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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
136/172

第3話「襲いくる者」/4



 1月5日 火曜日。午後3時50分。


 俺は皐月町にある私立大学の研究棟の中にいた。

 ここは昨日新一さんから電話で教えてもらった場所だ。時間も10分前と、十分余裕のある時間だ。

 俺は研究棟の中を歩きながら、指定された部屋を探す。


「研究室301……301、301、と。えーっと? あ、ここだここ」


 研究室のドアに付いている表札を確認しながら、俺は目的の研究室を見つけた。

 約束の時間としてはまだ早いが、これぐらいなら問題ないだろう。


 これから俺が会うのはこの研究室を根城にしている大学教授だ。

 この中にいる教授は考古学と民俗学を専攻しているという変わり種らしい。

 その変り種の教授に今日はあるお願い・・・・・をするため俺はやって来た。


 俺は意を決してドアをノックする。


「はーい! どうぞー!」


 ドア越しに部屋の中から間延びした返事が返ってくる。

 俺はゆっくりとドアを開ける。


「し、失礼します。 本日面会の約束をしている真藤です」


 努めて丁寧に、失礼のない挨拶をするように心掛けた。

 大学教授の中には、気難しい人が多いと聞く。あの役野小蔵ほどではないだろうが、機嫌を損ねて、こちらのお願いが聞き届けられない、なんて事になってしまえば、ここまで来たのが無駄骨になってしまう。お願いするにしても、まずはどんな人間なのかを見極めてからの方が良いだろう。


「やあやあ、来たね! へぇ、君があの間島君の助手なんだ? へぇ、ほー」


 部屋の中から返ってきた声は、拍子抜けするぐらい呑気なものだった。

 俺は呆気にとられながらも、その声の主を見る。

 研究室にいるのは一人だけだった。頭頂部は薄く、体型は小太り。顔には不精髭を生やし、服装もだらしない。そして、その表情は温和で、どこにでもいる気の良い中年男性に見えた。とても大学教授のようには見えない。


「えっと……山本教授、ですよね?」

「ん? あー、ごめんごめん。そうだよ、僕が山本だ」


 なんて飄々と自己紹介をしてくる山本教授。やはり想像していたのとかなり違う。


「何してるの? 早くこっちに来て座ったらどうだい?」 

「あ、は、はい……」


 椅子を用意される。俺は教授に促されるまま、その椅子に座った。


「で、真藤君、僕に何かお願いしたいことがあるそうだけど、何かな?」


 教授は俺が椅子に座ると、いきなり本題に入った。


「えっと、その前に聞きたい事があるんですけど、いいですか?」

「ん? 何だい? なんでもどうぞ」

「教授は新一さん――うちの所長と知り合いのようですけど、一体どういった関係なんですか?」


 この部屋に入った時に教授が口にした言葉が気になっていた。あれはそれなり新一さんと面識がある言い方だ。けっして今回のためだけに新一さんが、条件に合う人間・・・・・・・を見繕ったわけではない。


「あれ? 間島君から聞いてない? そっかそっか、彼、君には話さなかったんだ? ま、当然か。彼からすれば僕は単なるお客に過ぎなかったろうからね」


 などと独り納得する山本教授。その顔からは何か含みのある笑みが漏れている。


「あ、あのぉ……?」

「あー、いや、気にしないで。ただの思い出し笑いだから。

 うん、僕と彼は昔からの付き合いでね。と言っても、どちらかと言えば、彼のお父さんとの付き合いと言った方がいいかな」

「新一さんのお父さん……それって前所長ってことですか?」

「うん、そうそう。あの人には、そりゃあもう大変お世話になったもんだよ。新一君は知らないかもしれないけどね。ま、そんな昔話を君にしても仕方ないね。

 それで? 僕にお願いしたことって何かな?」


 教授は早々に新一さんとの関係についての話を切り上げ、本題について尋ねてくる。

 教授は俺のお願い事を早く聞きたがっている様子だ。どうやらあまり無駄話をしている時間もないらしい。

 俺は覚悟を決めて、本題に入ることにした。


「分かりました。実は山本教授に翻訳を頼みたい文献があるんです」

「文献? それって僕に頼むぐらいだから古い物なの?」

「え、ええ。かなり古いと思います。何が書いてあるのかさっぱりなので」

「ふぅん、それは楽しみだ。見せて見せて」


 教授はまるで子供のように目を輝かせて催促してくる。

 俺はそんな教授に戸惑いながらも、バッグから背表紙が赤い書物を取り出し、教授に手渡した。

 教授はそれを受け取るとしげしげと表紙、背表紙、裏表紙を見つめた後、やっと書物を中に目を通し始める。

 目を通すといっても、それは読んでいるわけでなく、あくまで状態を確認しているだけのようで、パラパラとページを捲るだけだ。が、それもあるページで突然停止した。


「む……これは……」


 教授は眉をひそめて呟いた。


「どうかしましたか?」


 俺は教授が開いているページを覗き込んだ。そこには異形の存在が描かれていた。


「これは……鬼、だね。それもかなり禍々しい感じだ。でも、どの文献にも載ってない姿をしているな」


 それまで飄々としていた教授が打って変わって真面目な顔つきになっている。それに口調も微妙に変わっている。


「真藤君、これどこで手に入れたの?」

「え! それは、その……実は知り合いが持っていた物なんです。その方のご先祖が遺したものだと聞いてます。ただ、その知人も何が書かれているのかも分からないらしく、私に翻訳できる人を探して欲しいと頼まれまして……」


 教授の質問に苦し紛れに答えていく。なんとも上手くない言い訳だ。

 だが、教授はそんな俺の返答などどうでもよかったらしく、


「ふぅん、そうなんだ」


 などと言って、じっと文献を見つめていた。見たところこの書物に興味津々のようだ。

 そんな教授の様子を見て、俺は少し胸が痛んだ。

 怜奈はこの書物を先祖が書き残した妄想の産物と切って捨てていた。それをまるで本物の文献のように偽って翻訳を頼むなど、ばれたら怒られるだけでは済まない気がする。

 けれど、いまの手掛かりはこれしかない。可能性は限りなくゼロに近いが、俺にとっては残された唯一の希望なのだ。


「えっと……それでどうでしょうか、教授。翻訳の方は……?」

「……うん、そうだね……これなら五日もあれば出来ると思うよ」

「……へ?」


 教授の思いもよらない返答に俺はなんとも間の抜けた声を上げてしまった。


「うん、五日……いや、四日だ。四日でやってみせるよ!」


 何故か期間が縮まってしまっている。この人、どういう訳かかなりやる気になってしまっている。


「いやいや、教授! そんなに急がなくても結構ですよ? 教授のお仕事の合間で構いませんので」

「何言ってるんだよ、君! こんな面白そうなものを仕事の合間に読むなんてできるわけないじゃないか! 仕事なんて後だよ、後!」


 うん…………それは大人してどうなんだろう? こちらとしては早い事に越したことはないが、大学教授としての責務はちゃんとこなして欲しい……。


「とりあえず、これは預からせてもらうよ? いいね?」

「あ、はい……ど、どうぞ」


 と言っても、ここでダメだと言っても返してくれなさそうだが……。


「翻訳が終わり次第連絡するよ。それでいいよね?」

「はい、お願いします。私に直接連絡ください」


 俺は教授に携帯番号入りの名刺を手渡す。


「了解だよ。四日後に連絡すると思うよ」

「よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた後、帰ろうと思い身支度していく。だが、そこで不意に全然違うことを思いつき、ダメもとで教授に訊いてみることにした。


「教授、厚かましい事と重々承知の上なんですけども、もう一つ頼みたいことがあるのですが……」

「ん? なんだい?」

「実は、理工学系の教授にもお聞きしたいことがあるんです。できれば、電気・電子工学系の教授に。もしお知り合いの方がいれば紹介していただけないでしょうか?」

「別に構わないけど……それって、もしかして今から?」

「えっと……できれば早い方が。こっちは色々と急ぎなもので……」


 俺がそう言うと、むぅっと教授は困った顔をした。さすがに無理があったか……。


「それさ、教授じゃないとだめなの?」

「え? いや、そういうわけではないです。そっち系に詳しくさえあれば、誰でも。簡単な基礎理論をお聞きしたいだけなので」

「そっかそっか。なら、適任が一人いるよ。電気電子工学科で講師やっている男でね。僕の友人なんだ。彼、頭も良いし、いまなら時間も空いているだろうか行ってみるといい」

「え! いいんですか!?」

「ああ、いいよ。彼には僕の方から連絡入れておくから。大丈夫、僕のお願いなら快く承諾してくれるよ」

「ありがとうざいます!」


 渡りに船とはこの事だ。今日だけで問題が一気に前に進みそうだ。朝のテレビは見なかったが、きっと今日の運勢は最高だったのだろう。

 俺は一頻り教授にお礼を言って、研究室を出ようとした。その去り際、教授は気になることを尋ねてきた。


「しかし、君といいあの子といい、最近は鬼なんてものががブームなのかい?」

「え……? あの子?」

「ん? ああ、年末ね、僕の教え子の教え子が尋ねてきたんだよ。鬼について教えて欲しいってね。熱心な子でね、僕の話に興味津々だったよ。でもまあ、僕としては嬉しい限りだよ。僕の専門に興味を持ってくれる子がいてくれることがさ」


 と言って、教授はハハっと嬉しそうに笑った。俺はそれに曖昧な相槌を打ち、最後にもう一度お礼を言って研究室を出た。



        ・

        ・

        ・



 午後8時。

 俺はやっと大学の門をくぐり、外に出た。


「あー、疲れた……もう頭の中パンパンだよ……」


 理工学部の講師に話を聞いてみたものも、半分以上が理解できなかった。そのせいで何度何度も聞き直して、その度に訳の分からない説明をされ、それをさらに質問する羽目になるという悪循環。それが三時間近く続いたのだ。疲れないわけがない。


「で……結局、なんだっけ……?」


 俺は教わった事をおさらいしようと、歩きながら手帳の中にビッシリと書いたメモを見た。


「えーっと……つまりは、電気機器や電子機器が発火する原因としては、内部の接続端子などに液体やほこりのような不純物の付着したことによるものが最も多い……だよな? で、付着物が燃えて発火に至るってことだよな……?

 ただ、それも通電中に限りで、通電してなければ、起こり得ない事象……か」


 それで半分当たってるかも怪しいが、かみ砕いて説明すればそういう事のはずだ。

 ただ、機器の発火はこれに限るというわけでもないらしい。


「摩耗した導線やコンデンサ? に高電圧、大電流が流れると稀にではあるが発火する。ただし、最近の機器にはそれを防止する仕組み、ストッパーのようなものがあるからほとんど起こらない……って言ってたよな……?」


 さっき聞いたばかりの事なのだが、それでも怪しい。メモがなければ、ほとんど思い出せないだろう。


「でも、結局この二つのケースはどっちも通電中にしか起きないって点では同じなんだよな。……となると、やっぱりこの一番訳の分からない、〝電磁波〟か……」


 その単語を口にするだけでゲッソリしてしまう。この単語の意味を理解するだけで二時間は要したのだから。

 この電磁波とは、空間の電場と磁場の変化によって形成される波で、現代科学において電磁波は波と粒子の性質を持つとされているらしい。波長の違いにより様々な呼称や性質を持っており、通信から医療に至るまで数多くの分野で用いられているのだそうだ。利用されている物で最も身近な物を上げると、テレビやラジオ、携帯電話などがあるのだそうだ。

 ただ、この電磁波、波長によっては物質に吸収されて化学反応や発熱などの相互作用を生じることがあるそうで、実際に強い電磁波を浴びた人が痛みを訴えたり、電磁波の影響によって変電所で火災が起きて辺り一帯が停電したなんて事例もあるらしい。

 つまりは、難しい理論は置いておいて、今回の皐月町で起きている連続火災事故はこの電磁波が絡んでいるのではないか、というのが俺の考えである。

 その根拠は、火災の前に起きた停電と、停電していたのにもかかわらずショートを起こした電化製品だ。と言っても、これはただ単に俺の想像なのだが……。


「でも、ま、俺は専門家でもなんでもないからな……あれだけ説明されても訳が分からなかったし。今回は俺の出る幕はなさそうだよな……科学的な話なら尚更」


 結局のところ、諦めにも似た結論が出てしまったので、俺はそこで考えることを放棄した。

 そうして俺は、もう時間も遅いし、さっさと帰ろうと決め込んだのだ。

 だがその時、自分の歩いている道の100メートルぐらい先がやけに暗いことに気づいた。


「なんだ……?」


 俺はふと上を見上げる。そこには街灯があり、煌々と足元を照らしていた。

 だが、前方にその明かりがない。何故――――?

 その疑問が過ぎった時、前方の暗闇から人影らしき黒いものが動いたのが見えた。


「――――」


 俺はその影を見て固まった。その影に何か言い知れない不吉なものを感じたからだ。

 影はこちらに歩いてくる。だが、その姿は近づいてきているのにもかかわらず、ハッキリと見えない。何故なら、その影を追うように、暗闇も一緒に付いて来ていたから。


「……が、街灯が、消え、てる……?」


 口の中がカラカラに渇く。それくらい、俺はありえないものを見ている気がした。

 影が歩く先で街灯が消えていく。その異様な光景は既に現実から切り離されたホラーに近い。


「……あ……」


 そんな状況になった時、俺は初めて自分がいる場所に気がついた。

 そこは皐月町の住宅街だった。しかも、昨日の火災現場からそう遠くない。


「……ま、まず、い……」


 俺は知らず知らずのうちに危険なセカイに足を踏み入れてしまっていた。おそらくは、俺がここ半年程で経験したのと同じ、反転したセカイだ。


「はは……最悪じゃないか……!」


 なんてことだろう。今日の運勢がいいなんてとんだ勘違いだ。今日の運勢は間違いなく大凶。それも特大の。

 けれど、そんな絶望感に襲われながらも、俺の足は決して竦んでなどいなかった。




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