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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
125/172

第2話「来訪する者」/1



 12月26日 土曜日。

 俺が退院してから、二週間が経った。


 この二週間、俺は一ノ宮家の入り浸り、例の書斎で、書物を読み漁ってきた。そして、今日も例外なく怜奈のいる書斎に朝からやってきていた。


「やあ、おはよう、怜奈」


 書斎に入ると、机の上の書類を片づけている怜奈にこの二週間繰り返してきた気軽な挨拶をする。


「ええ。おはよう、一輝!」


 怜奈もいつも通り机から顔を上げ、笑顔で挨拶を返してくる。

 ここのところの怜奈は機嫌がいい。特にこの数日はそれに拍車をかけている。たぶん、初めて二人で過ごしたクリスマスのおかげというのもあると思う。けれど、それだけではないのだろうと俺は思う。

 退院して、怜奈と過ごす時間が増えたことで気づいたのだが、例の事件の前と後では、明らかに彼女の様子が変わっている。以前の彼女はどこか影があり、生きることに余裕というもの感じられず、近寄り難い雰囲気があった。だが、いまの彼女は憑き物が落ちたように、穏やかで物腰を柔らかくなった。簡単に言えば、人生を楽しんでいるように見える。それに、いままでは見せなかった女の子らしい可愛い一面も見せるようになっていた。

 怜奈がそこまで変わったのは、あの事件が起因するのだろうと予想はできる。あの事件は、彼女にとってパーソナリティそのものを揺るがした。それを乗り越えたことで色々と思うところがあったのだろう。

 けれど、だからこそ俺はそんな彼女が心配でもあった。あれだけの事があり、彼女にとってはつらい真実を知ることにもなった。にもかかわらず、彼女はいままで以上に明るく振る舞っている。それが、無理をしているように俺には思えたのだ。


「どうしたの、一輝? ぼーっと突っ立ったままで……」

「え? あ、いや、何でもないよ!」

「本当に? どこか体調が悪いとかじゃない?」


 怜奈は立ち上がって俺の傍まで寄って、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる。顔がやたら近い。


「ほ、本当だよ! なんでもないから!」

「そう? なら、いいのだけど……。あまり無理しないでね? あなたはまだ……」

「分かっているよ、怜奈。心配に及ばないから」

「そ、そう……」


 怜奈は心配げな表情のままだが、納得いったのか机に戻り、椅子に座った。

 俺が退院してから、どうも怜奈は心配性になったように思える。確かに俺の体はまだ無理はできない状態だが、普通に生活を送る分に支障はない。だというのに、あの心配げな表情は、やはりあの時の事が尾を引いているせいか……? いや、そう決めつけるのは早い。俺の気のせいかもしれない。


 怜奈は一度机の上の書類に目を落としたが、すぐに顔を上げ、立ち並ぶ書架の方に視線を移した。


「ところで一輝。今日も一日中あれを読むつもり?」

「え? あ、ああ……うん、そのつもりだけど?」

「ふぅん……。もう、大半は読んじゃったじゃない?」

「ああ。けど……」


 けれど、まだ俺が目的にしている書物には出会えていない。


「……けど? なに?」

「え? あ、いや、特に何もやることないからさ。どうせなら、全部読んじゃおうかなーって……」

「奇特ねぇ……私なんて、それを読み続けていられるもの一日が限界よ。前に調べたいことがあって、徹夜して読み耽ってたけど、それ以降は読もうなんて気さえ起きないもの。正直、あなたに感服するわ」

「はははは……」


 怜奈は呆れた表情で溜息をついている。どうやら読書は苦手ではないようだが、得意というわけでもないらしい。

 だが、確かにいい加減読んでばかりで疲れてはきている。何より、これ以上読み進めて行ったとしても、俺が欲している内容が載っている書物が見つかるとも限らない。そういった点で言えば、俺も心が折れそうになっていた。

 そろそろ何か別の手立てを考えた方が良いかもしれない。それほど悠長にはしていられないし、まだ怜奈の母親の事もある。


 怜奈の母親、一ノ宮怜子についてはまだ謎な部分が多い。怜奈に直接聞くわけにもいかなかったので、俺は数日前に執事の齋燈さんにそれとなく聞いてみた。

 齊燈さんの話によると、一ノ宮怜子は、元々は一ノ宮家現当主である蔡蔵さんがこの家に招き入れた使用人だったらしい。どういう経緯で彼女がこの家に入ってきたか、蔡蔵さんとどこで知り合ったのか、齋燈さんでさえ詳しく知らなかった。ただ、彼女はこの家に来た頃から蔡蔵さんの寵愛を受けていたようだ。

 だが、当たり前の事だが、当初は蔡蔵さん以外の一ノ宮家の人間はそんな彼女を良く思っていなかった。彼女が素性も分からない女性だったがためだ。それでも蔡蔵さんは周りに反対を押し切り、彼女と――旧姓、遠野怜子と結婚した。それが、彼女が一ノ宮家にやってきて一年後のことであり、双子を身籠った時でもあった。

 これが、いま俺の知っている一ノ宮怜子の全容だ。結局、俺は彼女について何もまだ分かっていない。


 後どれ程の猶予があるのか分からない。けれど、このまま――何も分からないままその時・・・を迎えるわけにはいかない。少なくとも俺自身のことだけでも理解しておかなければ――。

 俺は焦る気持ちを抑えつつ、書架の書物に手をかけた。すると、手に取った書物がこれまでのものと異なっていることに気づいた。


「なあ、怜奈?」

「ん? どうしたの?」


 怜奈は俺に呼びかけられ、机から顔を上げる。


「この本だけど……他と何か違うのか? 背表紙は赤く塗られてるし、他と違ってやけに古ぼけているけど……」

「あ、ああ、それね……」


 怜奈は俺が手に取った書物を見るなり、少し困惑した表情を浮かべた。


「何だ? もしかして触っちゃまずかったか?」

「いいえ、そういうものじゃないけど……」

「……けど?」

「なんて説明したらいいのかしらね……それは読んでも役に立たないものよ」


 役に立たない? それは一体どういう意味だ?

 この書斎にある書物は一ノ宮家にとっては歴史であり、知識の蔵であり、秘密が形を成したものだ。それが役に立たないなどあってはならない……と思う。それに、怜奈のこの歯切れの悪さも気になる。

 俺は書物の中身が気になり、表紙を捲り、一ページ目に目を落とした……のだが、そこで怜奈の言っている意味が理解できてしまった。


「……なるほど、ね」

「ね? 言ったとおりでしょ? そんな昔の文字で書かれた文章、読めるわけないもの」


 怜奈の言う通りだ。書物に書かれていたのは、見覚えのない文字ばかりだった。現代で言うところの漢語……なのかもしれないが、字体は至る所が崩れているし、文字自体も擦れて消えてしまっているところがある。これでは素人には判読不可能だ。


「でも、何が書かれているのか調べたりはしたんだろ?」

「ええ。考古学者とかに見せて、翻訳してもらったことはあるらしいわ」

「なんだ……それだったら問題ないじゃないか?」

「……そう……なんだけど、ね」


 まただ。また怜奈の歯切れが悪くなった。そんなに言い辛い内容なのだろうか?

 俺は何が問題なのか良く分からないまま、本のページをパラパラと捲っていく。だが、その途中で俺は異様なものを見てしまった。それに俺は思わず息を飲んだ。


「なんだ……これ……?」


 そこに書かれていたのは文字ではなかった。それは、イラストのようなものだった。但し、形容し難い程のおぞましいイラストだ。

 それは人間をモチーフにした絵だった。但し、人間のそれと思えるのは胴体のだけで、頭部は違う。口が異様に大きく、歯が牙のように飛び出ている。目は目玉が飛び出ていて、所謂ギョロ目。耳は尖っている上、頭部との比率から考えれば異様に大きい。そして、何よりも人とは違う部分がある。それは頭部に二本の尖った角が生えていることだ。

 これは間違いなく、人間ではない別の生き物のイラストだ。そして、この容姿に該当する生き物は、一種類しかいない。


「これって……鬼……か?」

「ええ、その通りよ」


 俺の何気ない疑問に怜奈は肯定の言葉を被せてきた。続いて、この鬼の絵についてと、この書物が役に立たないと言った理由を彼女は解説してくれた。


「それはね、一輝が言ったように私達人間が鬼と表記している種よ。大昔の人がそう定義したの。けど、これは当たり前のことだけど、それはあくまで昔の人が創り出した妄想の産物。だから、実在なんてするわけがない。ま、言ってみれば、そこに書かれているのは、昔の人が空想や伝説から生み出した幻想種について熱く語った小説、いまで言うところの伝奇小説ね。さっき私が役に立たないと言った本当の理由がそれよ」


 なるほど……実在もしない存在について語ったことなど、能力者とは一切関係がない。一ノ宮家とっては言葉通り、役に立たない代物だ。


「あれ? それじゃあ、なんでここに置いてあるんだ?」

「ああ、それは、一応私達のご先祖様が遺したものだから、保管してある……ってのが建前で、一ノ宮家がそんな幻想に憑りつかれてたっていう恥を外に漏らさないためよ。処分してしまうのも、ご先祖様に悪いしね」


 結局は役に立たないけれど、外に出すことも、消し去ってしまうことも出来ないからここに置いているだけ、ということか。先程の怜奈の歯切れの悪さも、その恥を晒したくないがためなのだろう。

 聞いている限り、いまの俺にとっても役に立ちそうもない……のだが、なんだろうか、この後ろ髪を引かれるような感じは……。

 鬼――このフレーズが出てきてから、どうも心がざわついている。それがあの刀・・・の銘と関係があるせいか、あるいは――。


「なあ、怜奈。ちなみに聞いておくけど、これを翻訳した資料って残ってたりって……?」

「しないわ。全部燃やしたって聞いてるわ」

「だよね……」


 当たり前か。一族の恥を残しておくほど、一ノ宮家は甘くない。これでまた振り出しに戻ったわけか。

 俺は肩をガックリと落としつつ、いままで通り書架の書物を読み進めようと、別の書物を手に取ろうした。

 その時だった。突然、俺のスマホから着信音が鳴り響いた。




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