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まじっく  作者: かいん
6/20

トニー

   1†4


 アロウの街角に大魔法使いミニカのヴィジョンが浮び上がった。

 異世界で尊敬と畏怖を集め、傍若無人に振舞うヴァーチャルなもう一人の私。

 この世界のヴァージョンで取得できる限りのハイレベルと呪文数を誇る最強の魔法使い。

 漆黒のマントに赤の内張りが翻り、背中に吊った大剣ワルギスが怪しげに揺れる。


 街は今日もいつもどおりの喧騒に包まれている。

 一般社会が静まり返ったころからオンライン世界はもっとも騒がしくなってくるのだ。

 行き交う通りではタスク参加のためのパーティーメンバー集めや武器防具の交換が行われている。

 勝手に店を出しているものもいる。

 ハンティングが性に合わぬと完全に商人に転向してしまったものもいる。

 酒場のガウも以前は一般プレイヤーだったらしいが、今は一介の情報屋として側面から他のプレイヤーが苦しんだり活躍したりするのを眺めている。まるで隠居じじいだ。

 たとえ商人や情報屋でも金だけを集める目的ならやり方次第、戦わなくても十分だ。

『リーマス』の登録者数はぜんぶで150万人超。同時に参加するのはおよそ10万人~20万人。タスクが一巡した街まですべて含めると人が集まれる街や村は100箇所を超える。これらがすべて自分の顧客になる可能性があるのだ。バトルやタスククリアなんかよりよっぽど効率の良いビジネスチャンスも隠されている。私はそこまで頭良くないので主にタスククリア専門だが。

 

 さすがにリアルで酔ってるし、バトルやタスククリアは今日は無しかな。みんなを冷やかして回ることにしよう。

 甲高い叫び声と群集のどよめき。トリッシュの酒場に向かう私の足を路地裏からの悲鳴が引きとめた。

 ストリートファイトをやっているようだ。ただし、ただそれだけなら私の足を止めるには不十分。この手のファイト、中途半端に強くなったときは私もよくやったものだ。が、今では誰を相手にしてもただのいじめになってしまう。

 うっかり『リーマス』をやり始めたばかりの新人を半殺しにして身包み剥いでしまうと、彼らはもう二度とログインしてくれなくなるかもしれない。娯楽は他にもたくさんあるのだから。そのため今の私はもっぱら糧を『世界からいただく』ようにしている。

 そのとき私の足を止めたのは、もうすでに勝ちまくって失神者の山を築いている人物。顔はマスクで隠され、あだ名・名称の欄もUNKNOWN(設定できる)。そのやり口は残忍無比。もう二度とログインしたくないと思った挑戦者も多かったろう。

 一回の掛け金は2万ギル。勝てば倍になるが、失えば初心者にはかなり痛い金額。持ち物で払わされている者も大勢いた。普段なら気にもとめないこの出来事。ただこの数は尋常ではない。さらに奴は、昨日のトニーとまったく同じ背格好で同じ服を着ていた。

「あいつもう一時間以上もやってるんだよ。30人以上はぶっ飛ばしてるんじゃないかな」

 隣にいた僧侶風の男が教えてくれた。

「下手に戦闘系じゃなくて良かったよ俺。ひっかかるとこだった」

 トニーと同じ服を着た男が私と僧侶が話しているのに気づいた。

 腰に左手を当て、胸を張って右手の中指を立てる仕草。勝負に来るよう兆発している。

 奴がどのくらいのキャリアか知らないが、もし長くこの世界にいるのなら私のことを知らないわけがない。それを承知で誘っているのだろうか? いや、ありえん。

 基本的に『リーマス』の世界は何でもありだ。

 一定の条件下での決闘や賭け事、両者間に了解があれば何をやってもいい。

 しかし実力者が、このゲームに参加してまだ間も無い者に結末の見えた勝負を持ちかけて金品を巻き上げるというのは、このゲームを愛する者から見てどうか? 

 ある程度以上の実力が備わった者はトリッシュの酒場で参加金を支払ってタスクを買い、それをクリアすることで金品を得るべきだろう。初心者に配慮するのは上級者として当然のノブリスオブリージュ(高位者義務)だと考えられるし、それ以前に私はこのゲームを心底愛しているから。

 大魔法使いミニカは普段は保安官を気取るガラじゃ無い。風紀を正すつもりなどさらさら無かった。しかし自分自身が長年青春をかけて積み上げてきたこの世界の倫理を乱されることが、単純に腹立たしかったのだ。

 このとき私の脳裏には職場の同僚でさっきまで一緒にいた優男の映像は思い起こされなかった。酔いの所為もあるのかもしれない。

 

 トニーと同じ服を着た仮面の男が顎を軽く突き出す。

 二人にとってはそれだけで十分な合図だった。

 大剣に手をかけるまでも無い。私は隣のクレリックが持っていた10インチほどの杖を指先でひっかけて投げ放った。ゴングは鳴った。

 軽くかわす仮面の男。後ろの壁は弾丸の様に突き立った杖で粉々に打ち砕かれた。その破片が噴煙のように舞い上がるのを振り返ることなく、オープンカフェの小皿を指で挟んでミニカに向けて投げ放つ男。非常に滑らかな動きだ。

 空中で受け止めてやろうかと思ったが、そのあまりの威力に危険を感じ、ギリギリのところで避けて後方へ見送った。

 私の直後、皿が当たったところは木材がえぐれ煙が出ている。ありえないだろ。いったいこいつのパラメーターはいくつなんだ? 私はこの世界最強の魔法使いなんだぞ。

 挑戦の掛け声も同意も無い戦い。超高速の投げ物の応酬に、いまだ外野が誰も巻き添えを食らっていないのが不思議なくらいだ。あの威力、破片に当たっただけで低レベルの者なら間違い無く『死ぬ』。

「「「マヌテュオバクール!(魔の過冷却)」」」

 仮面の男がはじめて叫んだ。

 周囲で見物していた者達のうち、呪文の意味を知っている者はすぐさま回れ右をして必死の形相で逃げ始めた。間に合わぬと思った者達は即座に中和の呪文を口にした。

 それでも8割がたはレベルが低過ぎたりそもそも呪文の意味を知らなかったりで、魔法効果の直撃を食らい、そのまま絶命した。

「レビトラ&プロテカ!」

 即座に呪文の意味を理解した私はその場で浮揚し、周囲に球形の防護壁を張って魔法効果の進入を食い止めた。

「狂ってる。この状況で過冷却を使うなんて……」

 魔の過冷却が恐ろしいのは魔法伝達と効果発現に絶妙な時間差があるところだ。直撃を受けると体表や手足、脳等に先んじて体の中心から凍り始める。術の被害者は動け、また思考できる状態で1~2秒間自分の心臓が内部から凍てつき停止していく様を眺めることになる。その絶望感は想像に難くない。

 空中から惨劇を見下ろしつつ私は愕然とした。

 武器や魔法の繊細な使用感を得るために、殆どのリーマス利用者がタッチスキンインターフェイスを使用している。これは触覚をリアルに近づけるためのもので、健常者でも大ダメージが伝わると激痛のあまり気を失ったりPTSDになったりすることがある。

 心停止のおそれもあるため心肺疾患有病者には使用が禁止されているほどだ。直撃で即死したプレイヤーのリアルな健康状態が危惧される。

 リーマスでは取引や決闘は自由だが、それには最低限のルールがある。

 街を大規模に破壊してはならないし、周囲に大きな影響を及ぼす魔法を使ってはならない。それでは荒野でタスクをこなしているのと同じじゃないか。

「「「なるほど、やるな……」」」

 バリアの中にまで仮面の男の声が響き渡ってくる。声にはリバーブがかかり、声紋解析の呪文がつかえなくなっている。

「おまえ何者だ?! 名を名乗れ!」

 名乗るつもりなら最初から仮面などしないだろう。我ながら馬鹿げた質問だ。

 しかし奴のプロテクトは堅く、私の魔法力をもってしてもおいそれとは突き破れそうも無い。くそう、いますぐ仮面を剥いでトニーじゃないことを確認したい。

 もし、万が一椎野君と同一人物だったら…… 私をタクシーに押し込んだ後『リーマス』に乗り込んでやりたい放題荒していたんだとしたら…… 許せないかもしれない、彼を。

 街中でのマヌテュオバクールの使用だけでもとんでもない倫理違反だ。いったい管理者は何をやっている? 

「「「不意打ち以外であなたを倒せる者はかなり少なそうだね。この世界で最強の魔法使いさん」」」

 仮面の男は、私を大魔法使いミニカと知っていてあえて向かってきたのだ。

「あんたの目的はなんなの?」

「「「さあね。だいたいあなたの知ったこっちゃない、だろ?」」」

「目的の無い行動などないわ。言いなさい」

「「「あえて言うなら、この腐った世界をぶっ壊すことかな」」」

 その言葉を聞いて私は無性に腹が立った。

「腐ってるってなんで言えるの?」

 私はこの世界に救われた人間だ。

 当時、引きこもりの社会不適合者浅倉小娘にとって、ここは自分自身の存在を唯一確認できる所だった。ここで初めて私は他人と会話し、働き、稼ぎ、そして後輩達にちょっとしたコツなどを伝授してきた。入った時期が良かったのもあるだろう。私は運良くこの世界最強の魔法使いとまで言われるようになった。しかし、いま現在『そういった救い』を欲しているのは、まさに最近このゲームに入ってきたばかりの、仮面男がさっき殺したような連中なんだ。

 今、私の目の前にいるこの男。さしてやり込んでいるようにも見えないのにどう考えても強すぎる。そして強さの源泉がまるで見えない。不気味だ。まるで世界の根本原理に触れるかのような怪しげな迫力。最高位の私がいまだかつて出会ったことの無い敵。

 私のこともどの程度まで知っているのやら。

「表に出ろ! 試してやる」

 とにかくこの男危険だ。戦闘するにしても路地裏ではもてあます。

 私は浮遊したまま先に街の外へ飛び出した。

「「「レビトラ!」」」

 背後で男が浮遊呪文を唱えるのが聞こえる。

 少し飛ぶとアロウの街からもっとも近いタスクポイント、ラオル山が見えてきた。

 私はラオル山麓に急降下し、奴が到着するまでの時間差数十秒間で15個のトラップスペルを瞬く間に張り終えた。これが私の得意技のひとつ。超高速呪文のため舌先が少しヒリヒリする。ともあれ準備は万端。

 さあこい、仮面の無作法者。格の違いってやつを見せてやる!

 仮面野郎は私のすぐ上まできて、いったん上空で待機した。やはり警戒しているのか?

 見上げると、そいつの周りにスペル詠唱前にできる呪念度の濃淡が発生している。

「まずい! レビトラ!!」

 私は再度舞い上がり、超高速でそいつの高度を追い越してさらに上空へ抜けた。眼下ではまさに詠唱が完了するところだ。

「「「マヌテュオバクール!」」」

 仮面野郎は私が舞い上がるのもかまわず、もともと私が立っていた場所に過冷却を打ち込んだ。

 また過冷却か…… マヌテュオバクールのような高等呪文を知っているくせに攻撃自体が単調過ぎる。レベルは高いくせに戦闘経験が不足しているような奇妙な違和感。

 奴が過冷却を打ち込んだ所為でせっかく仕掛けたトラップスペルのいくつかは無効化されてしまった。意図的なのかそうでないのか、行動に隠された意図が読みきれない。

「ブリンガル!」

 私は取り寄せ呪文で奴のベルト後方に魔力のフックをかけ、そのまま急降下して地面の直前で離した。私自身は再び上空へ、仮面野郎は大音響と粉塵を巻き上げて地面に直撃した。プロテカを張る暇は無かったはず。これはかなりのダメージを期待していい。

 仮面野郎が直撃した地面は直径数メートルに亘って抉れ、奴自身は土砂に埋もれてその中心にいた。

 もう動けないかと思いきや、粉塵が収まるとそいつはのそりと起き上がってきた。

 動きがおかしい。あれだけの激突の後なのにダメージがあるように見えない。

 奴は朝起き抜けの気だるさのように、しかししっかりとした足取りですぐに抉れた穴の縁まで上がってきた。

「素晴らしいタフさ加減だ。しかしいかんせんのろすぎる!」

 私は奴に聞こえるようにあえて大声で叫んだ。何の事は無い。私は恐ろしかったのだ。

 一地方の統治者クラスを相手にしても私が恐怖を覚えることは殆ど無い。

 予測できぬ恐怖。この男の恐ろしさは暗闇が持つ恐怖と質が同じなのだ。

 私は上空に待機したまま、呪念度の高まった指を立て続けに鳴らした。途端に残ったトラップはほぼ同時に仮面野郎の上に降りそそいだ。

 なぜだ?

 仮面野郎はまるで罠のほうが避けてくれているかのように慌てず騒がず、平然と地上に戻ってきた。

 辺りには空振りで他の場所に当たって弾けたトラップの魔法煙が立ち昇っている。

 まだ10個近くのスペルトラップが残っていたはずなのに、その全てがほぼ同時に炸裂しているはずなのに。私は首筋に氷柱を押し当てられたような寒気を覚えた。

 奴は上空にいる私を見て仮面の奥で不敵に笑った。私があわててバリアを張ると仮面野郎の影はフッと薄くなった。しまった。逃げる気だ。

 しかし気づいた時にはもう遅かった。私がバリアを解除して追いかけようとすると仮面の男はすでに残像を残して消えていた。

 トラブルで注意を集め、街中で戦いに誘い、不意をついて使用不可の魔法で急襲。

 妙に高度な呪文を知っているかと思えば、使い方が単調でどう見ても戦い慣れしているようには見えない。そしてトラップが効かない。

 ある程度試すとすぐさまログアウトして逃げる。計画的かつ大胆。

 

 私の中に当然思い起こされるべき顔と名前、その彼に対する思いが堰を切って溢れ出した。

『こんなの椎野君じゃない!』

 大声で叫びたかった。だってついさっきまで一緒に飲んでしゃべってタクシーまで送ってくれたじゃないの。絶対ありえない。

 それによく考えたら私、椎野君のハンネだって聞いてない。

 昨日会ったオンラインのトニー。同じ会社に勤める椎野大兄。トニーと大兄はまったくの別人で、今日の仮面野郎はオンラインのトニーを騙る偽者?

 でも、でも、万が一ひょっとして…… トニーってそもそも今リアル社会を騒がしている凄腕ハッカーの名でもあるんだよね。

 ということはこっちのほうが本当のトニーの姿? トニーの本性? 

 でもそんな偶然てあるのかしら。いくらでも表示名を変えることが出来る場所にわざわざ同名で現れて目立つ行動取るなんてさっぱり分からない。

 ハッカーの愉快犯的行動特性? それにしたって昨日のトニーと印象が違いすぎる。

 もう何がなんだか……


 帰ってきたアロウの街路。

 考え事をしながら歩く私は周囲からどんな風に見えているのだろうか……

 最初遠巻きに見ていた僧侶や魔法使い達は中和魔法を唱えながら周囲を片付けている。

 急激に凍らされた机や壁材は割れ、湿って歪んで完全には元に戻りそうもない。

 過冷却で即死させられた者達は数十名。殆どはマルチインターフェイスを使用していたはず。プレイヤー達の安否が心配だ。

 私は片づけをする者たちにはかまわずその場を離れ、周囲も気にせずうつろな顔でブツブツ独り言を言いながら、そのままトリッシュの酒場に向かった。

 タスクをこなすわけでもない。特に目的は無い。とにかくどこか目的地が必要だった。

 このままログアウトしたって絶対眠れるわけないんだから。

 

 酒場ではキッドが迎えてくれた。カウンターの周りはタスクを買いにきた客とタスククリアのためにパーティーメンバーを探しにきた客でごった返している。

 酒場とはいえネット上なので実際に酔えるわけではない。

 酒場の機能は旅の拠点であり、装備や仲間の補充基地なのだ。

「この時間にガウが来てないなんて珍しいわね。キッド、お留守番ご苦労さん」

 私はかわいい仕切り屋さんに声をかけ、ノンプレーヤーキャラ独特のパターン化した返答に耳を傾けていた。

 そうしている間にカウンターの向こうの画像が揺らぎ、ガウがログインしてきた。

 私は『助かった』と思った。とにかく話し相手が欲しかったからだ。

 ノンプレキャラ相手じゃあ文字通り話にもならない。

「遅かったじゃないのガウ。タイムレコーダー押してくる?」

「勘弁勘弁。仕事が長引いちゃってね。風呂入ってビールの一本も飲むともうこの時間さ」

「まったくムードも何もない返事するんじゃないよ。せっかくファンタジー空間を満喫しに来てるのにぶち壊しじゃないのさ」

 私は大魔法使いを気取ってわざと不機嫌に詰った。

 しかし本心では生身の話し相手が来てくれたことが心底うれしかった。

 私はカウンターに座ってダブルを一杯注文した。情報を得たいときここではみな酒をたのむ。高い酒を頼むほど、おいしい情報や困難で高収入なタスクが提供されるという仕組みだ。ただし飲んだからといってライフが戻ったりパラメーターが上がったりすることは一切無い。

「実は南に30キロほど行ったところに『無限の裂孔』と呼ばれる地割れが存在する」

 ガウが仕事モードになって話題を振ってきた。

 今回の『アウル街編』になってからもう1年以上が経つ。

 小さいタスクは粗方解かれてしまっていて、もうそろそろ本編達成タスクが提示されるころだ。それがどういうものかは達成されるまで誰にも明かされない。

 つまり解いて見なければ分からないのだ。

 タスクは終盤に近づくほど長く困難なものばかりになってくるので、ふつう同時に複数のタスクに挑戦することはできない。終了間近のタスクはひとつにとりかかると軽く一週間から長いものだと一ヶ月ちかくかかってしまう。

 だから終了間近では、タスク名からどれが最終タスクかを推理して取りかからねばならない。最終タスクとそうでないものとの大きな違いは報酬と特権だ。

 一時金は他の大きなタスクと似た額だが、最終タスクを解いた者にはその街でのタウンマスターの称号が与えられる。タウンマスターにはその後行われるイベントに優先的に招待されたり、自分でイベントを企画したりする権利が与えられる。つまり後々まで有利な情報で稼がせてくれるというわけだ。それにタウンマスターは参加者全員にその存在が知らされるので、パーティーを組むとき優先的に声をかけられたりアイテムトレードでも一目置かれる。

 どうせタスクに取り組むのなら最終タスクを選びたいと誰もが思うのだ。

 大魔法使いミニカはすでに7つのタウンマスターを取得している。

 150万人が参加するこの世界でわずか百数個のタウンタスクのうち単独で7つ持っているのはミニカだけ。

 史上最高だ。

 この世界に関する限り、私ことミニカは間違い無く最強最高の魔法使いなのである。


『無限の裂孔』タスクを語り終え、ガウが通常モードに戻った。

 ガウとはこの街が出来る前からの付き合いだ。教えてもらって良いことはなんでも気さくに聞けるのだがさすがにタウンタスクについてはトップシークレット。絶対に教えてくれはしない。

 ガウ自身も昔はタスククリアを狙う一般プレイヤーだったのだが、ある時期から酒場店主兼情報屋の仕事に就くようになったらしい。

 リーマス内では他にもショップや仲介屋、代行屋や傭兵など様々なものに転職でき、街の運営にも携われるようになっている。

 ただ、やはり戦士や魔法使いになってタスクをクリアしていくのが本道で最大の楽しみ方であることに疑いはない。

 あるいはおそらく情報屋や街のスタッフ自身もゲームの根幹に関わることは教えてもらってはいないのだろう。街のスタッフや便利屋家業は、レベル上げやタスククリアの競争には疲れたけれど何らかの形でこの広大な世界と触れ合っていたい、もしくはいままで一緒だった仲間と離れたくないという人向けのおまけ的なサービスなのだ。

 つまりゲームが苦手な人でもいつまでも気軽にログインできて、末永く楽しめる道をちゃんと残してくれてあるのである。

「ありがとガウ。でも実は私今日はリアルで酔っぱらっちゃってるんだ。そろそろ疲れたし眠気も襲ってきたんで今日はもう落ちるわ。でも近いうちに参加するから今日中に登録だけしといて」

 私は目を擦りながらあくび顔でガウに伝えた。

「いいのかい? 待ってる間にまたラストタスク臭いのが出てくる可能性もあるけど」

「そんときゃこっちを急いでクリアしてからそっちに向かうよ」

「さすが大魔法使いミニカ様は余裕だねぇ」

 ガウはいつもこんな風に言って私をからかう。

「もうがっつかないようにしてるんだ。このタスクも相当難易度が高いことは間違い無いし。タウンタスクを他の奴に持ってかれるなら縁が無かったってことよ」

 私はそう言ってマントを右腕で後方になびかせ、踵を返すと店の出入り口に向かって歩き出した。大魔法使いミニカが大剣を揺らしながら歩く姿は周囲に相当なプレッシャーを与えるらしい。私の進行方向の人海がざっと左右に割れた。

 それを見て誰かが小声で『まるで水面を割って海底を歩くモーゼのようだ』と形容した。私は気分が良かった。

 色々あったがやはりログインして良かった。これで今日は気分良く眠れそうだ。

 ストリートファイトのことは明日会社で空き時間にでも椎野君に聞いてみよう。あれだけ振る舞いが違うんだからきっと別人だ。

 それにしても性質の悪いいたずらをする奴がいたもんだ。いつか探し出してお仕置きをしてやらねば。捕まえて吐かせれば今日みたいな事をした理由もはっきりする。

 これまでにもタウンタスクをクリアしたときなど散々妬み嫉みを受けてきた身だ。なんとなく想像はつく。人生最初のデートの夜に変な疑心暗記に囚われたまま寝るなんてかなりもったいない。なんとなくすっきりしたしこのまま今日は即爆睡だ。

 街の喧騒を背中に聞きながら、私は静かにリーマス世界からフェードアウトした。


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