幕間「それぞれの戦場」・後編
人は自らが大切なものを守る為、己が信じるものの為に戦う。それがどんなに劣勢な状況であっても、どんなに危機的な状況であっても、その信念がある限り戦い続ける。
如月町の中心街、ここにもまた、その信念持った四名が過酷な戦場に身を置いていた。
一人は自らが仕える一ノ宮家の為。一人は刑事としての信念の為。一人は、昔の戦友がしでかした惨事を止める為。そして、最後の一人は、友の為に戦っている。
間島新一、真藤香里、来栖蛍、石塚海翔、この四人のそれぞれの信念は、絶対的に不利な戦況にも関わらず、決して揺らぐことはなかった。
その揺らぐことのない信念が、戦場に劇的な変化をもたらしていた。劣勢かと思われていた戦況が明らかに優勢へとなっていたのだ。
考えてみれば当たり前の事だった。信念を持つ者が、意志すら持たない操り人形と化した群衆になど屈するわけがないのだ。
彼らのその強い信念が限界以上の力を発揮させていた。
結果、数の上で圧倒的な不利な戦場で、彼らは今まさに勝利せしめんとしていた。
また一人、グラリと崩れ落ちる。崩れ落ちた先には、拳を突き出した海翔が立っていた。その海翔の周りには夥しい数の人々が倒れている。
「はぁはぁはぁ……さ、さあ、次はどいつだ?」
海翔は肩で息をしながら、呟く。その姿は既に喧嘩王と呼ばれていた頃のそのものだった。衣服は破れ、顔は痣だらけで、見る限り満身創痍に見える。だが、彼の真価はそこからだ。どんなに殴られようとも彼は決して倒れることはなかった。そして、自らが振るう拳を決して止めることはなく、暴風の如く、次々と相手をなぎ倒し、戦場を駆ける覇者と化していた。
次の標的を求め、海翔は前を向く。だが、驚くことにあれだけいた雑兵は、地に倒れ伏していた。
「は――ははは、なんだよ? もう終わりかよ? おらぁ! どうしたぁ! さっさと次の奴かかって来いよ!!」
向かってくる相手がいなくなったにも関わらず、海翔は鬼気迫る気迫で叫んでいた。まるで、さらに戦う相手を求めるかのように。
「お、落ち着いて海翔君! もう、終わったんだよ?」
「あぁ? 何が終わっただぁ? ふざけんな! オレはまだ暴れたりねぇんだよ!」
新一が海翔を止めようとしても、その声に耳を貸そうとしない。むしろ、新一に食ってかかりそうな勢いだった。
目をギラつかせ、獲物求める様はまるで野獣のようだ。海翔は完全に我を忘れていた。彼は喧嘩王と呼ばれいた頃に完全に立ち戻っていた。
新一は困り果てていた。彼ですら、そんな海翔に近寄ることを躊躇わずにはいられない程だった。
だが、そんな新一を余所に、海翔にまっすぐ近づいて行く者がいた。
「え? か、香里さん?」
香里は警戒することなく海翔の傍まで寄っていく。
そんな彼女に気づいた海翔は次の獲物を見つけたかのように嬉しそうに口元歪めた。
だが、彼女はそれに動じることなく、そして――おもいっきり海翔の頬を平手打ちした。
「――か、香里さん!」
新一は突然の彼女の行動に慌てて、駆け寄る。我を忘れている海翔に平手打ちなど正気の沙汰ではない。殴り返されることだって考えられるのだ。だが、そうはならなかった。
海翔は茫然と立ち尽くしていた。
「どう? 目が覚めた?」
香里が声をかける。だが、それでも海翔は茫然としている。
「あらら? もしかして、まだダメなのかしら? それじゃあ、もう一発! 今度はグーでいくわよ!」
「――じょ、冗談よしてくれよ! 流石にそれはやり過ぎってもんでしょ?」
香里の言葉に突然海翔が声を張り上げた。
「あら? やっと正気に戻ったのね? 残念……」
「ざ、残念って……それはないっすよ、香里さん! さっきのビンタ、結構痛かったんですからねぇ……」
「だったら、我を忘れたりするんじゃないわよ! 君は昔っからそうなんだから! 少しは一輝と一緒に面倒みてた私の身にもなって欲しいわね?」
「め、面目ねぇっす……」
海翔は完全に我に返っていた。それどころか、香里の説教を受けて、落ち込んでさえいる。
「ㇷ――フフ……アハハハ! こ、これは傑作ね!」
その場にいた誰もがその笑い声に目を丸くしていた。
海翔と香里のやり取りを見ていた来栖が突然腹を抱えて笑い出したのだ。
「え? て、テレス?」
腹を抱えて笑う彼女を見て、新一は戸惑いながら声をかける。
「ご、ごめんなさい! でも、おかしくって!」
来栖は間島にそう言うと、また笑いだした。
「はは……確かにその通りだ!」
新一は来栖の言葉を同意すると、一緒になって笑い出す。
そして、それにつられるように香里も海翔も笑い出した。
終わった。やっと戦いが終わったのだという安堵感が彼らの心を満たしていた。
勝利の余韻を味わうように彼らは笑っていた。
だが――それは予期せぬ来訪者達によってかき消されることになる。
突然、足音が彼らの背後から聞こえてくる。しかも、一つや二つではない。それは数多くの足音だ。まるで地響きのようにその足音は闇夜に響き、近づいてくる。
「な、何?」
腹を抱えて笑っていた来栖は笑みを消し、背後を振り返る。他の三人も同様だった。
「おいおい……まだいるのかよ?」
海翔は近づいてくる存在を見て、再び操られた群衆が現れたのだと思い嫌気がした。だが、それは違う。決してそんなものではなかった。
「いや――違う!」
近づいてくる存在の正体にいち早く気がついたのは、新一だった。
近づいてくる存在、それは夥しい数の人型をした何かだった。四肢が存在し、二本足で歩いてはいるが、目や鼻、口などはなく、のっぺらとした顔だった。
「まさか……人形!?」
来栖もその存在を見て、確信した。これは錬金術により生み出された人形兵だと。
「ちょっとちょっと! 一体何なのよ!」
香里は事態が理解できず、慌てふためている。当たり前だ。人間によく似た人間ではない何かがこちらに攻めてきている。彼女にとっては初めての経験だ。
「ちっ……これも大神って野郎の仕業か!」
初見という意味では、海翔も同じだった。だが、海翔は冷静だった。彼は動く人形を見たのは初めてだったが、似たような事なら数か月前に経験済みだった。それ故に、状況把握は容易かった。
「最悪だな……」
海翔はこの状況がこれまで以上に危機的ものだと判断していた。
人間ではない分、気をつかう必要はない。だが、人形である以上、行動不能にしない限り、襲い続けてくる。一撃では倒せない相手だ。おまけに、海翔も含め、四人とも先の戦いで消耗しきっていた。
戦う前からはっきりしていた。海翔達に勝ち目などない。このまま、この夥しい数の敵に蹂躙され、彼らは命を落とす。それが、大神の描いたシナリオだった。
だが、それでも海翔の心は折れなかった。
「くそったれ! こんなところで、死んでたまるか! オレは諦めねぇぞ!」
海翔は自身の心を奮い立たせるように叫ぶ。その叫びに新一は微笑んだ。
「よく言ったね、海翔君。僕も同じ意見だ。君もそうだろう? テレス」
「ええ、もちろんよ! 今度は出し惜しみなしでやれるしね! あなたもでしょ、香里?」
「ええ、そうね! あんな気持ち悪い奴ら、おもっきり実弾をぶっ放してあげるわ!」
海翔の言葉をきっかけに、それぞれの心にまた確固たる信念が戻り始める。負けるわけにはいかない。倒れるわけにはいない。死ぬわけにはいない。大神の思い通りにさせるわけにはいかないのだと。
それぞれが決意を新たに人形の軍勢を迎え撃つ。
「海翔君、こっちへ」
「あ? なんだよ?」
海翔は新一に呼ばれ、嫌々ながらも傍に寄っていく。
「これから君の拳を僕の魔術で強化する。やつらの体は生身の人間より頑丈だからね。君なら強化すれば、あのボディも砕けるはずだ」
それは海翔とって願ってもない提案だった。だが、海翔はその言葉を聞いて、眉をひそめた。
「なるほどな……やっぱ、あんた普通の探偵じゃなかったってわけか。まさか、あの時澤のジジイと同類とはな。ずっと俺達を騙してたんだな?」
「……黙っていたことは謝る。でも、この力は僕にとっても封印しておきたいものだった。出来ることなら、君たちにも見せたくはなかった」
その言葉に海翔はさらに新一を睨みつける。
「ちっ……そんなの、あんただけじゃないさ」
「え……」
「おら、早くしろよ! 強化、するんだろう?」
そう言って、海翔は両手を新一に差し出した。
「あ、ああ、そうだね」
新一は海翔の手に強化の魔術をかける。海翔の手は一瞬光ったが、見た目上は何一つ変化がない。
「……終わったのか?」
海翔は変化のない自分の手を見ながら、新一に尋ねる。
「ああ。疑うなら試してみるといい。奴らにね」
「ハ! そんじゃあ、そうしてみるか!」
海翔は両手を握りしめ、人形の軍勢を睨む。
既に軍勢は海翔達の目前で止まり、こちらの出方を窺っていた。
「みんな、準備はいい?」
来栖の問いかけに、新一と香里は本物の銃を取り出し、頷く。海翔も既に臨戦態勢になっていた。
「行くわよ!」
来栖のその号令と共にそれぞれが一斉に攻勢に出る。
新一と香里は銃の引き金を引き、銃弾を放つ。来栖は体の周辺に幾数もの魔術光弾を発生させ、それを敵に向かって一斉に放つ。
そして、海翔は敵集団に単身で突っ込んで行く。
彼らが攻勢に出た途端、人形兵たちは一斉に前進を始めていた。迫りくる軍勢、銃弾や魔術を受けながらも、その歩みを止めることはない。行動不能になり倒れようとも、後から湧いて出てくる。
「くらいやがれぇええ!」
軍勢の中に単身突っ込んだ海翔はその強化した拳を余すことなく振るっていた。強化した拳は、人形のボディすら粉砕する威力を持つ。
数の上では圧倒的に不利。だが、戦闘力という意味で圧倒的に有利だった。あれだけの生ける屍を相手にした後だというのに彼らの力は圧倒的だった。次々と人形兵をなぎ倒していく。
だが、悲しいかな。彼らの抵抗はまったくの意味をなさない。彼らの相手は生きてはいない。意志を持っていない。ただ、対象を蹂躙するためだけの道具だ。どんなにその対象が強かろうと、怯むこともなければ、逃げ出すこともない。そして、その数にも際限などなかった。
「く、くそ! 数が……多すぎる!」
海翔は敵を前にして、その圧倒的な物量と、その意思のない行動に初めて恐怖した。
人形兵は海翔達の強き信念すらも飲み込み、絶望という色に塗りつぶしていく。
海翔達は徐々に追い詰められていった。
「海翔君! 無理をしちゃダメだ! 一旦下がるんだ!」
新一は自分達の置かれている絶望的な状況にいち早く気づいていた。このまま戦い続ければ、自分達は間違いなく殺されてしまう、と。そして、誰が最もその死に近いかも知っていた。それは常に最前線で拳を振るい続けている海翔以外他ならなかった。
「バカ野郎! こんな所で引けるかよぉ!」
海翔は新一の指示を聞かず、前線で戦い続ける。
海翔が言うことももっともだった。ここで海翔が退けば、人形兵は一気に新一達の方へと押し寄せることなる。そうなっては、もう一方的な蹂躙へと変わってしまう。
「ま、まずいわよ、フライシュ! このままじゃ……」
「分かってる! なんとか……なんとかしないと……」
来栖の言葉に新一は考えを巡らせる。だが、考えたところで、その答えを見つけ出せるはずもなかった。既に彼らには人形兵の軍勢を殲滅するだけの力など残っていないのだから。
新一が考えを巡らせている間も、事態は悪化の一途を辿る。
「ぐあ!」
海翔は人形兵の数とその勢いに飲まれかけていた。
「海翔君! く、くそ!」
「任せなさい、フライシュ!」
来栖は、海翔を取り囲む人形兵に向けて魔術の光弾を放ち、一掃する。
「石塚君、下がりなさい!」
「わ、わりぃ!」
海翔は来栖に言われ、やむなく後退する。だが、それは来栖の異様な姿を見たからだ。
来栖の前には青白い魔法陣が浮き出ていた。彼女がこれまでに見せたことのない魔術を行使しようとしていたのは誰の目からも明らかだった。
「急ごしらえだけど――これで!!」
来栖は目前の魔法陣に右掌を添える。すると、魔法陣がその掌の中心に急速に収束していく。
「薙ぎ払え!」
来栖の叫びと共に掌から閃光が放たれる。それは、辺りを覆い尽くすほどの閃光だった。
魔術――それを構成する魔力、それそのものを砲撃に変え、発生させる魔力砲だ。
閃光は圧倒的な力を以て、人形兵を次々と薙ぎ払っていった。
誰もがこれで終わると思っていた。だが――。
「そ、そんな!?」
来栖は悲痛にも似た声を上げた。それも無理からぬことだった。全て薙ぎ払えたと思っていた人形兵達は数を減らしただけで、殲滅などできていなかったのだ。おまけに、数を減らしたと言っても、未だ夥しい数には変わりがなかった。
「ど、どうして……」
来栖は疑問を口にする。火力としては全てを薙ぎ払うのに十分だった。にも関わらず、何故これだけの数が健在していられたのか。
「一瞬だったけど、見えたわ。奴ら、自分達の仲間を盾にしてた……」
来栖の疑問に香里が答える。その言葉を聞いて来栖は青ざめた。彼女は奴らをただの木偶人形だと思っていた。だが、それは間違いだった。人形兵は意志を持たない。だが、戦略としての行動は組み込まれていた。たとえ、同胞を犠牲にしても目的を果たすという戦略的な思考だ。
「そんな……」
来栖は力なく項垂れた。
もはや、なす術などない。彼らにこれ以上戦う力など残されていない。
戦う前より分かっていた事だった。海翔達に勝ち目など初めからない。彼らは人形兵により蹂躙される運命だったのだ。
人形兵の軍勢は再び前進を始め、海翔達に迫っていく。
人形兵は迫る。そこに慈悲など存在しない。
「く、くそ……ここまでか……」
流石の海翔も強がりをいう余裕はもうなかった。
誰もが自身の最後を覚悟した。それでも最後の抵抗とばかり身構える。
だが、そこに誰もが予期しない事態が発生した。いや、誰もというのは間違いだ。それは海翔にとって予期しない事態だった。
「え……」
海翔は唖然としていた。何故なら、進撃してきていた人形兵達の動きが突然止まったからだ。
「い、一体何が――え!?」
海翔は状況が把握できず、周りを見渡してさらに驚愕した。人形兵だけではない。新一や来栖、そして香里ですら止まっていたのだ。
「お、おい、クソ探偵! 一体どうしたってんだよ!」
海翔は訳が分からず、新一の肩を揺さぶろうとした。だが、反応がない。それどころか、揺さぶろうとしても一切動かない。
「そ、そんな……これって――」
海翔には、今起きている現象に覚えがあった。
海翔は慌てて、懐からある物を取り出す。それは――古ぼけた懐中時計だった。
「と、止まってる……それじゃあ、これは――時の停止!?」
そう――海翔の持っている懐中時計は決して止まることなく時間を刻み付ける代物だ。ただし、ある条件が調った時のみ、所持者の身代わりとなってその動きを止める。その条件、それこそが〝時の停止〟という大魔術が発動した時だ。
「な、何で!? 時澤のジジイはもう……」
決してありえない事だ。この魔術を生み出した本人は既に亡き者となっている。決して二度と使われることのない禁術だ。それが今になってどうしてこの場で発動しているというのか――。
『隕石落とし――』
それは突然聞こえてきた声だった。だが、海翔にはその声を気にする暇などなかった。
「な……」
目の前で驚くべき光景が広がっていた。
目の前の人形兵の軍勢に、ソフトボール大の火の玉が――火を纏った隕石が数えきれない程降り注いでいた。
「う、うわ!」
海翔は思わず、耳と目を塞いだ。
着弾した隕石は轟音と共に爆発し、人形兵を文字通り薙ぎ払っていく。破片すらも残らぬ圧倒的に無慈悲なまでな火力で。
爆音が聞こえなくなり、海翔が目を開けた時、そこにはさらに驚くべき光景が広がっていた。
「――な、なんで……」
そこに人形兵の姿はなかった。一体たりともだ。すべてがあの隕石によって消し去られていた。
だが、海翔が驚いているのはそんなことでない。
「なんで……う、嘘だろ? だって、あれは――」
海翔が疑いたくなるもの仕方のない事だった。この時が停止している空間では、物体には干渉ができない。むしろ、魔術すら発動できない。それが、あの明らかに魔術で生み出されたと思しき隕石が降り注ぐだけでなく、それによって人形兵が跡形もなく消し去られたのだ。この時の停止した空間では、そんな事はありない事だ。ただ一つの例外を除いては――。
「――ま、まさか……いや、そんなこと……だって、あの時……で、でも……」
肯定と否定。その混乱の中、彼はそれでも信じたかった。この現象を引き起こせる人物、それを海翔は一人だけ知っている。その人物であることを信じたかったのだ。
「……恵、なのか?」
海翔は空に向けて問いかける。
『――はい、海翔さん』
海翔の問いかけに、空から声が返ってくる。その声を聞いた海翔は、確信した。
「恵! 本当に恵なのか!?」
『はい……そうですよ。私です。間に合って……良かったです』
「お、お前、生きて……どうして……いや、そんなこと、今はどうでもいい! お前、どこにいるんだ!」
『すみません……海翔さん。残念ですけど、私は今ここにはいません』
「え……いないって……じゃあ、俺が聞いてるこの声は何なんだよ?」
『えっと……これは奇跡、みたいなものなんです。私は〝彼〟のおかげで、今この世界に干渉できてます』
「彼? それに干渉って……何だよ、それ?」
『ごめんなさい……詳しく話せないんです。でも、これだけは信じてください。私は元気にしてます。そして、必ず戻ってきます……あなたのもとに』
「恵……お前……」
『ああ……もう時間みたいです』
「え……待ってくれ、オレはまだ!」
『ごめんなさい、海翔さん。また、です』
「恵!!」
海翔の声は虚しく響く。荒井恵からの返事は返ってこない。
「恵……オレはまだお前に何も言ってない……オレは……めぐみぃぃいいいいいいいい!!」
空を穿つような叫び。それが彼女に届いているかは分からない。だが、その叫びに呼応するかのように空は変化を見せていた。今まで厚く空を覆っていた雲が晴れ、月明かりが指し始めた。
「恵……オレは待ってるからな。お前が帰ってくるのを!」
声は届いている。海翔はそう信じていた。それは彼にとって新たな決意を胸に秘めた瞬間でもあった。
「ふーん、ま、青春しているところ悪いんだけどね。そろそろ状況の説明してくれない?」
「へ?」
背後からの来栖の声に驚き、海翔は振り返った。そこには、新一達がニヤニヤと怪しい笑み漏らしながら、立っていた。
「あ、あんたら……いつ、から……」
「君が『恵……オレはまだお前に何も言ってない』って辺りからだよ、海翔君」
「な! そ、そんな……」
新一のその言葉に海翔は愕然とした。新一だけには知られたくなかったと心底思っていた。
「ま、そのおかげで何があったのか大体分かったけどね」
魂が抜けたように茫然としている海翔を余所に、新一はうんうんと頷き、納得している。
「ふーん、ま、よく分からないけど、危機的状況は脱したってことね?」
来栖が新一に問いかける。それに新一は頷いた。
「ああ、そうみたいだ。奇跡、みたいなものだけどね」
「奇跡ね……そんなの信じたくはないけどね。ま、突然こんな状況になったんだから、信じるしかないわね……」
「はは……そうだね……でも、それも海翔君がいたからこそ、かもね。彼が築いた繋がりが奇跡を起こした……か」
新一はそう言うと、未だに茫然と立ち尽くしている海翔を見て微笑む。
だが、来栖は新一から視線を外すことはなかった。
「そう……ね。それで? これからどうするの?」
「え? どうするって?」
来栖の問いかけに、新一は意味が分かっていない様子で問い返す。
「倒れている人達よ。をこのままにはしておけないでしょ?」
「ああ! そ、そうだったね! それじゃあ……ここの後始末は僕に任せて、君達は怜奈君達の方をお願いできるかな?」
新一は来栖にそう言って、微笑む。その笑顔に来栖は顔をしかめた。
「え? どうしたんだい、テレス?」
「あなたの考えそうなことね……いいわよ、さっさと行きなさいよ」
「え……」
「〝彼ら〟の事は私に任せなさい。あなたはあなたがすべきことをしてきなさい」
「……テレス、君……悪いね」
「謝れても困るわ。それより、気をつけなさい。今度は躊躇えないわよ? 躊躇えば確実に死が待っているわ」
「……分かってるさ」
そう返事をした後、新一は香里の傍に寄っていく。
「間島……あんた……」
「すみません、香里さん。先に事務所に帰って待っててもらえますか?」
「……分かったわ……必ず、戻ってきなさいよ!」
「ええ、もちろんですよ!」
それだけ言うと、間島は歩き出した。彼が向かう先がどこなのか、それは彼にしか分からない。
これにて、幕間はその幕を下ろす。それぞれの戦いは一応の終焉を迎えた。




