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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
109/172

第47話「深層意識へ」・後編



 声が――聞こえた。

 俺を呼ぶ声が、俺の名前を叫ぶ声が遠くで聞こえたような気がした。


「……き……!」


 誰かが呼んでいる。何度も何度も。


「か……き……!」


 その声に導かれるようにして、俺は深い闇から引き戻されていった。


「一輝君!」

 より一層大きな声で呼ばれた時、俺は目を覚ました。

 目を覚ました時、来栖女医の顔が目の前にあった。その顔は酷く心配そうな顔だった。


「――来栖……先生……?」

「よかった。ようやく目覚めてくれた」


 来栖女医は俺が目を覚ましたと分かると、安堵の表情を浮かべている。


「俺……一体……」


 まだ自分の状況がよく分からない。俺はどうしてしまったんだ?


「それはこっちが聞きたいわ。一体何があったの? マリオ――大神は?」


 ――大神。

 そうだ。大神だ。俺は大神と戦って、それから――。

 俺は大神という名前を聞いた瞬間に意識が完全に覚醒した。


「来栖先生。一ノ宮は……怜奈と聖羅ちゃんは――ぐっ……!」


 来栖女医に問い掛けると共に、起き上がろうとした。けれど、酷く全身が痛み、俺は起き上がることができなかった。


「落ち着きなさい。あなた、見た目には傷はないようだけど、中はボロボロよ。骨は大丈夫そうだけど、至る所の筋肉が断裂しかかってるわ」


 そう、だった。俺は自身のリミッターを外して戦ったせいで、身体の限界を迎えたんだった。それで倒れてしまったんだった。


「厄介よ。筋肉は骨なんかよりもずっと治りが遅いから、治すのに時間がかかるわ。いまは大人しくしてなさい。でないと――」


 来栖女医は何やら俺の身体について説明してくれているようだが、そんなことはどうでもよかった。


「来栖先生。俺の事はどうでもいいです。それよりも、怜奈と聖羅ちゃんの方はどうなんですか?」

「どうでもいいって……あなたねぇ……」


 来栖女医は呆れたような、怒っているような表情をして、咎めるような視線を俺に向けてきた。けれど、その直後に溜息をついて冷静な顔つきに戻った。


「まあ、いいわ。安心なさい。聖羅さんの方は気を失ってるだけよ。外傷もないわ。怜奈さんは腹部に刺し傷があるけど、深くはないわ。命に係わるような傷じゃないわよ。右腕と左足の骨が折れているかもしれないけど、そっちもあなたと比べたら大したことないわ。二人ともまだ気を失ってるけど、直に目を覚ますわよ」


 来栖女医は落ち着いた様子で二人の容体を説明している。この人がこれだけ落ち着き払っているということは、何も心配いらないのだろう。


「よかった……」

「良くはないわよ! あなた、自分の状況が分かってる? 一体どうしたら、こんな風にボロボロになれるわけ? ちゃんと話してもらうわよ!」


 来栖女医は真剣な眼差しで問い詰めてきた。とてもではないが言い逃れできる状況ではない。本当のことを話さざるおえない状況だ。

 けれど、その前に来栖女医にもう一つ確認しなければならない事がある。


「わ、わかりました。話します。けど、その前にもう一つ聞きたいことがあります」

「聞きたいこと? 何かしら?」

「俺の眼……どうなっていますか?」


 その質問に来栖女医はポカンとした表情になる。


「眼って……ま、まさか視界までおかしいの!?」

「い、いえ、そうじゃなくて……」

「ん? それじゃあ、どうしたの?」


 来栖女医は怪訝そうにしている。俺の質問の意味が分かっていないのだ。であれば、俺の眼に〝変化〟はないのだろう。


「い、いえ。なんでもないです。気にしないでください」

「なによ。変な子ね」


 来栖女医はさらに怪訝そうにしている。

 やばいな……かなり怪しまれている。一旦この話題から離れた方が良さそうだ。


「そ、それよりもその辺に刀が落ちてませんか? その刀のお蔭で、俺、大神と戦えたんですよ」

「刀……?」


 来栖女医は辺りをキョロキョロと見渡している。

 刀――確か前鬼刀と言っただろうか。その刀があったからこそ、俺は生き残り、大神を追い詰めることができた。ここでの一件を話す上では必要なものだ。

 けれど、来栖女医から返ってきた言葉は驚きのものだった。


「ないわよ。刀なんてどこにも」

「え……」


 ない……? そんな馬鹿な!?

 どういうことだ。無いなんてことあるはずがない。あの刀は確かに存在していたのに。


「まったく……さっきからどうしたって言うのよ。いまのあなた、変よ?」


 来栖女医はまた怪訝そうに俺を見てくる。

 まずいな。かなり怪しまている。刀のことをは後回しにして、この場でのあらましを手早く話した方がいいだろう。それに〝あの事〟もある。急いだ方がいい。


「来栖先生。俺も何がどうなっているのか正直分かりません。けど、ここであった事なら話せます。聴いてください。そして、あなたの意見を聞かせてくれませんか?」

「ど、どうしたのよ。急にそんなに改まって……」

「時間がありません……手早く話します」

「……わかったわ」


 俺の真剣なもの言いに来栖女医から怪訝そうな表情が消え、怖いほど真剣な表情に変わった。それが魔術使いとしての彼女の顔なのだと直感した。


 俺は来栖女医にこの場で――如月学園であったこと、大神から聞いた事、そして、その顛末を語った。大神が最後に残していった言葉も含めて。

 来栖女医は俺に話を表情一つ変えることなく、目を瞑り聞いていた。そして、俺が全てを話し終えた時、彼女は目を開いた。


「……どう、思いますか?」


 話し終えた俺は来栖女医にどう感じたか恐る恐る尋ねた。


「……そうね……あなたが言う刀があなたにそんな力を与えた、なんてとても信じられないけど、でも本当ならその刀、早く回収しないといけないわね。他の者の手に渡ったら大変なことになる。けど――」


 来栖女医は気を失っている怜奈の方に視線を移す。


「いまはそれどころじゃないわね。確かに彼は言ったのね? 目を覚ましたら、怜奈さんがあなたを殺す、と」

「ええ……信じがたいことですけど……」


 俺に返答に来栖女医は口を閉じ、俯いてしまった。けれど、それもほんのひと時だった。すぐに彼女は顔を上げる。その顔は何かを決意したようだった。


「あ、あの……来栖先生?」

「話は分かったわ。急いでここから離れるわよ。あなたと聖羅さんぐらいなら、私でも担いでいけるでしょうから」

「俺と聖羅ちゃんって……怜奈はどうするんですか!?」

「バカね。敵の手に堕ちた能力者を助けるなんてこと出来るわけないでしょ!」

「敵の手に堕ちたって……」


 それは聞きたくない言葉だった。分かっていたんだ。大神の言った事がどういう意味か。けど、信じたくなかった。何よりも怜奈が俺を殺すなんてことするわけがないと信じたかったんだ。


「いいこと、真藤君。マリオがそう言ったという事は、彼女はもう彼の能力下にあるわ。彼女が目を覚ました時には、もう彼女の自我はないと思いなさい。間違いなく、彼女はあなたを何の躊躇いなく殺すわ」

「そ、そんな……なんとか……なんとかならないんですか?」


 その問いに彼女は左右に頭を振る。


「無理よ。私じゃ彼女は抑え込むことなんてできない。きっとフライシュでも無理よ。彼女の能力はそれだけ強大なの。私達ではあなたを守ることも、彼女を倒すこともできないわ。もっとも――目覚める前の彼女なら話は別ですけどね」

「それって……怜奈を殺すってことですか?」


 来栖女医は否定しない。冷徹な眼はそれを肯定していた。彼女は本気で怜奈を殺す気でいる。


「そんなこと……そんなこと許せるわけないじゃないですか!」


 俺の反応に来栖女医は溜息を一つ吐く。


「……でしょうね。けど、このまま何もせず彼女が目覚めれば、殺すか殺されるかの状況になるわ。それが現実よ。彼女は私達とって脅威になる。いいえ、私達だけじゃない。きっと世界そのものの脅威になるわ。それが分かっていてこのまま放っておくことはできない。私が魔術使いであることを忘れないで。闇雲に力を振るうだけの存在になりさがった能力者を狩ることこそが魔術使いの本分よ」


 それは既に死刑宣告に他ならなかった。もはや殺す以外の方法はないのだと来栖女医は語っているのだ。

 けれど、俺は――嫌だ……!


「嫌です……そんなの嫌です! 何か……何か方法があるはずだ。怜奈を傷つけることなく正気に戻す方法が。だから……だから、お願いします。怜奈を助けてください!」

「……随分と聞き分け悪くなったわね」


 来栖女医はまた溜息を吐く。その表情は心底呆れているようだ。


「言ったでしょ。私じゃ彼女には勝てない。助けるも何も、初めから無理なのよ」

「そんなこと……ないはずです」


 手段がないわけではないはずだ。きっとある。少なくとも来栖女医にはあるはずだ。


「あるはずだ。あなたなら知っているはずだ。怜奈を救う方法を」

「な、何を根拠に……私はそんな方法知らないわ!」

「ええ。魔術使いとしてのあなたならそうでしょう。けど、能力者としてのあなたなら知っているはずだ」

「――あ、あなた!?」


 来栖女医は明らかな驚きを表情に出していた。それだけで俺は確信できた。この人は怜奈を救う方法を知っているのだと。


「やっぱりそうですか。そんな気がしていたんです。方法は……来栖先生の能力ですね?」


 俺の問いかけに来栖女医は暗い顔をしている。聞かれたくなかった事を聞かれ困っているように見えた。


「……そうよ。方法はある。それも私のテレパシーの能力でね」

「やっぱり……教えてください。その方法を」

「探偵事務所で話した事覚えているでしょ? 私はエールが死ぬ寸前、彼の深層意識に触れることで、彼の本心を聴くことができた。それをさらに応用するの。対象の深層意識と自身の意識を繋げて、訴えかけるのよ。怜奈さんの中にまだ人として意識が残っていれば、大神の呪縛を解くことができるかもれない。けど――」

「危険、なんですね?」

「ええ。命に係わるほどにね。意識を繋げると言ったけど、それは他者の深層意識に入り込むと言った方が正しいわ。その中では何が起こるか分からない。しかも成功率も低い。これに賭けるにはリスクが大きすぎるのよ。だから、彼女を殺した方が確実だと思ったわ」


 来栖女医は悔しそうに表情を歪めている。彼女だって怜奈を救いたいと思っていたんだ。けれど、それには余りにもリスクが大きすぎて踏み切れないでいるだけなんだ。

 けど、諦めるのはまだ早い。救う方法の手立ては分かった。来栖女医の説明が本当なら、そのリスクを回避する方法がたった一つだけある。


「来栖先生。その方法は先生本人が深層意識に入り込まないとダメなんですか?」

「え? い、いえ、そんなことはないわ。私以外の人間でも、能力を使って意識を繋げることは可能――って、ま、まさか!?」


 来栖女医は説明の途中で驚きの声を上げる。どうやら俺の意図が読み取れたらしい。


「怜奈の意識とは俺が繋がります。そうすれば、リスクはなくなるはずだ。もし失敗して俺が死ぬようなことがあれば、来栖先生は迷わず怜奈を殺せばいい」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! そんなこと許可できるわけ――」

「迷っている暇はないはずだ! こうしている間にもし怜奈の意識が完全に乗っ取られたらおしまいだ。いまはこの方法しかないはずですよ」

「け、けど……」


 俺の必死の説得にも来栖女医は迷いを捨て切れないでいる。無理もないだろう。成功する確率が低いと彼女自身が言っているのだ。それにも関わらず、実行に移すというのは自殺行為に他ならないのだから。


「俺の事は気にしなくても大丈夫です。怜奈を救える可能性があるなら、俺はそれに賭けたいんです!」

「あなた……どうしてそこまで?」


 来栖女医は俺に問いかける。どうしてそこまでして他人の為にできるのだ、と。自分の命を投げ出してまでやることなのか、と。


「そんなの愚問です。彼女が――怜奈が大切だからです。俺にとって何よりも大切だからです!」


 その言葉に来栖女医は目を閉じた。そして、何かを決意するかのように目を見開いた。


「いいわ! あなたに賭けましょう!」


 彼女は俺の意志を受け入れた。


「ありがとうございます!」

「まだ御礼を言うのは早いわよ。上手くいくかどうか分からないんだから」

「大丈夫ですよ。きっと上手くいきます」


 何を根拠に、と呆れたように言いながら来栖女医は怜奈の傍に寄ると、彼女を抱える。そして、俺の左横に寝かせた。


「彼女の手を握りなさい。そして、余計な事を一切考えず、目を閉じてて。あなたはそれだけをしててくれたらいいわ。後は私があなたと怜奈さんの意識を繋げるから」

「分かりました」


 俺は来栖女医に言われた通り、怜奈の右手を握る。そして、目を閉じる前に怜奈の横顔を見た。


 怜奈――今度こそ、君を救ってみせる!


「お願いします」


 俺はその言葉と共に目を閉じる。


「いいこと、真藤君。さっきも言ったけど深層意識に潜れば、何が起きるか分からないわ。もし致命傷でも負えば、あなたの意識は完全に消え、それに従って肉体の生命活動も止まってしまう。つまり死ぬわ。それだけは忘れないで」

「ええ。分かってますよ。絶対に生きて帰ってきます」


 そうだ――絶対に帰ってくる。怜奈と一緒に帰ってくるんだ。


「よろしい。それじゃあ、始めるわよ!」

「はい!」


 返事と共に、俺と怜奈の繋いだ手の上に来栖女医の手が置かれる。


「いってらっしゃい」


 来栖女医のその言葉を聞くのを最後に、俺の意識は闇に落ちていった。




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