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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
123/172

第1話「帰還する者」/6



 12月11日 金曜日。午後1時。

 私は如月町の路地裏の一角にいた。辺りには数名の警察官と鑑識係が狭い路地の中を調べている。


「真藤刑事、こちらになります」


 一人の警察官がそう言いながら、私を現場に案内してくれた。


「うっ……!」


 現場にたどり着いた瞬間、咽返るような血の匂いに私は鼻を覆う。


「ああ、真藤刑事! どうぞ、こちらに来てください」


 一人の鑑識員が私を見つけるなり、そう言って招いた。私は招かれるまま、鑑識員の方へと近寄っていく。

 そして――私はそれ・・を見つけた。


「ここが犯行現場で間違いないようです」


 鑑識員がそう言って、地面を指さす。


「ええ……そのようね」


 私はそう応えながら、自分のスマートフォンを取り出し、ある人物に電話を入れた。


「もしもし? 私よ。いま、現場についたわ」

『そうですか……それで、どうですか?』


 スマホからは聞き馴染みの男の声が返ってくるが、その声がいつもより張り詰めているのが分かる。


「どうもこうもないわ。無残なものよ。原型すら留めてないわ……」

『……やはり、そうですか……』

「どう思う?」

『どうと訊かれても……僕が答えるまでもなく、現場を実際に見ている香里さんの方が分かっていると思いますよ?』

「そう……そうよね」

『逆にお聞きします。香里さんはどう思いますか?』


 電話口の相手からそう尋ねられ、私は一瞬答えることに躊躇った。答えを出すことに躊躇ったのではない。それを口に出してしまうことに躊躇ったのだ。

 だが、自身の直感を曲げることなどできない。それに電話口の男は、もうそれを察しているはずだ。


「間違いないと思うわ」


 その答えに電話口の男は「そうですか」と感情のない声で返してきた。それをどう受け止めればいいのか、私には分からず、この場で問いかけることも憚られた。

 なので、私は彼に自身の用件だけを伝えることにした。


「間島。分かっていると思うけど、これはあの子達にはまだ秘密よ」

『ええ、分かっています。こんな事、いまの彼らには口が裂けても言えませんよ』


 彼の張り詰めた声でのその答えを聞いて、私は満足し、「後で事務所に寄る」と伝えて電話を切った。


 もう一度、現場を見る。そこには目を覆いたくなるような惨劇の跡があった。


「そう――ついに帰ってきたのね」


 私はその呟きだけを残し、現場を後にした。



         ◇



 僕は電話を切ると、スマホを胸ポケットにしまって、溜息をつく。


「そうか……ついに帰ってきたのか」


 自室の机の上に置かれた写真を拾い上げる。そこにはあどけない笑顔の少年が写っている。


「やるせないな……こんな風に笑っていた子が……」


 時は人を変える。それを僕は一番良く知っている。共に命を預け合った戦友のなれの果てがその証拠だ。それでも――。


「それでも信じられないよ。この子が彼だなんてね。これじゃあ……」


 これでは、あの彼と同じではないか。そんな思いが巡った。

 そんな感傷から逃げるように、僕は写真から目を逸らすと、窓から外を見た。

 すると、ちょうど眼下に人の姿が見えた。このビルの前に男性が立っている。


「お客……いや、違うね」


 その姿が僕の良く知っている人物であるとすぐに分かった。


「やれやれ……噂をすればなんとやらだね」


 なんともタイミングの良い。まるで見計らったかのようだ。


「……考えすぎ、か」


 自分の考えを振り払い、僕はもう一度その彼を見た。彼は何かを呟いた後、階段を上ってくる。二階の事務所を訪ねようとしているのだろう。

 僕は手に持っていた写真を上着の内ポケットに押し込め、彼が二階の事務所に入っていくのを確認した後、自室を出た。



         ・

         ・

         ・



 彼との会話はほんの十数分程で終わった。彼は事務所に出ていき、本来行くべき場所へと向かった。

 僕はそれを見送ると、胸ポケットからスマホを取り出し、あるところに電話を入れる。


『はい、もしもし?』


 二回ほどのコールで繋がり、良く知る女性の声が聞こえてきた。


「やあ、怜奈君」

『間島……何か用?』

「何か用とは寂しいなぁ。用がないと電話しちゃいけなのかい?」

『ええ、そうよ』


 冷たい返事が返ってくる。いつものことだけれども、正直ちょっと傷つく。


「悲しいなぁ……君と僕との仲じゃないか。そんなつれない事を言わないでおくれよ」

『……間島、分かってると思うけど、いま私は忙しいの。あなたの悪ふざけに付き合ってる暇はないのよ。用がないなら電話切るわよ』

「わ! 待った待った! 用ならちゃんとあるよ!」

『はぁ……それなら早く用件だけ言ってくれないかしら?』


 彼女は面倒くさそうな声で用件を尋ねてくる。そんな彼女に、僕の悪戯心が芽を出してしまった。


「あ、ああ。実はさっきに彼がここに来てね。つい今しがた君の所に向かったよ」

『彼? 彼って誰よ?』

「またまた~。分かってるくせに。君の愛しい愛しい、お・お・じ・さ・ま、だよ」

『切るわ。さよなら』

「わー! ごめんごめん!! ちょっと待って! 切らないで!」

『ったく! 一体何なのよ! あなたの悪ふざけに付き合ってる暇はないって言っているでしょ!』


 電話口の彼女の声が、かなり怒気を孕んできている。どうやら、からかいすぎたようだ。これは本当に電話を切られる前に用件を伝えておいた方がいいだろう。


「わ、悪かったよ。それで、時間がかかるとは思うけど、一輝君がいまからそっちに行くと思うから、君に伝えておこうと思ってね」

『そ、そう……』

「聞いてると思うけど、彼、まだ体が十分に治ってない。だから、気をつけてあげてね」

『わ、分かってるわよ、そんなことぐらい』

「はは……それならいいだけどね。ただ、彼はどこか危なっかしいところがあるから、夜を独りで出歩かせないようにしてあげてね」

『え? 何でよ?』

「別に深い理由はないよ。夜は何かと物騒だろう? 事件にしろ、事故にしろ、巻き込まれたら災難だ」

『え、ええ、そうね……』

「ま、もっとも、君が先に一輝君を襲っちゃうって言うなら構わないけどねー」

『な……!』


 彼女は声を上げたかと思おうと、ブツッといきなり電話を切ってしまった。

 どうやら悪ふざけが過ぎたらしい。今度こそ、完全に怒らせてしまった。今度会う時が少し怖かったりする。だが、これで一先ずは安心だろう。ほんの少しだろうが、時間稼ぎにはなるはずだ。


「さて……と」


 僕は上着の内ポケットから写真を取り出す。僕はそこに映る少年をもう一度見た。


「一ノ宮……貴志」


 彼がいま何処にいて、何を思い、何をしているのか、それはまだ誰も知る由もない。だが、彼がこの街に再び現れたことは明白だった。




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