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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
154/172

最終話「宿命を背負う者」/5



 役野真希は歪んだ男を残し、姿を消した。

 男は真希さんがいなくなった事を確認すると、自らの歪みを取りさった。

 元に戻った男の両手には、ナイフが握られている。それが、彼の得物ということらしい。


「さて……さっきの会話を聞いて分かってると思うけど、そっちのお嬢さんには死んでもらって、そっちの君にはついてきてもらわないといけない。うん、まったくもって君達にとっては納得できないことではあると思うけど、そこは我慢していただこう」


 なんてことを陽気に語る男は、やっぱり能面が張り付いたような笑顔のままだ。

 けれど、確かな殺意がそこにはある。


「私に死んでもらう、ね。簡単に言ってくれるけど、それができると本当に思っているの?」

「うん? ああ、そうだね。僕は君の攻撃を無効化できるけれど、君への攻撃手段がない。そう思っているんだよね?」

「違うかしら? 貴方の能力は身を守るだけのものでしょう?」

「なるほどなるほど。空間歪曲能力は攻撃手段になりえない、と。けれど、君の認識は間違っている。それを証明することにしよう!」


 男は薄気味悪い笑顔のまま、右手に持っていたナイフを怜奈に向かって放つ。


「そんなもの!」


 通じるわけがない。怜奈にただナイフを投げるなど通用しない。彼女は軽々とそれを躱してしまうだろう。けれど――。


「――え?」


 けれど、そのナイフは怜奈のもとに到達する前にゆらっと揺らめき、消えてしまう。


「一体、どこに……?」


 ナイフを見失った怜奈はその行方を探す。けれど、それは案外彼女の身近にあって、彼女の後方に立っていた俺には、それに気づけた。


「後ろだ、怜奈!」


 俺の叫びに怜奈は振り返る。その振り向きざまにナイフが怜奈の右腕をかすりながら通り過ぎた。


「――っ!」


 怜奈は顔をしかめて、その右腕を抑える。

 衣服は破れ、そこから血が滴り落ちている。


 危なかった。もし振り返らなかったら、あのナイフは怜奈の背中に刺さっていたかもしれない。


 そして、その様子を見ていた男は頭を振る。


「あらら、残念。まったくもって残念だ。まさか躱されるなんて、残念だ。うん、勘がいいのも困りものだね」


 なんてことを言うけれど、男の表情は一切変わっておらず、


「けれど、注意力が足りないね。さて、問題。ナイフはどこに行ったでしょう?」


 こちらに見えるように左手を広げ、上げて見せる。けれど、そこに持っていたはずのナイフがない。


「ちぃ!」


 怜奈はそれで全てを察したのだろう。突然辺り一帯に旋風を巻き起こした。

 それは一瞬だけの能力の最大解放だったけれど、それでナイフの在り処は明らかになる。

 カランと音を立てて落ちるナイフ。それは怜奈のすぐ真横だった。

 何故そんなところに男の持っていたナイフが突然現れるのか、理解が追いつかない。

 けれど、怜奈はそんな事態を前にしてもなお、反撃に転じていた。


「ここ!」


 このタイミングだと言わんばかりに、怜奈は風の刃を放つ。

 男に風の刃は通じない。それは先程見て理解できていた。けれど、それは男の姿が歪んでいる時のみこと。

 元の姿に戻っている今ならば、風の刃は通じる、はずなのだが――。


「残念、一歩遅い」


 刃が男に到達する前に、男の姿は再び歪んでいた。

 弾かれるように軌道を変える風の刃。上へと軌道を変え、倉庫の天井を切り裂き、空へと飛び出す。

 天井の一部は破壊され、男の頭上に鉄骨が落ちてくる。けれど、その鉄骨すらも男を避けるように、地面に落ちた。


「くそっ!」


 悔しそうな声を漏らす怜奈。それを見て、男は嗤う。


「うん、タイミングは良かった。狙いもいい。けど、それでもやっぱり僕には通じない。それがいまので理解できただろう? 僕はいつだって僕の意志で周りの空間を歪ませることができる。発動までのタイムラグなんてものは存在しない。そこを歪ませたいそう思えば、それで歪んでくれる。だから、君は僕を倒せない」


 男は愉しげに語り聞かせるように話しながら、姿を元に戻す。その顔は歪んでしまう前と何ら変わらぬ笑顔のままだ。

 そして、元の姿に戻った男の両手には再びナイフが握られていた。


「ああ、だけれども、お嬢さんの方も中々の鉄壁ぶりだ。あれを突破するのは中々難しい。だけれども、難しいだけだ。その方法がないわけじゃない。だから、これは提案なんだけれども、僕やお嬢さん、そっちの君とっても喜ばしい提案であるはずなんだけれども、聴いてもらえるだろうか?」

「な、なによ? 持って回った言い方して……さっさと言いなさいよ!」

「ああ、そうかい? それじゃあ失礼して――おとなしく、やられてくれないだろうか、お嬢さん?」


 男は笑ったまま、そんな提案でもなんでもないことを言い放った。


「ば、馬鹿にして! あんたなんかに私をやれると本気で思ってるわけ? 言っておくけど、この程度で私が諦める思ってるなら大間違いよ。あんたには、知ってること全部洗いざらい話してもらうんだから!」

「はてさて、お嬢さん。それは出来かねる相談だ。僕は君を殺すように命令されている。まあ、実のところ僕にはその気がないんだけれど、それでも最終的には殺すことになるんだろう。だから、君に語って聞かせても全部無駄ということなる。流石の心優しい僕もそんな無駄なことはしたくないよ」


 それが当然の帰結だと語る男。その持って回った言い方と笑顔は、まるで相手を挑発しているようだ。


「この……好き勝手言って……!」


 怜奈もそんな男の態度が気に入らないようで、イライラしてきている。

 けれど、男の言っている事は、あながち間違いではない。

 この男は本気になれば、きっと怜奈を殺せてしまう。いまはまだその気がないだけで、きっとやろうとすれば、怜奈が風で身を守る暇もなく、そのナイフを怜奈の体に突き立てることができてしまう。

 この男の能力はきっとそういうものだ。だから、きっと俺達には勝機がない。いまのところは……。

 だというのに、男は思いも寄らないことを口にする。


「でも、まあ、そっちの君になら少しは答えてあげていいかな。一応、君は殺さずに連れて行くことになってるし。うん、よし、そうしよう。特別に君の質問にだけは答えてあげよう。けれど、さてはて、おそらく訊きたい事は山ほどあるんだろう。それを全部答えていたら日が暮れてしまうね。それはいけない。流石にそこまで僕も暇じゃない。だから、三つまでしよう。君が知りたい事を三つだけ正直に答えてあげよう」


 本気か冗談か、表情が変わらないせいで男の本心は一切読み取れない。


「あんた……それ、本気で言ってんのか?」

「んー? それが一つ目の質問でいいのかな?」

「……いや、いい。あんたがどういうつもりかなんて、どうでもいいことだった」


 そうだ。この男の本心なんていまはどうでもいいことだ。それよりも、役野真希が何をしようとしているのか訊くべきだ。


「じゃあ、一つ目の質問だ。真希さんの本当の目的は何だ?」

「うん。それ、一番大切なことだね。良い質問だと思う。だから答えよう。僕の誠心誠意をもって答えよう」


 誠心誠意、その言葉が似合わない男は、この男を差し置いて早々いないだろう。

 それでも男の発言は無視できない。この男は間違いなく、俺達の知らないことを知っているのだから。


「彼女はね、神様の復活させようとしているんだよ」

「え……は? か、神様、だって?」


 予想もしていなかった言葉に耳を疑う。

 聞き間違いでなければ、この男は役野真希が神様を復活させようとしていると言った。けれど、それは――。


「はい、じゃあ、次の質問をどうぞ」

「ちょっと待て。それだけじゃ、意味が分からない。神様を復活ってなんのことだ!?」

「それは僕にも分からない、かな。僕は彼女にそう聞いていただけだよ。その為のあのクスリだってね」


 神様を復活さえる為のクスリ。たったそれだけでは、それがどういう意味なのかが分からない。

 言葉通りなら、人を能力者に造り変えるというあのクスリは神様の復活ために必要なものだということなる。けれど、神様なんてものがこの世に本当に存在するとは――。


「……いや」


 そうでもない。三カ月前に出会った少年は神と呼べそうな存在だったことを思い出す。

 けれど、ここでの神様とは、その存在とはきっと別物だ。あんなクスリでは彼のような存在は生まれない。

 だとしたならば、役野真希の言っている神様とは、能力者のことなのか? それも違うような気がする。

 彼女は言っていた。能力者は化け物だと。ならば、それと神様とを同一視することはあり得ない。

 能力者を生み出すクスリと神様。これだけでは、まだ繋がらない。きっと俺達が知らない事実がまだあるのだ。


「さて、もう質問は終わりなのかな? あと二つ残っているけれども」

「いや、二つ目だ。真希さんはどうして俺を連れて行こうとする? あの人は俺に何をしようとしてるんだ?」

「あれ? そんな事を訊くのかい? そんなの、もう分かっていると思ってたけど……。彼女自身も言っていたことじゃないか」

「な、なんだって?」

「だからさ、言っていただろう? 気に言っていた、好意がある、と。好きな異性を欲するのは、人間として当然の欲求だと僕は思うけれどね。はてさて、そんな事も分からないなんて……もしかしたら、彼女の言う通り、君は本当に異常(・・)なのかな?」


 嘲笑うように男は言葉を紡ぐ。けれど、それはきっと嘘にまみれている。

 彼女が俺に向ける想いは、好意なんていう温かなものではない。あれは、もっと冷たく、もっと悍ましい感情だ。

 そう、あれはきっと、憎しみ。


「……まともに答える気はないってことか」

「いやいや、僕は正直に答えているよ。それを信じられるかどうかは、君の心次第ってだけさ。

 うん、人間は他人の本心ってのを読み取ることなんてできないから、いつも推測だけで物事を考える。あの人はきっとこう考えている。こうすればきっと喜んでくれるってね。良くも悪くも、身勝手な推測でしかない。だから、都合の悪い、信用できない相手の言葉は真実ではないと思い込んでしまう。それが人間である僕達の限界だ。悲しいけれど、報われない人間(ぼくたち)(さが)ってやつだね。

 だから、僕が嘘を言っていようがいまいが関係ない。信じる信じないは君次第なんだから」


 男はもっともらしい理屈を並べたてる。けれども、それは俺から言わせれば、他人を信じることを諦め、他人を騙すことをなんとも思わない人間の理屈でしかない。

 だから、決して信用できない。少なくとも、能面が張り付いたのような薄気味悪い笑顔を絶やさない、この男の言っていることは。

 けれど、それでも俺は訊く。最後の質問、それをこの男に聞かせるために。


「最後の質問だ。聞き逃すことなく、よく聞け」

「……?」


 聞き逃すなと前置きをすることに、男は小首を傾げる。そんな事を言う必要はないのに何故言うのかと。


「真希さんはクスリを完成させたと言っていた。けど、あんたは……どうして狂ったまま(・・・・・)なんだ?」

「――」


 瞬間、男は停止した。張り付いた笑顔のまま、思考を停止させていた。そう、思えた。


「なん……だって?」

「聞こえなかったか? それはないだろ? わざわざ聞き逃すなって言ったんだから」

「だれが……狂ってるって?」


 怒り。男はいまも笑顔のままなのに、その言葉には微かな怒りが宿っている。


「決まってるだろ。あんたが、だよ」

「なんで……そう思うのか、聞いていいかい?」


 男は笑顔のままなのに、いまにも掴みかかって来そうなほど、怒っている。


「なんで? そんなの見ていれば分かるよ」

「いい加減なこと、言わないでくれよ?」

「は――それを言うのか、あんたが? 言っておくが、俺は嘘を言っているつもりはない。ああ、だからあんたの言葉を借りるなら、こうなる。信じるかどうかはあんた次第だ」

「君は……!」


 怒りの爆発。けれど、男はそこで最後の一歩を踏みとどまった。


「ゆ、油断おけないね、君は。いいじゃないか、訊こう。僕が狂っているなんて、どうしてそんなくだらないことを思うのかを」

「それもおかしな質問だ。それじゃあ、まるで自分が狂ってないことに気づいていないような言い方じゃないか」

「お、お前……さっきから、何を言っているんだ!? 僕は……狂ってなど……!」


 踏みとどまったはずの一歩。けれど、男はそれをいまにも踏み出してしまいそうで――。


「なら、訊くが。どうして、あんたはそんなに怒っている(・・・・・)のに、いまも笑ったまま(・・・・・)なんだ?」

「な……に?」


 男の熱が一気に冷めていく。怒りが急激に別の感情に書き変わっていくのが、その声から分かる。

 それは――その感情は〝戸惑い〟だった。


「やっぱり気づいてなかったんだな。お前、さっきから何一つ表情が変わってなかったぞ。ずっとその薄気味悪い笑顔のままだ」

「う、嘘……だ」


 男は右手で自分の頬を触る。笑顔などそこにはないことを確かめるように。けれど――。


「な、なんで……?」


 男は自分に起きている事実に気づき、失望した声を漏らす。


「お前は、自分の感情すらも表に出せなくなってるんだよ。きっと、それが力を得た代償だ」

「そん、な、こと……」

「そんな顔で、そんな表情で、お前が何を言っても、もうお前の言うことに耳を貸す奴なんていない。すべて虚言だと、きっと思うだろう」

「だま、れ」

「それでもお前はその顔でこれから先も言うんだ。『全て本当だ、正直に言っている』と。けれど、それにもう意味ないだろう? 虚言しか言えない、そういう風にしか他人に思われない。そんなお前の、これから先は――」

「だまれ」


 その先を言うなと懇願する男。けれど、俺は告げる。それが男の最後の一歩になると知っているから。


「――既に狂っている」

「だまれええええ……!」


 男は絶叫すると同時に俺目掛けてナイフを放つ。

 ナイフは男の手元を離れた途端に歪み、次の瞬間には、俺の目の前で――。


「一輝……!」


 怜奈の声が聞こえる。俺の名前を叫んでいる。それに俺が反応できる時間はない。

 ナイフは既に目の前で俺の額を捉えている。これが刺されば、きっと命はない。

 けれど、ナイフは額に刺さる直前で止まっていた。


「ま、間に合った……」


 安堵の言葉を漏らす怜奈。それを物語るようにナイフは俺に刺さることなく、カランと音を立てて、足元に落ちる。

 怜奈の風の膜。それで守られたのは考えるまでもなかった。


「ば――馬鹿! 貴方、一体何考えてるのよ!? あんな風に挑発したらどうなるか分からないの!?」


 怜奈は酷い剣幕で怒ってくる。それはもっともな事だ。けれど――、


「すまない、怜奈。けど、これでいいんだ」

「え?」


 これでいい。その意味が理解できない怜奈。けれど、俺が目くばせすると、はっとした表情に変わる。


「本気、なの?」

「ああ、大丈夫だ。きっと上手くいく」

「……分かったわ」


 頷く怜奈を確認してから、男の方に視線を移す。

 相変わらずの笑顔。それでも、明らかな感情な揺れがある。


「ちがう……ちがう、ちがう、ちがう! 僕は……僕は狂ってなど、いない!」


 男は否定する。自分は決して違うのだと思い込もうとしている。

 そんな男の様子を見ながら、俺は足元に落ちているナイフを拾い上げる。そして、その刃先を男に向け、トドメの一撃を放つ。


「ああ、そう思うのはお前の勝手だ。信じたくないなら、信じなくていい。そうやって、現実から目をそらしていればいい。けどな、どうやったって現実は変わらない。覚えておくといい――現実から目をそらすことは愚か者のすることだ」

「うるさああああい!」


 激情。その感情の爆発に弾かれたように男は先程と同じようにナイフを俺目掛けて放とうとする。


「いまだ!」


 俺はそのタイミングに合わせて、目の前の空間を突くように、ナイフを差し入れた。

 突如、俺が手にしているナイフの切っ先は揺らめき、その空間から消える。


「――ぎ!」


 男の小さな呻き声が聞こえる。

 男のナイフは、まだその手から離れていなかった。けれど、その代りにその手の甲にはナイフが刺さっていた。


「ぎ、やあああああ!」


 男は奇声を上げる。その激痛に耐えられず、叫び、手を押さえてうずくまる。

 当然の結果だった。空間を繋げるということは、出口は入口にもなるということ。奴が繋げたのは、自分の目の前の空間と俺の目の前の空間だった。俺はそこにナイフを差し込んだだけだ。

 けれど、これが上手くいったのは、奴が冷静さを失い、怒りに身を任せたからだ。でなければ、どこを狙ってくるかなど分からなかった。


「く、そ……き、きさまああああ!」


 起き上がった男はそれでも激情に駆られていた。その声は、怒りや憎しみ、そんな感情が剥き出しになっている。

 男は再度ナイフを俺に放とうと、動き出す。けれど、それが完遂されることはない。


「残念ね、一歩遅いわ」


 怜奈の静かな一言。それは先程男が怜奈に言った言葉そのままだった。


「な――」


 怜奈の言葉を聞いた男は、疑問を口にしようとしたが、それは衝撃音でかき消される。

 男は、頭上から降ってきた鉄骨にあっけなく圧し潰されてしまっていた。


「かはっ」


 吐血する男。胸から下は鉄骨に覆われている。それでも彼は生きていた。


「心配ないわ。内臓は無事なはずよ。死なない程度の高さから落としたから」


 怜奈は男の前に立ち、見下ろしている。


「どう……して……?」

「油断したわね? あんたが蹲っている間に鉄骨を切って、降らせておいたのよ」

「そん……な!?」


 この時なって、男は自身が嵌められていたことに気づいたのだろう。虚ろな眼を俺に向け、その目を細めた。


「く、ははは……まんま、と……彼に、してやられた、わけ……か」


 男は笑っている。その表情はいまだに能面のような笑顔だが、その笑みはあまりにも弱々しく、けれど、これまでのどんな笑みよりも人間らしい。


「ええ、あんたは一輝を舐めすぎたのよ。彼はもう私なんかよりも能力者の専門家なんだから」

「――」


 思いもしない言葉だった。怜奈からそんな言葉が聞けるなんて思わなかった。


「そう、か……結局……僕も、彼女の言う、失敗……作……だった、か」


 悲しげな声。それは彼が現実を受け入れた瞬間だった。


「いまは眠りなさい。起きたら全部喋ってもらうわ」

「……は、はは……そう、だね。それも、いい。けれど、眠るなら……君達と、一緒が……いい!」

「え!?」


 決着は着いたと思っていた。だから、俺も怜奈も油断していた。

 けれど、男は諦めていなかった。いや、諦める決断をしたのだ。自分の命を諦める決断を。

 男はどこから取り出したのか、小さなリモコンをその手に持っていた。


「ちぃ! 一輝!」


 怜奈は俺に向かって走る。

 その瞬間、爆音とともに閃光が弾けた。


        ・

        ・

        ・


 気づけば、辺りは炎と瓦礫に包まれていた。

 けれど、俺の周りにはそのどちらも存在していない。多少の熱を感じるものも、炎は俺の周りを避けるように広がっている。

 そして、俺の目の前には、怜奈が背を向けて立っていた。


「……怜奈?」


 声をかけると、彼女は振り向いた。その顔は安堵に満ちている。


「一輝……怪我は、ない?」

「あ、ああ。大丈夫、みたいだ」

「そう……よかった……」


 安堵の言葉を漏らすと、彼女はふらっと崩れ落ちる。


「あぶない!」


 倒れる寸でのところで受け止めた。


「ご、ごめん、なさい」

「大丈夫か!?」

「うん……ちょっと無理したちゃたみたい。爆発を抑え込むのは流石にキツイわね」

「やっぱり、そうだったのか」


 あの男は自爆した。おそらく、自分がやられてしまうことも予想して、爆弾を用意していたのだろう。

 けれど、怜奈は自分達に迫る爆風のすべてを自身の風で受け流したのだ。


「あの男は……?」

「……たぶん、死んだわ。爆弾がどこに仕掛けられていたかは分からないけど、自分と貴方を守るだけで手一杯だったから」


 悲しげに語る怜奈。たとえ、自分の命を狙ってきた者でも、その死を悼む心が彼女にはある。


「……ごめんなさい」

「いや、怜奈が謝ることじゃないよ。どうしようもできない時だってある。だから……」


 だから気にするなと、言い添える。それで彼女の心が晴れるわけではないと知っているが、それでもそう思うようにするべきだと諭した。


「ありがとう、一輝」


 弱々しく微笑む彼女。それが昔だったなら、きっと気づけなかった。けれど、いまなら分かる。彼女がそれでも自分を責めていることを。

 けれど、それを慰める言葉はもう俺にはない。だから、いまの彼女には少しでも安らげる時間が必要なのだ。


「帰ろう、怜奈」


 怜奈に手を差し伸べる。


「……うん」


 彼女は微笑み、その手を取ってくれた。


 手を取り合い、俺と怜奈はその場から歩き出す。


 まだ、何も解決していない。けれど、ひとまず戦いは終わった。

 だから、いまは何も考えず、休もう。次の戦いに向けて。


 けれど、それを妨げるかのように、俺のスマホが慌ただしく鳴り始める。

 着信は新一さんからだった。


「……はい」

『良かった、繋がった!』


 電話に出た途端、そんな新一さんの声が聞こえてくる。その声はひどく慌てているようだった。


「どうか……したんですか?」

『そこに怜奈君はいるかい?』

「え、ええ……いますけど……」

『それじゃあ、怜奈君にも聞こえるようにしてくれるかい』


 言われた通りスピーカー機能をオンにする。


「間島、どうしたの?」

『怜奈君、これから言うことを落ち着いて聞いてくれ。いいかい?』

「ど、どうしたのよ? そんな前置きして……」

『……蔡蔵さんが見つかった』

「え! お父様が!?」


 それは朗報と思うべきか、それとも……。


『うん……だけど……』


 その先を新一さんは言いづらそうにしている。


「だ、だけど……何よ? さっさと言いなさいよ!」


 何かを察した怜奈は、その先を促す。その声は、不安に染まっている。

 そして、その不安はきっと的中していた。


『重症を負って、いま病院に運ばれている。かなり危険な状態だ』


 そんな最悪な知らせが、スマホのスピーカーから流れてきた。




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