インドアマジシャン
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翌朝、日本BGMの本社前には黒塗りの車が数十台止まり、業務は一時完全にストップした。米国大使館から日本国政府へ、国際指名手配犯の引渡し要求がなされ、日本国政府は二つ返事でこれを飲んだ。
日本BGM本社内には家宅捜索が入り、王座取締役の役員室の中身はイナゴの大群に襲われたかようにボールペン一本すら残さずきれいに無くなった。
その後ネット上では、王座取締役のパソコンからアメリカ諜報機関が絶対秘密厳守・持ち出し禁止と定めた軍関係および政府関係の機密ファイルが大量に見つかったと伝えられた。
この事件、通常通りに裁かれれば王座が再び日本に帰れるチャンスもあるのかもしれない。
しかし、米国の諜報機関はすでに王座が米国の致命的な秘密を知ってしまったと思っている。
そういった状況下で果たしてまともな裁判が開かれるであろうか?
なんだかんだと拘留期間が延長され、死ぬまで閉じ込められるのではないだろうか?
最悪それならまだマシかもしれない。
拘留中の食事に証拠の残りにくい毒薬でも盛られて、報道は
『取調べ中に病死』
とでもされれば生きていることすら困難になる。
「トニー、どこまで予想してたの?」
「んん?…… さあね」
相変わらず嘘の下手な奴。
このことについて、トニーは私の目を見て語ろうとはしない。
おそらく今回最後のこの事態、いったん事を起こしてしまえば彼自身にもコントロールが効かなくなる正真正銘の最後の手段だったのだろう。
彼が準備に準備を重ね、最後の最後に放った究極の大魔法。
炎も氷も飛び出しはしないけれど、人が生きていく上で欠くことのできないチャンネルに易々と手を伸ばしては掻き回す、現代の呪い。
赤青緑のLEDが瞬くパネルの前で、全世界に向けて様々な呪いを放つインドアマジシャン。いわば彼こそが現実の魔女。
これはすでにゲームの中の出来事ではない。
王座はもうログアウトもリセットもできない。
しばらく経って、この時の日本BGM幹部陣は社長以下全員が株主総会でこの事態の原因を追及され、責任を取らされて総入れ替えとなった。
プロテクト開発部はいったん活動を休止させられ、監督官庁と警察と検察によって徹底的に調べられた。
社内のだれもが、もうこれで部は消滅解散かと思った。が、取調べが終わりマスコミの追求が一巡すると、プロテクト開発部は元とほぼ同じ構成メンバーで再構成され復活した。
部の復活には技術系の人たち、特に楽座部長や鎌切次長や宇賀さん等が汗をかいてくれたということが、後に分った。