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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
血の宿命編
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第1話「帰還する者」/2



 俺が住む如月町のある一角に建っている三階建ての古臭い雑居ビル、俺はそのビルの前まで来ていた。

 このビルには俺がバイト先として勤めている事務所が入っている。けれども、三階全てが事務所なっているわけではない。一階は倉庫兼駐車場、二階が事務所、そして三階が住居となっている。つまりはこのビル自体が俺の雇い主の所有物であり、その人物の住処なのだ。

 そんなビルの外階段が一階から住居の三階までのびている。その階段の上り口の横に小さな看板が出ている。看板には「間島探偵事務所 2F」と書かれていた。ここを訪れる者のための案内看板のようだ。

 相変わらず目立たない看板だ。これに気づかなければ、ここが探偵事務所なんて誰も思わないだろう。宣伝効果はまるでない。


「相変わらずやる気ないなぁ、新一さんは」


 このままでは依頼人がいなくなって、本当に潰れてしまうのではないかと本気で心配してしまう。商売気がないのにも程がある。そのくせ、金の絡まない依頼は受けないという信念を持っているから性質たちが悪い。これでは依頼が減る一方だろう。

 俺はこの事務所の経営方針に疑問を感じながらも、二階へと上がっていく。

 二階に上がるとドアがあり、そのドアの先が事務所だ。俺がこの事務所を訪れるのも一カ月ぶりのこと。どんな顔をして、どんな挨拶をして入っていけばいいだろうか。そんな事を考えていると、少し緊張してしまう。


「……ま、いつも通りでいいかな。別に無断欠勤してたわけじゃないんだし」


 俺はそう思い直すと、深呼吸をした後、ドアノブを回し、事務所のドアを開けた。


「失礼しまーす!」


 なるべく事務所内全体に響くように大きめの声で挨拶して、俺は中に入った。だが、思いもよらぬことに、中から返事は返ってこなかった。


「え……? 新一さん?」


 雇い主の名を声に出して呼ぶが、やはり返事はない。

 俺は事務所内を見渡す。相変わらず散らかっている。それなりに広いはずの室内が資料やら物が散乱しているせいで狭く感じてならない。

 だが、いくら散らかった室内とはいえ、人一人の姿を見落とす程ではないし、そこまでは広くもない。にもかからず、雇い主の姿はどこにも見当たらない。


「おかしいな。留守……なのか?」


 いや、そんなわけがない。事務所の鍵は開いていた。現在この事務所で働いているのは、俺の雇い主のみだ。その彼が留守にしているならば、事務所のドアの鍵はかかっているはずだ。


「一体どこに行ったんだ?」


 俺は雇い主がいないことに釈然としないまま、事務所の中に入っていく。

 雇い主がいつも使用している机に近づこうとした時、突然背後に人の気配を感じ、振り向いた。すると、見覚えのある男の顔がすぐ目の前にあった。


「や、一輝君」

「う、うわぁ!」


 俺は突然現れた顔に驚きのあまり悲鳴を上げながら、後ろに転倒しそうになった。そこをその男性は俺の腕を取って防いだ。


「ととっ! 大丈夫かい、一輝君?」

「え、ええ……ありがとうございます……じゃなくて! 驚かさないでくださいよ!」

「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかったから」


 謝りながら、苦笑している。本当に悪かったなんて思っていないのだろう。まったく何を考えているのだか……。折角退院できたのに、こんなことで怪我でもしようものなら、あの彼女に何を言われるか分かったものではないというのに。


「はぁ……もういいですよ。それより、どこにいたんですか? 事務所の鍵、かかってませんでしたよ? 不用心にも程がありますよ」

「あ、ああ、上にちょっと物を取りに行ってただけだから大丈夫だよ」


 そういうことか。なら、事務所が留守になっていたのもほんのひと時なのだろう。それなら大丈夫か。

 それで俺は納得いったのだが、目の前の男性は何故か話すのを止めてなかった。


「で、降りてきてみたら、事務所に君が入っていくのが見えたから、ちょっと悪戯心が芽生えちゃってねぇ」


 悪戯心って……そんな小中学生みたいなことをしないで欲しいのだが……。とても30代とは思えない。

 この見るからに軽薄そうな男性が俺の雇い主であり、この探偵事務所の所長でもある間島新一だ。これまでのやり取りだけでは、とても探偵なんて思えないかもしれないが、それはあくまで彼が他者にそう見えるように演じているにすぎない。だが、それも仕事や事件のこととなると、その表情も一変させる。まるで全てを見透かしたような眼、そして何手も先を読む思考力は誰もが感嘆してしまう。本当は凄腕の探偵なのだ。


「でも、おかしいなぁ。本当は後ろから大声でも出して驚かそうと思って、気配を消して近づいたつもりだったんだけど……一輝君に気づかれるようじゃ、僕もいよいよ焼きが回ったかな?」

「何言ってるんですか。そんな事ないですよ」


 実際、背後に立たれるまで俺は気づけなかった。それだけでも凄いことだ。


「だと良いんだけどねぇ……」


 なんだ? 何か含みのある言い方だが……。


「ま、いいや。それよりも、やけに早かったね? まさかと思うけど、病院から真っ直ぐここに来たのかい?」

「え、ええ。途中、かおりんには会いましたけど」

「香里さんに? それまたどうしてだい?」

「通りかかった所でたまたま。何だか、事件みたいでした。路地の前にパトカー止めて、人払いまでしてましたし……」

「ふーん、事件、ねぇ」


 新一さんはまるで興味が無いかのように相槌を打つ。


「新一さんは何か知りませんか? この町で起きている事件とか」

「ん? 何でそんな事を訊くんだい? 香里さんに会ったんだろう?」

「あ、いや、それが……その場はかおりんに追い返されちゃって。変なんですよね。訊いても、何もないから気にするなって言うだけで。しまいには変な勘ぐりするなって釘を刺されたし……」

「はは。それはきっと、君にかかわって欲しくなかったんだろうね。香里さん、一カ月前の件で勝手に動いたことを上から随分と怒られたらしいから。今回も君をかかわらせて、上からお小言食らうのが嫌だったんだろう」

「はぁ、そうなんですかねぇ?」


 果たしてそれだけなのだろうか? かおりんの性格上、どんなお偉方に怒られようとも気にしないと思うのだが……。それに、あの時のかおりんは何かもっと明確な目的があって、俺を遠ざけようとしているように思えた。


「ま、そんなに気にすることじゃないよ。それはさて置き、君からの質問についてだけど、残念ながら僕もその件については知らないよ。常に警察から情報を貰ってるわけじゃないしね」

「そう、ですよねぇ」


 新一さんが知らないのも当然だろう。かおりんが人払いまでするぐらいだ。いくら新一さんでも、そういった情報は流れてこないだろう。


「それよりも君、こんな所で油売ってていいのかい?」

「え? どういうことですか?」


 俺は新一さんが言っている意味が理解できず、訊き返した。


「だからさ、僕なんかと無駄話してて、良いのかってことだよ。彼女のところ行った方がいいじゃないかい?」

「う……」


 そうだった。ここに来たのも、それを相談したくて来たのだった。


「何だい、その反応? まさか、会い辛いとか思ってわけじゃないだろうね?」

「い、いえ、そういうわけじゃないですよ。ただ……会いに行ってもいいのかなって……」

「会いに行ってもいいのかなって……君らしくない発言だね。まぁ、確かに、例の件のせいで、あの家も今は色々と大変だから、彼女もお屋敷に戻ってるけど。だからって会い辛いなんて思う必要ないだろう?」

「あ、いや、そうじゃなくって……」


 そちらの方はあまり問題ない。と言うか、それだけ大変ということなら、手伝えることがあれば手伝いたいと思ってる程だ。だが――。


「その……聖羅ちゃんの事とかありますし……」

「ああ、そっちか!」


 新一さんは何か大切な事を思い出したかのように声を張り上げた。けれど、そのすぐ後には笑い出していた。


「あははは! 君も心配性だねぇ。まぁ、無理もないか」

「え……それってどういう……?」

「心配いらないから、とりあえず行ってみるといいよ。そうすれば、杞憂だったって分かるから」

「き、杞憂って……」


 そんな事ないと思う。実際いままだって、色々と問題が起きたわけだし。この人、他人事だと思って楽しんでないか?


「いいから、いいから。さっさと行ってあげなよ。きっと彼女、君が来るのを待ってると思うよ」


 それもどうなんだろうか? 退院の出迎えもなかったし、前の日に電話して退院の事を伝えた時も「分かった。良かったわね」なんて愛想のない返事だけだった。俺のことなんかより、日々あの家のことで忙殺されているではないだろうか。


 結局、俺は不安な気持ちを抱えたままにして、新一さんに言われるがまま彼女の所に向かった。




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