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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
見えない殺人鬼編
13/172

最終話「さようなら」・後編



 誰かの呼ぶ声が聞こえる。俺の名前を叫んでいる。何度も何度も。

 誰だろう? とても聞き覚えのある声だ。


「……!」


 うるさい。いい加減にして欲しい。凄く耳障りだ。俺はこのまま寝ていたい。永遠に。

 けれど、声の主はそれを許してくれないようだ。


「……。か……。かず……」


 なんだろう? 声の主はとても悲しそうだ。泣いている。何故? 俺が起きないから? だから、この声の主は泣いているのだろうか? だったら、早く起きてあげないといけない。この人を泣き止ませるには、それしかない。そうでもしないと、オチオチ寝てられない。


「かず……。か……き。かずき!」


 いい加減うるさい。寝ていられるのも、限界だ。よし――起きよう!


「一輝! 一輝! 一輝!」

「ぅぅ……ぅ……さ……ぃ」

「え? 一輝! 一輝!」

「……さい! うるさーい!」


 大声で叫んで、ガバッと起き上がる。


「ったく! 人がいい気分で寝てるのに大声出すのは誰だ!?」


「……か、かずき?」

「……つって……ここどこだ? あり? かおりん?」


 知らぬ間にベッドの上、おまけに傍にはかおりんがいる。どうやら、先程から俺の名前を大声で連呼していたのは、かおりんのようだ。


「よかったぁ。あんた、心配したのよ! ここは病院よ。丸一日寝てたんだから」


 かおりんは目を真っ赤にしながら、抱きついてきた。


「ちょちょ! か、かおりん? え? なに? どうなってんの?」


 何がどうなっているのか、訳が分からない。確か俺は――。


「なに言ってんのよ、あんたは……覚えてないの?」

「え? なにを?」

「はぁ……あんたねぇ。あんた、一ノ宮って女の子と一緒に傷だらけになって、公園で倒れてたのよ?」

「へ?」

「なに間の抜けた顔してるのよ。見回りしてた警官が偶々あんた達を発見したのよ。まさか、本当に何も覚えてないの?」


 かおりんの話を聞いて、思い出す。公園で起こったことを。犯人のことを。〝力〟のことを。一ノ宮のことを。そして――自分が殺されたことを。

 慌てて自分の体を手で触って確認してみる。五体満足、どこも切られていない。


「いき……てる?」

「はあ? あったりまえじゃない! なに言ってるのよ?」


 俺は殺されたはずだ。あの時、あの男にバラバラにされたと思ったのに。どうして生きている? 訳が分からない。

 そこまで考えを巡らせ、俺は一番大切なことに気づく。


「そうだ! 怜奈――一ノ宮は無事なのか!?」

「え? 一ノ宮さん? え、ええ。大丈夫よ。命に別状はないそうよ」

「……そっか……よかった……」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 良かった――怜奈が無事でいてくれて。


「それよりも、あんた! 一体何があったのよ!」


 かおりんは凄い剣幕だった。それはまさしく鬼の形相だ。


「ええっと……そ、それは……」


 どう話したものか。まさか、ありのままに話すことなんてできやしない。

 いくら親族で警察といえど、今回の事を話すのは躊躇われる。


「何よ! 早く話しなさいよ!」


 かおりんはさっきよりさらに怖い顔になっている。さっきまで泣いていたのに、えらい違いだ。

 そんなかおりんの勢いに押し潰されそうになった時、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。


「はい!」


 かおりんは少し突っぱねたような返事をする。

 ドアを開けて入ってきたのは、中年でスーツを着た男性だった。


「おはようございます」

「あらぁ、一ノ宮さん。おはようございますぅ」


 その男性が入ってきた途端、かおりんの態度が一変した。さっきまでの鬼の形相が嘘のようにニコニコと挨拶を交わしている。


「一輝。こちら、一ノ宮蔡蔵さいぞうさん。一ノ宮怜奈さんのお父様よ」

「え……えぇええ!? れい……一ノ宮の!?」


 意外な人物の突然過ぎる訪問。これに驚かない者なんていようか。

 怜奈の父親のまさかの来訪。まさか、こんな形で顔合わせになろうとは……。


「どうも。この度は娘がお世話になりました」

「え……あ……はい……その、真藤一輝といいます!」


 ドギマギしながらも、自分の名前を伝え、挨拶を行う。

 怜奈の父と名乗る男性は、物腰は低そうな感じの人だった。


「目を覚ましたと聞きましたもので、挨拶でもと、思いまして」

「あらぁ、そうでしたか。これはお気遣い頂き、ありがとうござます」


 かおりんは大げさに、そしていつもとはまるっきり違う口調で対応している。はっきり言って、そんなかおりんを見たのは初めてで、気持ちが悪かった。

 しかし、話は思いもよらぬ方向に向いて行く。


「真藤刑事。少し一輝君と二人っきりで話したいのですが、よろしいでしょうか?」

「え!? ええ!?」


 突然の申し出で、俺とかおりんは驚きたまげてしまった。


「え、ええ。私は構いませんが……」


 言いながら、かおりんは思いっきり俺を睨んでくる。どうやら同意しろということだろう。


「は、はい。僕も構いません」

「それじゃあ、私は外で待ってますので」

「はい。すぐに終わると思うので」

「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」


 かおりんはにこやかな表情のまま病室から出て行った。


「さて……」


 かおりんが出て行くと、いきなり重苦しい雰囲気に包まれる。その理由は明らかだ。

 さて、何から切り出されるのか。怜奈の父、つまり彼は一ノ宮家の現当主ということになる。となれば、あの〝力〟のことや、殺人鬼の事も当たり前のように知っているはずだ。

 蔡蔵さんの表情を窺うと、先程とは打って変わって、蔡蔵さんは厳しい顔つきになっていた。


「君はどこまで知っているのかね?」

「どこまで……と言いますと?」


 質問の意図を知りながらも聞き返す。


「知れたことを。今回の事件と〝我々〟のことだよ」

「……」


 蔡蔵さんはさっきとはまるで口調が違う。目つきも少し恐くなっていた。


「娘から……怜奈から聞いたのであろう?」

「……はい」


 この人に嘘は通じない。この人の目を見た瞬間、そう思った。

 観念して、俺は自分が知りうる事を洗いざらい話した。事件のことを、犯人のことを。そして、一ノ宮家の秘密を。


「ふむ……なるほどな。それなりに知っているようだ」

「……俺は……どうなるんですか?」


 覚悟を決めて尋ねる。秘密を知った俺がこれからどうなるのかを。


「どうなるとは……どういうことかね?」

「色々と知ってしまった俺をこのまま放っておくわけにはいかないのでしょう?」


 蔡蔵さんはそれを聞くと、キョトンとした驚いた表情を見せた後、笑い出した。


「はっはっは! 君は何か勘違いしているな」

「え……?」


 思いもよらぬ反応が返ってきて、今度はこっちが驚かされる。まさか、笑われるとは思ってなかった。


「君が知っていることなど、ほんの一部だよ。心配する必要はない。まだ君はそちら側の人間だよ」

「え? どういうことですか?」

「私たちが君をどうこうする事はないという事だよ」


 それを聞いて、内心ほっとした。

 良かった――どうやら抹殺されるなんてことはないみたいだ。


「ただしだ……」


 ほっとしたのも束の間、蔡蔵さんはそう続けてきた。


「君が見たこと、聞いたことを自分の胸だけにしまい、誰にも今回のことを話さず、もう今回の件には首を突っ込まないというのが前提条件だがね」

「え、ええ……それは分かっています」


 そんなこと、言われるまでもない。それに話したところで誰も信じやしないだろう。話したところで馬鹿にされるのがオチだ。話して得になることなんて何もない。


「……それと、だ」


 一ノ宮の親父さんは少し言い辛そうに、そう付け加えてきた。


「な、何ですか?」

「娘……怜奈の事は忘れなさい」

「な……!?」


 それを聞いた瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。


 怜奈のことを忘れろ? なんで――。


「君も知っての通り、怜奈は普通の人間ではない。だから、あの子の傍にいては君の命もまた危うくなるだろう。何故彼が君を生かして返したのかは分からないが、助かった命だ。無駄にする必要もなかろう?」

「それは……けど!」


 けれど、それでは納得いかない。第一、そんな事はもうこちらとしては覚悟の上だったりするのだ。


「け、けど……俺は犯人に命を狙われていますし、それに彼女の事だって……」


 既に受け入れている。怜奈の境遇も何もかも。だから、いまさら忘れろと言われて、はいそうですか、なんて二つ返事はできない。

 それに、そもそも俺は今回の一件の当事者でもある。


「そのことだが……この条件を呑むのであれば、命が狙われているという件については、しばらく君に護衛をつけよう。もし彼が君の前に現れるようならば、我々が処理する。だが、彼は君を殺せたのに殺さなかった。おそらくは、もう一度君の前に現れる可能性は低いと思うがね。念には念だ」


 もう現れることはない? アイツが? そんな馬鹿な。俺を必ず殺すと断言していた奴が諦めたとでも言うのか。

 だが、蔡蔵さんが言う事も一理ある。現に俺は生きている。殺せたはずなのに、殺さなかった。なら、奴はもう俺を殺す気がないのかもしれない。


「ああ、それと。条件とは言ってみたものの、これは父親としてのお願いだ。怜奈の事は忘れて欲しい」

「え……」

「父親として、怜奈にこれ以上苦しんで欲しくないのだよ。君はまだ我々のことをちゃんと分かっていない。我々がどんな人間か知れば、君はきっと怜奈にも幻滅するだろう。そうなってはあの子が可哀想だ」

「そ、そんなこと……俺は幻滅なんてしたりしません!」


 そうだ。するわけがない。だって、怜奈は俺を助けてくれた。俺の事を好きだと言ってくれた。そんな相手に幻滅などあろうはずがない。


「そうか……では、正直に言おう。君の存在は迷惑なのだ」

「え……」


 それはあまりにも父親として重い言葉だった。


「あの子は今後も同じように能力者を狩ることになる。だというのに、君のようなひ弱な唯の人間が傍にいると、それだけで命取りになりかねない。だから、迷惑なのだ!」


 ハッキリと告げられる宣告。それはもうどうにもならないと理解するには十分だった。


 俺は、あまりにもひ弱だった。彼女の側にいるには、あまりにも力がなさ過ぎた。

 俺に選ぶ権利など初めからない。彼女の事を想うならば、選ぶのではなく、決意することが必要なのだ。

 俺の答えは出ていた。たとえ、それが悲しい決意でも、そうするしかなかった。


「わかり……ました」


        ・

        ・

        ・


 三ヶ月後。

 俺は平穏な日々を送っていた。そう――あの事件が始まる前となんら変わらない日々を。ただ違っていることは、そこにはもう、一ノ宮怜奈という人物がいないことだ。

 あれから事が進むのは早かった。俺が退院してみると、一ノ宮怜奈は学校を転校していた。もちろん、俺が怜奈に会うことは認められていない。だから、彼女の家に行くこともできなかった。俺は「さよなら」の一言も伝えられなかった。

 その後、街にも俺の前にも、あの殺人鬼が現れることはなかった。あの連続通り魔殺人は迷宮入りし、警察も捜査を打ち切った。

 街に恐怖を残し、どこかに去っていった殺人鬼。一ノ宮家はあの男を探し続けるのだろう。そして、真相は誰にも知られることなく、闇に葬られる。



 学校が終わり、俺は家に帰るため、下駄箱で靴を履き替えようとしていた。その時、下駄箱の中に紙が入っていることに気がついた。


「なんだこれ……?」


 その紙を手に取る。それは封筒だった。


「え!?」


 一ノ宮怜奈。封筒の裏面にはそう書かれていた。

 俺はその封筒を急いで開けた。そこには、一枚の便箋が入っていた。


「……手紙?」


 そこに書かれていたのは、たった一言だけだった。


『さようなら』




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