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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
131/172

第2話「来訪する者」/7



来訪する者/



 12月28日 未明。

 地面を赤く染め上げる液体、石ころのように散らばった肉塊モノ。そして、カラスにでも食い散らかされた生ごみのような臓腑もの

 僕はそれらをただ何の感情も感傷もなく、見下ろす。


「これで四人目、か」


 一人目を始末してから既に二週間、これで四人目の駆除だ。


「ちぇ!」


 つい舌打ちをしてしまう。

 これで四人目? 違う、まだ四人目だ。

 僕にしては時間が掛かり過ぎた。だが、それも仕方のない事だ。何せ、今回は相手が誰でも良いわけじゃない。


「けど、中々上手くいかないな。今回は三日で見つかったけど、これじゃあねぇ……」


 僕は忌々しくなって、足で一番大きな塊あたまを蹴飛ばす。

 脆い上に、大した力も持ってやしない。おまけに本能のままに暴れる獣では、まるで意味がないというものだ。


「やっぱり、汚染されてない奴なんていないのかな?」


 良いアイディアだと思ったが、〝アレ〟に耐え凌げる人間がいるとも思えない。少なくともこれまでの四人はそうだった。

 ともすれば、余興は今宵限りで終わりとなる。


「……ま、たとえそうでも、やることは変わらないわけだけどさ」


 そう、変わりはしない。僕がすることは、殺戮だけだ。

 どのみち、遠からず僕の目的は果たされることになる。その為に、三度目にわざわざ姿を見せたのだから。

 この殺戮行為も彼を僕のところに導くためのもの過ぎない。それでも相手を選んでいたのは僕の暇つぶしと言うか、彼との再会をより面白いものにしたかったという、なんとも俗物的な考えに過ぎない。

 だが、それも今日までのようだ。余興にもならないのであれば、殺すのは奴らである必要はない・・・・・・・・・・


「明日からは一日一人ずつってのもいいよね」


 幸か不幸か、警察は報道規制をかけて、僕の存在を街に漏らしていない。おかげで、僕は好きな時に食事にありつけるわけだ。

 だが、一日一人ともなれば、流石の警察も黙っていることは難しくなるだろう。そうなれば、彼にもすぐに僕の存在が知れることになる。


「なんだ……簡単なことじゃないか。こんなまどろっこしい事、する必要もない」


 考え直せば、簡単なことだった。奴らの存在は確かに赦せないし、面白くもある。だから余興にもなると考えた。だが、本来の目的とは遠く外れたものだ。そんな事をしても意味などない。


「あら? もう諦めちゃうの?」


 暗い路地に突然そんな声が響き渡る。


「……誰だ?」


 僕は声が聞こえてきた方向を見据え、問いかける。路地は暗く、人の姿は見て取れない。


「私が誰かなんて、どうでもいいことでしょ殺人鬼さん?」


 声の主は女だ。

 何故、女が路地裏なんて場所にいるのかは分からない。だが、声の主は僕を殺人鬼と呼んだ。ならば、彼女はここでの僕の行為を見ていたのだろう。

 けれど、それでも疑問は残る。

 僕のことを殺人鬼と認識しておきながら、何故僕に声を掛けるなんて馬鹿な真似をする?

 それに――僕が人の気配を今に至るまで感じ取れなかったのもおかしな話だ。


「もう一度訊くよ。何者だ?」


 女は問いに答えない。その代わりに、カツンカツンと足音が近づいてくる。

 暗闇から黒いシルエットだけが浮かび上がる。


「そんなに私の事が気になる? 不思議ね。貴方なら出会った瞬間、バラバラに切り刻むはずでしょう? どうしてかしら?」

「な――に?」


 言われてみればそうだ。いつもの僕なら、何の躊躇いもなく切り殺している。何故、それを忘れてまで、この女が何者かなんてことに拘るのか。


「ふふ。その疑問、私が晴らしてあげる」


 カツン、と女は一歩前に踏み出す。

 いまだに黒いシルエットが見えるだけ。だが、そこに二つの蒼い光が燈る。


「――きさ、ま――!」


 闇に浮かぶ蒼い輝きを放つ双眸。それはじっとこちらを眺めている。

 知っている――この眼を。この瞳を。この輝きを。こいつは――


「ク――ククク――! ハハハハッ! そうか、そういうことか!」


 笑いがこみ上げてくる。感情が溢れだしてくる。こんな昂ぶり、久方ぶりだ……!


「ふふ――やっぱり、貴方は他とは別格ね。私の眼を視ただけで、私が何なのか気づけるなんて」


 女も何を思ってか笑っている。おそらくは、僕と同じなのだろう。


「フ――それで? 我に何の用だ?」

「何の用とは、とんだご挨拶ね。せっかくこの街に来れたから、わざわざ貴方に挨拶に来たっていうのに」

「挨拶、か。そんな出まかせ、我に通じると思っているのか?」

「ふふ――あはははは――!」


 女は笑う。烈しく、高らかに。その笑い声が僕には不愉快そのものだった。


「――れ」

「凄い! 凄いわ、貴方! そこまで解るのね! そこまで変われるのね!」


 その声は歓喜に満ちている。それと同時に、そこには黒い感情が窺い知れる。


「――まれ」

「流石、唯一の成功例! 流石、禁忌の存在! 流石、一ノ宮と――」

「黙れ!」


 女が口する言葉を遮り、叫ぶ。これ以上は聞くに堪えない。


「痴れ者が! それ以上くだらぬ事を口にするならば、切り刻むぞ」


 それは脅しではない。本気で僕はこの女を殺したいと思っていた。だが、女はそんな事を意に介さず、笑っている。


「――ふぅん、やっぱりそういうこと? 貴方ですら、まだ・・……なんだ?」


 女は残念そうに溜息を吐く。


「貴様……! もういい。この場で切り刻んでくれる!」


 僕は右手を振り上げ、風を纏わせる。


「わ! 待って待って! 私は貴方の手伝いがしたいだけだから。必要なんでしょう? 手駒にできる血に堕ちた獣が」


 女は慌てて取り繕うとする。だが、その言葉に僕は力を緩め、振り上げた手を下す。


「貴様……一体何が目的だ?」

「目的? 何を言っているのよ? そんなの、貴方と同じに決まってるじゃない」

「同じ、だと?」

「そう、同じ。だって、私の目的も彼だもの。彼を目覚めさせることだから」

「――ああ、なるほど。そういうこと、か」


 女の言葉に嘘はない。

 彼を目覚めさせる。女が口にするそれは間違いなく、僕の目的と同一のものだ。

 だが、女のそれと僕のそれとでは決定的に違うものがある。

 僕が果たそうとしている事と彼女が果たそうとしている事は、必ずお互いの意に反するものになる。それこそ、最後には殺し合わねばならない程に。

 だが、それだけのくだらない話だ。


「それで、どうなの? 私の協力受ける気はあるかしら?」


 その問いかけに、僕はをいつもの僕・・・・・で答える。


「……一つ聞くけど、君なら奴らを見つけて言う事を聞かせるようにできるのかい?」

「残念だけど、それはできないわ。どこかの魔術使いさんならできるでしょうけど、自我を持たない獣を従わすなんてこと、不可能よ」

「だったら、どうやって手駒にするって言うんだ?」

「簡単よ。彼らの中から、まだ自我が残ってる奴を手駒にすればいいのよ。大丈夫、貴方と違って私は奴らを見つけることができるから」

「へぇ……そりゃすごい。流石は純血種、といったところか。混血に対して鼻が利くようだね?」

「混血? 馬鹿言わないで。あんな奴ら、混血種ですらないわ。奴らは害虫よ」


 女は吐き捨てるように言い切った。

 この女の事は気に食わないが、その意見には同感だ。少なくとも、奴らはこの世で僕と同じ空気を吸って良い存在ではない。


「で? いい加減、答えを聞かせてくれない? ここは臭くて堪らないの」

「ああ、そうだね。僕もいい加減ここから離れたい」


 この女がどういう人間か、信用できる人間かなど解らない。解りたくもない。だが、目的を同じくする者だと言う事は理解できる。

 このまま余興を終えることも、この女をこの場で殺すことも簡単なことだ。だが、それでは面白くない。

 三年も待ったのだ。彼との再会はより愉しいものであらねばならない。


「――いいだろう。その申し出、不本意ながら受けてあげるよ」

「決まりね。それじゃあ、手駒を見つけるまで少し時間を頂戴。それまで貴方の好きにしてくれていいわ」

「ああ、そうさせてもらうよ。暇つぶしになりそうな奴らなら、幾らでもいそうだからね」


 その返答に女はふっと笑い、いままで輝かせていた蒼い双眸を閉じる。


「それじゃあ、準備が出来たらまた会いに来るわ。またね」


 その言葉を残し、女の気配は消えた。


「ふん、一瞬で気配を消すなんてね。まるで猫みたいだ」


 今宵は思わぬ人物に遭えた。あの女が何処の誰なのか分からない。分かる必要もなければ、知りたいとも思わない。

 だが、一つだけ確かなことがある。


「血を受け継ぎし者、か――」


 今宵の来訪者、あれは僕と同じ、血を受け継いだ者。そして、僕とは決定的に違う存在だ。


「いいさ。出し抜けるものなら、やってみろ、雑種」


 そして、僕は既に意味のなくした殺人現場にまたも〝痕跡〟を残して、その場を後にした。



/来訪する者




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