ミスリル
第二章 トニー
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ミスリルは愛嬌を振りまきながら私とトリッシュの酒場の間を交互に行き来した。
ガウやミーナへの簡単な伝言を頼むのにミスリルは最適だ。
拍手喝采が起こったときにミスリルは私の肩に乗っていた。みんなそれを見て私とミスリルの関係を知っていたので、ミスリルが通るときには我先に道を空けてくれた。
「がんばれよ、ちっこい魔法剣士」
「ちっこいは余計だよ。ミニカの一番弟子だぞボクは。尊敬しな」
「ハイハイ」
冷やかした者も呆れるくらいの威勢の良さ。ミスリルは乗りに乗っていた。
「ミススルちゃん、どんなミスするんだい? 薪くらいは割れるのか? それとも魔法はもう使えるのかい?」
いい気になるミスリルを見て、彼よりも少しだけ年上の魔法使い達はミスリルをからかって遊んだ。
「ミススルじゃない、ミスリルだ。銀の輝きと鋼の強さを持つ伝説の金属の名前だぞ」
「じゃあ魔法を使ってお前自身がどんなにすごいのか証明してみろよ」
「馬鹿野郎。子供を兆発するんじゃないよ」
ガウが酒場から出てきてミスリルをかばった。しかし、そのかばい方はミスリルのプライドを傷つけたようだった。
「ボクできるもん。魔法も剣も使えるもん」
ミスリルは手のひらを天に掲げて叫んだ。
「マニテュ…… えと、ゾディアフレイム!」
ミスリルはつっかえながら灼熱の呪文を唱えた。周囲には火柱が不規則にたち上がり、年上の魔法使い達は悲鳴を上げて逃げ出した。
「バカ、止めろ!」
ガウは叫んでミスリルをはがい絞めにした。炎はそれ以上広がらず、くすぶって消えた。
ガウはミスリルを放して冷や汗を拭いた。
「生兵法ってのはお前の為にあるような言葉だな。まだまだ中途半端だったが、チビの割には大した威力だ。どこで習った?」
「えと…… 見たり聞いたりして……」
「大した才能だ。ちゃんと使えるようになるまでは振りまわすなよ、その能力」
爆炎を見つけて急いでかけつけた私は、ミスリルの能力を見て正直驚いた。使える者にしか分からないが、失敗とはいえゾディアフレイムはかなりの魔力を必要とする。冗談で使える能力ではない。ひょっとするとミスリルは天才なのかもしれない。
私はまだらに焼け焦げた地面に手を置いてガウとミーナを交互に見た。
「しっぱい、しっぱいっと」
ミスリルはあどけない笑顔で照れ笑いしている。
「ミニカは知ってたか?」
ガウが話しかけてきた。
「ミスリルは孤児なんだよ。もともと頭の良い子だからなんとかここまでやってきているが、子供の為に一番大事な物が足りていない。愛に飢えているんだ。それは3年前、ミスリルに初めて会ったときから感じていた」
ガウの言葉を聞いて、私は不思議そうにこちらを見るミスリルの頬に手を添えた。
「あの10歳らしからぬ魔力はミスリルの心のストレスの発露なのかもしれないな。可哀想な子……」
私がミスリルの目を見てそう言うと、ミーナは少し涙ぐんで目を逸らした。
ガウは父親のような目でミスリルを見つめている。ミスリルは3人の様子から何かを感じたのか、ニッコリ笑ってガウと私を順番に指差した。
「ガウはお父さん。ミニカはお師匠様でお母さん」
ミスリルが言うと、それを聞いたミーナの額にはビキビキと音を立てて青筋が立った。
ミスリルは背中で殺気を感じ取り、びくっと震えた。ミスリルは慌てて振りかえってミーナを指差した。
「ミーナはねぇ……え、と、ミーナは……」
「何?」
ミーナの目はサイコロの出目を確認するギャンブラーのように細く鋭くなった。
「ミーナはねぇ、お姉さん!」
「ん~ 良い子ねぇミスリルは」
ミーナの目はゾロ目を引き当てたギャンブラーのように緩み、ほころんでいた。
私とガウは顔を見合わせて胸をなでおろした。なんでこんなことで谷底を覗き込むような緊張感を味わわなければならないんだ?
それにしても、ミスリルの空気を読む能力は抜きん出ている。魔力といい、対人センスといい、やっぱりこの子は天才だ。
ただ、3年と言うのが少し気にかかる。ガウは3年前からこの子を知っていると言うが、逆算するとミスリルは当時まだ7歳。一人でこの世界に入ってくる年齢としてはギリギリだ。現実には親御さんがいて、このゲームを始めるきっかけを与えたのか? ……にしても保護者らしき人物は何処にも見えない。みなしごの流浪魔法戦士という設定だからか?
考えこんだ私の背中をミスリルが小突いた。
「お母さんって言ったのがいけなかった? お姉さんが良かった?」
なんてかわいい奴。
「お母さんでいいよ。よし、だっこしてやろうか?」
「え~ もういいよ。大きい子にバカにされるから」
「遠慮すんなって、ほら。飛行機だってしてやるぞ」
私はミスリルの腰骨に手を当て、水平に真上に持ち上げてやった。
「恥ずかしい…… けど、楽しい! わ~い」
「おいおい、飛行機はお父さんの役目だろ……はうっ」
そう言ったガウの足をミーナが豪快に踏み潰した。
「ミニカお母さん、ミーナがいじめるよう」
ガウが涙目でボケる。
「あははははは」
そんなガウとミーナを見て、最初に笑い出したのはミスリルだった。
「あ、あは、あははは……」
私はミスリルに調子を合わせるように後からついて笑った。
ガウお父さん可哀想ってんじゃないんだ? ほんとにミスリルの勘の良さはどうかしている。
「随分楽しそうだな」
私達の統制外の地域やハンター達を見て回ってきたカマキリローターが、偵察を終えて報告に来た。カマキリは近くの岩に腰を下ろし、葉巻を取り出して火をつけた。
「ミニカの軍以外に大きな集団は五つ。ここ以外は地域性や種族など昔ながらの因縁で結びついた連中だ。ミニカ軍には勢いがあるとはいえ、ここが寄せ集めのにわか軍隊であることには疑いが無い。ちょっと突つかれれば簡単に破れちまう張子の虎だ。一方、他の奴らには侵し難い血の繋がりがある」
「いいのよ。端から当てにしちゃいないわ。時間さえ稼げれば良かったの。私達がここでこうやってがんばっている限り、他の軍もそう簡単には動けないわ。攻めて負ければ崩れて散る張子の虎かもしれないけど、堅く守ってればそうやすやすとは崩れないものよ」
「じゃあなんでミニカはこんな手の込んだことを? 普段は一匹狼のお前が」
「どんなに大勢が集まっても今回のタスクのターゲットはトニー一人。統率も無く入り乱れられちゃあ私だってどうしようも無くなるわ。とにかくなんとしてでも面と点の戦いに持ち込まなくちゃならなかったの」
「なるほど。全体がある程度整然としていれば、どうしたって個々で意図をもって動く者は炙り出される。即ちミニカ、お前とトニーと、そしてオーザだな」
「さすが鎌切次長。頭の回転が速いわ」
「よせやい。派遣に誉められたって嬉しくもなんともねえ」
カマキリは明らかにはにかみながらスパスパと葉巻をふかした。
私はそれを微笑ましく眺めた。
カマキリが離れると、私は澄み切った空に瞬く星たちを見上げた。