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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
142/172

第4話「撒いた者」/1



 1月6日、水曜日。午前11時過ぎ。

 俺は病院での検査を終え、間島探偵事務所にやってきていた。

 俺は一呼吸置いた後、事務所のドアを開けて入っていく。そこには怜奈と新一さんがいた。


「おはようございます」


 俺がいつも通り二人に挨拶すると、二人は驚いた顔を見せる。


「か、一輝!? あ、貴方、出歩いて大丈夫なの!?」


 怜奈はそう言いながら慌てた様子で俺に飛びついてきた。


「だ、大丈夫だよ、怜奈。ちょっと無理したから一時的に痛みがぶり返しただけだよ。ほら? 今は何ともないし、痛みもないよ」


 言いながら腰を捻ったり腕を回したりして大丈夫なことをアピールしてみる。それでも怜奈はどことなく不安そうな顔している。


「本当になんともないの……?」

「ああ、大丈夫だよ。怜奈には嘘は言わないよ」

「……うん……そうよ、ね」


 怜奈はそれで納得いってくれたようで、安心した表情を見せた。


「いやぁ、一輝君! 無事でなによりだよ! 怜奈君から話を聞いた時にはどうなることかとヒヤヒヤしたよ」


 新一さんは俺と怜奈の間に割って入るように話しかけてくる。しかも、いつもの陽気な声のせいでヒヤヒヤしたということに信憑性がまったくない。

 けど、これもこの人なりに気を遣ってくれているのだ。おそらく、この人は――


「ご心配おかけして、すみませんでした。でも、この通り大丈夫ですので」

「うん、みたいだね。でも、油断は禁物だよ? 分かるよね?・・・・・・

「――ええ」


 やっぱり新一さんは分かっている。俺が嘘をついていることを。


『今回は……まあ、この程度で済んだけど、次はないよ、確実にね。言っている意味、分かるよね? これに懲りたら、大人しくしてるんだ。いいね?』


 医師の言葉が脳裏に過る。

 もはや、俺の体は壊れる一歩寸前だった。

あと少しでも無理をしていれば、医師に以前言われた通り、二度と走ることもできない体になるところだった。

 けれど、それを怜奈に正直に話してしまうわけにはいかない。言えば、怜奈にショックを与えてしまうし、これからの俺の行動を制限されてしまう。

 そして、新一さんもそれに気づいているからこそ、敢えて言わないでいてくれているのだ。


「さて、それじゃあ一輝君も来たことだし、昨日の件について詳しく聞かせてもらえるかな?」

「え……怜奈から聞いたんじゃなかったんですか?」


 俺は怜奈に視線を移しながら尋ねた。怜奈はそれにこくりと頷く。やはり、新一さんに話しているようだ。昨日、俺に降りかかった事件の詳細を。


「うん、聞いたよ。だけど、一輝君からは聞いていない。そもそも、昨日は何でそんなことになったんだい?」

「いや、そんな事を訊かれても……俺も訳分からなくって……」

「ふむ……訳が分からないのに能力者に襲われたと……? 襲われるような心当たりとかもない?」

「ええ……まあ……」


 そもそもあの少年との面識自体がない。あの後、どう思い返しても記憶にはなかった。つまり、俺は初対面の人間に命を狙われたことになる。


「ふむ……となると、そいつは誰でも良かったのかもしれないね。それが偶々近くにいた一輝君ってだけで」

「それは無いわ、間島。確かに奴はまともじゃなかったけど、一輝にだけ執着していた。きっと、一輝を殺そうとするような理由があったはずよ」


 怜奈が新一さんの考えを否定する。

 怜奈の言う通り、奴は俺を執拗に狙っていた。あれは誰でもいいなんていう無差別的なものではない。


「だけどね、怜奈君。一輝君もその少年の事を知らないと言っているんだよ? それにそいつは能力者だったんだろう? だったら、僕達でも理解できない言動・・・・・・・・だってとることもあるだろう?」

「そ、それは……そうだけど……」


 怜奈は新一さんの言葉に反論することが出来ず、言葉に詰まる。

 確かにあの少年は能力者だった。能力者はその人外の力故に世間との摩擦に精神が不安定になり、最後には発狂して暴走し、見境なしに人々を襲うようになると言われている。

 あの少年も何度も火災を起こしたところを見ると、その傾向はあったと思う。けれど、彼の言動は僕の知る能力者達とは大きくかけ離れていた。

 俺の印象では理解できない言動と言うよりは、どちらかと言うと人間らしい思考が失われ、本能のまま動いていたように思える。だからこそ、彼が発した人としての言葉にこそ、彼が僕を襲ってきた理由があるように思えてならない。


「理解できない言動……言葉……理解できない……」


 よく思い出せ。俺が理解していないだけで、あったはずだ。奴が俺を襲わなくてはいけない理由が。それを奴は俺の前で口にしているはずだ。


『タタかエ。ソウすレバ、もらエル』

『オマエ……殺ス。殺セ、言われタ』


 辿った記憶の中にその言葉があった。それは奴が俺に向けて放った言葉だ。


「――そうか、そういうことか!」

「どうしたの、一輝? さっきから何をぶつくさ言って……」


 怜奈が俺の様子に怪訝そうに尋ねてくる。


「思い出したんだよ」

「思い出したって……やっぱり昨日の奴に会ったことあったの!?」

「違う。そうじゃないよ。奴とはあの時が初対面だ。だけど、奴が俺を襲ってきた理由なら何となくだけど心当たりあるんだ」

「な、何よそれ……会ったとこもない奴に命を狙われる理由って……一体何なのよ?」

「そう難しいことじゃないないよ。答えならもう俺達の目の前ある」

「は?」


 怜奈はその答えに見当がつかないのか、困惑している。

 だが、新一さんは俺の言った意味を理解し、その答えにたどり着いたようだ。その表情は先程とはまるで違い、険しいものになっている。


「なるほど……そういうことか。確かにそれなら納得いくね」

「ええ……むしろ、彼が俺を襲う理由なんて、それしかないでしょうから」

「ちょっと! 勝手に二人で納得してないで、私にもちゃんと説明しなさいよ!」


 俺と新一さんで互いに頷き合っていると、怜奈が批難してきた。彼女はあの少年が俺を襲った理由がまだ分からずにいる。


「ごめんごめん、探偵でもない怜奈君には確かに分かりずらいよね。つまりはね、その襲いってきた少年は僕達探偵と同じように〝依頼〟を受けたんだよ」

「い、依頼ですって……?」


 怜奈は新一さんの説明に戸惑っている。〝依頼〟という比喩が伝わりづらかったのだろう。

 その怜奈の様子を見た新一さんは、ハッキリとした言葉を口にした。


「つまりは、誰かが一輝を襲うようにその少年に頼んだんだよ」

「な、なんですって!?」


 その衝撃的な一言に怜奈は驚愕した。

 そう――あの少年は俺を殺すように誰にかに頼まれたに過ぎない。俺の命を狙っている人物は他にいるのだ。


「だが、そうなると、後は誰がそれを少年に依頼したかだね。一輝君には心当たり……ないよね?」

「ええ、残念ながら。だけど、彼が何故その依頼を受けたかは想像できます」

「え……そうなの?」


 新一さんは驚いた様子で聞き返してくる。

 それはあの場に居なかった新一さんには到底分からない事だ。


「そもそも依頼ってのは、それに見合う報酬がないと受けないものです。特に人殺しなんてものは、報酬なしじゃ受けられないと思いませんか?」

「報酬か。なるほど、確かにそうだね。だが、人殺しに見合う報酬となると……」


 新一さんは唸るように考え込む。

 新一さんがそこまで考え込む理由は簡単だ。そもそも人殺しは誰かの依頼で実行するには、あまりにもリスクが大きく、本来ならばどんな報酬を積まれようとも、そのリスクに見合わない。

 だが、そのリスクを負おうとも、彼が喉から手が出る程欲しがった報酬が何であるか俺には見当がついている。


「その報酬は、たぶんこれなんじゃないかと思います」


 俺は上着のポケットから昨日あの現場で拾ったケースを取り出し、二人に見せた。


「何だい? それは……」

「これは奴が逃げ出そうした時に落として行った物です」

「これを……?」


 俺は新一さんにケースを手渡す。新一さんはそれを受け取ると、怜奈にも中身が見えるようにケースを開けた。


「――こ、これって……!?」

「……そういうこと、か」


 怜奈はそれを見て、言葉を失った。対して、新一さんは忌み嫌うかのように、ケースの中の注射器を険しい表情で睨んでいる。


「注射器の中身はおそらく……」

「薬物、と考えていいだろうね」


 俺の言葉を引き継ぐようにそれを口にした。


「待って。それってつまりどういうことなの? これが薬物なら、昨日の奴の言動がおかしかった事は頷けるけど……それが報酬ってどういうことなの?」


 怜奈は混乱した様子で疑問をぶつけてくる。彼女が疑問に思うのはもっともなことだ。少なくともこういった物に免疫はないだろう。

 かく言う俺も本物を見たのは初めてだ。それまではかおりんが偶に見せてくれていた写真でしか知らなかった。


「俺を狙っている奴は、これを引き換えにあの少年に俺を襲わせたんだよ、たぶんね。おそらくは、この薬物の元締めか何かだと思うけど……」

「そんな……そんな奴がどうして貴方を狙うのよ!?」

「それはまだ分からないけど……」


 それが一番重要で、難問でもある。俺はそんな危険なものを扱う知り合いなんて知らない。ましてや、そんな奴らに狙われる覚えもない。


「ま、まさか……彼が……?」


 俺が考え込んでいると、怜奈が突然そんな良く分からない事を呟いた。その顔色は青ざめている。


「怜奈……?」

「そ、そんな……だとしたら……でも、どうして……」

「怜奈、どうしたんだ? 怜奈ってば!」

「え! あ、ごめんなさい。聞いてなかったわ。な、なに?」

「いや、そうじゃなくて。どうしたんだ? 何か考え込んでいたようだけど……それに顔色も悪いぞ?」

「え……そ、そう? だ、大丈夫よ?」


 怜奈は俺に指摘されると焦った様子を見せる。けれど、とても大丈夫ようには思えない。


「怜奈君、君の心配は杞憂だ。それだけは絶対ないと僕は思うよ? 今回は確実に別人だ」

「そ、そう……そうよ、ね」


 新一さんの言葉に怜奈は頷き、安心した様子でそう言った。顔色も少しだが戻っている。


「あ、あの……新一さん、さっきから一体何の話をしているんですか?」

「いや……一輝君には関係のない話だ。気にしなくていい」

「そう――ですか」


 嘘だ。新一さんは嘘をついている。直感でそう感じた。新一さんは俺に何かを隠している。


「と、とにかくだ。一輝君、君は結構ヤバイ奴らに狙われていることは確かだ。それが分かっているんだから、もう無暗に外を出歩かない方がいい。特に夜はね。分かるよね?」

「え、ええ……だけど……」


 新一さんの言う通り、誰に狙われているのかも分からないのに出歩くのは危険だ。数日は大人しくしておいた方がいいかもしれない。けれど、俺にもそれ程悠長にしてられない事情ってものがある。


「間島の言う通りよ! 今回は私があの場に来れたから・・・・・良かったけど、次はそう上手くいくとは限らないんだから」

「あ、ああ……それは分かって――ああ!」

「な、何よ? 突然……」


 そうだった。すごく大切な事を訊くのを忘れていた。さっきの怜奈の言葉でそれを突然思い出した。俺はどうしても怜奈に訊いておかなければならないことがあったんだった。


「怜奈さ、君、昨日言ったよね? 俺をここ数日監視してたって。それで駆けつけることができたって。あれ、どういう意味だよ? なんで俺の事を監視してたんだ?」

「そ、それは……」


 怜奈は突然のことに狼狽えている。訊かれたくないことを訊かれてしまい、どう答えて良いのか分からないといった様子だ。


「怜奈、俺に何を隠してるんだ?」

「そ、そんな! 隠し事なんて……」

「待つんだ一輝君、これには深い訳が……」

「新一さんもやっぱり知ってたんですね……二人して、俺に何を隠しているんですか?」


 その問いに二人は押し黙る。それは何かを隠していることへの証明に他ならない。


「そんなに知りたいなら、私が教えてあげましょうか、一輝?」

「え……!?」


 背後から思いもよらない声が聞こえて、俺は振り返った。

 そこには、かおりんが立っていた。




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