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旋風と衝撃の狭間で  作者: みどー
禍ツ闇夜編
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第46話「存在否定」



「さあ、一ノ宮怜奈よ、運命の時だ。我が意志を受け入れろ。さすれば、お前の願いを叶えてやろう。お前の願いは何だ?」


 大神は怜奈へ問いかける。だが、それはもう問いかけではなく、深層意識への刷り込みであり、命令であった。

 大神の能力は対象に声を聴かせることで自身の意志を刷り込ませ、本人の意志とは関係なく操れる。だが、それはあくまでも一時的なものに過ぎない。永遠に大神の意志に服従させるには、彼の意志を受け入れさせ、対象に契りを交わさせなければならない。そして、その契りこそが怜奈にした問い掛けだ。

 精神の擦り減った怜奈にはそのことばに抗うことなどもはや不可能だった。


「ワタシ……は……」


 だが、それでも彼女は抗った。それは彼女の意志ではない。彼女の中の本能が抗っているのだ。


「なるほど……さすがは一ノ宮の血というところか。精神が崩壊した程度では我が意志を受け入れぬか」


 大神は怜奈の様子を見て、そう呟くと、胸の前で手を組んだ。


「だが、それも我が力の前では無意味だ。我が声を聴け、我が意志を理解しろ。そして、己が願いを自覚しろ。お前のあるべき場所は我がもとだ」


 大神は組んだ手に力を込める。そして――。


「――鳴り止まぬ音となれ、反響結界リバーブレーション!」


 それは魔術発動のための言霊。彼はこの学園に新たな結界を張った。その結界は、それまで張っていた生体錬成のための結界とは別物だ。言葉通り、結界内部で音を反響させる結界だ。


「さあ、これで私の声が届きやすくなっただろう?」


 そう言うと、大神はうずくまる怜奈の傍へと歩み寄る。そして、彼は空を仰いだ。


「さあ、答えよ! 己が望みを!!」


 大神は空へと叫ぶ。その叫びは、その音は本来ならば拡散し、減衰し、虚空へと消え去るべき声だ。だが、大神の声は行き場をなくしたように戻ってくる。それは減衰するどころか、増幅されている。そして、その声が怜奈の鼓膜を揺らす。


「あ……う……」


 声に反応する怜奈。その表情は苦悶に歪んでいる。

 怜奈には何度も何度も、同じ声が聞こえていた。反響し、繰り返され、上塗りされていく声に彼女の精神は、脳は、完全に汚染されていく。


 そして――怜奈はその誘惑こえに堕ちた。


「ワタシ……ハ……モウ、何もシたく……ナイ……ナニも見たく……ナイ」


 それは今の怜奈の願いそのものだった。自身が原因で母は死に、兄は人ではなくなった。そして、今度は妹すらも守れず、傷つけた。もはや、自分は何もしない方がいい、何も考えない方がいいと思っている。いや、寧ろ、自分など存在しない方がいいとすら思っている。


「承諾した。己が意志、消し去ってやろう。何も考えず、何も感じない存在へと。喜べ、これから先、お前は苦しみから解放される」


 その言葉に怜奈は虚ろな眼のまま安堵の表情を浮かべる。

 彼女は既に大神の言葉の意味など分かっていない。「苦しみから解放される」という言葉にだけが今の彼女にとっての救いであるが故に、彼女はその言葉に囚われてしまった。

 大神はその怜奈の表情を見て、口元を緩めた。彼は確信したのだ。自身の目的の達成は揺るぎないものになった、と。


「ただし――」


 そして、大神は最後の言葉を口にしようする。その言葉こそが、一ノ宮怜奈を自身の完全なる人形へとせしめんとする最後の言霊。

 だが――その言葉を口にしようとした時、それは起きた。


 それは稲妻の如く発せられた瞬く間の閃光だった。地上から天へ。自然現象の法則に逆らい、天へと上る閃光。その閃光は大神の張った結界すら突き破ったあげく、結界を消し飛ばした。

 それはまるで、天を――暗い夜空を穿ついかずちだった。


「な、なんだ!? この光は!!」


 突然の閃光に大神は驚いていた。人間らしい感情を久しく忘れていた彼にとって、それは幾年ぶりかの驚愕だった。


 閃光は一瞬だった。すぐにその光は消え、夜の暗闇が戻ってくる。だが、それがどこから発生られたものか、大神は瞬時に理解した。

 校庭からである。真藤一輝と大神本人が残してきた人形兵の軍団ガーディアンがいるべきはずの校庭から、稲妻のような閃光が発せられたのだ。


「何が……起こった?」


 呆然としていた大神は我に返り、屋上から校庭が見える場所まで瞬時に移動する。そして、彼は校庭を見下ろし、そこにあるべき存在を探した。

 だが――そこはもぬけの殻だった。


「なん……だと!?」


 大神は二度目の驚愕に見舞われた。

 そこにはあるべき存在がいない。真藤一輝がいないなら分かる。彼の力では人形兵には勝てない。故に逃げ去るか、その存在を抹消されたかのどちらかだ。だが、そこに自身が作り出した人形兵すら消え去っていたことに大神は目を疑った。


「なんだと言うのだ? 奴らは……一体どこへ……」


 浮かんだ疑問に答えは出ない。彼が作り上げたシナリオの中にこのような事態は想定されていない。故に彼の思考は一時の間ではあったが、停止してしまっていた。

 次に大神が我に返った時、彼は自身の目的の達成が目前であること思い出した。

 それは彼にとってあり得ないことだった。予期せぬ事態が起きたとはいえ、自身の目的が頭の中から一時的だが消え去っていたことが。


「バカな……この私が動揺した……だと?」


 その事実に大神は戸惑いながら、振り返り怜奈の姿を視認する。

 うずくまっているはずの怜奈は倒れていた。先程まで朦朧としていたが、意識があった。しかし、大神が一時の間呆然としているうちに彼女は気を失ってしまっていた。


「ちっ……悠長にしすぎたか」


 怜奈が気を失ってしまったことに、大神は明らかな苛立ちを覚えていた。

 それもそのはずだ。彼の能力は対象の聴覚に訴えるものだ。その聴覚も意識を失えば、意味をなさない。既に契りの儀式の大半が終えているとはいえ、まだ完全な終幕ではない。最後の言葉を対象に聴かせてこそ、契りの儀式は完遂するのだ。それが完遂を目前にして対象が意識を失った。彼にとって、それも予期せぬ事態であり、それが自身の失態であることは明らかだった。その事実に彼は怒りすら感じていた。

 だが、その怒りが表情に表れたのは一瞬のことだった。すぐに彼は感情を消し去り、冷徹な顔に戻った。


「まあいい。どの道、もうあと一押しだ。多少の時間ロスはあるが、潜在意識に語りかけてやればいいだけのこと」


 大神は自身に言い聞かせるようにそう呟くと、倒れた怜奈の傍まで歩み寄る。そして、その手が彼女に触れようとした時だった。大神の視界がある人物を捉える。


 彼は屋上の出入り口に立っていた。今まさに、屋上へと上がってきたところだった。


「貴様――」


 現れた彼に大神は自分の知る人物であるかどうか半信半疑だった。

 姿形だけであれば、間違いなくその人物であることは明らかだった。だが、それでも疑った。何故なら、彼は――。


「貴様は――本当に真藤一輝か?」


 その質問に彼は答えない。いや、答えようがなかった。何故なら、今の彼には真っ当な思考を持ち合わせていないからだ。だが、間違いなく大神が視認した人物は真藤一輝、その人だ。

 何故、大神がそれでも彼を真藤一輝でないと疑ったか、それは大神の中にある彼の印象とは大きく異なっていたからである。

 大神とって真藤一輝という人物は、常にどんな状況であれ、〝理性〟がものを言う人間だった。それはどんな窮地に陥ろうとも本能よりも理性で常に行動しているように大神には映っていた。

 だが、今の彼にはそれが感じられない。何故なら――そこには理性などと呼べるものは一切存在せず、彼は怒りと殺意に染まったその紅い眼で大神を睨んでいたからだ。


 それは間違いなく大神の知る真藤一輝ではなかった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 嫌な予感はしていた。

 彼女が――一ノ宮が大神の前で血を流して倒れているイメージ。それは三年前と同じ光景のように。

 俺はそのイメージを振り払うように階段を駆け上がる。軋む身体の事など気にしてなどいられない。ただ、焦燥感に駆られていた。

 そして、俺は階段を上がりきり、屋上へと出た。

 そこには、俺のイメージした最悪で凄惨な光景があった。


「な……」


 言葉にもならなかった。

 俺の目の前に広がっている光景、それは血を流し倒れている怜奈とそのすぐ傍に佇む大神、そして、フェンス際に倒れている聖羅ちゃんの姿だった。


 その光景を目にした瞬間、俺の中で何かが音を立てて崩れ去った。


 もう――何も考えられない。考えたくもない。

 俺の目にする光景が現実なのか、夢なのかその判断すらもできない。したくもない。


「――」


 奴が何かを言っている。でも、聞こえない。聞きたくもない。

 視界が紅く染まっていく。まるで、今の俺が抱えている感情が俺の見る世界全てを塗りつぶしていくように。

 俺の中に芽生えた感情――それを言葉にして言い表すならば、〝許せない〟という言葉だけ。そして、俺の中に湧きあがった欲望も一つだけ。


「――――」


 また、奴が何か言っている。

 もういい、お前は黙れ。お前の声など聴こえないし、聴きたくもない。あの二人を傷つけたお前の声など聴きたくない。


 お前だけは――赦さない。


 赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない!!


 もう赦すものか。お前は、俺が、俺の手で――殺してやる!!


「おおがみぃいいいい! てめぇえええええええ!!」


 俺は感情を爆発させ、大神へと向かっていく。

 何も考えてなどいなかった。俺と大神の力量差など知ったことでない。ただ、俺は大神をこの手で、俺の持つ刀で切り裂いてやりたい。ただ、それだけだった。


「な!?」


 大神は俺の突然の行動に驚きの声を漏らす。だが、俺は問答無用でその間合い詰めて、刀を振るう。

 大神は刀を避けようと後方へと飛び退こうしたが、既に遅い。俺と大神の間合いは急速に詰まっていたし、俺の振るった斬撃は躱せるようなものではない。

 解る――どす黒く、そして燃え盛る感情の中でも俺には解った。今の俺は、〝リミッター〟が外れている状態だと。

 それは先程の人形との戦いの時とは違う。これは俺自身が自分の意志で、その怒りの感情で、リミッターを外しているのだ。だから、今度はどんなに身体の限界が来ようとも、崩壊しようとも止まらない。俺の目的が果たされるまでは――この男を殺すまでは。


「消え去れえええええ!!」

「ちっ!」


 大神は躱しきることができないと察すると、左腕で刀を受ける態勢をとる。俺はそれに構うことなく刀を振り抜いた。


「ぐっ!」


 大神は苦痛に顔を歪めながら後方へと飛び退き、俺との間合いを取る。だが、その大神には左腕がなくなっていた。俺の振るった斬撃が左腕を切断したのだ。


「き、貴様……なんだ、その速力は……それにその眼は……」


 大神がまた何かを言っている。けど、もう聞く必要などない。聞く耳など持たない。お前のような憎むべき相手の戯言など、聞くことありえない。



「大神、俺は、お前を、殺す!」


 その言葉を口にすると同時に俺は地面を蹴る。


「たわけが! 腕を一本獲っただけで調子にのるな!」


 そう喚く大神の足元に黒いシミが浮かび上がる。そして、そこから一度は目にした黒犬が二匹飛び出してきた。

 飛び出してきた黒犬はそのまま俺の方へと襲い掛かってくる。だが、その動きは俺にとっては緩慢なものにしか映らなかった。


「邪魔だ!」


 俺は二匹の間に割って入って、その頭部を両断する。


「ば、馬鹿な……獣以上の速力……だと!?」


 大神の顔は驚愕に歪んでいる。それは俺にとって初めて見る表情だった。


「覚悟はいいか、大神。お前もすぐに同じようにしやる」

「フ――フフフ…フハハハハハハ!」


 俺の言葉に大神は突然笑い出した。その笑いは今までの奴から考えれば常軌を逸していた。


「何がおかしい? 気でもふれたか?」

「フフフ……いや、失礼。貴様の物覚えの悪さについ笑ってしまった」

「なに?」

「確かに今の貴様は強い。おそらくは私では相手にならん。だが、貴様は忘れている。私が〝不死身〟だということを」

「――そうか……そう、だったな」

「フフ、思い出したようだな? ならばもう理解できるだろう? 貴様の奮闘など何の意味もなさないことを。見るがいい、そして、思い知れ! 我が力を!! あるべき姿に戻れ、再生レナトゥス!」


 それは秘術。大神の体は生体錬成という魔術によって作り上げられたものであることは明らかだ。故に、同じ魔術によって再生できるのも道理だ。どんなに身体が損傷しようとも、奴の身体は再生する――はずだった。


「な……に?」


 大神から困惑の声が漏れる。それは当たり前の反応だ。魔術行使の為の詠唱まで行ったにも関わらず、奴の左腕は〝戻らなかった〟のだから。


「どういうことだ!? 何故、再生しない! 何故だ!!」


 大神は自身の理解できない現象に取り乱している。何故、と何度も口にしている。


「見ろ」


 そんな大神に俺はあるものを指さした。それは先程俺が切り落とした大神の左腕だ。

 その左腕を指さした瞬間、それは形なくし、灰となった。そして、それは腕だけに限らず、先程頭部を切り落とした黒犬も同様だった。


「ば、馬鹿な……」


 大神は愕然としている。その光景を目にしていることが信じられないとでも言いそうな表情だ。


「大神、お前は一ノ宮邸での一件で自分の能力を見せすぎた。お前の魔術は生体錬成とその再生だ。けど、その再生を見せたことがお前の間違いだ。お前はバラバラになった自分の身体を〝元に戻して〟見せた。あの時、お前のしたことは切り裂かれた身体を繋いだにしかすぎない。だから、お前の力は〝再生〟じゃない。〝修復〟だ。だったら、修復できないようにしてしまえばいい」

「き、貴様……たったあれだけで、私の力を見抜いたというのか……だが、それでは説明がつかない。刀で切られただけで修復ができなくなるなど……ま、まさか!? その刀か! その刀の力で、私の魔術すらも切ったとでもいうのか!? いや、だがそんな刀が……何故、お前の手元に……」


 大神は自分で立てた仮説に疑念すら感じている。そんなものが、今この場に、この時に運よく存在するはずがない――と、そう思っている違いない。だが、現実にここにある。その〝力〟が俺の手元に今あるのだ。


「俺は願っただけだ。この刀に……お前を倒す力が欲しいと!」


 俺はその言葉とともに再び地面を蹴って大神へと向かっていく。


「くっ! 硬化!!」


 大神はそう叫ぶと、残った右腕でガード態勢へと入る。俺はそれに構わず刀を振るった。

 刃と大神の右腕がぶつかり合った瞬間、金属音のような甲高い音がする。刃は右腕に食い込んでいるが切断できていない。大神は自身の右腕に硬化の魔術を掛けているのだ。


「おおがみいいい!!」


 俺は何度も刀を振るう。それを大神は右腕だけで防いでいく。


「お、おのれ、このような――」


 確かに防いでいる。だが、大神の口から漏れてくるは苦悶に満ちた声だった。奴は分かっている。このままでは右腕がもたないことを。


「――このようなことで私がやられるかぁ!」


 大神は雄たけびを上げる。それは奴もこの戦いに全身全霊をかけている証拠だ。だが、それは俺も同じだ。

 俺は刀に全ての力を込め、振り切った。


「な!?」


 それは大神の上げた声だった。

 大神は自身の右腕が宙を舞う姿を目で追っていた。愕然と、呆然と、身動ぎ一つせず。それは腕が地面に落ちた後もしばらく続いた。

 俺はそんな大神に刀の切っ先をのど元に突き付けた。


「終わりだ、大神」


 茫然と、だがしかし、眼だけはその刀を、そして俺を捉えている。


「終わり……? 終わり、だと? ふ……け……な、……ざ…るな、ふざけるな! ふざけるなふざけるな!! 何が終わりだ! 私がこの日をどんなに待ち望んでいたか、貴様に分かるか! 私はこの日のためだけに存在してきたのだ! それを――これで終わるなど断じて認めん!!」


 それはこの男の存在理由。この男は一ノ宮を――一ノ宮家の血を我がものとするためだけに、この十数年を生きてきた。存在し続けてきたのだ。仲間や仲間だった者達の意志を裏切ってまで。

 故に、この男の願いはどこまで歪んでいて、誰よりも強い想いがそこにある。


「終わるのは――終わるのは貴様の方だ!!」


 その言葉には、その眼には、強い意志がある。何かを企み、起こそうしている者のものだ。だが、対峙している大神からは何もしてこようとしない。


 俺には分かっていた。


「終わりさ、大神。お前は終わる。俺がここでお前を終わらせてやる」


 俺は知っていた。


「死ぬがいい、真藤一輝!!」


 俺には〝視えて〟いた。背後から迫りくるものを。


 俺は振り返り、俺に迫りくる一匹の黒犬を切り払った。


「な……ん……だと?」


 大神は愕然としている。

 それは奴にとって最後の策だった。足音も立てず、気配すらも消し、死角となる背後から攻撃する。それは躱しようも、迎撃しようもない攻撃。にも関わらず、俺に気づかれたことに大神は茫然自失となった。


「〝視えて〟いるぞ、大神」


 その俺の言葉に大神は我に返る。


「――ま、まさか……そんな馬鹿な……〝第三の眼〟だと!? ば、馬鹿な……あ、ありえん!! 甦ったというのか!? 何故、何故に今になって甦った!? い、いや……違う。確かにあの時〝お前〟は……それにその力は……」


 その言葉の意味が俺には解らない。おそらくはそれは俺ではない〝誰か〟を指した言葉にすぎない。


「大神……お前の負けだ」


 一歩、俺は大神へと歩み寄る。


「くっ! よ、寄るな!!」


「お、お前はお前の願いの為に、多く者達を犠牲にし過ぎた」


 また一歩、歩み寄る。


「く、来るな!」


 そして、最後の一歩。


「その代償、支払ってもらうぞ!」


 その言葉と共に、俺は大神の胸に刀を突き入れた。


「――ぐ、がはっ!」


 その顔は苦悶に歪み、口からは血を吐いている。当たり前だ。心の臓を貫かれたのだから。


「お前の負けだ、大神。お前は失敗したんだ」

「みと……めぬ。認め……ぬ。認めぬ……みとめぬみとめぬみとめぬ!! このようなこと……認めらるかあああ!!」


 それは最期を前にした負け惜しみであり、起きた事象への拒絶。大神は俺に負けたという事実を認められなかった。


「ああ、いいさ。認めろと言わない。だが、その代わり、俺も否定してやるよ」

「な……に?」

「大神操司、俺はお前の存在を否定してやる」

「――」


 その言葉に大神は眼を瞠る。それは感嘆の表情のようにも見えた。それから大神は笑い出した。


「ふ――ふふふ……ふふふふ。そうか――貴様は私を、オレの存在を否定する者だったか。そうか……そうだったのか……なるほどな……貴様を敵に回した時点でオレの敗北は決まっていたというわけか……とんだピエロだな、オレは……」


 それは敗北を喫した者の台詞だ。大神は俺に負けたことを認めたのだ。


「フ――いいだろう。オレに勝った褒美だ。良い事を教えてやろう」

「良い事、だって?」


 大神の眼はまだ死んではいない。この男はこの期に及んでまだ何かを企んでいるのか――。


「ああ。貴様はオレを倒して、それで終わりと思っているかもしれないが、残念ながらそんな単純な話ではない」

「なん……だって?」

「既にあの女には種を埋め込んである。直に芽吹く。そうなれば、オレの――私の目的は達成されたも同然だ」

「どういうことだ? お前はもう……」


 もうすぐその命を終えてしまうというのに――。


「ふん……私は不死身だと言っただろう? この身体は死に絶えるが、予備の身体ぐらいは用意してある。もっとも、すぐに動き出すことはできないがな……」

「お前……まだ……」

「当たり前だ。そうそう長年の夢を捨てられるものか……覚悟するといい、真藤一輝。次にあの女が目を覚ました時こそ、お前の最後だ。目覚めたあの女はお前を躊躇いなく殺す」

「――怜奈が? 俺を?」


 その衝撃的な告白に俺は驚愕した。

 一ノ宮が俺を殺す――そんな事、起きるはずのない事なのに、その筈なのに、大神の言葉は何故か真実味を帯びている。


「ふふふ……最期にお前の驚く顔が見られて私は満足だ。これで……わた……し……の……願いは……かな……」


 それは突然だった。大神の身体は灰になり崩れていく。


「ま、待て! 怜奈が俺を殺すってどういうことだ!!」


 だが、その問いかけは無駄に終わった。問いかけた時には大神の身体は灰塵に帰していた。


「くそ! 一体どういう――」


 その言葉を言い終わる前に、俺は全身から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 なんだ一体……一体何が……まさか――。


「く……そ……こんな……時……に」


 既に俺の身体は限界が来ていた。もはや、指一本動かすことができほど、ボロボロになっていた。

 当たり前の代償だ。身の丈に合わない力を使い続けたのだから。

それでも、たとえ自分の身体が壊れても、助けたかったんだ。大切な、人を。けど――。


「れい……な……」


 怜奈――俺は、また、君を、助けられなかった、のか――?


 俺は薄れゆく意識の中、倒れている怜奈の姿を見ながら、その意識を落とした。




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