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まじっく  作者: かいん
2/20

狩場

   0†1


 街から程近い初級者向けの狩場。

 広葉樹がうっそうと茂る森の中にできた小さな広場には、ところどころに切株が残る。そこにうず高く積まれた雑魚モンスターの屍骸の山。まだ知り合って間もない私たち8人が仕留めた今日の成果だ。

 バウンティーハンターのドヘルガンとべクティムは屍骸の山を指差し、まだ初心者である私たちに重いペナルティーを課してきた。

「てめえ等が初心者だってことは分かってる。この辺りを俺達の縄張りと知らなかったんだろ? 狩り散らかしたことを反省してるってのか?」

 べクティムは十数メートルもある鞭を弄びながら舌なめずりをして続ける。

「だがな、初心者だからって許されていい事とそうじゃない事がある。この場合は後者だ。分るか? ああ?!」

 私自身、ドヘルガンとべクティムの悪評は酒場で散々聞かされていた。のに、奴等の縄張りについては理解できていなかった。未熟な私たちはいつの間にか奴等の狩場に踏み込み、その逆鱗に触れてしまったのだ。

 勿論、ゲーム内では何処で誰がどのように狩りをしようが自由だ。私たちは街から最も近いこの狩場で機嫌よく狩りを楽しんでいた。管理部からも何一つ文句の付かない模範的プレイヤー、のはずだった。

 ドヘルガンとべクティムが腹を立てているのはあくまで身勝手自分勝手。狩りの独占というよりも、うがった見方をすれば初心者に因縁をふっかけて少ない有り金を巻き上げようとしているように見える。

 今回の狩りに参加したのは私を含めて8名。そのすべてが初心者で、純粋に経験値や通貨ポイントを稼ぐのが目的だった。8名全員が貧弱な防具と武器装備。魔法も殆ど覚えていない。

 

 ルピナ。

 世界初のフリースタイルオンラインゲーム。その自由度の高さはそれまでのゲームの比ではなく、翻訳系アプリケーションに優れ、たちまち全世界に大量の熱狂的ファンを生み出した。

 それまで引きこもりで友人も生きがいも無かった私はたちまちルピナの世界に魅了され、一日の大部分をこのゲームに費やすようになった。最初は恐る恐るだったゲーム進行にもすぐに慣れ、一緒に狩りをしてくれる者たちに声をかけることも出来るようになっていった。現実社会では近所のコンビニで買い物することさえ恐怖なのに。

 ゲーム世界で、私は当たり前のコミュニケーションに触れ、失っていた何かを取り戻しつつあった。しかし、どんな社会にも悪辣な奴等はいるものである。

「いつもならな、金置いて行くだけで帰してやってもよかったんだが、あいにく今日は俺もべクティムも虫の居所が悪くてな」

 もともと無事で帰すつもりなど無いな、と私は直感的に思った。

 べクティムは得意の鞭をこれでもかと誇示し、その辺の木の枝や岩を破壊して見せた。

 私たち8人は為すすべなく怯えるのみ。全財産投げ出そうが、丸裸になろうが、最早許されるすべは無いかに思われた。

 べクティムは怯えた子犬を見つめるような支配的な視線で、音速の破壊音を周囲に響かせ続けている。奴が今欲しているのは金でも謝罪の言葉でも無い、いたぶり殺す快感だけなのだ。私は心の底で理解した。勝手に膝が笑い始めるのをなんとか抑えつけ、仲間と周囲の様子を伺う。

 このゲームの大きな特徴の一つにタッチスキンインターフェイスの採用がある。

 通常のヘッドセット以外に両手首の触覚センサー、これらすべてを合わせてマルチインターフェイスと呼ばれている。視聴覚インターフェイスが立体的な音声や画像を脳内に構築するのはもうすでに当然として、秀逸なのは触覚である。

 人の病態の一つに連関痛というものがある。心臓に疾患があるとき肩こりなどと勘違いして原発疾患の発見が遅れたりする厄介なものだ。タッチスキンインターフェイスはこの皮膚感覚錯誤を逆利用。刺激の強弱と移動速度をコントロールすることでどんなに狭い範囲からでも、つまり両手首のセンサー設置面からだけでも、全身のあらゆる部位の触覚痛覚を殆ど再現できる。触覚痛覚においては約93%。同様の原理で嗅覚味覚もそれぞれ43%、56%がタッチスキンインターフェイスのみで再現可能となっている。

 べクティムの鞭がひときわ大きく唸り、私の右隣のシーフが大きく後方へ吹っ飛んだ。瞬間、生暖かい血飛沫が私の右顔面を濡らす。

 私は震えを抑え、自分が今置かれている状況を脳味噌の一部でなんとか冷静に判断しようと努力した。べクティムを刺激しないよう細心の注意を払って身構える。

 何とか隙を見てやられたシーフを視線の端に捉えると、特大スプーンで抉り取ったような喰いさしの頭蓋がそこにある。抉られた頭蓋くぼみの中央に高さ10センチほどの鮮血の噴水。途端に私は見てしまったこと自体を後悔し、自らの好奇心を恨んだ。喉の奥から酸っぱい物がこみ上げてくる。

 タッチスキンインターフェイスの欠点はその長所と表裏一体。苦痛に伴う恐怖まであまりに忠実に表現されてしまうため、死に行く者にとってそれは既にヴァーチャルを超えている。耐性の無いものが高感度センサーを身に付けると受けた苦痛がトラウマとなって残ったり、時には死亡してしまうこともある。よって日本国内で市販されているマルチインターフェイスは厚労省によってリミッターがかけられている。しかし、このリミッターをそのままにしてゲームを続けている上級者は殆どいない。センサーの反応速度と反映性は魔法や武器の使用精度に直結するため、皆独自にリミッターを外し、もしくは感度を上げ、またはそういった改造が為された外国製品を自ら並行輸入し、ゲーム内で使用している。感度向上によってレベルアップは格段に加速されるが、その分被害を受けたときのショックはプレイヤーを直撃し、心臓や精神に負担をかける。

「ミニカ、左後方に小路がある。合図したら一緒に走るぞ」

 やられたシーフとは反対側、私の左隣にいた斧使いが小声で私の名を呼び、逃走を誘う。周囲はうっそうと茂る広葉樹林。左後方には斧使いがたった今指示した小路が行く先不明のジェットコースターのように口を開けて待っている。

 引きこもりだった私がこのゲームを始めてまだ一ヶ月。現実社会で手に入れられなかったものを私はこの世界で沢山手に入れた。知識、社会性、お金、そして友情もその一つ。すべてが初めての体験。あまりの嬉しさに私の感動は行き場を失い、ゲームの開発者にラブコールのファンメールを送ったりもした。しかし、得られるものの総量に比例して凄まじいまでの心的負担をプレイヤーに求めるのもこのゲームの特徴だ。私たち8人が、今はもう7人だが、陥っているこの状況がまさにそれである。

「今だ!」

 叫ぶ斧使い。この声に十分速く反応できなかったことが幸いし、私は生き残った。

 駆け出す斧使いの体を後方から這い上がるベクティムの鞭が上中下に3分割する。まだ3歩しか走っていない斧使いの体が鞭と駆け出す勢いの相乗効果で前方空中へふわりと投げ出される。明らかに斧使いの読み違い。舞う斧使いの首と胴。息絶えた彼の目に浮かぶ意外そうな表情。見る間に血の気が引いていく。噴出す血液は肉片の落ちた場所よりさらに数歩分前方へ撒かれ飛ぶ。 駆け出そうとした私は一拍遅れて斧使いの惨状を目撃し、膝の力が抜けてそのままその場にへたり込んだ。

 腰が抜けた私の頭上を水平に泳ぐベクティムの鞭。そのときまだ立っていた者達が一斉になぎ払われる。肉片と血の乱舞。すぐそこに見えている小路が、海上の不知火か砂漠の蜃気楼のように儚く朧に揺らぐ。

 今日ここで死んだ奴等は改造インターフェイスを着けていたのだろうか? だとしたら相当に危ない。奴等の精神と体力が頑健で、ヴァーチャル死の負荷に耐え、無事復活できることを祈るしかない。

 気が付くと生き残っているのは女性二人のみ。私と私の横にいる未熟な魔女だけとなっていた。

 付いた血液を一振りで払って鞭を巻き取るベクティム。ドヘルガンに至っては最初から得意の片手剣を取り出してすらいなかった。

「おっと、動くなよ。俺達は賞金稼ぎだ。他人の縄張り荒らした罪人が賞金首になる前に処刑したってだけの話だ。なあ、分るだろ? そういう意味じゃあ恨みっこ無しってこった。ククク、それに何も殺すのだけが目的じゃねえんだしよ」

「ゆ、許してくれるの?」

 未熟な魔女が叫んだ。怯えきった目に震える体。通常のインターフェイスでもトラウマが残ってしまいそうな繊細なキャラ。

「だからお前等2人だけは殺さずに残してやったんだろうが。俺達の慈悲に感謝しな」

 一瞬、希望に輝く未熟な魔女の瞳。が、それをあざ笑うかのようにドヘルガンの含み笑いが周囲に広がる。

「くっくっく…… いい加減にしてやれベクティム。これから起こることに何の予定変更も無いんだ。お嬢さん2人に余計な望みを持たせるんじゃねぇ」

 ドヘルガンの一言が私たち2人の希望をあっけなく打ち砕く。

「余計なこと言ってるのはてめえだろドヘルガン。持ち上げてから落とす。このロマンが分んねえのかね? フン、まあいい……」

 それを聞いた未熟な魔女と私は安堵の表情のまま凍りつく。

「お前等2人とも武装解除してその場で素っ裸になりな」

 ベクティムは素に戻り、私たち2人に無慈悲な要求を突きつける。

 すでに鞭を仕舞ったからといって、今の私たちでは2人がかりでもベクティムを倒すことは出来ないだろう。さらにその後ろにはドヘルガンが控えている。

「さっさとしねえと両手足切り落として言うことを聞かすことになるぞ、ああん?」

 未熟な魔女は、私の方を伺う余裕も無いほどに追い込まれている。私たち2人はこのままこの獣どもに弄ばれて終わりなのか? さらに身包み剥がれて遂には殺されるのか? 他の6人の仲間のように……

 私は懐の煙玉を探った。今日はまだ一発も使っていない。まだたっぷりとストックがある。こいつを使って逃げ延びることが出来るだろうか?

 とんでもないクズ野郎だがベクティムの鞭の腕は本物だ。煙で目くらまししたからといって、あの十数メートルの射程域から逃れられるのか? 逃げおおせるには何かとてつもない幸運が重ならなければ無理だ。

「動くなよ。じっとしてりゃあ痛くはねえんだからよ……」

 ベクティムのどろりと濁った目が私たち2人を舐めまわしながら、一歩、また一歩と近づいてくる。

 差し出された薄汚い手。凍り付いて焼け焦げて、蛆に喰われて腐れ落ちろ!! 私は心の中でありったけの呪いを浴びせかけた。魔法ですらない呪いの言葉にはもちろん何の効力も無い。私は今度は自分自身の低レベルと無力をも呪った。

「うががががぁぁぁぁぁっ…… うぎ、ぎぎ、ぐぐ……」

 突然叫びだすベクティム。憮然とするドヘルガン。

「うがくそうっ、お前等何しやがった、く、く痛、つつつ……」

 ベクティムの腕を侵しているのは大魔法『マニテュオバクール(魔の過冷却)』の冷気だ。未熟な私が見るのは今回でまだやっと2度目。この大魔法を唱えられるものがここには誰も居ない、にも関わらず、魔法は突如降ってわいたようにベクティムの腕を侵し始めた。

 私はこの好機を逃さず、煙玉を一つ炸裂させると未熟な魔女の前腕を引っつかんで先程の小路の方へ駆け出していた。

 5歩… 10歩… まだ鞭の唸りは聞こえない。

 私は続けて2個3個と煙玉を炸裂させつつ、前傾姿勢で駆け足を早める。今掴んでいる腕にちゃんと魔女の全身がくっついて来ている事を祈りながら。さらに4個5個と後方にばら撒く。

 血溜まりを飛び越え、林を抜けて草原に出る。後方を振り返るのが怖い。スピードは落とさず、未熟な魔女の体勢を整えつつ2人でさらに走る走る。

 先程居た森が遥か彼方に見える。小高い丘の上に達したとき、私たち2人は草むらに突っ伏して倒れた。息切れが収まらない。

 逃げ出す過程で私は、仲間と協力することの大事さと互いに足手まといになるリスクについて嫌というほど思い知った。おそらく隣で息切れしている魔女も同じだろう。協力するときはし、必要ならば個別に動く。命を失わずしてこの大事な教訓に気付けてよかった。

 マルチインターフェイスは草原で仰向けに転がる私に風のそよぎと生き残った感動を伝えてくれている。

 ドヘルガンとベクティムの賞金稼ぎ2人はもう追って来ない。

 殺された仲間達のうち何人が高感度インターフェイスを使っていたのだろうか。彼等に後遺症などが残らないことを祈るしかない。

 ベクティムの腕を止めたのは一体誰だろう。それともあれは魔法ではなく、ベクティム自身の持つ病だったのだろうか? 

 いやしかし、肉体が内側から凍りつく病など考えられない。答えの出ない問題を棚上げし、私は空を見上げた。

 隣では未熟な魔女が死んだように眠っている。そういう私も魔女であり魔法使いなのだが、まだまだ職業を名乗れるようなものではないと今日の一件で思い知ってしまった。

 

 

 それから数年の月日が流れた。

 

 

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