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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
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第4話「撒いた者」/0



 1月4日、午後3時。

 如月町の郊外、そこにポツンと立っている三階建ての雑居ビルの前に僕はいた。

 このビルは随分昔に所有者が行方不明になり、そのまま放置されている。今では誰も住む者も使用する者いない空きビルだ。

 そんな世間的には使われなくなったビルに僕が来た理由、それは現在このビルを根城にしているある人物に会いに来たからだ。

 僕は何の気兼ねもすることなく、ビルの中に入っていく。

 ビルの中は打ちっ放しのコンクリートの壁が剥き出しになっており、何とも殺風景だ。部屋の中は散らかっており、当時使用していたものなのか、デスクがそのまま置かれている。生活感は全く無く、一階には人の気配がしない。

 僕は一階を特に調べることもせず、階段を使って足音を立てずに二階に上がる。

 二階の部屋も一階と似たように様子で、人の姿はない。僕はそのまま階段を上り、三階へと進む。

 階段を上がりきると、そこには下階と同じ部屋があった。だが、それまでの部屋とは違う点が一点のみある。それは部屋の中央に男がこちらに背を向けて立っていたことだ。その後ろ姿に僕は見覚えがあった。

 僕は足音を立てないように彼に近づいていく。


「新一君か?」


 気づかれないように近づこうとしていた僕に彼は突然問い掛けてきた。僕は立ち止まり、その問いに答える。


「……ええ、そうです」


 僕が返事をすると、彼は僕の方へと振り向いた。そこには以前と変わらず厳格な面持ちが印象的な顔があった。


「久しぶり……だな?」

「ええ、一年ぶりです……蔡蔵さん」


 僕が答えると彼はフッと冷たく微笑む。

 今――僕の目の前にいる人物は一ノ宮家現当主であり、怜奈君の父親、一ノ宮蔡蔵その人だ。

 一年程前より姿を消した一ノ宮家当主、その彼が今迄どこでどうしていたのか僕は知らない。だが、意外にも彼は案外近い場所に潜んでいた。それを知ったのはつい昨日のことだ。


「良く、ここが分かったな?」

「僕の情報網を舐めてもらっては困ります。父が持っていた情報網とは別に、僕だけの情報網ってものがありますから」

「なるほど……確かに君の父親が使っていた情報屋への根回しはしておいたが、君の情報屋はノーマークだった。これは私の失態だな」


 蔡蔵さんは自嘲気味に笑う。だが、すぐにいつもの厳格な彼に戻った。


「……僕がここに来た理由はお分かりですね?」

「ああ……役野家――役野小蔵の依頼だろう? 私が彼等から奪った物を取り返しにきた、そうだろう?」


 僕の質問に蔡蔵さんは平然と自分の罪を告白した。それに僕は意外ではあったが、驚きはしなかった。むしろ、そう捉えられるだろうと思っていた。


「確かに彼等からの依頼は受けています。ですが、僕がここ来た理由はそれじゃあない」

「なに……?」


 僕の答えに蔡蔵さんは訝しげな表情を見せる。


「僕がここに来たのはあなたから真実を聞くためです」

「なるほど……真実、か。新一君、君の知りたい真実とは何だね?」

「全て、ですよ。あなたがこれまで隠し続けてきた事実全てを僕は知りたい」

「フ――全てとはまた欲張りだな? 真実とはそんなに容易く手に入る物でないことぐらい君も分かっているだろう?」

「ええ。ですが、あなたは知っている。知っていて、今まで黙っていた。それどころか姿までくらまして……あなたは一体何を考えているのですか? あなたが取ってきた行動がどれ程の事態を招いたか分かっているんですか!」


 つい感情的になり声を荒げてしまった。そんなつもりは無かったのに、以前と何も変わらず冷酷で冷徹な彼に僕は怒りさえ込み上げてくる。

 だが、蔡蔵さんはそんな僕の気持ちなど理解を示すこともなく、


「いつになく感情的ではないか? 君らしくもない」


 平然とそんな指摘をしてくる。

 この人は知らないのだ。あの事件が彼女に与えたショックが如何様なものなのか。そして、それを招いた原因が自身にあることを。


「あなたは分かってない……何も分かっていないんですよ。彼女が――怜奈君が二ヶ月前のあの事件でどれ程悩み苦しむことになったのか、どれ程の悲しみを背負うことになったのか、あなたに分かりますか? 今だって彼女は苦しみ続けている。それなのにあなたは親として何もせず何も言わず、自分勝手に動くだけ……それが彼女をさらに苦しめていると分からないのですか!」

「……そうか……やはり記憶が戻ったのか……」


 蔡蔵さんは僕の言葉に全てを悟ったのか、表情を曇らせる。彼自身も怜奈君に封じられていた記憶が戻ったことに薄々は感づいていたのだろう。


「もう、あなたがどう隠そうとしても、彼女は全てを思い出している。それに……もう知ってますよね? 彼が――一ノ宮貴志が再びこの街に戻ってきたことを。

 いい加減、真実を明らかにすべきじゃないですか? これ以上、嘘を上塗りして、真実を隠し続けても、あなたにとっても、怜奈君にとっても良い事にはならないはずだ。貴志君にとっても……」

「ああ……そうだな……確かにそうだ。それが私達とって必要な真実ならば、な」

「それは……どういう意味ですか?」

「君が知る必要のない事だ。悪い事は言わない。私達のことに口出しするのは止めるんだ。君は今迄通り一ノ宮家の専属探偵としての責務を全うするだけでいい。それが君の為だ」

「僕の為……ですか……」


 蔡蔵さんの言う通り、確かに他人の親子の事にどうこう口出しすべきじゃない。それに彼は僕の雇い主だ。その雇い主のやることに刃向うということは、僕自身の立場を危うくさせることになる。だが、それを理解した上で、僕は今ここにいるのだ。


「勘違いしないでください。僕は自分の為にあなたに会いに来たんじゃない」

「……ほう……では、何の為だね?」

「怜奈君と――そして、一輝君の為です」

「――――」


 その二人の名を聞いた蔡蔵さんは、驚いた表情を見せる。彼にとって、その答えは意外だったようだ。


「君が他人の為などという言葉を口にするとは……正直驚きだ。怜奈の為だけならまだしも、あの青年の為とは……。君のモットーは金にならない事はしない、ではなかったのかな?」

「ええ……確かにそうでした。二ヶ月前まではね」


 二ヶ月前の事件、あの事件で彼を撃った時から、僕は覚悟を決めた。これから先、僕は自分の為だけに生きるのではなく、誰かの為、他人の為に生きようと。自分のこれまで培ってきた探偵としての能力、そして、魔術使いとしての力をその為に使おうと決めた。

 それが、最悪の方法であれ、争いのない平和をもたらそうとした彼をこの手で撃った僕の償いであり、彼から託されたものでもある。


「僕は彼のように世界平和なんて考えていません。けれど、彼を見て僕は思ったんです。僕には力があるのに、その力から、その過去から目を背け、自分だけ何も知らないふりなんてもうできない、と。だから、せめて僕のこの眼に映る人々だけでも助けたい、とね」

「……なるほど……償い、か。私が留守にしている間に君の考えさえも変える出来事が起きていたわけか……」

「いえ、それはちょっと違いますね。僕はあの事件がなくても、今回は同じことをしたと思います」

「なに……?」

「あなたがさっき言った、金にならない事はしないってのは、僕の探偵としてのモットーです。それとは別に僕には人間としてのモットーというか信念みたいのがあるんです。それは、〝現実から目をそらす行為は愚かな行為、それは人として絶対にしてはならない〟っていうものです。

 だから、あなたのしている事にこれ以上目を瞑ることは出来ません。たとえ、ここであなたが逃げても、あなたが何をしようとしているのか、それが分かるまで僕はあなたを追い続けます。そして、それが――」

「怜奈やその周りの人間に危害が及ぶような事なら、私ですら容赦はしない、そういうことかね?」


 僕は言葉を返すことも頷くこともしない。それはもはや返答するまでもない事だ。僕にはその決意がある。


「そうか……君の決意は固いようだな……」


 そう言うと、蔡蔵さんは深い溜息を吐いた。その表情はこれまで以上に固く、険しい。


「蔡蔵さん……もう一度言います。僕はあなたから真実を聞きたい。あなたが怜奈君にしてきた事、今まで姿をくらましていた理由、そして、これから何をしようとしているのかを」

「それは――出来ない。君の決意がどんなに固かろうと、出来ない相談だ。君にも怜奈にも真実を打ち明けることは出来ない。君に譲れない信念があるように私にも譲れない物がある」

「そう……ですか……」


 その返事が返ってくることは想像できていた。僕が何を言おうとも、この人は変わらない。変わりようがない。それが一ノ宮蔡蔵という男であり、一ノ宮家当主として長年生きてきた者の在り方だと僕は知っていた。

 だからこそ、僕も強い覚悟を持ってこの場に来たのだ。


「なら――蔡蔵さん、僕はここであなたを止めます!」


 僕は懐に隠していた銃を取り出し、その銃口を蔡蔵さんに向ける。

 それを見た蔡蔵さんは目を見開いた後、鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。


「そんな物を向けて何のつもりだ? それで私を脅そうとでも言うのかね? だとしたら、君にはガッカリだ。一ノ宮の能力を継ぐ者に銃など意味をなさいと分かっているはずだが?」

「ええ、そんな事ぐらい百も承知です。風の膜が弾丸を防ぐのを何度も見てますから。けど、僕が撃った弾丸は別だ。僕の魔術――魔弾なら、風の影響を受けずにあなただけを撃ち抜ける!」


 その魔術こそ、僕が魔会で対能力者用魔術使いとして育てられた所以だ。

 僕の放つ銃弾は、狙った対象だけを追い続け、それ以外の遮蔽物は全てすり抜ける。それが僕の魔術。いくら一ノ宮の能力者でもこれだけは防ぎようがない。


「……まさか、君がそこまでの覚悟をしてくるとはな……」

「僕は僕の大切な人達を守りたいだけです。その為なら、この引き金を躊躇いなく引く。

 さあ、答えてください。あなたは何を隠しているんですか? これから何をしようとしているんですか?」

「…………」


 三度目の問い、それに彼は答えるのでなく、その場に膝を落とした。そして、額を床に擦り付ける。蔡蔵さんは、その場で土下座した。


「――――な、何のつもりですか?」


 その行動はあまりにも意外だった。彼がそんな行動をとるなど予想すらしていなかった。いや、出来るはずもなかった。


「この通りだ。お願いだ、新一君。このまま何も聞かず、ここを立ち去ってくれ」


 蔡蔵さんは土下座したまま、感情を押し殺した声で懇願してくる。


「それは出来ません。分かっているはずですよね?」


 僕がそう言うと、蔡蔵さんは顔上げる。そこには必死にすがるような目があった。


「ならば、あと少し、あと少しだけでいい、私に時間をくれないか?」

「時間……?」

「そうだ。私にはどうしてもやりきらなければならない事がある。だから、後一週間――いや、五日でいい。後五日だけ待ってくれないか?」

「五日……たった五日で何をしようと言うんですか?」

「それはまだ言えん。だが、終われば、その件も含めて全てを話す。だからこの通りだ!」


 再び蔡蔵さんは額を地面に擦り付ける。


「……それは、怜奈君や貴志君の為だと思っていいですか?」

「……」


 蔡蔵さんは土下座したまま、小さく頷く。もはや恥も外聞もなく、そこにはいつもの当主としての威厳はどこにもない。


「……一つお聞きしたい事があります」

「何だね?」

「何故、そこまで一人で全てを背負おうとするのですか? 怜奈君や僕、あなたの片腕である齋燈さんすらも遠ざけて……何故ですか?」

「それは……それは、全て私自身が〝撒いた種〟だからだ。だから、私一人で終わらせなければならない。それが私に課せられた使命だ」


 その言葉にはハッキリとして意志が籠っていた。蔡蔵さんは嘘を言っていない。これから彼が行おうとしている事が彼にとって、そして、その子供達にとって重要な事だということが分かる。

 それが理解できてしまった僕は――


「……分かりました。五日、待ちます」


 蔡蔵さんの頼みを受けいれるしかなかった。


「ありがとう、新一君」


 そう言って蔡蔵さんは顔を上げた。その顔は安心したように緩んでいた。


「但し、本当に五日だけです。五日後、僕の事務所に来てください。そうでない場合は、怜奈君と役野家の人を連れて、あなたのもとに行きます。分かっていると思いますけど、場所を変えても無駄です。次はすぐに分かりますから」

「……分かった。心しよう」


 その言葉を聞いて、僕は土下座したままの蔡蔵さんに背を向けた。


「……蔡蔵さん、出来ればあなたのそんな姿は見たくなかった。あなたは父と肩を並べた人だ。そんなあんたを僕は尊敬すらしていたから……残念です」

「……すまない」


 それは八つ当たりに等しかった。それでも彼は謝罪の言葉を口にした。それを聞いた僕はその場にいる事に居たたまれなくなり、それ以上何も言えず、その場を立ち去った。




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