が再び目覚めると言ったのも彼だ。それが今だというのは、明らかなのに、何故それを間違いだと言うのか。


「うん、君は間違っている。大切なことを忘れてしまっている。だから、それを思い出させる為に僕は君の元にやってきた」

「大切な事を忘れてる……? 忘れてるって何を?」

「それは君の――」

「邪魔はするな、世界の意志よ!」


 エールが何かを言い掛けた時、彼の後ろにいた前鬼が恐ろしい形相で遮ってきた。それに彼はやれやれと苦笑しながら振り返る。


「やあ、善童鬼。どうやら、十分に力は戻っているようで安心したよ。でも、だからって他人の体を乗っ取ろうなんて、ちょっとやり過ぎじゃないかい?」

「否、これはそこの愚かな人間が望んだことだ」

「そうじゃないだろう? 一輝がそう願うように君が仕向けた。そうだろう? 後鬼復活の可能性が極めて高いという過去に例のない事態に焦って、君は一輝の体を完全に乗っ取って、完全な復活を遂げようとした。違うかい?」

「そこまで分かっていて、何故我を止めようとする? 汝は世界の意志そのもの。世界は自ら滅びの道を辿ろうと言うのか? 否、それはあり得ない。世界は常に中立であり、自らを守ることのみに力を注ぐもの。然らば、汝は世界の意志に反した行いをしようとしているということ。汝は未だ人としての意志を捨て切れていない!」


 前鬼はそれまで決して見せなかった感情を顕わしている。エールの行いが納得いかないと言わんばかりに、彼を批難し責め立てている。


「少し黙ろうか、善童鬼」

「――」


 エールのそのたった一言で、前鬼は委縮したように押し黙ってしまった。その赤い双眸は恐怖に揺れている。前鬼は、エールに怖れを抱き、硬直していた。

 そんな前鬼を見て、エールは深い溜息をついた。


「やれやれ……僕が真名で君を呼んだ時点で察して欲しかったんだけどね。分かっているよね? 僕は君をいつでも縛れる。それをやらないのは、君がまだ世界の脅威にならないからなんだけど……これ以上、僕を煩わせるなら話は別だよ。分かったかい?」


 エールのその言葉に前鬼は額に冷や汗を浮かべながら素直に頷いた。その様は鬼神というにはあまりにも弱々しく、狼狽してきっている。


「さて――」


 エールは前鬼の様子に納得いったと言わんばかりの満面の笑みでこちらに振り返る。その表情が今迄見たことのない冷たい笑顔だから、俺は一瞬ぞっとしてしまった。


「君にも少しお説教が必要だね、一輝」

「お、お説教って……なんで?」

「そんなの決まっているじゃないか。前鬼の口車に乗せられて、無謀にも自分を犠牲にしようとしたことにだよ」

「いや……でも、それは……後鬼の復活を止めるには俺だけの力じゃ無理だって分かったからであって……決して無謀って訳じゃないよ。俺一人の命で世界が守れるなら、それは安いもんだろう?」

「うん、まあ、世界からしてみればそうなんだけどさ……」

「だ、だったら――」

「うん、君もちょっと黙ろうか、真藤一輝」

「――!」


 な……こ、声が出ない!? ど、どうして!?


「はは、驚いたかい? まあ、人の身の君は体験したことのないだろうからね。知ってたかい? 名は人を縛る呪いでもあるんだよ。上位の存在に真の名で呼ばれ、命令されると、縛られ逆らえなくなるんだ」


 楽しそうに冷たい笑顔で笑う少年は、とても恐ろしいことを語っている。さっき、前鬼が何も言えなくなったのもきっと彼の言う呪いのせいなのだろう。


「さて、一輝。僕はね、以前、君に大神と戦うための力を一時的に授けた。それは確かに大神の目的を阻止するためであったんだけど、それ以外にも目的があったんだ。それは来たるべき時に為に、その力に慣れておいてもらおうと思ったからなんだけど……どうやら、今回はそれが仇になってしまったらしい。強大な力を知ってしまった君は、その力に魅入られ、渇望するようになってしまった。だから、忘れてしまった。人並外れた力を持つ能力者や魔術使い達とどうして戦おうと思ったのか、を。その始まりの心を」


 始まりの心――俺が戦おうと思った理由、それは何だったか。それは……。


「一輝、君は力を望んだ。全てを終わらせる力を。それは全てを変えようとした大神と似かよった願いでもある」


 俺と大神が似ている? それは違う。アイツは世界の在り方に絶望して、それを変えることを願った。けれど、俺はその世界の在り方を受け入れた。その上で、自分に課せられた使命を果たそうと力を望んだに過ぎない。


「ううん、一輝。そのどちらも根本は同じなんだよ。力を欲し、力を手にし、その力で自らの望みを叶えるという点ではね。でも、それは決して悪ではない。一度は誰しもが願うことだからね。だからこそ、君は知る必要がある。力が何を生むのか、力だけに頼ろうとした結果がどうなるのかを。その為にもまずは語ろう。君が知らない三年前の真実を」


 三年前の真実。それはつまり、あの事件の――あの戦いの顛末のことか。

 俺がこの三年間ずっと気になっていながらも知ることのできなかった真実、それを目の前の少年は冷たい笑顔のまま語り出した。




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