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第4話:婚約破棄のススメ

 その日、学園のカフェテラスはやけに騒ついていた。昼食時という理由だけではない。中心に、あまりにも目立つ一団がいたからだ。


 エドワード・バッハルト公子。


 その正面に立っているのは、ファーガソン侯爵家の令嬢――ナターリエ。


 そして、公子の隣には、あの商家の娘。ミラとかいう女生徒だ。


「……オリヴィエ」


 少し離れた席から、私は目の前にあるスパナクラブのパスタをフォークに巻き付けていた。オリヴィエは鴨のコンフィを綺麗に切り分けているところだったが、今はカトラリーを置き、状況を観察していた。


「始まるようですわ」


 いよいよ、婚約破棄か。


 例の計画依頼、私なりに何度か諌めようと公子に接触を図ってみたが、無駄だった。「帝国の皇子といえど、俺のミラに近づくな」と威嚇された。誰が近づくか。


 あのミラとかいう女は相当計算高い。私が近寄ると、なんのセンサーが働くのかそそくさと避けていく。まあ、なるようにしかならないのならばと早々に諦めたが。案外手強い相手かもしれないと、オリヴィエにも警告を促したら、「手を打っておきます」と言葉を返された。頼もしい相棒である。


 エドワードは立ち上がり、周囲を見回す。まるで観衆を前提にした舞台俳優だ。大根役者だけど。


「ナターリエ・ファーガソン侯爵令嬢!」


 名を呼ばれたナターリエ嬢の背筋が、ぴんと伸びる。その横顔は表情を無くした、貴族そのものだった。私の出番ももうすぐだな。早めにランチを食べ終えてしまおう。


「俺は、お前との婚約をここに破棄する!」


 ざわり、と空気が揺れ、数人が口元を押さえた。こんなところで婚約破棄を目の当たりにするとは、誰も想像していなかったという風貌だ。みんな役者だな。


 オリヴィエの言った通り、一文一句そのまんま。小説から抜擢したのか。滅びの道を己から求めるとは、本当に救いようがない。


 止めるべきだろうか。一瞬、そう考えた。帝国第三皇子として、留学生として、学園の先輩として。だが、なんと言う?くだらないことはやめろ?下手な芝居は見苦しい?知情のもつれは他所でやれ?


 逡巡して、やめた。


 ここで口を挟めば、計画が崩れる――それは分かっている。エドワード公子の愚行を目の当たりにするのもまた、政治の一部として受け止めるしかない。私も役割に徹して、いよいよナターリエ嬢の婚約者になる。


「大公閣下と我が侯爵家の契約を反故になさるという理由を、お聞かせいただけますか」


 ナターリエの声は、震えていなかった。すでにあの恋愛脳の状況を把握しているのだから、当然理由もわかっている。だが言わせなければならないくだらない茶番劇。


 そんなことにも気づかないエドワードは満足そうに笑い、ミラの肩を抱く。勝ち誇ったような表情の女の顔に、私の心は苛ついた。このバカ達のために、私が動かなければならないことに。


「彼女をいじめたからだ!」


「……は?」


 誰かが間の抜けた声を上げた。


「……エドワード殿下。わたくしたちの婚約は国との契約ですわ。くだらないことで煩わせないでくださいまし」


「く、くだらないだと!?私とミラは正真正銘、真実の愛で結ばれているのだ!貴様の所業は知ってるぞ!彼女に対し、陰湿ないじめをしていたことも、家に圧力を与えていたこともだ!」


「そうですよ!ちくちく嫌味を言われ、みんなに陰口を叩かれてうんざりしてたんです!」


「いじめ?侯爵令嬢であるこのわたくしが?ミラさんに『はしたない』と申し上げたのは嫌味などではなく、真実です。圧力をかけたというのは、私ではなくご実家の商売がらみのことでございましょう。そもそも、殿下の浮ついた態度が彼女の家にも迷惑をかけているというのが、なぜお分かりにならないのですか」


 最後にもう一度だけ、公子が目覚めないか勅言を食らわせたが、無駄だろうな。


「ええい、うるさい!言い訳はいらん!彼女にした仕打ち、貴様にそっくり返してやる!」


 ほらね。ま、それで目覚めていたらこんな事になっていなかった。けれど、周りの生徒たちはうんうんと頷いている。言葉にするというのは大事なこと。


「そうよ、そうよ!ミラの大事なノートを破かれたり、今にも壊れそうな倉庫に閉じ込めたり、ミラ、たくさん困っちゃったんだから!」


 ……こいつらは本当に言葉の通じる人間か?私の馬の方がよっぽど話が通じる。


 私はチラリとオリヴィエを盗み見た。オリヴィエは私の顔を見てこくりと頷く。ああ、やはり行動に移すべき時が来たのか。


 ナターリエ嬢が目に見てわかるようにため息をついた。気持ちはわかる。何なら「だめだ、こりゃ」とでも言いたいに違いない。お疲れ様でした、と労ってあげたい。


「エドワード公子殿下」


 彼女は静かに言った。


「わたくしは関与しておりません」


「黙れ、だまれ!!」


 エドワードは机を叩き、椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。周りから小さな悲鳴が上がり、カトラリーが硬質な音を立てて床に落ちると、当たりが静まり返る。


「俺は真実の愛を選んだ!古い慣習に縛られた形だけの婚約など、意味がない!もう一度言う!貴様との婚約は破棄だ!」


 周囲から、同意とも失笑とも取れる声が漏れる。公子の取り巻きなのか、そうだ、そうだと囃し立てる奴らもいた。ああ、取り巻きもいたのか。その者たちの顔を見て、書き込みをするオリヴィエを見る。


 ――ああ、奴らも終わったな。


 私は、ナプキンで口元を拭き、席を立つ。


 エドワードは、自分が何を踏み越えたのか理解していない。財務大臣の娘というだけではない。上位貴族で財政を握る相手だというだけでもない。生徒とはいえ、大勢の国民の前で婚約破棄をした。


 それが何を意味するのか。


 ナターリエ嬢は、しばらくエドワードを見つめていたが、徐に深く一礼した。


「公子殿下からの婚約破棄、承知いたしました」


「そうか!話が早くて助かる!皆のもの!俺の新たな婚約者はここにいるミラだ!祝福してくれ!」


 エドワードは勝ち誇ったように笑う。パラパラと溢れる拍手。何人かは静かに席を立ち、カフェテリアを出ていく。恐らく、親に報告に走るのだろう。ここに私――帝国の第3皇子――がいることを何人の生徒が気づいているだろうか。そして、これからこの国に起こるであろうことを、何人が察しているだろうか。


 ナターリエ嬢は最後に一度だけ、こちらを見て頷いた。助けを求める目ではない。


 ――覚悟を決めた者の目だった。


 胸の奥が、わずかに痛んだ。国の長に立つ人間が馬鹿なのは、あなたのせいじゃないが、国を憂う立場にある者として同情はする。


「そうか。ならば、私がナターリエ嬢を貰い受けよう」


 ――政略ではなく、国家の秩序のためだと自分に言い聞かせながら。


 諦めの色がナターリエ嬢の瞳に浮かんだように見えたのは、私の心の幻だろうか。

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