第45話「崩壊」
あの日――お父様と貴志は朝早くに一緒に出掛けていった。
私はそれを笑顔で見送った。けれど、お母様はそれを心配そうな顔で見送った。
この頃の私は、お父様が何をしていたのか分かっていなかった。いつも仕事で家にいないことが多い『忙しい父親』、ただそんな風にしか思っていなかった。
けれど、貴志を仕事に連れていったのは初めてのことだった。私はそれを不思議に思いながらも、納得していた。
貴志は、何につけても私より優秀だった。勉強も、運動も、そして、風を操るのも。きっと貴志ならお父様のお手伝いができるのだろうと、そんな風に考えていた。
だからこそ、私は貴志に■■していた。
お父様と貴志が帰ってきたのは、その日の夜遅くのことだった。
私はいつものようにお父様を笑顔で出迎え、お父様はいつものように、私に微笑んだ後に、すぐに書斎へと入っていった。ただ、いつもと違うのは、お父様の後に貴志がいたこと。
貴志はお父様の後について書斎に入っていった。だが、貴志だけものの五分で書斎から出てきて、私と聖羅、そしてお母様がいる居間にやってきた。
「あら、貴志? お父様はどうしたの?」
お母様は貴志が居間に入ってきたことに気づくと、そう尋ねた。
「……まだ、お仕事が残っているそうです」
そう答える貴志の顔は暗く沈んでいた。
「……そう」
そんな貴志の様子にお母様は気づいていた。
「どうしたの? お父様と何かあった?」
お母様がそう問いかけると、貴志はフルフルと頭を振る。
「ん? それじゃあ、何か悩み事かしら?」
「……」
貴志は黙ったまま、小さくこくりと頷く。
「何を悩んでるのかしら?」
そう尋ねられた貴志はちらりと私と聖羅に視線を向ける。
「……ここじゃ、話したくない……話せない」
「――そう……それじゃあ、二人だけで話しましょう」
そう言うと、お母様は貴志の手を取る。
「怜奈?」
「なぁに、お母様?」
「悪いけど、ちょっと聖羅の面倒を見ててくれるかしら? 私は貴志と大事なお話があるの」
「え……う、うん! いいよ!」
私の返事を聞いたお母様は貴志の手を引いて、居間から出ていった。
大事なお話――一体どんな話なのだろうか?
子供心にその話の内容が気になってしまった。
聖羅を見る。聖羅はスヤスヤと寝息をたて、寝ていた。これなら、少しの間なら目を離しても問題ないだろう。
それはほんの出来心だった。私は二人の話を盗み聞きしてみたくなったのだ。
何より、あの貴志の悩み事なんて、知らないわけにはいかない。知ればきっと貴志に■■■に違いない。
私は二人に気づかれないように、そっと後をつけていった。
二人は私に気づくことなく、お母様の部屋と入っていく。私はお母様の部屋のドアの前で聞き耳を立てた。
「お父様の仕事があんな事なんて、僕は知らなかった!」
ビクリとした。聞き耳を立てた途端、貴志の怒気を孕んだ声が聞こえてきたのだ。
「貴志……」
「お母様は知っていて、僕を行かせたのですか?」
「……ええ、そうよ」
「どうして!? どうしてですか! 何でお母様は……」
「……いーい貴志? これは昔から、あなたのお父様が生まれるずっと前からしてきたことなの」
「昔から……?」
「そうよ。誰かが必ず背負わなければならない役目……一ノ宮家のお役目なの。あの人は、次にそれを継ぐのはあなただって決めたの」
「何で……何で、僕なの?」
「あなたは一ノ宮の力を色濃く受け継いでいる。それは、あなたも分かってるでしょう?」
「それは……でも、こんな力……僕は嫌いだ。こんな……こんな人殺しをする力なんて、僕は嫌だ!」
貴志とお母様が何を話しているのか私には分からなかった。
人殺しの力――そんなものを貴志は持っていないのに、風を操ることしかできなのに、何故そんなことを言うのだろう? 何故、お母様を困らせているのだろう?
「まだ……貴志にはちょっと早かったかな? でも、いつか、あなたなら分かる日が来るわ。だからどうか、あの人を――お父様を信じてあげて」
「……信じる……お父様を?」
「ええ。そして、立派な当主になって聖羅を守ってあげて。あの子には一ノ宮の力は受け継がれなかったから、貴志がちゃんと守ってあげてね? あなたなら、できるから、ね?」
「――うん……わかったよ」
「良い子ね、貴志」
お母様のその言葉を聞いてから、私はその場を離れた。
居間へと戻る。私は聖羅の面倒を見てなくちゃいけないことになっている。
私は言いつけを守らなきゃならない。守って、良い子でいなくちゃいけない。そう――良い子でいるんだ。そうすれば、お母様もお父様も、きっと私をちゃんと見てくれる――そう思ってたのに……ずっとそう思って頑張ってきたのに。貴志に負けないように。なのに――。
どうして、貴志なの? どうして、貴志だけお父様のお手伝いができるの? どうして、迷惑かけてるのに良い子なの?
分からない――分からない、分からない、分からない分からない分からない!
私は居間に戻った。戻ってくる途中で溢れてきた感情が何なのか、私には分からない。ただ、貴志の事が許せなかった。あれは一体何だったんだろう?
私が居間に戻った数分後に貴志も戻ってきた。
「あれ? お母様は?」
帰ってきた貴志に私は何事もなかったように問いかける。
「あとですぐに来るって。ちょっと部屋で用事があるんだって」
「そうなの……ところで、お母様と何を――」
「ごめん、怜奈。今は何も聴かないで欲しい」
「――なによ、それ……」
なんで、お母様に話せて、私には話せないの? 双子の兄妹なのに……。
「怜奈?」
貴志は怪訝そうな顔をしている。何も分かってない、そんな表情だ。
「……何よ……お父様に、お母様に気に入られてるからって……いい気になっちゃってさ」
「――なんだって?」
貴志の顔はムッとした表情に変わる。
「本当のことでしょ? お兄様は頭も良いし、私より風も上手く操れるもの。だから、お父様のお仕事にも連れて行ってもれえるもの。ホント、羨ましいわ」
「……それ、本気で言ってるのかい?」
「本気よ……それがどうしたの?」
じっと睨み合う私と貴志。それは私と貴志の初めての兄妹喧嘩だった。
悪いのはどちらか? それは間違いなく私だ。私は貴志の気持ちを知っておきながら、それを逆なでするような言い方しかしてなかった。子供な私には自分の感情を制御する術など知らなかった。
けれど、貴志は違った。彼の心の成熟度は年齢のそれを超えていた。
「……怜奈は何も分かってない。怜奈には僕の気持ちなんて分からないよ」
「分かりたくないよ! 折角、お父様の後を継げるのに、それが嫌だなんてどうかしてるわ!」
「――お前、聞いてたのか?」
「な、何よ? 悪い?」
貴志はそれまでとは比べものにならなほど、恐い顔に変わっていた。怒っている。それもかなり。
「なんで……なんでそんな事するんだ!? そんなことして、どういうつもりだよ!」
「うるさいなぁ!」
「れ、怜奈?」
貴志は愕然としていた。当たり前だ。ともに育ってきた妹が突然豹変したのだから。
「どうもこうもないよ! そんなの決まってるじゃない! あんたに負けないためよ!」
「ま、負けないため? なんだよそれ?」
「あんた、邪魔なのよ! いっつも、いっつも、いっつも、あんたばかりひいきされてさ! あんたがいるから、お父様もお母様も、私を見てくれないじゃない!」
「お、お前……」
貴志は言葉を失っていた。それ程、私の言ったことが衝撃的だったのだろう。
いい気味だ。そうやってショックを受けてればいいんだ。それが私の辛さも気づきもしなかった報いというものだ。
「だから、決めたの。お兄様がさっきお母様に言ったこと、全部お父様に言うわ」
「な、なんだって?」
「困るよね? お父様の仕事を悪く言ってた事がバレちゃうものね? どうする?」
それは脅し。最低の行為。けれど、子供心ながら、そうすれば貴志が私の言うことを聞いてくれると知っていた。
「僕に……どうしろって言うんだ?」
「んーそうだなぁ……じゃあ、今度は私がお父様のお手伝いしたいな。だから、あなたからもお父様に私を一緒に連れていくように言ってよ?」
これで全部解決だ。これで貴志は私の言う通りにお父様に取り計らって、私はお父様のお仕事についていける。これで貴志と同じになれる。
「……何言ってるんだよ……そんなこと……出来るわけないだろ!」
「え……」
「怜奈をあんな場所に……連れてなんていけない!」
「……何よ……それ……」
「やっぱり、怜奈は何も分かってない。お父様に言いたければ、言えばいいさ。きっと、怜奈のいう事なんて相手にされないよ!」
不敵に笑う貴志。それがどうしようもなく、気に障り、イライラした。
「何よ……何よ何よ何よ何よ! 何なのよ!!」
ふざけてる。何で私がこんなに心乱さなくてはいけないのか。何でいつもいつも貴志の方ばかり!
絶対にこんなのおかしい! こんなこと間違ってる!
そして、私は最悪な手段に出てしまった。
「きしぃぃいいいい!」
私は怒りに駆られたあまり、風を起こしていた。
「ぐっ!」
貴志は私が起こした風を正面から受け、居間の端まで吹き飛ばされ、壁に体を打ちつけた。
「もう許さない! あんたなんか、あんたなんか、いなくなればいいのよ!!」
さらに強い風を貴志に向けて発生させる。
「くっ! この……バカ!!」
貴志は私の風に耐えきれず、自らも風を起こした。
ぶつかり合う風と風。同じ力がぶつかり合う。風は渦を巻き、居間は見るも無残な光景へと変わっていく。
私たちは自分たちの力をぶつけ合っていた。相手を打倒するための一心で。その風渦巻く中、一人の赤ん坊が泣き叫ぶ声にも気づかず。
「貴志!」
「怜奈!」
相手をねじ伏せようと渾身の力を込めようとした時だった。
「あなた達! 一体何をしているの!?」
渦巻く風の中、一人の女性の声が響いた。。
「お、お母様!?」
私と貴志の間に割って入った声はお母様の声だった。お母様が居間に戻ってきていたのだ。
私と貴志はお母様が現れたことに驚き、風を消した。途端に、聖羅の泣き叫ぶ声がハッキリと聞こえるようになった。
「あなた達、これは一体どういうこと?」
お母様の問い詰めに押し黙る私と貴志。言えるわけがなかった。兄妹喧嘩という理由で、私が貴志をずっと妬んでいたという理由で、力を使って争っていたなんて、口が裂けても言えなかった。
「貴志? ちゃんと説明しなさい!」
お母様は私が押し黙っているのを見て、貴志に詰め寄った。その顔は今まで見たことない程恐い顔をしていた。
「そ、それは……怜奈が……」
「怜奈が? 怜奈がどうしたの?」
貴志はお母様の剣幕に堪え切れず、口を開いてしまった。当たり前のことだ。貴志に私を庇う理由などないのだから。
「怜奈? どういうこと? なんでこんな事したの?」
お母様の矛先は私に向いてくる。
「わ、わたし……私はただ……お兄様が羨ましくて――」
言い訳をしようとしていた。ただ、お母様が恐くて、許してもらいたくて。けれど、その言葉を言い終わる前に、私の頬に衝撃が走った。
「――どう……して?」
お母様は私の頬を思いっ切り引っ叩いていた。
「どうして? あなたはそんな理由も分からないの? 貴志はちゃんと分かっているわよ?」
「え……」
お母様の口から貴志の名前が出る。
貴志――貴志はちゃんと分かっている? 私は分かっていない?
『やっぱり、怜奈は何も分かってない』
貴志の言葉が甦る。
なんで――なんでいつも私ばかり分からないの? なんで、いつも私は除け者にされているの? 私だってお父様とお母様の子供なのに。貴志と同じなのに――。
「あなたには失望したわ、怜奈」
「え……何……それ?」
お母様から漏れる言葉、それは私を真っ暗な暗闇に突き落とすのに十分な残酷な言葉だった。
失望した――失望された。お母様に、お父様に、貴志に……何で――何で何で何で!
私はただお父様に認めて欲しかっただけなのに、お母様に褒めてもらいたかっただけなのに、貴志と一緒になりたかっただけなのに、なんで、何でこんなことになるの!?
「何で……何でよぉおおおおお!」
それは悲しみと憎しみを帯びた叫びだった。私は自分の心の抑止が効かず、赤ん坊のように泣きわめいた。それが自身の力を暴走させるとも知らずに。
「きゃあ!」
「うわぁ!」
私の起こした風――いや、旋風はお母様と貴志を吹き飛ばした。お母様は壁に体を打ちつけ、その場に倒れこんだ。貴志も同様に倒れこんでいる。
「何よ何よ何よ! 貴志貴志って、お兄様ばっかり! お母様なんて……お母様なんて、大っ嫌い!!」
抑え込まれていた感情は爆発し、その矛先を今度はお母様に向ける。
「や、やめろ! やめるんだ、怜奈!」
貴志が何かを叫んでいる。何か喚いている。聞こえない。聞こえなどしない。貴志の言葉なんて、聞く気もない。私は私がしたいことをするだけ。
『ソウダ。ヤッテシマエ』
声が聞こえる。
『ジャマモノハ、ケシテシマエ』
声が頭の中で響く。
『ココロノママニ、ソノチカラヲフルエ』
声が私を誘う。
「はあ、はあ、はあ……ジャマモノハ……ケシテシマエ……」
言葉を反芻する。それは私の言葉じゃない。頭の中の声が、私の声となっているだけ。これは、〝私〟じゃない。
ソウ――ワタシじゃないカラ、私ハ悪くナイ。
「そう……やっぱり壊れてしまったのね?」
突然の声にビクリとして、お母様に視線を向ける。
倒れていたはずのお母様は、その場に立っていた。その眼はどこか虚ろで、冷たい表情で、いつものお母様ではなかった。
「オカア……サマ?」
私はそんなお母様の様子に気づき、恐怖した。お母様の手にはナイフが握られていた。
「いつか……いつかこうなると思ってたわ。あの人は気づいてなかったようだけど、あなたにはその兆候があったから」
「エ……?」
「もうあなたは壊れてしまっている。このまま放っておけば、あなたはきっと人を殺し、血に飢えた殺人鬼になってしまう。だから……そうなる前に……私の手であなたを楽にしてあげるね?」
お母様は一体何を言っているのか――なんで涙を流しながら、そんな残酷で冷酷な言葉を吐けるのか。
「もっと早くこうしていれば良かった……そうすれば、いつか来るこの日に……怯えることなんてなかった! あの時、私が躊躇ったから。あなたを殺すのに躊躇ったから!」
「オカアサマ……ナニ……言ってるノ?」
「反転した子はもう戻らない。ましてや、〝忌み子〟なら尚更。あなたみたいな存在、生まれてくるべきじゃ……生むべきじゃなかった!」
ナニヲ――お母様がナニヲ言っているのカ分からナイ。
「でも、心配しないで……あなた一人を死なせたりしない。あなたを生んだのは私だから、だから――」
お母様はナイフを振り上げる。そして――。
「お願い、怜奈。私と一緒に死んで頂戴」
その言葉とともにナイフを振り下ろした。
殺される――私、お母様に殺される。何で? どうして? 忌み子ってナニ? 何で私が殺されなきゃならないの?
何で――何で何で何で何で何で何で何で何で!!
そんなの――イヤ!!
「イヤアアアアアアアアアア!!」
その悲鳴は屋敷中に響き渡った。
そして、その刹那、悲劇は起こった。
落ちるナイフ。倒れる体。舞い上がる血しぶき。血まみれの――お母様。
「お、おかあ……さま?」
気づいた時には、何が起こったのか、自分とお母様の身に何が起こったのか理解できなかった。
けれど、倒れたお母様の傍に貴志立っていた。茫然と佇んでいた。
「お、おにい……さま?」
「これで、良かったんですよね? お母様?」
貴志はお母様に尋ねる。だが、お母様から返事は返ってこない。
「お、お母様? どう……しちゃったの?」
私はお母様の傍に寄っていき、体を揺さぶる。けれど、何の反応もない。
「無駄だよ、怜奈。もう死んでる」
「死ん……でる?」
「……ああ」
死んでる――お母様が? 何で? どうして、お母様が……どうして――。
「そ、そんな……嘘……でしょ?」
「嘘じゃない。僕は知ってる……それは死体だ」
「そんな……なんで……どうして……」
「ごめん、怜奈。こうするしかなかったんだ。でも、これで怜奈を虐める人はいないから……だから、もう大丈夫だよ?」
そう言って、貴志は私に微笑んだ。その微笑みはどこか冷たくて、疲れ切った表情のように思えた。
「お、お兄様……わたし……わたし……ごめん……ごめんなさぁい!!」
私は泣き喚きながら、貴志に、そしてお母様に謝り続けた。その後悔は尽きることがない。
お母様は私の将来を悲観して殺そうとし、貴志は私を救うためにお母様を殺した。これはその結末だったのだ。
だが――結末には続きがあった。
「――貴志――お前――」
驚いた表情で現れたお父様。そして、すぐに貴志と言い争いだす。
私は不安だった。お母様が死に、そして、次には何が起こるのか、不安で堪らなかった。だから、私は止めに入った。風を起こそうとした貴志を止めようした。
気づいた時、お兄様は――貴志は血まみれになって倒れていた。
「おにい――さま?」
貴志からは返事がない。ピクリとも動かない。
動かない貴志、それを茫然と眺めているお父様。泣いている聖羅。そして――私の手は血に染まっていた。
私が――貴志を殺した――?
「う……そ……。お兄様! お兄様!! 目を開けて下さい!!」
私は貴志の揺さぶり呼び続けた。けれど、お兄様は目を覚ますことはなかった。
「そんな……」
こんなの嘘だ。こんな貴志まで、私のせいで……。お母様も貴志も、私のせいで……。
こんなの嫌だ。嫌だ、嫌だ、イヤダ!!
「いや……いやああああああああ!」
私は現実を受け入れらず、そのまま気を失った。
お母様を殺したのは、お兄様なんかじゃない。聖羅から、お父様からお母様を、貴志を奪ったのは――ワタシだ。
ワタシはとっくに狂っていたのだ。
*
「お願い……私と一緒に死んで、お姉様」
その言葉と共に私は全てを――失われていた記憶を取り戻した。
あれが――私? 私が――私のせいでお母様が死んだ? 私のせいで貴志は人間でなくなった? あれは全部、私が引き起こしたこと?
嘘だ――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! こんな……こんな……ワタシは……。
嫌だ嫌だ嫌だ、いやだいやだいやだ、イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!
「いやあああああああああああああ!」
その悲鳴と共に私の周りに風が巻き起こった。
「あぐっ!!」
うめき声のような人の声が聞こえた。
気づけば、目の前にいたはずの聖羅が、屋上のフェンスに叩きつけられていた。
「お、おね……さ……ま……」
聖羅はそのまま崩れ落ち、動かなくなった。
「そ、そんな……私、また……」
私が聖羅を――どうして? なんで? 私は聖羅を助けたかっただけなのに。なのに――ワタシは聖羅をコロシテシマッタ。
「あは……アハハハ! なんて――ナンテバカなの、ワタシ」
涙が出てくる。自分が犯してしまった間違いに。自分の愚かさに。
「私……わた…し……ワ……タ……シ」
意識が混濁していく。ワタシはもう――クルッテシマッテイル。
「よもや、このような崩壊を迎えるとはな」
突然、何もない場所から声が聞こえる。
「だが、どのような形であれ、結末は同じ。これで全てが終わり――」
その言葉と共に、暗い闇からその男は現れた。
「――我が願いは成就する」
大神は不敵な笑みを浮かべ、私の前に立った。
「さあ、一ノ宮怜奈よ、運命の時だ。我が意志を受け入れろ。さすれば、お前の願いを叶えてやろう」
その声が私を誘う。私の心を侵食する。
「お前の願いは何だ?」
私の願いを知りながら、彼は問いかけている。それに答えることが彼の意志を受け入れることになるから。そして、それに私が答えることも、この男は知っているのだ。
ワタシは――ワタシの願いは――。
私は、その甘い誘惑に抗う術など持っていなかった。
 




