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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
見えない殺人鬼編
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最終話「さようなら」・前編



 一ノ宮を探すため、街をさまよい歩いて十数時間、休むことなく朝から晩まで探し続けた。自分の住んでいる如月町から隣町の皐月町まで探せる場所はとことん探した。学校にも行ってみた。一ノ宮が行きそうな、思いつくだけの場所をすべて探した。けれど、彼女はどこにもいなかった。

 もしやと思い、彼女の家を訪れたけれど、インターホンからは期待とは裏腹の言葉が返ってくる。


「怜奈御嬢様はお出かけになっております」


 そして、俺はまた街へと繰り出す。


 午後十時。俺はまだ街をさまよっていた。

 一ノ宮は未だに見つからない。どこを探しても、結局彼女は見つからなかった。


「くそっ! 一体どこに……」


 俺は朝からずっと歩いたり、走ったりの連続で既に足はフラフラの状態だった。もう体力の限界だ。


「ハァハァ……くそっ……!」


 俺はフラフラになりながらも歩いた。そして、俺は知らぬ間にそこに辿り着いていた。


「こう……えん……?」


 そこは昨日あの殺人鬼と一ノ宮に出会った場所。そして、一ノ宮と殺人鬼が戦った場所だ。気づけば、その公園の入り口前に来てしまっていた。


「どうして……こんな所に……?」


 ここは何度も探した。だから、ここには一ノ宮はいないはずだ。けれど、俺は無意識の内にここに来てしまっていた。

 そのまま一歩公園の中に足を踏み入れようとした時だった。突然、公園の中から乾いた甲高い音が聞こえてきた。


「なんだ? この音は……」


 音の聞こえてきた方へ近づいていく。

 公園の奥に向かうと、同じ音が今度ははっきりと聞こえてきた。その音に聞き覚えがあるような気がした。

 次の瞬間、突風が吹き抜けた。

 そして、疑問はすぐに解けた。それは、〝力〟と〝力〟がぶつかり合う音。そして、この風はその〝力〟によって生み出されたものだ。

 俺の知る限り、その〝力〟が使える者は二人しかいない。


「怜奈!」


 

 一ノ宮とあの男の存在に気づき、俺は駆け出していた。


「ハァハァ……れいなぁ!」


 息切れ切れになりながら、彼女の名前を叫ぶ。けれど、返事は返ってこない。


 公園の中は薄暗かった。街灯も消えていて、人のいる気配さえしない。けれど、俺には確信があった。一ノ宮とあの男が必ずこの公園にいると。

 そして、そこに彼らはいた。二つの影。20m程離れて、お互いに向き合って相対していた。


「怜奈!」


 彼女の名を叫びながら、その二つの影に近づく。

 けれど、その瞬間、一つの影がバタリと地に倒れこんだ。そして、それは彼女だった。


「れいなあぁぁ……!」


 倒れた一ノ宮に俺は無我夢中で駆け寄った。


「怜奈!」


 彼女を抱き起こす。その時彼女には、まだかろうじて意識が残っていた。


「か……ず……き……」

「大丈夫か!? 怜奈!」

「どう……して……ここ……に……?」


 声を出すことも辛いのか、彼女の言葉は途切れ途切れだ。


「君を……君を探していたら、ここに来たんだよ」

「ば……バカ! 君が……来たら、意味……ないじゃない!」

「え……?」


 彼女の言っている意味を理解しかねていると、あの男が俺たちの会話に口を挟んできた。


「まったくだ。その女は私から君を守るために、一人で私のもとに来たというのに……愚かな男だ」

「そ、そんな!? 怜奈、君……!」


 その時になって、俺は彼女の異常に気づいた。

 一ノ宮は体から大量の出血をしていた。抱き起こした俺の手はべっとりと彼女の血で赤く染まっている。


「そ、そんな……」


 深い切り傷は数箇所に渡っている。両腕、両足、腹部。体中が傷だらけだ。


「ぁぅ……かず……き……」


 彼女は苦しそうに、何かを訴えかけてくる。


「何? どうした?」


 息も絶え絶えで喋りにくそうな彼女に、自分の耳を彼女の口に近づけた。


「ごめん……なさい。あなたを……助け……たくて……けど、ダメ……だった。あなたを……助ける……どころか……あの男のところに……連れてき……て……あうぅ!」

「怜奈!? もういい、喋るな!」


 けれど、彼女は喋ることをやめない。


「一輝……ごめんなさい……あなたに……会えて……ほんと……よか……た。ありが……と……」

「何言ってんだよ! そんな、これでお別れみたいな事言うなよ! 俺達、これから色々とやっていこうよ。楽しい事いっぱいしていこうよ? な?」

「……ごめ……んな……」

 一ノ宮の言葉が途中で途切れる。


「……怜奈? おい! 怜奈!」

「………」


 どんなに呼んでも彼女は応えない。目を閉じたまま、まったく反応しなくなってしまった。


「くっそおお……!」


 俺は――彼女を守ってあげられなかった。何も出来なかった。

 無力な自分が悔しい。自分のせいで彼女を傷つけたことが、死なせてしまったことが許せない。


「フフ……まだ死んではいない」


 男はあざ笑うかのように言い放った。


「な……に……?」


 落ち着いて彼女を見た。確かにまだ息をしている。弱々しくはあるものも、まだ生きている。これなら、今すぐ病院に運べば助かるかもしれない。しかし――。


「けど……」


 目の前に立っている男を睨む。この街に恐怖を植え付け、何人もの命を奪った、この〝殺人鬼〟を。


「一応、聞いておく」

「何かな?」

「このまま俺たちを見逃す気はないんだよな?」

「フ――当たり前だ。昨日も言ったはずだ。今度会えば、必ず殺すと」

「……そうか」


 改めてこの男からの殺意を感じ取る。この男の選択肢には俺を殺すことしかないのだ。

 けれど、このまま殺されるわけにはいかない。俺が死ねば、一ノ宮も確実に助からない。何よりも、一ノ宮を傷つけたコイツを許すことができない。


「必ず、怜奈を連れて帰る!」

「偉くでたな。この私から逃げられると思っているのか?」

「……無理かもしれない。けど……このまま何もせず殺されるなんてまっぴらだ!」

「そうか……では、始めよう」


 〝始めよう〟。その言葉の意味は考えるまでもない。一ノ宮を守りたいなら、倒すしかない。死にたくないなら殺すしかない。つまり、俺と殺人鬼の殺し合いが始まる。

 そんな事をしても無駄だ。俺がコイツに勝てるわけがない。それが分かっていても、どうしようもなかった。このまま殺されるわけにはいかないのだから。


 立ち上がり、男の方に向き直る。


「お前だけは絶対に許さない!」


 叫ぶと同時に、全速力で走って奴の懐に飛び込んだ。だが、奴は突っ立ったまま何もしようとしない。


「くらえぇえ……!」


 全力で奴の顔面にめがけて、拳を繰り出す。

 当たる――そう思った瞬間だった。


「え?」


 一瞬の風を感じた。けれど、その一瞬で俺は宙を舞っていた。そして、地面に叩きつけられた。


「ガハッ!」


 俺は背中から落ちて、思いっきり打ちつけた。


「ゲホッ! あ、ぐ……」


 上手く息ができない。背中を打ちつけたせいだろうか。

 必死に起き上がろうとすると、すぐ目の前に奴がいた。最初の場所からは動いていない事に気づく。どうやら吹っ飛ばされたのではなく、風の力で真上に持ち上げられて、地面に叩きつけられたようだ。


「まだ、大丈夫かな?」


 奴は嘲笑っている。その眼はまるで俺を虫けらのように見ていた。


「クッソオォォォ!」


 今度は奴の溝落ちめがけて、全力で拳を繰り出す。

 だが――けれど結果は同じ。先程よりも強い風が吹いて――。

 声を上げる暇もなく、今度も俺は何処かに勢いよく背中を打ちつけていた。


「……!!」


 今度はさっきの比ではない。ぶつかった瞬間、声を出す事も出来ないほどの激痛が走った。


「ぁ……ぐ……」


 もう息をしている暇がない。痛みで悶えることしかできない。

 前方を見る。50メートル程離れた場所にあの男は立っていた。どうやらこの距離を俺は吹き飛ばされたようだ。

 そして、奴は俺の方に向かって飛んだ。それは跳躍だった。空を飛ぶかのように、奴は飛び上がり、俺の前に降り立った。


「ぐ……」


 体が動かない。奴から離れようと立ち上がろうとするが、もう体が動かなかった。


「なんだ……もう動けないのか?」


 男はあきれ顔を見せた。興味が失せたかのようなつまらなげな顔だった。


「つまらんな。やはり普通の人間か。もういい。死ね」


 奴は吐き捨てるように言うと、手を振り上げた。


 もう、ダメだ。やっぱり無理だった。ごめん、怜奈。


 俺は諦めた。彼女の命も、自分の命も。結局、俺は何もできなかった。一ノ宮を助ける事さえも。

 そうして――痛みで朦朧とした意識の中、俺は覚悟を決めた。目を閉じ、最後の時を待った。


「さらばだ」


 奴のその声が聞こえた瞬間、俺の意識は深い闇の中に落ちていった。


 終わる――俺が、世界が。さよなら、怜奈。さよなら、世界。




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