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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
ミエナイ殺ジン鬼編
160/172

プロローグ「始まりの殺意」



 2011年4月某日。

 僅か数日の付き合いではあったが、それでも目の前で死なれるのは嫌だった。

 けれど、その足が竦んでいたのも事実だ。

 それは登校風景の一幕。こちらに駆けてくる子猫。その真横から迫る車にあの子は気づいていない。

 慌てて駆け寄ろうとしたけれど、一瞬の躊躇いがあった。その躊躇いがなければ間に合ったかもしれない。けれど、それは自分の命を危険に晒すことだと分かっていた。

 儚くも、その小さな命を俺は救うことができなかった。

 そう諦めかけた時、俺の脇をすり抜け、飛び出す人影があった。

 その人は子猫を抱え込むと、素早い身のこなしで跳んで、間一髪で車を躱した。

 その動きは全く無駄のない華麗なもので、そこにいた誰もがきっと見惚れていた。

 子猫を助けたその人は、女性で、しかも俺の通う如月学園の制服を着ていた。俺はすぐにその女生徒のところに駆け寄ろうとした。けれど――。


「っ!」


 けれど、その足は動かなかった。

 何故なら、その女生徒の横顔を見た途端、心臓が跳ねるのを感じたからだ。


「な、なんだ……これ……?」


 子猫の頭を撫でながら微笑む女生徒の凛々しくて綺麗な横顔に俺は言い知れぬ感情の高ぶりと、そして不安を覚えていた。

 その日、放課後になってもその女生徒の顔が頭から離れてくれなくて、一日中悶々とした気分のまま過ごした。

 そして、学校からの帰り道に俺はあの子猫がいつもいる空き地に寄ることにした。朝、女生徒に助けられた子猫は、そのままどこかに消えてしまった。だから、ちゃんとこの住処に戻れたのか気になっていたのだ。


「あ……!」


 空き地に着くと、思わず目を瞠った。

 そこには既に先客がいた。その先客は、どうやら無事に戻って来られたのであろう子猫にすり寄られ、困った顔をしながらも優し気に微笑み、その頭を撫でていた。その横顔は――間違いなく、今朝、子猫を助けた彼女だった。


「――ぁ」


 その横顔を見た瞬間、また言い知れぬ感情が湧か上がってくる。そして――。


「ぁ……ぁぁ……!」


 女生徒の顔を見れ見るほど、その感情は強烈なものへと変貌していく。


 ――コロセ、ウバエ。


 それはあまりにもどす黒い泥のような醜悪な感情だった。

 愛しくて、狂おしい。哀しくて、辛い。

 そして、その彼女の全てを蹂躙し、奪い尽し、コロシテしまいたい。

 そんな狂った殺人衝動。それが彼女に抱いた初めての感情。なのに、それは全く初めての気がしなくて、ずっと昔から抱き続けていた感情であるかのように当たり前に受け入れている自分がいた。


 ――コロセ、ウバエ!


 それは耳元で囁かれているような声で、頭の中で反響する。


「……ころ、セ……うば、エ……」


 自分で何を口走っているのか分からない。けれど、湧き上がる感情に自分が飲まれていく感覚はあった。

 自分が自分でなくなっていく感覚。それは恐ろしいことのはずなのに、それが心地よく思えている。

 都合の良い事に、彼女はまだこちらに気づいていない。気づかれずに背後まで忍び寄れば、確実にコロセテしまう。

 早く、あの綺麗な顔を、あの澄んだ瞳を、あの艶やかな唇を、細い手足を、この手で汚し、奪いついくしてしまいたい。

 そんな狂った感情に誘われるまま、俺は――オレはその歩を進めようとした。

 そこで子猫が甲高く鳴いた。


「――は!」


 その子猫の鳴き声で俺は我に返った。

 その瞬間、自分がこれから何をしようとしていたのか、それが頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。


「俺……一体、何を……?」


 自分が何をしようとしていたか分からず、恐ろしくなって、気づけば駆け出していた。


「何なんだよ、一体!」


 自分が何を思い、何をしようとしていたのかが分からない。

 ただ、彼女を見た時、言い知れぬ感情が湧き上がってきた事だけ覚えている。

 今でも、その横顔を思い出そうとすると、心臓が高鳴って苦しい。


 それからも、彼女を見るたびに目を奪われ、胸の高鳴りを感じた。

 だから、それが彼女への恋心なのだと、気づくにはさほど時間は掛からなかった。

 俺はあの女生徒に恋をした。何がきっかけで、どこに惹かれたかも分からない。ただ、彼女の存在に惹かれてしまった。それが恋なのだと信じた。


 それから五年後、あの日、俺が彼女に抱いた――いや、俺ではないオレが抱いた感情を俺は思い出す。

 そして、自分が抱いた感情が本当に自分の内から現れた感情なのか、疑問に思ってしまった。


 一ノ宮怜奈を好きになったのは、果たして本当に真藤一輝だったのか?


 あの日抱いた感情(さつい)を思い出した今になってもその答えは出ない。




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