第42話「願い」
遠くから獣の遠吠えのような鳴き声が聞こえる。
「くそ! 一ノ宮……無事でいてくれ!」
結局、俺は間に合わなかった。一ノ宮が如月学園に入る前に彼女に追い着くことはできなかった。だが、まだ手遅れではない。あの遠吠えが聞こえてくるという事は、少なくとも想定される最悪の状況ではまだないということだ。
息を切らしながらも俺は足を止めることなく走り続けた。そして――。
「見えた!」
まだ遠目だが如月学園の校舎が見えてきた。
校舎が見えたことで、俺は走る速さを一層に速める。それは焦りの表れでもあることは自分でも気づいていた。
もうすぐだ。もうすぐで一ノ宮に追い着く。追い着いて、大神の〝本当の能力〟について伝えなければいけない。
大神の力の正体を知らないまま、奴の前に出てはいけない。それでは奴の思い通りになってしまう。それだけは絶対に阻止しなければ。
校舎が見えてからものの二、三分で学園の正門前にたどり着いた。門は来訪者の侵入を拒んでいるかのように固く閉ざされている。
俺は門をよじ登り飛び越えて、校庭へと侵入した。
校庭のグラウンドを見渡しながら先に進むが一ノ宮の姿は見当たらない。それどころか、先程聞こえてきた遠吠えの主すらその姿を見て取ることはできない。
「となると……校舎内か……」
一ノ宮は既に校舎の中に入ったと思って自然だろう。おそらくは、あの獣と呼ぶには生易しすぎる化け物を倒して。
俺は校舎を見据え歩き出す。だが、その行く先に黒い人影が突然現れた。暗闇とその人物との距離があるために、その顔は見て取れない。
「だ、誰だ!?」
「フ――待ちわびたぞ、真藤一輝」
「そ、その声は……大神か!?」
「それは私に対しての質問か? だとすれば、答えるまでもない愚か質問だ」
黒い人影はこちらにゆっくりと歩いてくる。そして、俺からその姿がハッキリと見える位置で立ち止まる。
その顔、その姿、見間違うはずもない。やはり、大神だった。
まさか、この男が俺の前に現れるのは予想外だ。てっきり、一ノ宮の相手をしているものばかりと思っていたが――。
「お前、何で……一ノ宮はどうした!」
「フ、あの娘ならばあそこだ」
大神はそう言うと、校舎の最上階、屋上を指さす。
「屋上……? なんでそんな所に?」
「あそこにあの女の妹がいる」
「あそこに聖羅ちゃんが!? どういうことだ! だったら、何でお前がここにいる?」
「ほう……随分と冷静な分析をするのだな? 私相手に余裕なことだ」
冗談じゃない。お前を目の前にして余裕なんてありはしない。むしろ逆だ。今にも逃げ出したい気分だ。けど、なぜだろう? 恐怖はあれど、絶対的な絶望感はない。
自分が背負っている木刀袋に意識を向ける。絶望感がないのはこの中に入っている一ノ宮家の宝刀のお蔭か、それとも――。
「なるほど……三年前の殺人鬼と比べれば、私など恐れるに足りない、と……そういう事か?」
「――お、お前……やっぱり……」
やはり、そうだ。大神は三年前の事件にも関わっている。それが今の発言ではっきりした。
この男を問い詰めれば、あの時の殺人鬼の行方、そして〝あの時〟何があったか分かるかもしれない。だが――。
「どうした? 何故、黙っている?」
「……いや、いい。今はそれどころじゃない。それよりもさっきの質問に答えろ! 何で一ノ宮達の所に行かず、こんな場所にいる?」
「フ――三年前の真実よりもあの姉妹を取るか……いいだろう。教えてやる。それが一ノ宮聖羅の願いだからだ。二人だけであの場にいることを、な」
「せ、聖羅ちゃんの……願いだって?」
どういうことだ? 聖羅ちゃんが望んだ? 一ノ宮と二人であの屋上にいることを? 何のために?
「そうだ。これはあの娘が願ったことだ。それに私は力を貸してやっているに過ぎない。あの娘が本当に望んでいることに」
「……それは嘘だ! お前の力は人が望んだ事や、内に秘めた欲望を表面化するような力じゃない。お前の力は他者の意志を乗っ取り、自分が望むがままに操る声の――音の能力だ!」
「――ほう……まさか、貴様がその事実に気づくとはな……フライシュにも見る目というものがあったか」
大神は不敵な笑みを浮かべる。その様子はどこか嬉しそうにさえ見える。だが、それは一瞬の事で、すぐに笑みは消え、冷徹な表情に戻る。
「知っているかは知らないが、人間は何かを聴く時、大気を通して音波が耳に到達し、耳の中でそれが神経の活動電位に変換される。その神経パルスは脳に到達し、知覚されるのだが……私は発生した音に人間には聞こえないある特殊な音波を上乗せすることができる。その音波が神経パルスに変換されると――」
「自分の意志とは関係ない言動を……いや、他者から植え付けられたものを自分の意志と誤認するわけか」
「御名答だ、真藤一輝。それが私の能力だ。もっとも、私の能力にも欠点がある。もとより聴覚を失ったものには意味をなさないし、意志を乗っ取るにも自我が弱体化した者でなければならない」
やはり、か。自我が弱体化した場合のみに有効という点は、大神が子供の頃、来栖女医に言った事だ。それに嘘はない。つまり、街中の人間がおかしくなったのは、その自我の弱体化があったからだ。
きっかけはエンドーだろう。あいつは海翔の話では気の弱い男だった。おそらくは大神の能力の影響を受けやすい人間だったのだろう。能力の影響を受けて人を殴り、リンチを促すという本来の自分ではしない事をしてしまった。そして、殴られ、リンチの対象となった人は自我が弱体化し、大神に操られ狂暴化した。それがさらに連鎖した結果、今回のような街中の人間が暴徒化するという事態になったのだ。
「だが――一ノ宮聖羅の願い、という点は偽りなどない」
「なん……だって?」
「あの娘だけではない。紅坂命も荒井恵も己が望んだ結果だ。彼女たちは自らが望んで私の能力を受け入れたのだ」
「そ、そんなこと信じられるわけ……」
嘘だ、と思いたい。だが、あの時の彼女たちの精神状態は確かに正常とは言い難かった。
「私の言葉に偽りなどない。紅坂命は、自らの存在を常に否定され、両親からすらも疎まれていた。価値観を失い、自身の生というものに実感すら持ち得ていなかった。だが、同時に彼女の能力は命そのものだ。存在と否定、生と死、その相反するものに触れ続けた彼女は、生への執着と、死への恐怖に望んだのだ。己が存在を脅かす存在を全て消し去ることを。そして、生の実感を得ることを」
あの紅坂さんが――今からでは想像できない。だが、大神は俺の気持ちを余所に流暢に話し続ける。
「荒井恵は己が意志を殺され続けた。育ての親に、実の祖父に。自らの意志を持つことを禁じられた。にもかかわらず、彼女は否定され、禁じられながらも自らの意志を持つことを望み、意志を持った。だが、それと同時に残酷な現実が彼女の精神を押し潰した。自らの存在理由、過去、全てを知った彼女は祖父の復讐の駒として、意志を持たなぬ人形になることを望んだのだ」
大神の話を信じることなどできない。けれど、その話は的を射ている。
紅坂命が生の実感を得るため、自らの能力を振るっていたとしたなら、一ノ宮家は彼女にとって〝死〟そのものだ。
そして、荒井恵の祖父、時澤叢蓮は一ノ宮蔡蔵に一族を殺され、その復讐に執念を燃やした。孫である荒井恵をその復讐の道具としか見ない程。荒井恵とっては、一ノ宮家は自分の両親の敵であり、祖父を変えてしまった存在だ。祖父の復讐に身を委ねてしまっても不思議ではない。
彼女たちにとって、一ノ宮家は決して許すことなどできない存在なのかもしれない。それはその存在そのものを消してしまいたい程の。だが――。
「な、なら、聖羅ちゃんはどうだっていうんだ! あの子は一ノ宮に復讐したいなんて思っていない! あの子は一ノ宮の事が大好きなんだ。たとえ、嘘をつかれていたからって、復讐したいなんて思うわけがない!」
そうだ。聖羅ちゃんはあの二人とは根本的に違う。その在り方も気持ちも。復讐なんてありっこない。だったら、彼女の望みは一体何だと言うのか――。
「その通りだ、真藤一輝。あの娘の願いは復讐などという下等なものではない。彼女の願い、それは自身の姉を取り戻すことだ」
「い、一ノ宮を取り戻すだって?」
姉を――一ノ宮怜奈を取り戻す、それが聖羅ちゃんの望む願い? どういう意味だ?
一ノ宮は確かに一ノ宮家を離れているが、〝取り戻す〟なんて大げさすぎる。会おうと思えばいつでも会えるし、一ノ宮も定期的に一ノ宮家に顔を出している。聖羅ちゃんは一体何から一ノ宮を取り戻そうって言うのか。
「分からないか? あの娘の願いの意味が。彼女がそれを願うようになった一端を貴様も担っているのだがな」
「お、俺が?」
「気づいていないわけがない。あの娘の嫉妬はお前に向けられていたのものだからな」
「……そういうことか」
聖羅ちゃんは俺から一ノ宮を取り戻したかったのか。自分が知らない姉を知っている俺から。
「だが、それも一端に過ぎん。彼女の願いの根本は、そんなくだらぬ嫉妬などという感情からではない」
「じゃ、じゃあ、一体何だって言うんだ!」
「自身が望む姉を取り戻すことだ。自分の記憶の中の姉を、ごく普通の姉を、一ノ宮家の暗部になど関わっていない姉を、能力者などという常識が逸脱した存在では決してない姉を。それが叶わぬなら、今の姉を〝殺して〟でもな」
「な、に!?」
「別に驚くことではないだろう? あの娘にとって唯一無二の気の許せる姉だ。その姉が、長年に渡って自身を騙し続けていた。そんな事を直ぐに受け入れられるわけがない。であれば、こう思うの自然だ。今、自分の目の前にいる姉は本当の姉ではない。この〝偽物〟の姉がいる限り、自分が望む〝本物〟の姉は戻ってこないのだ、と」
「そ、そんな……そんなの……」
そんなの間違っている。聖羅ちゃんの想いはそんな事ではないはずだ。
確かに、一ノ宮は聖羅ちゃんに真実を隠していた。けれど、一ノ宮は何も変わってなどいない。もちろん偽物なんかでもない。姉として振る舞っていた彼女も嘘偽りのない一ノ宮怜奈だ。
ただ、聖羅ちゃんは姉の事を信頼し、心の底から慕っていた。それが裏切られたと感じた時に生まれたどうしようもない喪失感が、その間違った願いに走らせているだけだ。
そうだ――彼女はこんな事を本当は望んじゃいない。
「……大神、聖羅ちゃんを解放しろ。あの子のこんな事望んじゃいない!」
「そうはいかない。あの娘の望みがどうであれ、あれは私と一度契約した身だ。我が目的が達成されるまで付き合ってもらう」
「き、貴様……何故だ! 何故、一ノ宮ににそんなに拘る! お前の目的は一体何なんだ!?」
「フ――私の目的、か」
それは冷たい笑みだった。そして、俺を見下しているようでもあった。
「何がおかしい?」
「いや、失礼。ただ、それを貴様が知って何になる? 貴様はこれから私によってその生涯を閉じるというのに」
「そ、そんなこと!」
大神の言葉に、手している木刀を握りしめ、構える。
三年前程の絶望感はなくとも、この男は魔術使いだ。しかも、人の命など何とも思っていない。そんな相手に構えもせず、悠長にしている事に今更ながら気づいた。
「やめておけ。そんな棒切れなどでは私に傷一つすらつけられはしない」
「くっ!」
確かに大神の言う通りだ。今の俺の実力では木刀では意味をなさない。
だが、木刀袋に入れている刀ならばなんとかなるかもしれない。使えばどうなるか分からないが。
「フ――まあいい。知ったところで、貴様の運命が変わるわけではない。いいだろう。冥土の土産に教えてやる。私の目的はあの女、一ノ宮怜奈を手に入れることだ」
「……は?」
自分でもなんとも間の抜けた声を出したと思う。それでも大神の口にした言葉は、あまりにも突拍子もないものだ。
一ノ宮を手に入れる――それはつまり、一ノ宮を〝自分の女〟にするって意味なのか?
「随分と間の抜けた表情だな? 勘違いしているようだが、貴様の考えているような下種なものではない。私が欲しいのはあの女の肉体だ。意志ではない」
「そ、そっちの方がよっぽど下種な考えだ!」
この男、とんでもない事をさらっと言っている。一体、何を考えているのか――。
「やれやれ……私の能力を看破したかと思えば、今のように考えの足らない発言する……つくづく、貴様は分からない男だ」
「俺はお前の方が分からない。一ノ宮を手に入れると言うなら、何故彼女を苦しめるような真似をする!」
「言ったはずだ。私が欲しているのは一ノ宮怜奈という器だ。その精神にも、人格にも、魂にすら興味がない」
「う、器、だって?」
「そう、器だ。あの女は特別だからな」
「特別……それは風の能力の事を言っているのか?」
いや――違う。風の能力は確かに常識から逸脱したものだが、それは〝能力〟という定義そのものが常識から逸脱しているからだ。特別なのは風の能力だけに限らない。吸血能力も、時の停止も、テレパシーも、そして大神の音の能力だって特別だ。
ならば、一ノ宮の何が特別だというのか?
大神は俺の質問に、再び見下したような不敵な笑みを浮かべた。
「やはり、な。貴様もまた何も知らない哀れな人間ということだ」
「ど、どういう意味だ!?」
「気づいているだろう? 一ノ宮怜奈が貴様に隠し事をしていることに」
「そ、それは……」
知っていた。けど、それを俺の方から聞こうとは思わなかった。一ノ宮が話さないのは、何か事情があるからで、その彼女の気持ちを無視して、俺がそれに勝手に踏み入ってはいけないと思っていた。
「何も知らぬ愚か者よ。貴様はあの一族の真の力があの風の能力だと本当に信じているのか?」
「なん……だって?」
どういうことだ? 大神の言っている事は一ノ宮のあの能力が本当の力ではないとでも言っているようだ。そんな事はありえない。一ノ宮が風の能力以外を使っているところなど見たことがない。
「能力とは、何もその者に特別な力を与えると限らぬ。あの一族の本当の力とは、自らの血と力を決して絶やさぬ、その生存能力だ」
「血と力を絶やさない――」
その言葉にある話が脳裏を過っていた。
一ノ宮家は確かに風の能力を保有した一族だ。だが、本来、能力とはその発現率が低く、数世代に一人その一族が保有する能力を発現させればいい方だと、以前一ノ宮からも聞いた事がある。必ず能力者が生まれてくるわけではない。一ノ宮家を除いては。
「気づいたようだな? 一ノ宮の一族は一世代一人、必ず能力を発現させて生まれてくる。正しくは第一子にのみ能力が受け継がれる、だったか? しかしそれも虚偽にすぎない」
「虚偽って……嘘だっていうのか!?」
「その通りだ。第一子にのみ能力が受け継がれる? そんな事などありえはしない。何故なら、一ノ宮の血は、能力を必ず覚醒させる。そういう血統なのだ」
「そんな……だ、だったらどうして聖羅ちゃんには――」
「当たり前だ。あの一族は自らの血統を生まれた直後に汚しているからな」
「汚している?」
「そうだ。生まれたばかりの子に、親が呪いをかけるのだ。自身の親から受け継いだ呪いと同じものをな」
「呪い……それが、第一子にしか能力が引き継がれない理由か?」
「その通りだ。生まれた直後に能力者を一人しか生み出せない呪いをかける。その子供もまた大人になると自身の子供にその呪いをかける。そんな愚行を繰り返し、一世代に一人しか能力者を生み出さないようにしてきたのだ、あの一族はな」
「な、なんでそんなこと――」
疑問を口にしている途中で、その理由が何となく分かった。一ノ宮家がどうしてそんなに能力の発現を限定的にしたかったのか。
能力者はその存在自体が規格外だ。普通の人間とっては、恐怖と脅威、そして嫉妬の対象となる。一ノ宮の一族がそんな存在が際限なく生み出せる血統と知れば、人間はそれを利用しようと考えるかもしれない。力を悪用されるかもしれない。それを抑止するために、自らの一族に枷をつけたのだ。
「察しが良くなってきたようだな。今、貴様が考えていることで、ほぼ正解だ」
「ほぼ?」
「ああ、おそらくはある一点のみ貴様は勘違いしている」
「勘違い? 俺が何を勘違いしているって言うんだ!」
「あの一族が生み出せるのは風の能力者に限らないという点だ。言ったはずだ。あの血統は能力を必ず覚醒させるものだと」
「ま、まさか――」
「そうだ。掛け合わせる存在が能力者であれば、その能力もまた子孫へと引き継がれる。そもそも、あの風の能力にしても、元はあの一族のものですらない。長い年月の中で、手に入れ、継承させてきた力だ」
まさか、一ノ宮家にそんな秘密があるとは――一ノ宮がそんなものを背負っていたなんて思いもしなかった。
だが、その秘密を知って、大神の目的が何なのかやっと分かった。この男が、一ノ宮から意志を奪って何をさせる気か。
大神の卑劣な目的が理解できた俺は大神を心底嫌悪した。
「フ――随分と険しい顔で睨んでくるな? 無理もない、か。私は貴様が好意を寄せている女に自身の子供を産ませるつもりなのだからな。そして、音で他人の意志を操る能力と、風の能力を持った能力者の軍団を作り出す。それが貴様の聞きたかった私の目的だ」
「――軍団、だと? ちょっと、待て! 一ノ宮にはさっきお前自身が言った呪いがかかっているはずだ。だったら、能力を引き継げるのは一人だけだろ?」
「フ――フフフ――」
俺の言葉に大神は今までになく感情を表に出して笑い出した。けれど、それは人間らしい笑いではない。おぞましく、気味が悪い笑い声のように感じた。
「な、何がおかしい!?」
「――いや、すまない。だが、あまりにも貴様が間抜けに見えたのでな」
「な、なんだと!」
「無理もないと思って許してほしいものだな。何故なら、貴様が口にした質問こそが、貴様が何も知らない哀れな人間である証拠だなのだからな!」
「何を……俺が何を知らないって言うんだ!」
「全てだ。一ノ宮怜奈の真実だ。あの女に呪いがかかっている? 私はそんな事一言も言っていない。私が言ったのは、過去あの一族がしてきた事だ。あの女にされたことでない」
「な――そ、それじゃあ!」
「そうだ。あの女には呪いなどかかっていない。能力のみが引き継がれた、あの一族本来の姿へと帰化した存在だ。もっとも、その事実にあの女自身は気づいていないがな」
そんな――なんで、なんでそんな事に。蔡蔵さんはどうして一ノ宮に枷をつけなかったんだ? なんで――。
「一ノ宮家現当主に感謝と言ったところか。奴のおかげで私は私の願いを叶えることができる」
「――お前の願い……お前は一ノ宮の血を使って、能力者を生み出して何をしようって言うんだ? お前の本当の目的は何だ!」
「真の目的か……それは――」
大神は途中で突然押し黙り、そのまま棒立ちになった。
「お、おい!」
何も話そうとしない大神に俺は痺れがきれて、呼びかける。すると、奴はオレに向けて冷たい視線を向けてきた。
「いや、失礼。どうやら、長話が過ぎたらしい。時間のようだ」
「時間?」
「ああ――私の願いが叶う、な」
「か、叶うって……」
「つまり、貴様が死ぬ時間という事だ」
「な――!」
それは突然だった。大神の言葉が合図であるかのように、〝それ〟は発生した。
突然、地面がボコボコと波打ち始めた。それは地面から徐々に飛び出し、そして形を成してく。
地面の波打ちが収まった時、俺の目の前には、夥しい数の〝人形〟が立っていた。
「あの女のガードは堅くてな。貴様の死が、あの女の精神を崩壊させる最後のカギだ。大人しく散っていけ」
「そういうことか――」
一ノ宮の精神はまだ大神に乗っ取られるほど弱ってはいない。だからこそ、俺を殺して、さらに一ノ宮の精神を追い詰めようとしているわけか。だったら、尚更俺は死ぬわけにいかない。もとより殺されるつもりなど毛頭ないが、あの二人を、一ノ宮を大神の魔の手から守り通すためにも。
「――なら、俺はお前を殺してでも、あの二人を取り戻す!」
手している木刀に力を込め、構える。
人形などどうでもいい。俺はこの男を倒す、ただそれだけを見据え、大神と対峙した。




