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まじっく  作者: かいん
3/20

ミニカ


   1†1


 アロウの街から数十キロ。

 タスクを達成するために訪れた密林の奥地で私は予定外の地下空間に迷い込んだ。

 タスク自体は軽いものだった。私のレベルなら難なくこなせる程度の。

 それにしてもどこだここは? 

 完璧なはずの私のマップにもいまだ載っていないダンジョンか、それとも次元のひずみか。

 

 大剣ワルギスを振り回せばゴブリンやオークをひと薙ぎ。唱える呪文は最上級ばかりで並み居る魔法使い達も皆揃って恐れおののく。

 この世界での私を一言でいうなら『無敵』。

 これでほぼ間違いない。

 その私が自分のいる場所すら把握できないというのはいったいどういうことなんだ?

 つい先ほどもらったタスクを軽くこなし、帰ろうと振り向いたら急に足元が崩れた。気がついたら真っ暗闇で、どうやら目の前には人が倒れているらしい。先ほどからピクリとも動かないし、他に気配を感じることも無い。暗闇でかつ静寂だ。とりあえず魔法で周囲を照らすことにする。

「ルミナスッ!」

 明かりの呪文によって周囲は一瞬でまばゆい光に包まれた。

 少し光が安定してくると、マントに包まれた魔法使いとも僧侶ともつかぬ男が一人、すぐ目の前に横たわっているのが見えた。周囲は思ったより広い。ただの地下空洞というわけでもないらしい。

 壁には一定のパターンで模様が見えるが、人為的なものかどうか判別がつきがたいほど表面が荒れている。ただの地層なのかも知れない。それにしては綺麗に空洞が開いたものだ。ちょうど人の身長プラスアルファくらいの高さで縦横もほぼ長方形。人為的なもので無いとしたら驚くべき自然の悪戯だな。

「おい、起きろ」

 私はつま先で倒れている男を突いてみた。この世界ではこういう罠がよくある。

 いつでも反撃できる態勢を取りつつ男を起こそうとしてみる。

 3回ほどつつくと男は呻いて身を起こした。

 見た目は20歳前後。年齢にそぐわぬ高価そうな宝飾に年季の入った魔法道具。その上から埃にまみれた黄緑色のシルクのマントというちぐはぐなスタイル。

 私は男の格好をあらためて見て思わず吹き出した。何者か知らないが、悪辣な連中の一味では無さそうだ。

「それなんて格好? そのマント、ひょっとして元はパーティー用?」

「ん、うう、オリジナル……かな。ああよかった、生きてる……」

「私はミニカ。この世界で最高ランクを極めた何でも屋の大魔法使いよ。あなたは?」

「僕はトニー。なんて言えばいいのかな、ええと、修行中の魔導士だ」

 トニーは埃を払いながら立ち上がった。なんと彼の背は私より3インチ以上も高い。女魔法使いの中ではかなり大柄な私が、立ち上がった彼を完全に下から見上げる形になった。

「良かった。間に合ったか」

 トニーは溜息をつくように言った。

 その直後、頭上で凄まじい爆音が響き渡った。

 壁の表面は崩れ、砂埃が舞う。私たち2人はその場でよろめいた。

「どういうこと? こ、これ……きゃあ……」

 トニーは、戸惑いよろめく私の両肩を支えるようにしっかりと抱いた。まるでこの爆音を予想していたかのようだ。

「私がついさっきタスクをこなしたときには何の前触れも無かったわ。あなた何か知ってるの? この世界は……」

 私はトニーに事情を聞こうとしたが、ますます大きくなる地鳴りと轟音の中、声がなかなか通らない。自分が把握していないダンジョン内で、素性のよく分らない相手に必死で状況説明を求める偉大なる魔法使い。それだけでもう十分滑稽だ。だが分らないものは仕方が無い。

 私は揺れる地面に両足を内股に踏ん張り、トニーの胸に顔を埋めて少々ヒステリックに情けない問いかけを繰り返した。

「バカ、もう、ホントに怖いんだから! 早く説明しなさいよ。わわ、キャー」

 彼はそんな私の背中に手を回し、抱き寄せたまま後ろ頭をかきあげるようにそっと撫でる。

「もうそろそろ終わると思うよ。危ないところだったね」

 彼の声はあくまで落ち着いていて、優しい。

 私は彼の胸に埋めて顔色が見えないのをいいことに、大いに赤面した。最強の魔法使いなのにあんな軽い悲鳴を上げちゃった。バカバカ私のバカ。大魔法使いの威厳が台無しだよ。もうやだ。やだやだ。

 まもなく爆音は聞こえなくなり、地鳴りや轟音も静まった。

 私が最初にかけた明かり魔法はまだ薄っすらと周囲を照らしている。

 トニーは私を抱きしめたまま細面色白の顔をこちらに向けて軽く微笑んだ。包み込むような笑顔だ。

「バ、バババ、バカね。ちょっと足場が悪かったから掴まっただけ……」

 私は押し退けるように彼から離れた。なんだこのツンデレキャラ、私らしくねぇ。明らかに最高位魔法使いの貫禄にそぐわない。これまで積み上げてきたものがぁ……

「トニー、お願いがあるんだけど。さっきの悲鳴、聞かなかったことにしてくれない?」

 私は上目がちに懇願する。もう貫禄なんて何処へやら。

「いいよ」

 トニーは子犬をあやすような笑顔で答える。

 それにしてもこの男、あれほどの大爆発でも落ち着きはらったこの態度。この私ですらこんな大異変これまでに遭遇したこと無いのに。

 

 地上に出ると背筋がうすら寒くなるような焼け野原が辺り一面に広がっていた。これじゃあ無敵の魔法使いでもひとたまりも無い。もしあの時この場にいたら間違いなく即死だ。

 変なファッションの優男は、期せずして私の命の大恩人となった。

「見たことも無い殲滅型の魔法ね。どちらかというと天災に近いわ。個人やグループで生み出せるマジックパワーとは桁が5~6個違う規模。トニー、どういうものなのか説明できる?」

「ああ…… ん、知らないよ良くは」

 トニーは私と目を合わさずに答えた。

「ただ、とある筋から今夜大規模なPKプレイヤーキリングがこのあたりで行われるって知ったんだ。でも僕最近この世界に来たばっかりでさ、勝手がよく分らなくて。しかも、時間も無くてかなり焦っててね。そんなわけで格好もこんなで……」

 トニーは取りとめの無い返答をした。

「それよりも助かって良かったじゃん。ね、ミニカ、街に連れて行ってくれるかい? 今はアロウの街のトリッシュの酒場がメインのタスク配布ポイントになってるんだろ?」

「来たばっかりなのに詳しいのね。予習でもしてきたの?」

 私は、アロウ周辺では傍若無人冷徹残酷な魔法使いで通っている。その風評を気にしたことは無いし、誇りにすら思ってきた。でも、このトニーにだけはそんなあるがままの私を知られることに少し抵抗を感じる。初めてだ、こんなことで胸がドキドキするなんて。

「わ、私は一匹狼の魔法使いだから紹介できるような仲間なんか殆どいないけどね。まあいいや、疲れたしもう戻ろうと思ってたところ。一緒に行く?」

「うん、頼む」

「ああ、それと……」

「え?」

「さっきは命拾い、ありがとうございました」

 落ち着いた私は少しおどけた調子で御礼を述べた。

 周囲は夕闇に包まれ足元もおぼつかないが、凄まじい魔法力で焼き払われた周囲にウエアウルフ一体スライム一匹いないことは明らかだった。

 普段なら警戒しながら慎重に進むべき夜の道を私たち2人は時には冗談を言いつつ話しながらのんびり帰った。


 まもなく私達はアロウの街の大きな外門にたどり着いた。

 外門には荒野から来る人外が近づけないように多種多様なまじないがびっしりと巻きついている。ざっと30種くらいはあろうか。このうちの5~6個はギルドからの依頼で私自身がかけたものだ。痛んではいるが、まだきちんと機能している。

 外門から少し歩くと小さな内門があり、そこから程近いところにギルドの集会所にもなっているトリッシュの酒場がある。

 扉を開けると酒と煙草と硝煙の臭いがスモークでも焚いたかように溢れかえってきた。

「ミニカ、おめぇ無事だったんだな。心配したぜ」

 野太い声が店の奥から響き渡る。酒場のマスターで情報屋でもあるガウが髭面を掻きながら声をかけてくれた。

 ガウは巨人族とも見まごうばかりの大男。

 一匹狼の私だが、このガウにだけは少し心を許している。一見粗雑に見えるが実は細かなところに気がつく人の良いオヤジだ。

「ああ、危なかったがね。このトニーがいなけりゃ灰も残っちゃいなかったかもな」

 私は厳しく声のトーンを落として、横にいるトニーの肩をポンと叩いた。

「ずいぶん大柄だが職種はなんだ? よけりゃぁうちのギルドに入んねえか?」

 私への心配は一瞬で終わり、いきなりトニーの勧誘を始めやがった。ちゃっかりしたオヤジだ。ガウは私のことをトニーにどういう風に話すつもりだろう。別にどうでもいいんだが、なぜか気になって仕方が無い。

「ガウ、か……」

 トニーの目からは先ほどまでの微笑が消え、心中探るような鋭い視線がガウに浴びせられた。

「はぁ? なんだお前さん。俺とは初対面じゃなかったか?」

 ガウはトニーの変化に少し戸惑っているようだ。

「いや、何でも……」

 トニーはガウから目を逸らし、下唇を噛むような仕草をする。彼はそれきり言葉を切り、値踏みするような視線で店内を見回し始めた。ギルドに登録したりタスクを貰ったりする様子も無い。

「おいミニカ、ちょっと来い」

 ガウが私の手を掴んでカウンターの奥に引っ張り込んだ。

「いててて、呼べば行くよ。引っ張るなよ」

 いくら女魔法使いの中では大柄でも、私の腕はガウの数分の1ほどの太さしかない。いつも思うがこのオヤジ、ギガントの血でも入ってるんじゃないのか?

「俺は見覚えねぇぞこの兄ちゃん。いってぇ何者だ?」

「知らないよ。私も今日初めて会ったんだ。おかげで命拾いしたんだが」

「おうよ。心配してたんだ。超ど級の爆発だった。オレがお前に渡したタスクとちょうど同じ方角同じ頃合いだったしな。お前が店のドアを開けて顔見せるまでは、ずっと冷や冷やしてたんだぜ。んでクリアはしたのか?」

「タスク自体は楽勝だったよ。つか私のレベルでクリアできないタスクにもう長いことあたってない。それにしてもあの爆発は凄過ぎだ。トニーのいた地下空間がシェルターの役割を果たして命拾いしたが…… 地上にはもう何にも無くなって、そりゃ綺麗なもんだったよ」

 私は疲れた顔で微笑んだ。

 ガウは少し私に調子を合わせたが、すぐ真顔になり、トニーの話に戻った。

「あいつちょっとおかしくねぇか? ノンプレーヤーキャラじゃねーよな?」

「まさか。普通に会話してたんだよ」

「ならいいが。最近は色んなパターンがあるからな」

「ミニカ、ガウ…… ちょっといいかい?」

 いつの間にかトニーがこちらに向いて声をかけている。

「用事が出来たんで今日はもう落ちるよ。今度いつまた来れるか分らないけど、寄れたらここにも寄るね」

 そういう間にもトニーの影が薄くなってきた。

「ああいいよ。いつでも来な」

 ガウは事務的にトニーを見送った。

「待ってトニー、私は……」

 急いで声をかけたがトニーの体はもう向こう側が透けて見えている。声も途切れ途切れにしか聞こえない。

「また……ニカ。また今度ゆっ……話…う。僕……」

 トニーはフェードアウトした。

 リアルタイムはもう午前3時を回っている。周囲を見回すと酒場からは急速に人影が減っていた。

「まあまたこいやミニカ。次回以降はタスクも重めだ。時間かかるぞ。集中して来られるのはいつごろだ?」

 気付けばガウも少し眠そうだ。

「来週再来週は休みも多いし、主な用事は午前中に集中させるから。大体いつでも」

「分った。俺ももう落ちる。キッドに代わるぞ」

 そう言うとガウの影が薄くなり、代わりに緑色の衣装をまとったかわいい子供の画像が現れた。

 キッドは自動でタスクの割り当て、経験値管理、クリアタスク管理、アイテム保管、イベント運営などを行ってくれる総合窓口。ガウが酒場の情報屋としてカウンターに立てないときに代わりを務めてくれるノンプレーヤーキャラだ。

「最近はそのまま寝こけること多かったからな。今日はちゃんと帰ろう」

 私は独り言を言いつつ人影まばらになった店内に別れを告げた。

 数時間前にあった爆発はもう遥か昔の出来事のように淡い意識に包まれつつあった。

 早朝参加の連中がポツリポツリと店内に姿を現す。

 粗野な声が店内に飛び交い、キッドがそつなく彼等にタスクを配ってゆく。

 世界は回り続けていた。


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