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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
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第2話「来訪する者」/3



 車を走らせ続けて二時間、俺達はやっと皐月町までやってきていた。探偵事務所がある如月町まで、あとちょっとだ。


「へぇ、ここが皐月町。案外と都会なのね?」

「ええ。ここ数年で随分と都市開発が進みましたから」


 役野真希は羨望の眼差しで、外の街並みを見ている。なんでも彼女が住んでいる処は、低層のビルですら珍しい程の片田舎らしい。


「ふん。低俗な街じゃな。このような場所、長居したくないわい」


 役野小蔵は不満を漏らしていた。どうやら、ご老人には不評のようだ。その様子に役野真希はクスクスと笑いながら、小声で話しかけてきた。


「ごめんなさいね。悪気はないのよ。おじいちゃん、あんまり地元から出たことないから戸惑ってるの。無理して虚勢を張ってるのよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、結構あれでも繊細なの」


 ああ――なるほど。言われてみれば、先程よりも声に力がない。およそ彼女の言っていることも間違っていないのだろう。それでもふてぶてしい態度に変わりはないのだが……。


「これ! さっきから真希と何コソコソと話しておるか!」

「い、いえ! 別に何も……」


 役野小蔵には聞こえないように小声で話していたのだが、それが良くなかった。彼は威勢を取り戻し、怒鳴ってくる。


「貴様、やはりうちの真希にちょっかいをだそうとしてるんじゃなかろうな!」

「と、とんでもない! 誤解ですよ!」


 声上げて否定をするものも、バックミラー越しに見えるは、後方を走る大型トラックと怒りに満ち満ちた役野小蔵の顔だった。

 何かとんでもない勘違いをされてしまっている……。


 そして、悪い事に前方には交差点があり、信号は黄色になっていた。俺は車の速度を落としていく。

 これは信号待ちの間、また一悶着ありそうだ。


「そんな言葉、信用できるわけが――」


 さらなる猛追が来るかと思われた時、役野小蔵はその言葉を途中で切った。その表情は、険しい顔つきのまま固まっていた。


「えっと……どうかしましたか?」

「小僧、止まるな! そのまま交差点を走り抜けろ!」


 役野小蔵は焦った様子で、そんなとんでもない事を言い出した。


「な、何言っているんですか! もう信号は赤で……」

「ええい! 真希!!」

「はい、おじいちゃん!!」


 祖父に呼ばれた役野真希は、突然俺のいる運転席の方へ体を乗り出してくる。


「ちょ、ちょっと! 一体何する気だ!? ま、前が……」


 俺は慌ててブレーキを踏もうとしたが、その感触は既になかった。足元を見ると、彼女の足が既に割って入っており、俺の足は座席側に押し込められていた。


「あんたら一体何を!?」

「黙ってて! 舌、噛むわよ!」


 彼女は言うやいなや、思いっきりアクセルを踏む。車は急発進して、激しく揺れた。

 なんとか体を反らして、前を確認すると、思いっ切り交差点に突っ込んでいる。左右から車が接近しているが、そんな事もお構いなしだ。

 既に交差点に進入してきた車をスレスレのところで躱しながら、車は交差点を走り抜けた。その直後、けたたましいクラッシュ音が後方から聞こえてくる。

 俺は慌てて、役野真希を撥ね退け、ブレーキを踏んだ。その反動で、彼女はダッシュボードに体を打ち付けた。


「いったーい! 何すんのよ!」

「それはこっちの台詞だ! 一体、何考えてんだ!!」


 俺は彼女に吐き捨てるように言ってから、後ろを振り返った。その先には、交差点の悲惨な光景があった。

 大型トラックと乗用車の衝突、後続の車はそれに多くが追突し、玉突き事故になっている。さらには、それに巻き込まれまいとしたのか、横転している車まで続出している。


「なんて――なんて事をしてくれたんだ!」

「たわけが! よく見てみい。あの事故を起こしたのは、あのトラックじゃ!」

「え……?」


 役野小蔵の言葉にもう一度事故現場を見る。良く見てみれば、事故に中心にいるのは、俺達の後方に付いていた大型トラックだった。


「え……なんで、なんであのトラックが事故に!?」


 当然の疑問だった。赤信号だったのだから、俺達の後方にいたトラックが交差点内に侵入するはずがない。俺達が止まらなかったから一緒になって侵入した、なんてわけでもないだろう。


「ふん! 大方、居眠りでもしておったんじゃろう」

「い、居眠り?」


 なんでそんな事が分かるんだと思いもしたが、そんな事はどうでもよかった。

 この大事故は、間違いなくあのトラックが原因で起きたものだ。


「わしらに感謝するんじゃな。あのまま止まっておったら、追突されたあげく、あの事故に巻き込まれて、お前さんは死んでおったぞ?」


 死んでいた――役野小蔵の言う事は正しい。あのまま止まっていれば、暴走するトラックに追突されたあげく、左右から来る車と後方のトラックによって押し潰されていただろう。どんなに運が良くても命は助からない。それは明確な事実だ。

 だが――だとしても、俺には役野達の取った行動に納得がいかなかった。


「だからってこんなこと……それに事故が起きると分かっていたなら、もっと他にあったはずだ。こんな事故を起こさない方法が!」

「たわけが! あの一瞬でそんなことできるわけがなかろうが!」

「ぐ……!」


 役野小蔵の言う事は正しい。あの一瞬では事故を未然に防ぐ方法などありはしない。

 だが、それを理解していても、俺には我慢できなかった。他者を見捨て、自分達だけが助かろうとするその手段が。

 そんな俺の考えを否定するように、役野小蔵は左右に頭を振り、冷徹な目を俺に向けてきた。


「小僧……何か勘違いしておらんか?」

「え……勘違い、だって?」

「そうじゃ。わしらにあの事故に遭った者達を救う理由などありはしない。ましてや、目に留まる者全てを助けようとするなど馬鹿げておる」

「ば、馬鹿げてる……だって!? よくも……よくもそんなことを……!」


 役野小蔵の言葉に、俺の中で何かが切れた。もはや、依頼人への態度としては不適切だと自分でも分かっている。それでも、彼への怒りは抑えようがなかった。

 だが、彼はその俺の怒り以上に激怒した。


「まだ分からぬか、うつけ者がぁ!」

「な……」


 それは俺の怒りなど一瞬にして吹き飛ばす罵声だった。それ程、彼は激昂していた。


「わしと真希の二人だけなら車から飛び降りれば済むだけの話じゃった。だが、貴様はそうはいかん。そんな芸当、その体ではできはせぬじゃろうが!」

「な、に……を?」


 この老人は、一体何を言っている?

 二人だけなら飛び降りれば済む?

 俺の体では出来なかった?

 それはつまり――、この老人は俺の身体の状態を分かっている、とでも言うのか。

 そんなことはあり得ない。俺は彼に自身の体のことなど話してはいない。俺は普通に振る舞っていた。第一、身体は普通に動かせる。ただ、激しい運動や無理をしてはならないだけだ。それ以外は、何の支障もない。だと言うのに、彼は分かったと言うのか。

 そんな馬鹿ことあり得ない。


「ふん――わしが気づいておらぬとでも思ったか? 最初に見た時から分かっておったわ。微かではあるが、筋肉の動かし方に不自然なところがあったからな。おそらくは、自分ですらも自覚しておらぬのじゃろうが、それが故障した身体を庇っている証拠よ」


 たったそれだけで?

 見ただけでこの老人は俺の身体の事が分かったと言うのか。

 そんなの信じられない。

 だが、事実、彼は知っていた。知った上で、あの状況から脱する手段を考え、即座に実行に移したのだ。ただ一つの命を――俺を助けるためだけに。


「理解できたか? 何かを選び取るということは、別の何かを切り捨てるということじゃ。人生とは取捨選択そのもの。それを全て掬い取るなど土台無理な話じゃ。ましてや自身の命すらも守れぬような小僧が、目に留まる全てを救うなど二度と口にするでないわ!」

「ぐっ……! だけど、だけど……!」

「まだ言うか! これ以上何を言おうとも意味のないことと理解せい。そもそも貴様はトラックの存在に気づいておりながら、事故を予測すらできなんだ。そんな貴様が何を言おうとも負け犬の遠吠えよ!」

「く、そ……」


 悔しいが彼の言う通りだ。俺には何も出来なかった。事故を予測することも、彼の意図を読み取ることもできなかった。そんな俺が彼を批判する資格などない。


「おじいちゃん、もうそこまでにしてあげたら? そこまで言っては彼が可哀想よ。事故を予測できなかったのは仕方のない・・・・・ことなんだから」

「え……?」


 仕方のない、こと……?


 俺は役野真希の言葉に微かな違和感を覚えた。

 彼女は俺が事故を予測できなかったことを仕方のないことと切り捨てた。まるで俺が予測できなかったことが当然のような言い方だ。

 だが――違う。そもそも前提が間違っている。あの状況では気づけなくて当たり前なのだ。バックミラー越しにトラックを見ていた俺ですらその兆候を見て取ることはできなかったのだから。

 だと言うのに、役野小蔵は何故事故が起こる事が分かった?

 あの状況、彼は一度も車内で後ろを見なかった。トラックすらも見えてなかったはずだ。にもかかわらず、事故が起きることを予期した。予期できるはずもないものを予期したのだ。

 そしてあり得ない事と言えば、もう一つ。

 あの時、役野真希は何も聞かず、祖父の声掛けだけで全てを悟って行動を起こした。それすらも不思議なことだ。

 この二人は一体――?


「ふん! 何か聞きたそうな顔じゃが、貴様の疑問に答えてやるほど暇ではないわ」

「――っ!」


 何を尋ねようと答える気はないということか。


「もはや問答無用! さっきから何じゃ、その態度は? 忘れておるようじゃが、わしらは客じゃぞ?」

「う……」


 そうだった。彼らは新一さんの依頼人だ。事故の事ですっかりと忘れていた。

 これまでの事を思い返す。依頼人に対してかなりの暴言を吐いてしまったあげく、依頼人を怒らせてしまった。

 俺は自分の仕出かした事に焦っていた。きっと顔も青ざめてしまっていることだろう。


「おじいちゃん……あんまり責めたら可哀想よ。彼だって悪気があったわけじゃないんだから」


 役野真希は少し呆れた表情で、祖父に進言した。それは俺にとって助け船だ。


「ふん……まぁよい。今回は真希に免じて許してやるわい」

「もう……またそんな言い方して……。ごめんね。おじいちゃん、口が悪くて。悪気はないのよ」

「い、いえ。こちらこそ、すみません……でした。失礼なことばかり……」

「いいのよ。気にしないで」


 俺は内心ではほっとしていた。とりあえずこの場が収めてくれた彼女に感謝していた。

 この老人、どうやら孫の真希にだけには弱いらしい。


「ふん……このような男が現身うつしみとはな……理解できんわい」

「え……うつしみ?」


 俺は理解できない言葉に聞き返す。だが、役野小蔵は非難の目を向けてきた。


「何でもないわい! さっさと貴様の雇い主の所に連れていけ!」

「……わかりました」


 言い返そうとも思ったが、それが意味のないことと悟り、俺は大人しく従うことにした。


 俺は車のエンジンに再び火をつける。

 バックミラー越しに事故現場を見る。既に警察車両やら救急車、果ては消防車まで来ていた。

 どの程度の怪我人が出たかは、ここからでは分からない。もしかしたら、死人も出たかもしれない。

 そんな不安を抱きつつ、俺は車を発進させた。




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