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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
129/172

第2話「来訪する者」/5



 時刻は、午後8時を回った頃、俺は一ノ宮邸を目の前に、その玄関に取り付けられている呼び鈴を鳴らす。

 暫く待っていると、その扉が開く。屋敷から出てきたのは、思ってもいない人物だった。


「一輝……!」


 その人物は、ドアを開けた瞬間、俺の名を叫び、俺のもとへと駆け寄ってくる。


「げ……れ、怜奈……!?」

「げ、って何よ、この馬鹿! こんな時間までどこ行ってたのよ! 電話しても繋がらないから心配したじゃない!」

「あ……」


 忘れてた。役野の二人を送り届ける時はともかく、探偵事務所内ではスマホの電源を切っていた。


「ご、ごめん……電源入れ忘れてた」

「ごめん、じゃないわよ! 皐月町の方で大きな事故があったって聞いたから、もしかしてって思ったじゃない!!」


 怜奈の眼にはうっすらと涙が溜まっている。本気で心配していたんだ。


「わ、悪かったよ、怜奈。次からはこんなことないようするから」

「本当? ちゃんと約束してくれる?」

「あ、ああ、もちろんだよ」


 その言葉で彼女は落ち着きを取り戻し、いつもの彼女に戻った。


「へー、この人が一ノ宮怜奈なのね。思ってた感じと違うわね?」

「あ……」


 突然の後ろからの声に俺は我に返り、彼女の――役野真希の存在を思い出した。

 真希はマジマジと怜奈の顔を見つめていた。怜奈はそんな彼女の存在に気づき、訝しげな目を彼女に向けている。


「一輝……この人、誰?」


 そう尋ねてくる怜奈の眼が何故かちょっと怖い。あと声も。


「え、えっと……この人は、だな……」


 さて、どう説明したらいいものか。本当の事を単刀直入に言ってしまうと、何かと大変なことになりそうだ。

 そう悩んでいると、真希はいままで見たことない作り笑顔で、俺の返答を待たずに怜奈の質問に答えた。


「え? 私? 私は一輝君の恋人よ」

「「――――」」


 その瞬間、場が凍りついたことは言うまでもない。

 俺は彼女の発言に呆気に取られ、怜奈は絶句していた。


「初めまして。いつも私の一輝君・・・・・がお世話になってるわね、一ノ宮怜奈さん。私は役野真希って言うの。よろしくね?」


 なんて、またも馴れ馴れしい言葉でとんでもない事を言っている真希に、俺の頭の中は大混乱だ。


「……え? や、ちょ……何で?」


 もう何がなんだか……訳が分からない!


「か、一輝……」


 怜奈が俺を呼ぶ。その声が先程よりも凄みのある声で、酷く怖い。


「これは一体……どういうことかしら?」


 怜奈は体をプルプルと震わせている。おまけにこちらに注がれている視線が痛い程突き刺さる。これは――殺気か?


「ま、待て、待つんだ、怜奈。これは何かの間違いで……そう、誤解なんだ!」

「そんな誤解だなんて……酷いよ、一輝君! 私達、将来を誓い合った仲じゃない! あれを嘘だって言うの?」

「は――い?」


 何を仰っているんでしょう、この人は?

 役野真希の言葉には本当なものは何もない。だというのに、彼女はいまにも泣きそうで、まるでそれが真実であるかのようだ。

 これではまるで――俺が怜奈と真希に二股をかけているみたいじゃないか――!


「……一輝……どういうこと? 将来を誓い合ったって、なに?」

「へ――ひっ!」


 俺は恐怖の荒波にのまれていた。ありえない事だが、俺には怜奈の周りに禍々しい黒いオーラが見えていた。もちろん、俺の主観による幻覚だ。

 ああ――終わった。俺の人生、ここで終るんだ。などと本気で思ってしまったわけで。


「ぷ――アハハハハハハ! おっかしぃー!」

「「え――?」」


 突然笑い出した真希に俺と怜奈はまたも言葉を失った。


「ま、まさか、本気にするなんて……! ほ、ホント、思ってたより可愛い子なのね!」


 なんて訳分からないことを言いながら、真希は腹を抱えて笑っている。

 この状況、何がそんなに可笑しいのか、俺にはさっぱり分からない。それは、怜奈も同じことだったのだろう。彼女の事を思いっ切り睨んでいる。


「あ、あなた……! 一体何が可笑しいのよ!」

「ご、ごめんなさい。まさか、本気にするとは思わなかったから。安心して。全部嘘だから」


 そう告白した真希はそれでもクスクスと笑い続けている。

 それとは対照的に怜奈の方と言えば、先程の禍々しいオーラなど何処ぞに消えてしまい、ポカンとした顔をしていた。無理もない。俺だって訳が分からず、唖然としているしかないのだから。


「え――う、そ――?」

「そ、嘘よ。本当にごめんなさいね? 出てくるなり、いきなり二人してラブロマンス始めちゃうものだから、ちょっと悪戯したくなっちゃって」


 なっちゃってって……それ、どういう理屈だよ……。


「そ、それじゃあ……?」

「そ、私は彼の恋人なんかじゃないわ。ビジネス上の付き合いしかない、ただの依頼人よ」

「依頼人? それじゃあ、あなたが今回の――ううん、そんな事より、その依頼人が何で私の家に一輝と一緒に来てるわけ?」


 怜奈は複雑な表情をしてはいるが、なんとか落ち着きを取り戻し、真希に尋ねた。

 それは怜奈としてはもっともな疑問だろう。新一さんが一般に受けている依頼は本来一ノ宮家に関係のないものなのだから。


「怜奈、その事なんだけど――」

「ああ、それね。実はあなたのお父さんのおかげで、私しばらくこの街に滞在することになったの。だから、今日はここらを管理してる一ノ宮家にご挨拶に来ただけよ。彼はそのための案内人」


 俺が一から説明しようとした時、真希はそれを遮るように、そんな簡単な上にまたも誤解を招きそうな言葉を口にしてしまった。


「お父様おかげ、ですって!? 一体どういうこと!?」


 落ち着きを取り戻したはずの怜奈だったが、父親のことが真希の口から漏れた途端、再びその眼には殺気が帯びる。

 おそらくは、父親の事を持ち出されて、あの方面(・・・・)の人間と勘違いしてしまったのだろう。


「待った。落ち着くんだ、怜奈! それは君の早とちりだ。とにかく、いまは落ち着いてくれ」

「か、一輝……」


 俺の制止に怜奈から殺気が消える。どうやら思い止まってくれたようだ。あとは――。


「それに真希さんも。それじゃあ、説明になってない。さっきといい、一体どういうつもりですか?」

「どうもこうも、他意はないわ。ま、説明が足らなかったことは認めるけど。私ってどうも説明ベタなのよね。だから、例の件については後で貴方から説明してくれない?」

「あ、後でって……」

「もう遅いし、今日のところはこの辺で失礼するわ。目的も果たしたしね。それに次期ご当主様のご機嫌も悪いようだし」


 機嫌が悪いって……それは完璧にあなたのせいだろうに。


「それじゃあ、怜奈さん、一輝君。お二人にはこれから色々・・とご迷惑をおかけすると思うけど、よろしくね?」


 そう言って、微笑む真希。だが、怜奈はそんな彼女をキッと睨んで――


「それはご丁寧にどうも。でも、迷惑事だけは御免被ります。出来る事なら、いますぐにでも、この街から……いいえ、私の目の届かない場所へ行ってもらうことを願います」


 などと、決定的な言葉を口にした。

 それを聞いた真希はふっと笑みを零す。


「随分嫌われちゃったみたいね。でも、悪いけれど、それはできない相談よ。私にはこの街ここに留まる理由があるからね」


 真希はそう返すと、彼女も怜奈を睨み返す。

 睨み合う二人。そして、その脇で縮こまる犬一匹おれ。何が原因でこんなことになったのか――。


 睨み合いの状態から先に口を開いたのは怜奈の方だった。


「いま、ハッキリ分かったわ。貴女とはさっき知り合ったばかりだけど、断言できる」

「あら? それは奇遇ね。私もそうよ」


 そう返し、またもふっと笑う真希。

 そして、二人はその言葉を同時に口にした。


「「――私、貴女が嫌い」」


 それは二人の仲が犬猿の仲だということを決定づけるものだった。


「ふふ、ま、いいわ。それじゃあね」


 真希は何故か余裕の笑みを残し、こちらに背を向け歩き出す。だが、途中で何か思い出したように、こちらに振り向いた。


「あ、そうそう。でも私、一輝君のことは好きかも。貴方さえ良ければ、恋人になってもいいかな」

「「な……!?」」


 またもの爆弾発言に俺と怜奈は唖然とした。それを見て、楽しげに笑う真希は「考えといてねー」などと軽口を叩いて、走って行ってしまった。



 真希の姿が見えなくなると、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 が、何故か俺の横には俺をジロっと睨む怜奈がいる。


「えっと……怜奈……?」


 俺が話しかけると、怜奈は何事もなかったようにニコリと微笑む。無論、目は笑っていない。


「なぁに? 真藤君」


 うん、確実に怒っている。何に怒っているか、まあ、深くは詮索しない方が良いような気がするけど、怒ってるから訊くしかない。


「えっと……もしかして、怒ってらっしゃいます?」

「いいえ、怒ってなんかないわ。ただ――あなたの口からしっかりとした説明が聞きたいだけよ。私が塵一つの疑問も持たないぐらい、ちゃんとした説明をね!」

「う……」


 それは何というか、怒ってくれた方がずっとましなような気がする。きっと、これは真希の去り際の台詞のためだろう。

 これは何としても誤解を解かなくては……!


「えっとだな……誤解してるようだけど、俺と真希さんとは本当になんでも――」

「そっちじゃないわよ、馬鹿! いえ、そっちもちゃんと聞きたいところだけど、そっちよりも、あの子が間島に依頼したって件よ! 一体どういうこと? お父様が関係しているの?」

「あ、ああ……そっちか。じ、実はだね――」


 俺は怜奈に事のあらましを説明した。元々、彼女に黙っているつもりはなかったし、それを話すためにここに来たのだから。


「そ、そんな……お父様が……!?」

「……うん」

「でも、どうして間島がそれを受けるのよ!」

「そ、それは……」

「――いえ、あなたに訊くことじゃなかったわね。ごめんなさい。悪いけど、屋敷の中で待っててくれる?」


 そう言って、怜奈はそのまま外へと出て行こうとする。


「ちょっと待てよ! こんな時間に一体どこに行く気だよ?」

「間島の所に決まってるでしょ! アイツに直接抗議にしてくるわ。こんな大事なこと、私に相談もなしに決めるなんてどういうつもりかってね!」


 それはごもっともなご意見だが、そんないきり立った状態では、新一さんと真面な話し合いにはなりそうにない。

 だが、こうなってしまっては、俺では彼女を止められない。俺は彼女を黙って見送るしかなかった。


「ああ、それと、私が帰ってくるまで、じっとしてなさいよ。あなたにも、ちゃんと聞きたい事と、言い聞かせたい事があるから!」


 なんて不吉な事を言い残して、怜奈は新一さんの事務所に行ってしまった。


        ・

        ・

        ・


 俺は怜奈の言いつけ通り、一ノ宮邸の中で怜奈の帰りを待っていた。

 待つこと二時間程、怜奈は帰ってきた。


「おかえり、怜奈」

「え……? ああ……ただいま。まだ……いたのね?」

「いたのねって……怜奈が待ってろって言ったんだろ?」

「……え? そうだったかしら……?」


 はて、と首を捻る怜奈。

 帰ってきた怜奈はどこかおかしい。疲れた様子で、眼も虚ろだった。出て行った時と戻ってきた時で様子が違いすぎる。


「怜奈? どうかしたのか?」

「え……ええ、何でもないわ。ちょっと……そうね、疲れただけよ」

「だ、大丈夫か!?」

「ええ、心配しないで。しっかりと睡眠を取れば、問題ないわ」


 そうは言うが、とてもそれだけで大丈夫とは思えない。

 だが、いまの一ノ宮は本当に疲労しきっているように見えて、何があったのか問い詰めるのも気が引けた。


「悪いけど、先に休むわ。続きは明日にしましょう。あなたも今日は泊まっていきなさい。今日は色々あって疲れてるでしょ? 部屋は用意させるから」

「あ、ああ……分かった。ありがとう」


 怜奈は俺の返事を聞くと、そのまま自室に戻っていった。

 俺は怜奈の様子が気になりながらも、その日は一ノ宮邸で休むことにした。




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