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まじっく  作者: かいん
10/20

カマキリ


   1†8

 

 私とミーナは、その後少し仮眠を取った。夕方になると外に出かけて、勝屋で一緒に牛丼を食べた。このころになると私とミーナはすっかり意気投合していた。私達は、牛丼を食べながらこれからのプランを話し合った。

 夜になればキッドの代わりにガウが酒場にやってくる。ノンプレーヤーキャラのキッドと違ってガウからならもっと色々な情報を聞き出すことができる。

 ガウはその日にあった最新の情報をだれよりも幅広く閲覧する権利を持っている。

 ミーナは『トニーは、絶対にもう一度リーマスに戻ってくる』と言った。

 私もミーナと同じ意見だった。

 トニーはリーマスの元々の開発者だ。それにハッキングには絶対の自信を持っている。

 少々危険な目にあっても手を変え品を変えなんらかの方法で再び進入してくるだろう。

 ミーナは、トニーがやってくる理由の一つに私の存在も付け足した。

 私がリーマスに出入りしている限り、必ずトニーはやってくると言うのだ。

 私もそう信じたかったが、そこまでの確信は無い。しかし逆なら言える。

 再びトニーが現れるまで私はリーマスを続けよう。もともとゲーム中毒なのでやめられるわけはないのだが。私にはその責任があると思った。

 彼は私のためにこの世界を残すと言ってくれた。

 つまり私がリーマスをやりつづけることが、彼の期待に応えるということなのだ。

 

 再びミーナの部屋に戻ってきて、リーマスに潜ることにした。

 時刻はもっともアクセスが増える夜11時過ぎ。

 ミーナは書斎のデスクトップの前に座り、私は持ってきたネットブックを開いて電源を入れた。私達二人は上級者用高感度マルチインターフェイスの調子を確認した後、再びアロウの街外れに舞い降りた。

 ミーナはピンクのフリルスカートと膨らんだ袖の魔女っ子風の衣装に先端が回ってキラキラ光るステッキを持っていた。

 私は、今日一日でミーナのネット衣装を3着も拝見することになった。

 そのどれもが小さい女の子の憧れを絵に描いたような可愛さだ。

 一方、私はすらりとした長身とその背中に大剣ワルギス。加えて黒のシックなマントを羽織っている。オンラインヴィジョンだけ見ると私とミーナどっちが年上だかわかりゃしない。無いものねだりというのか、どちらもそれぞれの願望がもろに出たルックスだ。


「まずガウに会って情報を仕入れる」

 ミーナが私を促した。私も同意した。

「どけどけどけ! ザラク様のお通りだ。道を開けろ!」

 ただでさえアクセスの多い時間帯。アロウのメインストリートは昼間とは違い、相当混雑している。その人ごみを掻き分けるようにして、際どいビキニを着た大勢の美女に担がれた神輿がやってきた。

 神輿には、宝塚スターの男役をそのまま持ってきたような耽美なキャラが乗っている。

 斜めに座った輿には御簾がかかり、その御簾を掻き揚げる手には数々の宝石が光っている。立てた襟には金銀の刺繍が光り、大きめに巻いた縦ロールの髪が豊かに神輿のリズムに乗って揺れていた。

「なんなのミーナ、あの塚趣味丸出しの奴」

「そうねえ、簡単に言えば私達の上役でライバルってとこかしら」

 先頭で露払いの役割を果たしているのは、細面の黒尽くめで全身に数百本の刃を装備した男。過去に私はこの黒尽くめ刃物男の顔を見たことがある。それもゲーム内ではなく日本BGMの社内で。

「ミーナ。私、あの先頭の男の顔、会社で見たことある」

「鎌切の奴、止めとけばいいのに素顔で入ってくるんだもんな。あいつの本名は鎌切郎太かまきりろうた。ハンドルネームもそのまんまでカマキリローター。いくらなんでもまずいだろ素顔は。だから普段は会社の指示で、ゲーム内では覆面してるんだ。おそらく今日はトニーをおびき出す目的で、いつもと逆の指示が出てるんだ。覆面を外しておけって」

 カマキリローターは私達を見つけると、露払いを先頭のビキニに任せてこちらに近づいてきた。目からは蔑みと悪意がほとばしっている。

 私は初めて見たときからこいつが嫌いだった。蛇とカマキリのあいの子がもし生まれるならこいつみたいな顔になるんだろうな。

「ようミーナ、調子はどうだ?」

 ミーナはカマキリには返事もせずにそっぽを向いた。

「おめえ、それが上司に向かって取る態度かぁ? ああんっ?」

「次長なんだよあいつ」

 ミーナは私のほうに向いて、ぼそっとつぶやいた。

「おめえが昼間ヘマやったから楽座部長や俺が出張ってくる羽目になったんだろうが。詫びのひとつも言えねえのか? なってねえぞ、こら」

「どうもすいませんでした」

 ミーナは、誰が見ても心が篭ってないと一目で分かる態度で、カマキリにお詫びを言った。

「けっ」

 カマキリは吐き捨てるように言うと、踵を反して神輿の方へ戻っていった。

「神輿に乗っているのが楽座文男らくざふみお。ハンドルはザラク。日本BGMの部長で私達の上司よ。ミニカはまだ本物を見たこと無いでしょ? 見たら引くわよ~」

 ミーナはそこまで言うと自分から神輿に近づいていった。

「お疲れ様です、楽座部長。昼間はハッカーとおぼしき者を捕り逃して申し訳ありませんでした。ここにいるミニカと午後休憩を頂きまして、先ほど再びログインしてまいりました。お邪魔にならないよう働きますのでよろしくお願いします」

「なんだ、ミーナ君か。そのまま休んでいても良かったのに。トニーとやらも運が無い。私が出張ってきたからにはただでは済まんよ、フフフ」

 縦ロール塚男は、神輿の柱に活けてあるバラの花を一輪抜くと鼻に軽く擦る仕草をした。

 同時に甲高い口笛が鳴り、周囲のビキニ軍団から黄色い歓声が次々に上がった。

 どうやら縦ロールが花を持ったら口笛と歓声を出すのはお約束になっているらしい。

「トニーはこのゲームの創造主で天下無敵のハッカーです。ゆめゆめ油断なされませんよう、お気をつけください」

 ミーナはわざと慇懃に振舞っているようだ。

 部長はそういうバカ丁寧な扱いを喜ぶらしい。

 部長に頭を下げたミーナは、ミニカの方をチラッと見てピロッと舌を出した。

 カマキリは喝を入れるように周囲に言った。

「確かにトニーは強敵だ。今後、ハゲしい戦いが予想される。てめえら気合入れてけ」

 それを聞いたザラクは突然いきり立った。

「ハゲしい? ハゲがハゲしいだとお?」

「いえ、そうではありませんザラク様。ハゲしい戦いが予想されると……」

「まぁたハゲと言ったなぁ? ハゲと」

「あ! いえ、すいません。お許しください」

「バカモン! 許せるか! そこへなおれ。だれかこいつに百叩きを浴びせろ」

「すいません! 以後、気をつけます。お許しを」

「以後、毛が尽きますだとぉ?! もう許さん! 二百回だ」

 私は、縦ロール男がハゲにこだわるのがおかしくて、迂闊にも吹き出しそうになった。

 あぶないあぶない。

 私とミーナは少しずつ後ずさりしてこっそりその場を立ち去った。

「あ~、おかしかった。部長のリアル、なんか想像ついたぁ~。もう笑い堪えるので大変」

 角を曲がったところで、私は堰を切ったように笑い出した。

「部長って、リアルじゃぜ~んぜんもてないキャラなの。神輿を担いだ美女軍団は妄想と願望の究極形ね」

 酒場への道々、私とミーナは部長とカマキリの話題で盛り上がった。


 トリッシュの酒場にはすでにガウが来ていた。

 ガウは私達の方を見るとギョッとしてあからさまに目を逸らした。

 いつも気さくに話し掛けてくれるのに奇妙なこともあったもんだ。

 体をすくませるような仕草も見せたが、その超巨体をいったいどこに隠そうというのか。

 カウンターに近づくと小柄なミーナが急に大股になってガウに歩み寄った。

「なんで部長やカマキリがここに来てるのよ? あんた、もっと早めに教えなさいよ。

いきなりでびっくりしたじゃない!!」

 巨人はミーナに叱責されてますます萎縮したようだった。

「ちょ、まってまってまって…… 俺も今さっき来たんだよ」

「なら会社からメールくれれば良かったんじゃないの。プロテクト開発部のプロジェクトリーダーが直属の上司のログイン聞かされてないわけ無いでしょ。どうなの? え? 」

「分かった分かった分かった。知ってました知ってましたよ。ミーナに連絡しなかったのはうっかり忘れていたからです。ごめんなさい」

「素直に謝るならいいのよ。この次からはもっとしっかり頼むわよ」

 ピンクフリルの小柄な魔法少女が、ギガント族も真っ青の巨人を恫喝している。

 こんなシーンはなかなか見ることが出来ない。今日は貴重なものが見られて良かった。

 でもこの二人、いま会社のこと話してなかった?  

「ミニカ、紹介するわ。私の元夫でプロテクト開発部のプロジェクトリーダー・宇賀才人うがさいとこと酒場トリッシュのバーテン兼情報屋ガウよ」

「え~、宇賀さん? リアルと全然イメージ違う!」

「浅倉さん、それは言いっこ無しだよ。この中で一人でもリアルのイメージそのままなキャラ使ってる奴いるかい? みんな無いものねだりな設定になってるんだよ」

「そ、そうですね。言われてみれば」

「どういうわけかカマキリだけはリアルでもヴァーチャルでもまったく同じだけどね。

 ミニカがすぐに気づいたよ。会社で見たって」

「あの人は特殊だよ。むしろ本物の蟷螂のコスプレでもやっといて欲しいくらいだ。

 いくらなんでも素顔は無いだろう」

「宇賀さんは、いつから私がリーマスの『ミニカ』だってことに気づいてたんですか?」

「会社で聞いてからだよ。ミニカとは長い付き合いだけど、それまではほんとに気づかなかったんだ」

「ひどいなあ。気づいた時点で教えてくれれば良いのに。恥ずかしい」

 私は、自分の顔が紅くなるのを温度で感じた。だめだ、自分自身にかけていた魔法が切れた。声が震えそう。がんばれ私!


「俺はもともと趣味だったんだこのゲーム。今は会社に協力させられてるけど。だから『大魔法使いミニカ』とガウとの間の友情は本物さ」

 ガウは巨大な瞳でウインクしてくれた。私はガウの言葉が嬉しくて胸が少しキュってなった。

「ありがとう。でも宇賀さん意外だったでしょ? 私みたいなのがリーマスのミニカで」

「『大魔法使いミニカ』の正体は子猫ちゃんでしたってか?」

 ミーナが冷やかす。

「魔法少女の正体がキャリアウーマンだったっつーのよりは夢があると思うけどな」

「あんたそれ誰に向かって言ってるの?」

 ミーナは、かわいいピンクフリルの外観とは似ても似つかない強引で強気な性格を遺憾無く発揮して言い返す。

「ひいい、ごめんなさい。しかしお前、そのキャラでいるときくらいかわい娘ぶりっ子してくれないかな?」

 巨人が萎縮するところは何度見ても違和感いっぱいでおかしい。

「ほっといて。これは個人的趣味であって、男を喜ばすためにやってるんじゃないの」

「お二人は、もともと夫婦だったんですね」

「見りゃ分かるだろうけど、俺からの一方的な性格の不一致ってやつね」

「あんたに言われたくないよ。意気地無し」

「だから俺は戦闘から離れて情報屋やってるじゃないか」

「そこまでしてネトゲやりたいかね」

「それこそほっといてくれよ。これが俺の自然体なんですぅ」

 元夫婦の夫婦漫才はいつまで見ていても飽きなかった。


「ザラクとカマキリローターが出てきたってことは、いよいよ本社がトニー対策に本腰を入れてきたってことだ。聞いて驚け」

 ガウは真剣な顔になって言った。

「さっさと言いなさいよ」

「なんとリーマス管理部は、俺に一億ギルのタスクを発表しろと命令してきた。普通のタウンタスクよりもはるかに高額な史上最高額だ。しかも参加費は無料」

「そ、想像ついちゃった。それってひょっとして……」

 いやな予感が最高潮に達する。これはもう間違い無い。

「そう。トニーの指名手配だ。しかも生きている必要は無い。さらには有効な情報を俺や部長にもたらしただけで特別ボーナスもつく」

「あんたそれに乗るつもりじゃないでしょうね?」

「おれはBGMの社員でプロテクト開発部のプロジェクトリーダーなんだぞ。トニー・ハッカーは会社の敵だ」

「あんたねぇ。BGMが過去にどんなことやってきたか知らないっていうの? 過去に窓枠システムの買取交渉をやって国と一緒に契約金踏み倒したのはBGMの方なのよ。あんたそのときの折衝人の一人だったでしょ?」

「バカ、声がでけえよ。あのときはまさか会社が契約金踏み倒すなんて思いもよらなかったんだ。しかも法改正までやって合法的にな」

「あの時、天下ってきた役人は取締役におさまって今でものうのうとしてるのよ」

「ええ、ほんとなんですか? トニーの家は一家離散状態なのに、ひどい……」

「王座取締役のことだろ? 今でも古巣の経産省にせっせと内部情報リークしてるらしいぜ」

「最悪だなクズ野郎。それでもガウはそんな奴らのためにトニーを賞金首にしちゃうって言うの?」

 ミーナがガウに詰問した。こういうときは本当に頼りになる。ミーナが味方についていてくれて良かった。

「おいおいたのむよミーナ。何度も言うが俺はプロテクト開発部のプロジェクトリーダーなんだ。どうやったってハッカーとはお友達にはなれないの。ガウとしても、宇賀としても、管理部の言う通りにしないと俺がクビになっちゃうよ」

「なればいいじゃないの。だいたい自分のやってることが恥ずかしくないの?」

「無茶言うなよ」

 ガウは巨体を揺らして泣きそうな顔でミーナを見た。

「待ってミーナ。責めたら可哀想だよ。今は少しでもいいから協力してもらうことを考えなきゃ。ガウの立場だからやってもらえることもあると思うんだ。私とガウ親友だよね?」

「ミニカ、それってどう言う意味?」

 ガウは目尻を下げた顔で聞いた。

「言った通りの意味よ」

 私は数年来の友人に大魔法使いミニカとして微笑んだ。

「だってさ、ガウ。大魔法使いミニカのたっての頼みだってよ。どうする?」

「ガウ、お願い。こっそり協力してくれるだけでいいの」

「このことは王座取締役の耳にも入ってるし、部長が出張ってきているし。賞金首トニーのタスクはもう撤回できないぜ」

「仕方ないわ。それでいいの。そのかわりこっちに有利な情報回してね」

「絶対秘密にしてくれよ。最愛の趣味と天職の両方を同時に失うかもしれないんだから」

「あたしだってミニカだってそのくらいのリスクは犯してるわ。頼りにしてるわよ」



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