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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
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最終話「宿命を背負う者」/1



 1月9日、土曜日。午前10時ちょっと前。

 如月町の郊外にある倉庫街、その一画に俺は怜奈と共にやってきていた。

 倉庫街には人気はなく、あまり使われていない倉庫が多いのか、どの倉庫の扉も錆びついている。

 建ち並ぶ倉庫の内、昨日の売人が教えてくれた場所にある倉庫の前に俺達はいた。


「一輝……その……やっぱり貴方は帰った方がいい。危険すぎるわ」


 指定場所の倉庫を見つけた俺に怜奈は迷いながらも心配げな表情でそう助言してきた。


「そうはいかないよ。狙われているのは俺なんだ。それに、奴との関係も気になる」

「だからって貴方の方からわざわざ敵の懐に飛び込むことはないでしょう? 私や警察に任せておけば――」

「ダメだよ、怜奈。能力者を利用するような奴だ。警察には任せられない。それと怜奈だけってのはもっとダメだ」

「な、なんでよ! 私なら――」

「君だから、だよ。忘れたわけじゃないだろう? 三カ月前の事を」

「そ、それは……」


 俺の言い分に怜奈は反論しようにもできない。

 三カ月前の事件――ある一人の男によって引き起こされた、如月町と皐月町を丸ごと巻き込む大惨事。そして、怜奈にとってそれまでの人生の根底をひっくり返し、狂わせてしまった事件。その事件を引き起こしたのが、魔術使いの大神操司だ。

 大神は怜奈の中に流れる一ノ宮家の血を利用し、世界そのものを変えようと画策した。

 結果は失敗に終わり、大神操司という存在はこの世から消え去った。だが、奴はあまりにも大きな爪痕を怜奈に残していった。

 大神は怜奈を精神的に追い詰め、彼女の封印されていた記憶を呼び起こしてしまった。それは決して思い出してはいけない記憶。その封印こそが彼女を現在の彼女に足らしめる要因であり、彼女の人としての人格を形成したものだった。それ故に、その封印が解かれた瞬間、彼女は人として壊れてしまった。

 壊れた彼女は見るに堪えないものだった。今でこそ以前と変わらない様子を見せているが、あの時の彼女は人としての心を失い、紛うことなくただ能力を振るうだけの異常者へと変わってしまっていた。

 あんな事だけは二度と起こさせてはいけない。今の彼女を守る為にも、これからの彼女を壊さないためにも。

 だから――俺はもう、二度と彼女の傍を離れないと決めたんだ。


「怜奈、悪いけどこればっかりは君一人って訳にはいかない。もし、これから会う奴が大神と関係するなら、それは君だけの問題じゃない。俺にだって因縁のある事だ。だから、決着をつけるなら、今度こそ二人でだ」

「一輝……」


 俺の言葉に何を思ったのか、怜奈は俯き、そして次に顔を上げた時、その目にはもう迷いはなかった。


「分かったわ。一緒に行きましょう!」

「ああ!」


 俺と怜奈は共に堅く閉ざされた倉庫の扉に手を掛ける。そして、互いの顔を見合わせ、頷き合って後、扉を引いた。

 扉は軋みを上げながらも、予想外にあっさりと開いた。

 開いた扉の先は暗闇が広がっていた。外からの光が差し込んでいるはずなのに、暗闇がその光さえも飲み込んでしまっているかのようで不気味だ。


「入るわよ?」

「あ、ああ」


 怜奈が先頭になって闇の中へと足を踏み入れる。

 辺りを警戒しながら暗闇の中をゆっくりと奥へ進んでいく。


「……いるわね」

「え? いるって?」

「人の気配よ。誰かいるのは確かよ」

「ああ、そういうことか」


 突然の怜奈の言葉にオウム返しのように聞き返してしまったが、良く考えれば、どういう意味かはすぐに分かることだった。

 怜奈は風の能力で、周りに何があるのか大体分かる。彼女自身が風読みと呼んでいる能力だ。


「しかも、もうこっちに気づいている」

「なるほど……ま、そうだろうね。扉を開けて正面から堂々と入ってきたわけだから」


 気づかない方がおかしいというものだ。だというのに、何の反応もないのは、こっちの様子を窺っているのか、それともこの暗闇のせいで誰が入ってきたのか判断付きかねているだけなのか。


「怜奈、対象との距離はどのくらいだ?」

「まだ離れてる。倉庫の一番奥に陣取っているみたい。けど、障害物が――何かの荷物かしら? 結構多いから一直線ってわけにもいかないみたいね」

「バリケードのつもりかもな。でも、それならこっちとしても好都合だ」


 この暗闇だ。おそらく向こうもこっちを視認できてはいないはずだ。だったら、こっちも姿を晒さず相手に近づきたい。一直線にしか進めないなら、それは無理な話だが、障害物があるなら、身を隠しながら進むことができる。

 相手の動きは怜奈が感知してくれている。後は俺の方で辺りにトラップがないか警戒して進めばいい。


「ふふ――随分と慎重なこと。意外だわ。あなた達なら強引に来るかと思ってたのに」

「――」


 突然倉庫の中に女性の声が響き渡る。それは俺達にとって思いもしないことだった。

 今の発言、あれはこっちの存在に気づいているだけじゃない。俺達が招かるざる客であることを分かっているからこその発言だ。


「参ったな……俺達が来ること、分かってたのか」

「そうみたいね。それがあちらの作ったシナリオってとこかしら」


 シナリオ、か。嫌な言葉だ。掌の上で踊らされているような感覚に襲われてしまう。そう――まるで大神の時と同じような嫌な感覚だ。


「あらあら、二人で内緒話? まあ、それもいいけれど、あなた達、私に会いに来たんでしょう? だったら、早く私のところまで来たらどうかしら?」


 再び倉庫に響き渡る声。明らかに挑発と取れる発言だ。声の主は、自分のシナリオ通りに事が運んでいるが故か、余裕を窺えさせる。だが、そんな安い挑発にのる俺達では――


「あったまきた! いいわ、そっちがそのつもりなら、今すぐ行ってあげるわ。全部吹き飛ばした上でね!」

「え……れ、怜奈?」


 それと分かる安い挑発だ。誰もそれに引っ掛かるとは思えない。だと言うのに、何故額に青筋が浮き上がってそうなほどにイラついてらっしゃるんでしょうか、怜奈さん?


「ええっと……れ、怜奈? それはいくらなんでもやり過ぎだし、目的に反してるって分かってる?」

「う……わ、わわ、分かってるわよ、そんなこと! け、景気づけに言ってみただけよ!」


 怜奈はバツが悪そうに顔を赤くしている。


「け、けど、何故かしら? あの声を聞いてると無性にイライラしてくるのよね」

「声を聞いてると……?」


 その言葉に言い知れぬ不安を覚えた。

 声――ただそれだけだが、三カ月前に起きた事件を考えると、簡単に済まされることではない。

 大神の能力は声で人の意識を操るものだった。そして、このクスリの元締めも大神の関係者である可能性が高い。もしかすると――


「いや、それはないはずだ」


 湧き上がってきた不安と考えを振り払う。

 そもそも同じ能力を持った人間はそう簡単に現れるものじゃない。それに、もしそうなら、あの大神が利用しないはずがない。


「ねー! 内緒話は終わった? まだ続くようなら、私、帰っていいかしら?」


 聞こえてくる声は心なしかイラついている。どうやら事態が進展しないことに痺れを切らしてきたようだ。

 仕方ない。向こうはこっちのことを知っているようだし、ここは下手に駆け引きするよりも、真正面から本題に入った方がいいだろう。


「待った! 俺達は貴女に聞きたい事があるだけだ」

「あら? 聞くだけでいいの? 随分とお優しいのね? 自分の命を狙っている相手に対して」

「――」


 思いも寄らぬ発言に面食らう俺と怜奈。まさかこちらが問い詰める前に自分から認めてしまうとは思わなかった。


「ず、随分と余裕じゃない? なに? それを聞いてこっちが怖気づくとでも思ってるわけ?」

「まさか。あなた達がそんな子じゃないってことぐらい知っているわ。あの大神さんを倒しちゃうんですもの。そうでしょう? 一ノ宮怜奈さん?」

「やっぱり……! あなた、あの大神の仲間だったのね!」


 大神の名前が出た途端、怜奈は堰を切ったように、辺りに風を巻き起こした。


「ま、待て、怜奈! まだ話が――」

「冗談! あの男の仲間に話なんて通じるわけないでしょ!」


 俺の制止も聴かず、怜奈は遂に能力を解放し、前方の障害物になっている荷物を元締めの女性がいるところまで全て吹き飛ばしてしまった。

 荷物は相当量のもので、個々の大きさもそれなりにあるようにも思える。あれの巻き添えになっていれば、無事では済まないだろう。


「やり過ぎだ、怜奈! こ、これじゃあ……」


 真実を聞き出すことが永遠に出来なくなってしまったかもしれない。

 そんな心配が脳裏に過っていた時だった。


「あっぶないなー! 危うく下敷きになるところだったじゃない!」


 言葉とは裏腹な調子で、そんな声が聞こえて来た。


「ま、まさか……あれを躱したっていうの?」


 当然のように聞こえて来た声に怜奈も驚き隠せていない。当たり前だ。怜奈は対象の位置を掴んだ上で不意打ちに近い先制攻撃を行った。それが、いとも簡単に躱されれば、驚きもする。


「やれやれ、短気ってのも考えものね。私の方も一輝君の方もこれじゃあ段取りが無茶苦茶よね」

「え――」


 それはまるで旧知の仲のように当然の如く口されていた。それを聞いた俺も怜奈も固まっていることしかできなかった。


「お互いに姿を晒さず駆け引きってのも面白そうだったんだけど。ま、これじゃあそうも言ってられなくなっちゃったし、仕方ないわね」


 声の主はそう言いながら、カツカツと音を鳴らしている。それはこちらに向かって来ている足音だった。

 薄暗い倉庫の中、その人影が見えるようなった時、その影は蘭とした瞳を見開いた。その瞳は暗い中でも青い光を帯びている事がハッキリと分かった。


「ま、まさか――」


 もっと早く気づくべきだった。売人から眼の青い女性だと聞いた時に。元締めの声を聞いた時に。怜奈が彼女の声を聞いてイラつくと言った時に。気づけるタイミングはいくらでもあったというのに――。


「さて、それじゃあ、暗いままお話するのも何だし、お互い顔が見れるようにしましょうか」


 彼女がそう言った瞬間、倉庫の中に明かりが燈る。


「――っ」


 暗い中で眼が慣れていたせいで一瞬目が眩んだが、それもすぐ治った。だから、その目でしっかりと見える。元締めの姿が、その素顔が。


「――やっぱり」


 そこにあった顔が想像通りであったことに俺は愕然とした。きっと怜奈もそうだったのだろう。唖然とした表情だった。


「こんにちは、一輝君、怜奈さん」


 まるで何事もなかったように彼女は笑顔でいつものように俺達に挨拶をしてくる。


「やっぱり、貴女だったんですね。真希さん」


 俺と怜奈の前に現れた人物、それは役野真希、その人だった。




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