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まじっく  作者: かいん
5/20

飲み会×二人


   1†3


 初めてのデートになるのだろうか? 

 仕事終わりに椎野君と入った居酒屋は24時間営業の明朗会計、極めて健全な食事とちょっぴりのアルコール。

 そして、そしてそして、このわけのわからない胸の高鳴り…… 

 ……て、待て。

 ホントーに、ホントーに恋なのか? これ。

 元引きこもりの私は、近所のおじいちゃんに挨拶するだけでもドキドキしてたんだぁ。ああ、もうほんとに今日はどうなるんだろ。セルフコントロール、セルフコントロール。 

 お店に入るとすぐさまお手洗いに直行。お化粧を直すと同時に自分を納得させる材料を探して5分ほど固まってしまった。

 話は30分ほど前の、場所は会社の事務所前。椎野君にタイムレコーダーを押してもらった直後にまで遡る。

 

「し……いの、トニー…… しいのトニィィィー??!!」

 突然叫ぶ私。目の前の椎野君の頭上に特大の疑問符。

「僕の下、変わってるだろ。多分日本中捜してもそんなにはいないと思うよ」

「た、たぶんいないよ。そうだよね、そう……、……て、そうじゃなくて、あの」

 悔しいけど言葉がうまく出てこない。なんでリアル社会じゃこんななんだ私。

 我ながら歯がゆくて仕方が無い。がんばれ『リーマス』の大魔法使い! 今のおまえは五重苦の女の子じゃない。高身長・豪腕で最強の武器防具と最凶の魔法を使いこなす悪口傲慢な魔法使いだ。

 いけ! 『椎野君、昨日大魔法使いミニカと一緒にいなかった?』って質問してやれ。

 い、いや、そうじゃなくて、そ、そうだ『昨日の夜、どこにいたの?』って聞くんだ。

「ところでミニカ、お腹空かない? お給料がまるっきり安いんで、……課長には聞こえてないよね。そんな大したとこには誘えないんだけど、良かったら近所で飲みに行こうよ。もう働いてるし、未成年だとか少しくらい大丈夫だよね」

 私が背中に汗かいて必死で言葉選んでるときにこのさわやかボーイは一体いくつの言葉を紡ぎ出してくるんだー! 私のメンタリティーじゃ対応し切れないじゃないか。

 えーん、もう泣きたくなってきた。

「そ、そうね。少しくらいならね。お、お酒? の、飲んだことあるわよ。あの、実家にいるときお母さんと一緒に梅酒をちょっぴり……」

 あーもう何言ってんだ私は。

「ならもうとっくに体験者だね。僕は社会人になってからなんだ。アルコールは脳の働きを抑制するって、昔煩く言われててさ。だからお酒もミニカの方が先輩かも」

 ……て、椎野君、すっかり私のこと下の名前で呼んでるじゃん。もう、余計緊張しちゃうよ~

「そ、そうだね。仕事もお酒も私が先輩でよかったぁ。だってだってほら、片方だけ先輩だといろいろややこしいじゃない!」

 バカか私は。もっとマシなリアクション無いんかい。やっぱリアルな私は五重苦だあ。

 

 程なく私と椎野君は会社から徒歩10分ほどの大衆居酒屋に着いた。

 話の主導権は殆ど彼が握ったままだが、楽しくない訳じゃない。つか単純に楽しいじゃん。

 話題はゲームから音楽や映画など他の趣味へ、はたまた会社や仕事のことまであちこち飛びまくり。つっかえながらも私いつもより上手に話せてる気がする。彼のエスコートが上手いのか、私が成長してるのか、もうそんなことどうでもいいや。

 とにかくなんかすごい胸が高鳴る…… これってひょっとして……

「ところでミニカのハンドルネームって何? ひょっとしたらごく最近オンラインで会ってない?」

「え?」

 浮かれた私に椎野君からの不意打ち。今ここでその話題? もう流そうと思ってたのに。

 会社は明日も明後日もずっとあるわけで、彼とは毎日のように顔合わすわけで、こんなことならもっとおしとやかなキャラを演じとくんだった。ハンネ顔見せ無しだからって男勝りにやり過ぎた。ゲーム内とはいえ惨殺も散々やったし。男キャラが引くくらいの残虐非道もしばしば。今彼がそれを知らなくても、ハンネばれちゃえばトリッシュの酒場に来てる他のバカどものおしゃべりでいずれ全部筒抜けだよ。もうなんか涙出てきそう。

「僕この前すごい女魔法使いに会ったんだ。屈強な上に魔法も万能なんだって。そいでもってなんとその人のハンドルネームが……」

 あ~ マジヤベー、もうだめだ。これ以上隠し通せない。う~ん。

「良かった事! そうそう、ネトゲやってて良かった事って椎野君どんなことある?」

 いきなりの話題転換。呆然とする椎野君。どんだけ話の切り替え下手なんだわたしゃ。

「うん…… いいよ。じゃあミニカからどうぞ」

 椎野君の声のトーンが若干下がったような気もするがとりあえず回避成功。

「私は結構キャリア長いしリーマスに思い入れ深いんだ。長くなりそうだから椎野君先に言ってみて」

「残念だけど無理だよ。ネトゲに関してはまだ辛い事の方が多いからな」

 椎野君は私から目を逸らして溜息混じりに言った。その一言で弾んでいた会話は止まり、場の空気は澱んだものになった。

 ぎゃひー、これってやっぱり私の会話スキルが低すぎるせい? 元引きこもりの限界か? そんなつもり全然無かったのに~

「ご、ごご、ごめんね。そんなつもりじゃ……」

「いいんだ別に。ミニカはしゃべること沢山あるんだろ? いいよ、どうぞ」

「う、うん、私はね……」

 私はそこから不自然なほど饒舌に喋った。場の空気を変える為? ううん、それだけじゃなく。

 リーマスへの思いをリアルで語る事は、私自身にとっても大きな癒しだったから。これまでゲーム内でどれほど評価されようとも、現実世界でそれを聞いてくれる者は一人もいなかったから。

 自らを鍛え、自分で稼ぎ、他人と協力して何かを為す作業。そのすべてを私はリーマスの世界から学んだ。その世界で私は、賢者、偉人とすら呼ばれるようになった。

 リアルマネートレードのことも今日初めて他人に喋った。

 椎野君は最初ぼんやりと聞いていたが、私が一所懸命喋ると徐々に笑顔を見せてくれるようになった。最後の方は身を乗り出して、まるで自分のことのように聞いてくれた。

 私は生まれて初めて自分の考えをめいっぱい他人に語り、心の底から満足した。

「以上です。ありがとう、全部聞いてくれて」

 でも、椎野君自身はどうなんだろう。

「じゃあいよいよ僕の番か。僕にとってリーマスは……」

「リーマスは?」

 彼のテンションがいきなり下がる。なんで? さっきまであんなに楽しそうに聞いてくれてたのに。いったいリーマス内でどんだけ嫌なことがあったって言うの? 

「アイデンティティーであり、且つ悩みの種かな……」

「え~? それって良かった事じゃないじゃん」

「仕方ないよ。人それぞれでしょ。僕の場合はそうなの」

「何かないのぉ……?」

「ところでミニカはリーマス世界が壊されそうになったらどうする?」

「え? もち、全力で守るケド」

「守れなかったら?」

「はっは~ん、椎野君。素人さんはそう考える。しかし私はそうは思わない」

「なんでそうは思わないんだよ」

 椎野君にまた笑顔が戻ってきた。よ~し、もう一押し。

「真の実力者には敗北などありえないからだよ。わっはっは」

 実は私かなり酔っ払ってるのかな。でもいいや。

「リーマスがなくなればいいと思ってる人だっているかも知れないよ」

「え~ なんでそういうこと言うの?」

「例えばの話だよ。それならどうする?」

「リーマスの良さを分ってもらうまで小一時間語りまくる」

 それを聞いて椎野君は大爆笑。勝ったのか? 勝ったのか私は?

「ミニカならやりかねないな。小一時間どころか一晩中でも」

「椎野君がネガティブすぎるんだよ。私なら身を挺してでも世界を救うね。下っ端の奴等から順に救っちゃうからねホント」

 それを聞いて、椎野君の瞳からスッと熱が消えた。

「リーマスはマルチインターフェイスで視聴覚触覚は殆どリアルと同じになってるんだけど、本当に下っ端から救うなんてできるの? 自分が傷ついてでも?」

 椎野君の瞳は無限の深さで私の勇気を試してくる。私はまるで千尋の谷を覗き込んでいるような気持ちになった。

「椎野君、そ、そんなマジにならなくても…… 出来るわ。たぶん」

 だめだ、せっかく明るく振舞えてたのに元引きこもりの本性が出ちゃいそう。

 そこへ店員さんが生中を二つ運んできてくれた。ナイスブレイク店員さん。

「ハイ、じゃあとりあえず乾杯しようか。ミニカ何か無い?」

「え~と、あの、じゃ、じゃあ、せっかくだから何か考えて、えと、何でもいいから、そ、それに乾杯する?」

 何を言ってるんだ私は。声が震える~ た~す~け~て~

「んじゃあミニカの勇気とその勇気に守られるべき儚き世界に……」

 うわーん、なにそれ? なんかまだ若干怒ってる~

「せーの……」

「「かんぱ~い!!」」

 なんか涙出てきた~


 その後は会社の愚痴やら社員さんの噂話で盛り上がった。店を出る直前には酔いが回りすぎて私はもう何を言っているのか自分でも分からなくなっていた。

 

 椎野君に別れを告げてなんとかタクシーに転がり込み、運転手に住所を告げるとそこはもう亜空間をさ迷っているような夢心地。

 時間の感覚まったく無視で途切れ途切れの意識の中、椎野君との話を反芻してた。後半はほとんどがどうでもいいような同僚の噂話だったけど、椎野君自身のことも話してくれたんだよなぁ。ええとどんな内容だったっけ。相当お酒が進んでから話し出すんだもん椎野君たら。とても覚えてらんないよ。でもかなりプライベートなことも言ってたような。

 ん~と……

「たしか椎野君とこ、お父さんの会社が潰れて家族がバラバラになったんだよな……」

 内容は覚えているのに、その場ではその意味するところをまったく理解していなかったというどうしようもない聞き手。あ~私ってマジ最悪。酔いに任せて彼が傷つくこと言ってないわよね。

「彼自身けっこういいところのお坊ちゃんみたいなのに、不幸にも今みたいな職場で、私みたいなのと一緒に飲んで」

 今みたいな職場でって、会社に対してかな~り失礼だよなぁ。でもまあ派遣だし。

 他の人と飲むときはマジ気をつけなきゃ。私ってアルコールが入ると節制が効かなくなるタイプなのかも。下手すりゃクビだよ。でもこのふんわかした感じ気持ち良い。

 このタクシー私のマンションには向かわなくても良いから朝まで走りつづけてくれないかしら。でもそうすると一晩で私の月給吹っ飛んじゃうわね。

 あ~ 思考に脈絡ねぇ~

「そんな大変なことがあったのに、何で彼はあんなに良い人でいられるんでしょう? まったくの謎です。ハイ、運転手さん、どうしてでしょう?」

 運転手さんに絡むなんてほんとにマジ最悪の客だ私。普段は近所のじいさん相手でもあがっちゃうくせして。

「それは彼があなたのことを好きだからじゃないんですか?」

 運転手さん最高。社交辞令でも上手すぎる。酔っ払いの私は酒でも言葉でもいまメロメロダヨ~

「それはない。そんなことはないよ。それに、その気があるなら普通送るでしょ相手の家まで……」

 心とは裏腹にわざわざ一度否定する私。

「警戒されると思ったんじゃないですか? それか何か外せない大事な用事があったとか。

それに職場が同じ人なら、またいつでも誘えますしね」

「それだ、それ! いつでも誘えるんだから無理に迫る必要ないよね、ね。そうだよ。たしかに彼なんかいつも忙しそうだし。でも今日はなぜか誘ってくれたんだよね~     

 ……のわりにこのあっさりした引き際はなんだぁ~? こるあ、しいのトニー! 出てこい! おうら! 出てきて送れよこのぉ」

 もう我ながら何を叫んでるんだか…… 運転手さんごめん。

「トニーさんって言うんですか、変わったお名前ですね。その方に彼女さんはいらっしゃらないんですか?」

「え?」

 息を呑む私。

 しばし沈黙が流れた。

 運転手さんもまずいことを言ったと思ったのだろうか。首をすくめて萎縮しているのが後部座席からでも分かる。

「え? 会話の中ですでに聞いてるのかと、そのトニーさん彼女いるとかいないとか……」

「え、えぐ、えぐ……」

 何これ、わけがわかんない。目から水が、俗に言う涙が溢れてきて止まらない。

「ふえぇ~~~ん、ふえぇ~~~ん、えぇ~~~ん」

 まるでいじめっこに泣かされたような泣き方。そうやって泣く私自身を客観的に見てる私の中の私。

 それでも涙は制御できず次から次へと溢れてくる。それをバックミラーで見ている運転手さんはもうまるで犬のおまわりさん状態。

 運転手さんマジごめん。でも自分の力じゃあどうしようもないんだ。

 まさに酒の魔力。号泣の魔法にかけられたみたいだ。大魔法使いの名誉にかけて次回までには酒の解除呪文、酔い覚ましのデスペルを覚えときますです。

「はい着きましたよ」

 自宅前に着いて下車を促されても、私はまだ泣いていた。

 まるで耐久レースにチャレンジでもしているかのように、最後は無理から泣いていた。

 なんだよ意地かよこうなったら。しゃくりあげながらもきちんと料金を渡し、ちゃんとお釣りも確認してから降りる私。ほとんどギャグだよもう。

 タクシーが行ってしまい、鍵を開けてマンションに転がり込むと憑き物が落ちたように涙が止まった。そもそも大した理由も無いのに泣きすぎだろ。それか、いろいろなことが一度に起こって神経が昂ぶっていたのか? その可能性の方がまだ高かろう。

 なんせついこの前まで引きこもりの社会不適合者だったのだ。上手く就職出来たからといってすべてをそつ無くこなすなんて出来るわけがない。

 必ずどこかにしわ寄せや歪みが出てくるはずだ。じゃないとバランスが取れない。おそらくずいぶん無理してたんだ私。

 でも涙を流すような内向きの方法でバランスが保たれるなら安いもんだ。秋葉原に車で突っ込んで他人を傷つけなくちゃバランスを取れないやつもいるんだから。

 いや、あれはバランス崩したからああなったのか? ええいもう良く分からん。

「椎野君家ってそんなに大変な目にあってたんだ……」

 自分の口がため息混じりにしゃべり出すのをもっと高いところから霊魂だけで聞いているような気分。

「辛いことも過ぎたこととして他人に語れて、明るくやさしく振舞えて、ほんとすごいなぁ」

 涙が止まったら今度は独り言が次々と溢れてくる。

「ホントに彼、彼女いないんだろうか? 運転手さんが言ってたとおりだと良いなあ」

 そう言っておいて、自分で自分の言葉に赤面した。

 独りきりなのを良いことに頭の中身をぽつりぽつり口に出す。誰に聞かれることも無い。口に出すたび少しずつ心が軽くなる。

「都合良く考えすぎると後で現実とのギャップにショックが大きすぎるからね。妄想はほどほどに、慎重に考えなきゃ……」

 少しずつ酔いが覚めていく頭を壁にもたせかけ、そのまま床に腰を下ろして中空をぼうっと眺めた。考えを整理しようとするがまったく論理的にならない。

「今彼なにやってるのかなぁ。今よりもっともっと分かり合えるようになれば、彼と付き合えるのかなぁ……」

 彼と付き合う? 

 独りきりの部屋のなかとはいえこんなことを口に出して言っている自分自身に驚く。

「かつての引きこもりクイーンは新しい魔法を身につけた、か?」

 酔いは少しずつ覚めてきたが、興奮しているせいかなかなか眠くならない。

 そもそもが夜更かし癖なのだ。本来ならこの程度宵の口。ここ一年以上もこんなに早い時間に寝たことは殆どない。長年の不摂生によって体内時計が間違ってセットアップされてしまっているんだから眠くなるわけがない。


 時刻は深夜。

 時間を追うごとに冴えていく意識に観念し、パソコンの電源を入れた。

 酒が入っていようが明日仕事があろうが、眠くならないものは仕方がない。

 色々なモヤモヤも『リーマス』の世界で憂さ晴らしだ。


 


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